36.半分のおいしさ
昼ご飯を食べ終えると採取を再開した。
記憶のおかげで予想していたよりも簡単に回復アイテムは集まった。採取をするのがゲームの目的ではないため、回復アイテムがある程度固まっていたおかげもある。凄く助かる仕様だ。
それにここはラストダンジョンのせいかアイテムがとても豪華だ。魔力を全回復する青い薬草。全状態異常を回復する月の欠片、蘇生アイテムのフェニックスの羽。初日にここまで集まれるとは思わなかった。
「嬉しそうだな」
敷物の上で集まったアイテムを整理しているとチェルさんの声がした。チェルさんは見上げると苦い顔をしていた。
「レアアイテムがたくさんですよ」
「お前が使うことはないからな」
「はい」
どう言うことだろう。チェルさんの言葉を待ちながら見る。チェルさんは未だに苦い顔をしていた。
「お前はそのうち自分も戦うと言いそうだからな」
「そんな足を引っ張るような事はしないですよ」
「回復アイテムを前にそんなに嬉しそうにしているやつの言葉を信じられるか」
「私も一緒に戦えているみたいだからです。出来ることがあるのは嬉しいです」
チェルさんと一緒じゃなかったら採取出来ないが、それでも私の力で効率良く採取出来ている。この中には貴重なアイテムが多く、勇者を退ける時に役に立てるものも多いはずだ。自分も役に立っている。そう感じて嬉しい。
「そうだな。これは大した成果だ。ここら一帯は刈り尽くした可能性が高い。他に残っているものは?」
「後はこの森の入り口の方です。確か……薬草が五個と状態回復系のアイテムが全部で十個くらいです」
地図を思い出す。残りは森の入り口。この辺りに比べると良いアイテムは少ないが、薬草も貴重なアイテムだ。
森の入り口に向かう準備をしようと立ち上がるとチェルさんに「行きましょう」と声をかけた。
「いやここから遠い。今日はここまでにしよう。この森にあるアイテムは大方採取が終ったようだしな。俺の部屋に帰るか」
「チェルさんの部屋に?」
チェルさんのお部屋。予想していなかった言葉で思わず聞き返してしまう。チェルさんをじっと見る。チェルさんはいつも通りの表情だった。
「今日の情報を整理したいが、ここは魔物が出ないとは言い切れないからな。お前の部屋のが良ければお前の部屋でも良いが」
「いえ。チェルさんのお部屋に行きたいです」
好きな人のお部屋。行きたいに決まっている。急いで答えるとチェルさんは「わかった」と淡々と言う。
チェルさんはすぐに立ち上がると敷物を畳む。そのまま鞄に敷物をしまい、私に手を差し出す。私はその手を握ると城の方向へとチェルさんと歩いて行く。
城へと戻途中に思い浮かんだのはこのエリアの地図だった。
後はお城まで戻るだけだが、このまま歩くと魔物の出現エリアになる。気をつけないと。チェルさんを握る手が強くなった。
「どうした?」
「魔物とエンカウントするかもしれませんので」
「エンカウント?」
「ゲームだとこの辺りに強い魔物が出現するんです」
魔王城から湖に行くまでも四、五回くらいは魔物に遭遇する。今のところ回避出来ているようだが、帰りにエンカウントしないとは言い切れない。
「強い魔物? お前の記憶だとこの辺りにいるのか?」
「はい。後の扉の付近ですね」
「この辺りはわからんが。扉の前の魔物はヴクだな」
「確かにそうですね」
そうだ。ヴクさんは味方だが、勇者視点だと敵になる。もしかしたら魔物と思っている中には魔王城の魔物さん達も含まれているかもしれない。魔物の位置情報はあまり当てにならないようだ。
「この辺りは魔王が管理しているからな。敵意のある魔物はあまり出現しない。用心するに越したことはないが、気の張りすぎは良くない」
「ありがとうございます」
チェルさんがそう言ってくれたが警戒しながら城に帰る。だが最後まで魔物に遭遇しなく、ここがラストランジョンと言うのを忘れそうだった。
