第六十一話:「新人類④」
「――ここはどこ?」
黒髪の彼女は、病室の白壁を見つめながらぼそっと呟く。
俺はどきまきとしながら彼女の周りを見回すと、強化鎧を着た3人が腰の麻酔銃に手を当てて警戒態勢をとっていた。
そんな中、この場に似つかわしくない表情をした梅沢教授は、喜々とした表情で彼女に問いかけた。
「おはよう。彩香さん。貴方、今どんな気分なの?」
「え? 訳が分からなくて不安なんだけど……」
彼女は、呟きながら腕の動かそうともがく。
しかし、彼女の腕はその場から動かない。
梅沢教授は、それを見つつ顔をいやらしく崩すと、彼女へ言葉を畳みかける。
「貴方は今捕らわれているのよ? 腕と足も、鉄の金具で抑えられているから、動かせないわ。今、どんな気持ちかしら?」
「――は?」
黒髪の彼女――彩香は、素っ頓狂な声を上げると、顔をしかめる。
それに合わせて、表示される心拍数が上昇する。
機械から聞こえる心拍音が、啄木鳥が木をつく時と同じぐらいの間隔になる。
今は230ぐらいだろうか。
人間とは思えない数値を見て、俺は背筋が寒くなると、彼女の脇から離れ、有海の腕を掴む。
何かがあった時にすぐに逃げ出せるようにするためだ。
「ちょっと、どうなっているのyo■□〇!!」
後半何を言っているのかわからない絶叫を彼女は上げると、腕を思いっきり持ち上げようとする。
すると、心拍計の横にあった液晶画面に数字が表示される。
「――260kg! 片腕だけでこの力が出せるなんて!!」
その数字を見て興奮した梅沢教授は、画面と彩香を交互に見まわす。
渋い顔をした彩香が力むたびにベッドは軋み、表示される数字が跳ね上がっていく。
「梅沢教授。両手両足を拘束しているとは知らなかったぞ……。この拘束はどのくらいの力までに耐えられるのか?」
依然厳しい顔をした若井さんは、腰から抜いた麻酔銃の銃口を彼女へ向けながら、早口で語り掛ける。
それを聞いた梅沢教授は、考えるしぐさをしながら口を開いた。
「んー。片腕で1トンぐらいかしら?」
「……1トンか」
若井さんは呟くが、警戒態勢を崩さない。
新人類の実力を推し量っているのだろう。
その後、10秒ぐらい彩香はもがくが、拘束をほどけなかったのか動きを止める。
病室に響き渡っていた、ベッドの軋みが止んだ。
「1トン?」
彩香は、俯きながら呟く。
その様子は、獲物を前にしたヒョウのようだ。
突然変わった彼女の雰囲気に、俺達は押し黙る。
場を静寂が支配した。
「1トンまで耐えられるですって?」
彼女が呟くたびに、心拍計の数値が上がる。
330ぐらいまで上昇する。
心拍計が知らせる心音は、早すぎて連続した音に聞こえる程だ。
彼女が力み、ベッドに異音が走る。
「おい、彩香。それ以上動くと撃つぞ」
危険を察した若井さんは、彼女へ銃口を向けると警告を発した。
隣にいる竹内さんと小久保さんも、それに呼応するかのように彼女へ銃口を向けた。
――嫌な予感がする。
画面に表示される数字は、500-600kgぐらいだ。
先ほどは260kgだったから、それの2倍以上の力だ。
彼女が力むたびにベッドが軋み、彼女を拘束する器具が悲鳴を上げる。
まさか、1トンまで耐えられる器具を破壊するのではないだろうか。
若井さんも部屋に響く異音と表示される数字に恐怖を感じたのか、震える声で彼女へ畳みかける。
「おい! それ以上動くと本当に撃つぞ!!」
彼は、銃口にかけた手を動かす。
後少し力を加えれば、麻酔弾が発射されるだろう。
そんな彼を見て、彩香はいやらしい笑みを浮かべる。
「――1回食らった攻撃を食らうと思った?」
これに触発された若井さんは、とっさに銃口を引いた。
パンと軽い音が病室中に響き渡り、彼女へ銃弾が飛ぶ――。
その時、突然爆音が響くと、麻酔弾がはじかれる音が響く。
俺はとっさに有海の身を俺の背中に隠すと、吹き飛んできた何かを力の限り壁の方へと吹き飛ばす。
骨が軋む音と痛みが体に伝わり、俺は顔を強張らせる。
反射した麻酔弾は病室の窓を割ると、外へと吹き飛ばされていった。
爆音が鳴りやみ、俺が気づいた時には、ベッドから解放された下着姿の彩香が立ちすくんでおり、彼女の近くには粉々に砕け散った器具とベッドの欠片が散乱していた。
彼女の手術痕からは血が滲み、彼女の下着を赤色に染め上げていく。
近くにいた梅沢教授は、飛散したベッドの欠片の直撃を食らい、部屋入口の実験器具に体をぶつけて気を失っている。
ドミノ倒しのように倒れた実験器具は、内容物を床へとばら撒き、異臭を発生させた。
強化鎧を着た若井さんと竹内さんは、銃口を彼女へ向けながら警戒態勢を崩さない。
「1トン? 本当に1トンだったのかしら? なんて脆い器具……」
にやけながら喋る彼女に俺は戦慄する。
先ほどの防御のせいで、右手が痛い。
もしかしたら、骨を折ってしまったかもしれない。
「昭人……」
左手に震えを感じる。
有海が、俺の腕に掴まっているのだろう。
そんな最中、竹内さんが叫ぶ。
「昭人さん、有海さん! 逃げてください! ここは危険です!」
「了解……」
右手に感じる痛みに顔をしかめながら、俺は有海を後ろにつけながら病院入口の方へ後ずさる。
しかし、俺達を見た彩香は、どこまでも真っ黒な目で俺達を見つめるとにっこりと笑う。
「小林昭人。有海。二度と私達を捕えて調べないように。さもなくば、お前の大事な物が今後どうなるか…………!」
俺はその目を見て感じる。
その白目がない真っ黒な目は、俺に訴えかけてくる。
私達が人間ではないこと。
人間が触れてはいけなかった領域にいること。
歯向かう物達は容赦なく切り捨てること……。
それを見ていると、俺達がいかにちっぽけな存在だと再認識する。
彼女たちの力は、俺達人間の力では制御できないのだろう……。
俺の頭の中に、絶望的な感情が渦巻く。
そんな最中、パンッと大きな音が響き渡る。
見ると、若井さんが彼女に対して麻酔弾を撃っている。
彼女は、一転無表情になると、麻酔弾へ手の平を向ける。何かを仕掛けるつもりだ。
その音で我に返った俺は、左手で有海の手を握ると、一目散に逃げ出した。
胸騒ぎがする。
ここから早く逃げなければ。本能が俺に訴えかけてくる。
『間に合え!』
俺が全力で部屋の外へ飛び出した時、部屋の中で爆発音が響き渡った。




