第六十四話:「相敵」
「タクシー! 旋回してあれから離れてくれ!!」
俺の叫び声に呼応するかのように、タクシーが右へ、対向車線へ急旋回を始める。
必然的に生まれる左への重力。
俺の右に座っている有海は、それに耐えきれなかったのか俺にもたれかかる。
俺は右肩で彼女を受け止めながらも、後方へ離れる金色の鎧を眺める。
それは、金色の鎧を輝かせながらこちらをじっと見つめている。
そのまま、何事もなくタクシーは旋回を終えると、家から離れる方向へタクシーが加速を始める。
金色の鎧は、俺達をただずっと見つめている――。
「……なんだあれは、全く動かないじゃないか」
離れゆく金色の鎧に、俺は吐息する。
金色の鎧は、動くことなく俺達を見つめ続けていた。
目の前の信号機をタクシーが通過する。
あれとの距離は、目測で200m以上離れている。
この状況に、俺は安堵をした――。
しかし、その安堵は早かったようだ。
――轟音。
言葉にし難い轟が俺の耳に突き刺さる。
それに続き、目の前で真っ青な炎が膨張する。
巻き込まれた付近の乗用車は融解し飛散した。
「―――は? おい、なんだこれは……」
轟音で他の音が聞こえない中、俺は目の前で起きる爆発を凝視する。
巨大化した青い炎は、目の前の車、信号機、舗装、付近の家。全てを溶かしながら俺達へ迫る。
俺達の乗るタクシーは、なすすべもなくその炎に突っ込んだ。
現れる青白い風景。
見えていたタクシーの部材は次々に融解し、飛散する。
「……熱い。―――熱い!!」
俺の温覚が悲鳴を上げる。
温覚は痛覚に変わり、俺を襲う。
俺はもがき苦しみながらも、反射で左手でしっかりとつかんでいた有海を見る。
――は?
俺は驚く。
有海は、何事もなかったかのようにきょとんとしている。
そして、彼女の目が輝く。
目の前の幻想的な風景に魅了され、童心に還った子供のような目に変わっていた。
熱い?
俺は三角巾で固められた右手を見る。
三角巾は、溶けることなくその存在を保持している。
身に着けている服も、変わらず存在していた。
熱い?
俺は首を傾けると、周りをきょろきょろと眺める。
視界を覆いつくしていた青白い炎は、俺の気づきによって消失した。
現われる元の世界。
俺達は地面に立ち尽くしていた。
風景は先ほどとは大きく変わっていた。
付近の人工物は、高温に晒されたのか溶けて消えてしまっている。
路面もアスファルトも溶けており、円形状に地面が露わになっていた。
俺達が立っている地面は熱で溶けたのかくぼみ、蟻地獄のように簡単に外に出れそうにない。
溶けていない地面とは2m程度の段差が生まれていた。
ガスっ!
付近に響き渡る土を蹴る足音。
俺は有海を左手で強く抱きしめながら、その足音がした方を恐る恐ると睨みつける。
そこには、後10m程までに近づいた金色の鎧がいた。
それは、地面のくぼみへと侵入すると、ゆっくりと俺達に近づいてきた。
5m程離れた位置でそれは止まると、俺達を睨みつけてぼそりと呟く。
「……有海か」
その声は、安心しきったような声だった。
名前を呼ばれた有海は、体をびくっと震わせる。
左手から有海の熱が伝わる。相敵し、緊張しているのだろうか。
「……なんだお前は? これはお前がやったのか?」
俺は、金色の鎧を睨みつけながら震える声で問う。
俺の声を聞いた金色の鎧は、鎧の下に見える黒ずんた目を向けながら口を開いた。
「これは俺がやった。確かに俺の力だ。なんという恐ろしい力よ……」
金色の鎧は、カカカと気味の悪い笑い声をあげると、俺に向き直った。
「いいか。これは警告だ。お前たちの身を案じての警告だ」
金色の鎧は、再度俺を睨みつける。
「今お前が何を行おうとしているのか、俺は大体わかる。警告だ。今考えていることを実行してはいけない。実行すると、自滅するぞ?」
「……は? 俺が実行しようとしていることは、まだ誰にも話していないぞ? なぜわかるんだ?」
驚きで目を見開いた俺は、金色の鎧へ問うと、それは頭部をフルフルと振る。
否定のジェスチャーだろうか。
「……すまんな。それは言えないんだ」
「……言えない?」
金色の鎧の発言と物言いに俺は疑問を抱く。
こいつはどう見ても新人類だ。金色の鎧から見える肉体は、部分的に朽ちており、何かしらの異常を感じる。
だが、今まで相敵した新人類は、どれも高圧的な態度だった。
しかし、こいつは他の新人類より物腰が柔らかい気がする。
そして、異常なまでの能力。自身から離れた所でこのような攻撃を出せるやつを俺は見たことがなかった。
また、こいつは俺達に危害は加えようとしていなかった。
周りが溶けるような大火力を出しながらも、俺達に傷一つ負わせていないのだ。
もし俺達を捕まえるつもりならば、このような大がかりな攻撃をする必要はないだろう。
俺達に恐怖を与え、追い込みたいのならば普通ならば多少なりとも傷を負わせると思う。
読めない金色の鎧の意図に困惑しながらも俺は震える声で再度質問を投げた。
「というか、お前は新人類だろう? 我が主の指示は、俺の大事な物を奪うことだろう? なぜここでそれを実行しない? というかお前は何なんだ?」
俺の質問を聞き終えた金色の鎧は、俯くと口を開いた。
「申し訳ない。それらは全て言えない。口止めされているんだ。ただ、これだけは理解してほしい。俺はお前たちの敵ではない。敵ではないんだ……」
金色の鎧は、言いたいことを言い終えたのか俺達に背を向けると、大ジャンプで先ほどの爆発でできた壁を乗り越える。
そして、地面を蹴る音を響かせると金色の鎧は俺の視界から一瞬で消えた。
「……何だったんだあいつは。そして、これは何なんだよ……」
俺は視界に残る地面のくぼみと、半分溶け消え燃え盛る家や車を見つめながら、身震いをした。




