第六十二話:「新人類⑤」
「――――っ!」
後方で突然起きた爆発に、俺は身構える。
運悪く扉の前にいた有海は、爆風をもろに受け廊下の壁へと吹き飛ばされた。
爆風が止み有海を見やると、壁にもたれかかる彼女がいた。
「有海! 大丈夫か!?」
俺は驚くとともに、彼女の容態を確認する。
「いてて……。ま、なんとか大丈夫よ……」
彼女は起き上がると、爆風で汚れた服をぱんぱんと払う。
汚れを払いながら、背中を気にしているようだ。壁に強打してしまったのだろうか。
「有海? 背中大丈夫か?」
「う、うん。打撲ぐらいだと思う。後で冷やさなきゃね……」
彼女は顔を引きらせながら答える。彼女の目線は、俺の右手に向いていた。
「あ、ああ。右手は……骨をやってしまったかもしれない。後で治療を受けないとね……」
俺はうっ血で真っ青に染まった右手を有海から隠しながら、苦笑いをした。
「ちょっと見てくるから有海は人を呼んできて」と彼女に伝えた後、俺は爆風が去った部屋へと踏み入る。
入口の扉は先ほどから開けっ放しになっており、俺は指紋認証をしなくても簡単に立ち入ることができた。
部屋の中は薄暗く、少し靄がかかっているように感じた。爆発によって発生した煙だろう。
部屋は先ほどと比べて肌寒くなっていた。
俺は慎重に部屋の中へと進んでいく。部屋の中は全く音がしなく、なんとも不気味だ。
俺は部屋の壁を伝いながら、病室があった区画へと進む。
「――――っ!」
俺はその惨状を見て声を失う。
部屋の中にいた佐藤探偵事務所の面々は、強化鎧を着たまま壁へともたれかかっており、ひしゃげたベッドや部屋にあった器具たちが変形して至る所へ吹き飛んでいた。
俺は見通しが悪い部屋をきょろきょろと見まわすが、彩香は見当たらなかった。
窓のガラスは全て吹き飛び、フレームだけが残されている。
降っている雪は、時より部屋に吹き込んで床に落ちて融解している。
見ると、フレームには血痕がこびりついていた。
あそこから逃げて行ってしまったのだろうか。
まさか、下着姿で雪が降り積もる外へ逃げていったのか……?
俺は彼女の状況を想像し、顔を引きつらせた。
俺は状況を把握した後、一番近くにいた強化鎧を着たガタイの良い男性へと近寄る。
ヘルメットにひびが入り顔が見にくいが、体格からして小久保さんだろう。
「小久保さん! 大丈夫ですか?」
俺は、彼に近づくと肩を叩く。
少し冷えた強化鎧が俺の手の熱を奪う。
しかし、彼から反応はない。
俺は不安で心が押しつぶされそうになりながらも、再度彼の肩を叩く。
今度は先ほどより、強く叩いた。
「小久保さん、しっかりしてください!」
すると、彼は意識を取り戻したのか、のそりと体を動かし、俺を見据えた。
「―――昭人さんですか」
彼は、俺を見つめる。
ひび割れたヘルメットの下からは、苦笑いを浮かべた彼の顔が見えた気がした。
その後、すぐに体を動かせるようになった小久保さんは、俺と一緒に部屋の中にいた若井さん、竹内さん、梅沢教授の容態を確認した。
小久保さんは若井さんと竹内さん、俺は梅沢教授へと向かった。
「梅沢教授! 大丈夫ですか?」
俺は梅沢教授に声をかけながら、肩をゆすった。
しかし、彼女から反応はない。
彼女は部屋の中にいた他3人とは違い、生身で爆風を受けている。
しかも、彩香が飛散させたベッドの破片を事前に食らって気を失っていたため、身を守る手立てをしていたとは思えない。
見ると、着ていた白衣は所々血が滲んでいる。
爆風で吹き飛んだ破片が体を傷つけ、出血しているようだ。
