第六十三話:「新人類⑥」
「――どうぞ」
佐藤探偵事務所の女性社員が、俺と有海にお茶を配る。
俺の対面に座る若井さん、小久保さん、竹内さん、そして佐藤所長は重々しい雰囲気で席へ座っていた。
ここは、佐藤探偵事務所の会議室だ。
皆にお茶が配膳された後、佐藤所長が口を開く。
「……今回は、作戦の失敗により負傷をさせてしまい申し訳ありません」
佐藤所長が俺達に深々と礼をする。
それに合わせて、隣に座っていた探偵事務所の面々も深々と頭を下げた。
そのまま数秒が流れる。
気まずい雰囲気に俺はどうしようかと思っていると、隣の有海が困惑した顔で俺を見つめてきた。
『なんとかしてくれ』と目で訴えられている気がする。
事実、今回の作戦が狂った原因は、梅沢教授だ。
梅沢教授が彩香に対して麻酔を切らさなければ、このような事象にはならなかっただろう。
つまり、目の前の彼らも梅沢教授の被害者といえる。
しかも、彼らは敵に対して何とかしようと作戦を実行してくれている。
今回に関しては、作戦が失敗したとはいえ、彩香が何らかの改造を受けていたことが分かった。
つまり、これは桜井内閣が主導している工場に拉致された人は、何かしらの改造を受けている可能性があるということを意味しており、今後も新人類が増殖していく可能性があることを意味している。
俺が骨折したぐらいで彼らはここまでの成果を出してくれたのだ。
俺としては、有海が怪我をしたこと以外は文句を付けられない。
「……そんな顔をしないでください。早く顔を上げてください」
なので、俺は彼らに顔を上げるように促した。
「――昭人さん、一つ報告があります」
彼らの謝罪を何度か流した後、重々しい口調で若井さんから報告が上がる。
俺は訝しげな気持ちになりながらも、彼を見つめた。
「今回、昭人さんと有海さんを呼んだのもこれをお知らせするためです。昭人さんの今後を左右するかもしれない情報なので……。聞いて驚かないでくださいね」
それを聞き、俺の心に不安が渦巻く。
俺の今後を左右する内容……? 一体どんな内容なんだ。
俺がどきまきしながらも、若井さんに発言を促した。
「申し上げにくいのですが……。彩香が去る時、私達に伝言を残していきました。私達は爆発に巻き込まられて動けなかったので、その伝言に返事もすることができなかったのですが……。彼女は我が主からの言葉を昭人さんに伝えて欲しいと言っていました」
「我が主からの言葉……。敵達のボスの言葉ですか」
俺の言葉に、若井さんは頷くと話を続ける。
「こう伝えろと言っていました。
『楽園を創る準備は着々に進んでいる。この世界を我らが席巻するのも後すぐだ! 私達を邪魔するなよ? さもなくば、お前が俺から全てを奪ったように、お前の大切な物を次々と奪ってやる。お前の会社が潰れそうになっているだろう? それも制裁の一環だ! お前が邪魔をすれば、もっと大切な物を奪うぞ。周りは敵だらけだ。いつどこから襲われるかわからないからな』」
「――は? 俺が我が主の全てを奪っただと?」
意味不明な物言いに俺は声を跳ね上げる。
隣の有海も、訳の分からない状況にただ心配そうに俺を見つめている。
「……まだ続きがあります。
『――まあ、俺達を邪魔せずに静かに過ごしていても、楽園を完成させた後は古い人種は次々に捉えていく予定だからな。どうせお前やお前の大事な物は遅かれ早かれ消え失せる運命に変わりはないがな! せいぜい嘆き苦しむが良い』」
「……以上です」
若井さんは言い終えた後、身震いをする。
よく見ると、手は鳥肌が立っていた。
俺は、若井さんの話を聞き、頭が混乱する。
敵の意図が全く分からないのだ。
邪魔をするなと伝えておきながらも、俺達は遅かれ早かれ殺されると言っている。
こんなことを聞けば、こちらは行動を起こして我が主を倒そうとするだろう。
つまり、俺達を陽動しているようにしか聞こえないのだ。
しかし、こちらが行動をすれば敵は少なからず損害が出るだろう。
わざわざ陽動して、向こうに利があるとも思えない。
「敵の意図が見えないのですが……」
俺は困惑した気持ちで、若井さんへ問う。
すると若井さんも、困惑した表情を浮かべて口を開く。
