38.最強の四天王と積極的な姫
チェルさんが紙を持ってきたのは次の日の朝だった。朝ご飯を食べ終えると、紙を持ってくると言い部屋に戻った。それから十分くらいしてから鞄を持って部屋に来られた。
チェルさんは私の部屋に入るとソファーに座り、机の上に鞄に入っていた物を置いていく。鞄の中には紙が百枚くらいと長方形の箱が入っていた。
「姫。これで地図を描いてくれ」
「はい。ありがとうございます」
チェルさんは昨日は二十時くらいまでこの部屋にいた。買いに行く時間はなかったはずだ。いつ紙を用意したんだろう。紙を見ているとチェルさんの声が聞こえた。
「姫。どうした?」
「昨日お話したばかりでしたので、休まれてますか?」
チェルさんは少し考えた素振りをしてから、紙を見る。そして小さくああと頷く様に言い、続けた。
「紙のことか? 部屋にあったのを持ってきただけだからな。そんなに大したことはしていない。使い道がなく、処分しようか考えていた物だ。丁度良かった」
「ありがとうございます」
「気にかける必要はない。それよりも姫。これは鉛筆というが、知っているか?」
チェルさんが箱を開けながら私に尋ねた。鉛筆を知っているか。前世から考えると違和感しかない言葉だが、この世界の私は幽閉されて世間を知らないお姫様だ。チェルさんが私の知識レベルを確認するのは普通だ。
「はい。知ってます」
「なら使い方はわかるな。これで覚えている範囲で良い。地図を書いてくれ」
「はい!」
チェルさんから鉛筆を受け取ると右上に丸を書いた。その後に魔王城と書こうとした。だが目の前の文字はお世辞にも文字とは言えないとてもいびつな記号のようなものだった。
そう言えば鉛筆を持つのは初めてかもしれない。そっと見上げるとチェルさんが無表情で私の書いた何かを見ている。
消しゴムもあったのでゆっくりと消す。何もなかった。よし。まずは魔王城と書かないと。
「お前の字は記号のようだな」
再び紙に鉛筆を当てるとチェルさんの声が聞こえた。チェルさんに気遣いなどなかった。率直な意見を言ってくれる。チェルさんらしいが今はもの凄く恥ずかしい。チェルさんと今目が合ったら死ぬ。精神的に死ぬ。
「字がかけないのか?」
「……はい」
紙を見つめていたらチェルさんが私に尋ねる。恥ずかしい。この机の上に何も乗っていなかったら、うずくまっている。チェルさんの顔を見られなくて魔王城と書こうとした部分を見ながら頷いた。
「幽閉されていたんだろう。気にする必要はない。姫。鉛筆を貸してくれ」
「はい」
恐る恐るチェルさんを見ながら鉛筆を渡す。チェルさんは鉛筆を受け取ると私が魔王城と書こうとした部分に鉛筆の芯を当てた。
「まずはここが魔王城だったな」
そのままチェルさんが長方形を描くとその横に魔王城と書いた。その字は機械的な字だった。留めや払いはしっかりしていて真っ直ぐ書かれている。綺麗と言うよりもPCで打ち込んでいるような文字だ。
「切り株はどの辺りに描けば良いか?」
「ここです」
書き終わったチェルさんが私に声をかけた。急いで指差すとそこにチェルさんが切り株のような絵を描く。絵も綺麗でわかりやすい。先程の自分の字とは大違いだ。
「お前に聞いて俺が書いた方が良いな」
「すみません」
チェルさんの言葉が胸に突き刺さる。まさか更に足を引っ張る事になるとは思わなかった。チェルさんにおんぶに抱っこだ。役立たずな自分が情けなく感じる。
「次の採取まで休みは後七日ある。二、三枚は作れるだろう。問題はない」
「そうかもしれませんが」
チェルさんが私を気遣うように言ってくれるが、字が書けないと言う事実を受け入れるのには時間がかかる。俯くように未だにチェルさんの絵を見つめていた。