俺は昔受けた救命講習での内容を思い出し、容態の確認を行う。
まずは、脈の確認だ。そして、呼吸の確認……。
「……とりあえずは両方共に大丈夫か」
俺は両方確認し安堵すると、ベッドにあったと思われる布団を彼女の横へと運び、彼女の頭をいたわりながら布団の上へと寝かせた。
その時、後ろのドアが勢いよく開く。
俺は驚きつつ見ると、白衣を着た人達がぞろぞろと入ってきた。
全員、険しい表情をしている。
先陣をきっていた50歳ぐらいの男性が、白い息を出しながら声を張り上げた。
「……何だこれは! おい! 梅沢!! どこにいる!?」
「――梅沢教授ならここです」
俺はこの場に似つかわしくない雰囲気の男性に顔を引きつらせながら、左手を上げ彼女の場所を示した。
「そこか梅沢っ!! って気を失っているのかよ! おいお前ら、早くこいつを手当てしてやれ。このまま死んだら許さんからな」
男性の指示を受け、後ろにいた看護師3人は彼女の容態の確認に来た。
俺は、彼女たちに場所を空け、手持ち無沙汰になったので、立ち上がり彼らを観察した。
その間も、先陣をきっていた男性はぶつぶつと呟いていた。
「いつもいつも病院に損害を与えやがって……」と言っているような気がする。
そんな雰囲気の男性に、他2名の男性の医師たちは、ぼそぼそと話しかけた。
「……院長。お気持ちは分かりますが、現場で声を張り上げないでください。患者に毒ですので」
俺はそれを聞いて納得した。
彼は院長で、梅沢教授の上司なのだろう。
そして、彼女は問題児で、色々と実験で失敗してやらかしているのだろう……。と。
その時、不意に実験で色々とやらかしていた有海を思い出し、顔に笑みがこぼれてしまった。
梅沢教授は、遅れてやってきた担架に運ばれ、部屋の外へと運搬された。
俺は彼女たちの迅速な手配に驚きながらも、先ほどまで小久保さんがいた場所を見た。
「あれ…………?」
俺は驚く。
そこには誰一人として佐藤探偵事務所の面々はいなかった。
◇
その後、俺は有海からの申告もあり病院で治療を受けた。
右手は骨にひびが入っていたため、包帯でぐるぐる巻きにされた後三角巾を使って肩から腕をかけた。
いかにも「骨折しています」という状態に俺は苦笑いしながらも、別部屋で打撲の治療を受けていた有海と合流して病院から出た。
仙台の冬は寒い。外に出た後、俺は体を震わせる。
外は深々と雪が降り続いていた。
治療を受けてからここから出るまで、俺達は病院から質問などは受けなかった。
ただ、病院の医師たちからは痛み入るような目で「今日は梅沢教授が原因で大変でしたね」と何度も言われた。
彼らの反応から、普段の梅沢教授の評価がどうなっているのか疑問に思ったが、新人類の件や爆発の原因について質問が来ないのはこちらとしても好都合だったため、俺はそのまま彼らの言葉を受け入れ続けた。
彩香がいなければ今回の爆発は起きなかったため、今回の件に関わりのある俺からすれば、梅沢教授が不憫に思えてしまう。しかし、わざわざ麻酔を解かなければ今回の状態にはならなかったため、俺は心の中に残る罪悪感を振り払い、消す事にした。
有海と一緒に病院を出た後、入口の壁にもたれかかる竹内さんがいた。
強化鎧は来ておらず、黒いコートを羽織っていた。
「――あ、竹内さん」
気づいた俺は、彼へ声をかける。
すると、彼は俺を見据えた。
「……どうも。今後のことを話合いたいので、ちょっとこれに乗って事務所まで来てもらえますか?」
彼は、タクシープールの後ろに停まっていた青色の車を指さすと、車の方へと踵を返した。