「それはこちらもです。なぜ敵が此処まで昭人さんに固執しているのかも謎ですし、わからないことだらけです……。
だた、今回の件ではっきりしたことは、「工場に拉致された人は改造を受けている可能性がある」ことと、「敵のボスは昭人さんに固執している」こと。そして、「私たちいずれ殺される」ということだけです。
だから、昭人さん……。気を付けてくださいね?」
若井さんは、喋り終えると泣きそうな顔で俺を見つめていた。
◇◇◇
◇◇
◇
佐藤探偵事務所の面々に見送られながら、俺は自宅へと向かう。
足は、呼んだタクシーだ。
代金は、負傷したお詫びにと全額佐藤探偵事務所が負担してくれた。
隣の有海は、先ほどから無言だ。
いつも元気な有海が、静かだった。
先ほどの若井さんからの宣告が響いているのだろうか。
運転士不在のタクシーは、ゆっくりと仙台の町を進んでいく。
その中で、俺は意気消沈した気持ちで雪が降り積もる外の町並をぼうっと眺めていた。
歩道を歩くカップル、公園で遊ぶ笑顔が絶えない子供たち、おばあちゃんを介護する老夫婦……。
彼らは皆、この後新人類と戦い命を落とすか改造されるのだろう。
俺が未来で見た有海の日記の中での出来事のように……。
俺が見た未来では、俺達はいなく新人類しかいなかった。
このままでは、俺達の幸せはあいつらに奪われてしまう。
そして、俺の大切な有海や海人も殺され、最悪改造を受けてしまうのだろう……。
なぜこのようなことになってしまったのだろうか……。
俺は大きくため息をつく。
しかし、俺はすぐに思い至る。
俺の大切な物を失うことは避けなければいけない。
俺は今まで何の為に生きていたのか?
有海と海人を守るために生きてきたんじゃないのか。
小説家になるという夢を諦め、河合エレクトロニクスに入社したのも、全て有海を守るためだ。
有海を守るために、未来を変えるために、俺はずっと行動を続けてきた。
しかし、運命はそれを乗り越えてすぐそこまで迫ってきている。
しかし、まだこの世界は俺が見た未来のようにはなっていない。
今俺がことを起こせば、この世界を、そして俺の大切な物を守り切ることができるかもしれない。
俺は頷くと、有海を見つめた。
俺の横で落ち込みながらも心配そうに俺を見つめていた有海は、俺の変化に戸惑う。
「有海」
俺は、彼女に言葉をぶつける。
驚いた彼女は、目を泳がせた後に俺を見つめた。
俺は今から彼女に伝えたいことを話す。その変化を彼女が感じ取ってくれたのだろうか。
「俺は未来を変えようと、工作を重ねてきた。だけど、運命は道筋を変えてすぐそこまで迫ってきてしまったらしい……。だけどまだ俺達は負けていないし、何も失ってもいない。つまり、俺がこれから行動を起こせば、まだ有海たちを守れるかもしれない……!! だから、俺がこれから起こそうとしていることに、有海も協力してほしい。良いね?」
有海は、それを聞き目を潤ませながら俺を見つめた。
「……うん、ありがとう。昭人がどんな方法をとっても、私達の未来を拓いていこう? 老いて死ぬまで一緒に生きようね?」
「おうよ」
俺も、有海を見つめながらにっこりと笑った。
そんな最中、タクシーが急ブレーキをかける。
その衝動により、俺達はタクシーの前で前のめりになった。
シートベルトがお腹に食い込み、俺は少し咳き込む。
「おいおい……。どうしたんだよ」
俺は口を押えながらタクシーのフロントガラスを見つめた。
前方の進路上に何かがいる。
どうやら、それが俺達の車の進路を阻んでいるらしい。
車の10m先にそいつはいた。
金色の鎧に身を包んだ、人間のような形をした生物だった。
それは、俺達を見つめていた。
横を車が通り過ぎようとも、微動だにせず俺達を見つめていた。
俺は身震いをした。
未来の有海の日記では、異形な形をした生物が警察に宣戦布告をして人間対新人類の戦争が始まっていた。
まさか、目の前のアレもそれと同じ類なのではないか……。
つまり、あれは新人類。生身の俺達には到底勝てるものではない!
「タクシー! 旋回してあれから離れてくれ!!」
俺は早口でタクシーへと指示を出すと、横Gに耐えるべく身構えた。