城の扉をくぐり、エントランスを通りそのままチェルさんの部屋へと向かう。また来ることが出来るとは思わなかった。
「おじゃまします」
「邪魔ではない。準備をしてくるから。先にソファーに座っていてくれ」
「はい」
部屋に入るとチェルさんが口を開いた。チェルさんの部屋だ。あまりうろちょろしないようにしよう。言われた通りソファーに座る。
そう言えばチェルさんが準備と言っていた。なんだろう? 気になるがじろじろ見られるのもいやだろうし、気にしないようにしないと。視線の行き場がわからず机を見る。気まずい。
「姫」
「チェルさん?」
チェルさんの声が聞こえたのでそのまま見上げる。チェルさんは右手にマフィン、左手にお猪口を二つ持っていた。
「これはマフィンと言う。気に入ったら食べてくれ。飲み物は紅茶で良いな?」
そのままチェルさんが机の上にマフィンを置いた。そしてその横にお猪口とポットを置いた。ティーカップではなくお猪口なのがチェルさんらしくて好きだ。
「ありがとうございます。マフィン大好きです」
チェルさんはそのまま私の隣に座るとお猪口を持つ。飲む姿が男らしくて格好良い。チェルさんは綺麗な見た目と違い豪快で、そのギャップも好きだ。
「前世で食ったのか?」
「は、い」
チェルさんの前では油断してしまう。チェルさんは「気をつけてくれ」と言いながら机の上にお猪口を置いた。
「チェルさんの横だと緩んでしまうんです」
「そうか。なら今のは気にしなくて良い。俺にも気を張っていたら疲れるだろう」
チェルさんはそういう所がずるいと思う。当たり前と言わんばかりの表情で言うが、私が緩むのはチェルさんが好きだからだ、だがそれは伝わっていない。
「いただきます」
見とれていたなんて言えない。急いでお皿にのっているマフィンを持ち一口食べた。外はサクサクで中はふわふわ。甘さも丁度良くて美味しい。
「美味しいです」
「見ればわかる。姫はいつもうまそうに食うな。俺の分も買えば良かった」
チェルさんの視線はマフィンだった。私が美味しいと言っているので、気になっているのかもしれない。
「食べますか?」
「良いのか?」
「もちろんです。元はチェルさんが用意されたお菓子ですよ」
「なら、食う」
食べていないところを千切ろうと思ったら、チェルさんが私の手元に顔を寄せる。そしてそのままマフィンをパクリとかじった。
「うまいな」
チェルさんの顔が近い。息も腕にかかりそうだ。凄くドキドキする。チェルさんの行動は読めないので心臓に悪い。
「……食い過ぎたか?」
「いえ」
無理やり言葉を探す。チェルさんは気付いていない。と言うか知らないんだろうな。このまま私がチェルさんの食べた所を食べたら間接キスになる。
きっとチェルさんに間接キスなんて言ってもきっと伝わらない。寧ろ意味を教えて欲しいと言いそうだ。私の心の中から間接キスと言う言葉を消す。
「チェルさんの分を半分に千切ろうと思っていたんですよ」
「半分? そしたらお前の分が減るだろう」
「そうですが、半分ずつにして一緒に食べた方が美味しいです」
「一緒に……。そうだな。構わないのなら半分食いたい」
マフィンを半分に千切り、チェルさんが食べていた方をチェルさんへ渡した。間接キスは無理だ。
チェルさんは受け取らなく、未だにじっとマフィンを見ていた。
「チェルさん。どうぞ」
「ああ」
声をかけるとチェルさんはマフィンを受けり取り、そのまま一口食べた。
「先程よりもうまいな」
マフィンを見るチェルさんの目はいつもよりも柔らかい。胸がつままれるように痛くなった気がした。
誤魔化すように一口食べるとマフィンが先ほどよりも甘く感じた。
「私もさっきより美味しいです」
「そうか。また半分、食べたい」
「はい。一緒に食べましょう」
一緒に。そう伝えるときは心臓の音が聞こえるくらいに高まった。落ち着かせるように息を吐いてからマフィンを食べる。一緒。その言葉の力か、マフィンは先程よりも美味しく感じた。