「文字は最初から書けるものではない。お前も練習をすれば書けるようになる」
「はい。頑張ります」
チェルさんとまではいかなくても読めるものにしたい。練習しよう。チェルさんがお仕事をしている時間もある。
「紙は多めに持ってきている。紙と鉛筆ならこれを使って問題ない。後は……魔王が用意した文字の一覧があるな。明日の朝、それを持ってくる」
「文字の一覧?」
学習帳みたいなものだろうか。それに魔王様が用意したと言うのが気になる。
「魔物が最初から読み書きが出来るわけではないからな。ここに来た魔物は最初に読み書きを覚える。その後、人に擬態出来るよう人の常識を学ぶ」
チェルさんの言っていることは当たり前だ。魔物さんは人間ではない。だがそれを感じないほどにこの城は人の文化に溶け込んでいた。姿形だけではなく内面まで。どうしてここまで人のように振る舞っているんだろう。
「人に擬態?」
「この世界で一番脅威となっているのは人だ。人と共存するのは賢い生き方だ」
ここの魔物さん達は知能があると言っていた。平和に暮らすにはいかに人間に溶け込めるかと言うことなのだろう。
「私はなんで住まわせて頂けているんでしょうね」
そんな私を攫うのはリスクが高い。そうしないと話が始まらないが、魔王様は聞いている話からとても頭が良い方なのはわかる。
そんな魔王様が人間の姫をさらうのはリスク以外の何物ではない。
「さあな。あいつは何かやり遂げたいことがある。それにお前が関わっているからだろう」
「私が関わっている?」
「ああ。何かあるはずだ」
やり遂げたいこと。そう言えば最初に魔王様は私を連れてきた理由はまだ言えないと言っていた。もし私がここにいる理由がわかれば魔王様にも協力して貰える可能性がーー
「魔王に関わろうとするのは良くない。あいつは自分の望んだ未来のためなら利用出来る手駒はすりきれるまで使うような奴だからな。軽率に行動をしてお前の能力に気付かれてなんてしてみろ。あいつはお前のことを駒と見るかもしれない」
私の考えに気付いたのかチェルさんが諭すように声をかけた。
「チェルさん?」
「お前は魔王を取り入れようとしているだろう」
やはりチェルさんは気付いていた。
チェルさんは詰めが甘い所はあるが、それは魔王様と比べてだ。察しが良くて、頭の回転が速い。私が声に出す前から否定されてしまった。
「私だって、自分の未来のためなら手段はあまり選ばないですよ」
チェルさんとの未来がかかっている。後悔はしたくない。魔王様を利用なんて畏れ多いことだが、それでも僅かな時間でも良い。私はこの城で生活出来る時間を延ばしたい。
「俺も魔王にも勇者を倒させるのが良いとは思っている。だがリスクが高い。それに……お前の未来をあいつに託すのが腹立たしい」
腹立たしい。変わった言い方だった。チェルさんの魔物としてのプライドだろうか。
「チェルさんはお強いですからね」
「そうか。そうだな。確かに俺がいれば充分だ。魔王の存在は便利だが過剰だ」
チェルさんに同意するように伝えるとなぜか私の言葉にチェルさんが納得した。言い方は少し気になるがどうやらあっているようだ。そのままチェルさんの様子を窺いながら見ているとチェルさんが続けた。
「俺は魔王よりも強いからな」
最初は最弱と最初は言っていたのに。そう出てきそうになった言葉を飲み込みチェルさんを見る。
誇らしげな表情のチェルさんは半年前とは違うものだった。この半年は色々あった。私だって最初は勇者のことを大人しく待つ予定だったが、チェルさんと一緒に勇者と戦うと決めた。
短いようで長い時をチェルさんと過ごしていたように感じる。後一年。どうなるかわからないが、悔いのないように生きていこうと誓った。




