第五十七話:「狂いゆく歯車」
「……工場の実態を調査してほしいんですか?」
佐藤探偵事務所の若井武は、俺の話を聞くと、眼鏡をくいっとあげる。
俺は今、課長の執務室でスマートウォッチを用いて若井さんと電話をしていた。
俺は気落ちした気持ちを隠しながら、若井さんへ話を続ける。
「実は、河合エレクトロニクスの業績が下がって、研究職の人たちに転職を斡旋しなければならないのですが……。その斡旋先が、革新党が開業した工場なんですよ。何か怪しい気がして……」
「なるほど。だから、何か悪さをしていないか調査をしてほしいと言うことですね」
うんうんと頷きながら、若井さんは返事をする。
顔は何故か、あっけらかんとした表情をしていた。
その表情を見て、俺は疑問に思う。
「なんか、やけに落ち着いていますね。もしかして何か情報を持っていたりしますか?」
俺の問いかけを聞き、首を縦に振り続けていた若井さんの動きが止まる。
「分かりました?」
彼は俺の目を見てにっこりと微笑みかけた。
◇◇◇◇
◇◇◇
◇◇
◇
「わざわざ、出向いてもらってすみません」
若井さんは、机越しに俺と向かい合い、微笑みかける。
「こちらこそ、急にこんな場を作ってもらえて、嬉しい限りです」
俺は彼を見据えて、にっこりと笑う。
今俺は、佐藤探偵事務所の執務室の一角にいる。
最初に佐藤探偵事務所を訪れた時――武器の情報提供を行った時に通された応接場所だ。
先ほどの電話の際、若井さんから「電話では話しずらい内容だから、口頭で説明したい」と要望があり、俺が出向いた形だった。
なお、竹内さん、小久保さんは別の調査に出向いていて今は不在だ。
佐藤所長も、所内にはいるようだが別の調査案件に付きっ切りになっているようだった。
執務室内に掲げられているホワイトボードには、沢山の名前が書かれている。
見る限り20人分はあるだろうか。
俺がホワイトボードを見て疑問に思っていると、対面に座る若井さんが俺へ語り掛ける。
「ホワイトボードの名前に興味がありますか? あの内容も、今からお伝えする内容と関係があるので、嫌でも分かると思いますよ……」
「は、はあ……」
俺の心には、若井さんの不敵な笑いによって、不安が募った。
「……で、例の工場の話ですよね」
若井さんは話を切り出すと、俺をじっとりと見つめる。
「政府が斡旋して創業した工場なんですけど、捜査をしてみるとどうにも不穏な噂が絶えないのですよ」
「……え? どんな噂ですか?」
俺は訝しげな気持ちで彼へ問う。
彼は、俺を見据えて重々しく口を開いた。
「従業員たちの性格が、ある時を境にころっと変わるらしいんです」
「……変わる?」
「はい。性格が変わった従業員は皆、冷徹で機械のような性格に豹変するらしいんです。しかも、皆同じような性格に変わるらしいようで……」
――は?
俺は、それを聞き身震いをする。
聞いている限り、皆何かの思考誘導や改造を受けているように感じたからだ。
「何ですかそれ。まるで皆が同じような改造を受けているかのようですね」
「……察しが良いですね」
彼は、落ち着いた目で俺を見つめる。
「革新党の党首は桜井さんです。そして、彼女たちは何かの改造を受けている新人類です。従業員に関する噂を聞く限り、彼らも同じような改造を受けているのではないかと思っています」
「つまり、性格が変わった従業員たちは、新人類である可能性があるということですか?」
「残念ながら……そうです」
俺はそれを聞き、目を見開く。
この一年、何事も起きていないと思っていたのだが、そうではなかったからだ。
新人類達は工場を使って順調に同胞を増やしていた。
「……証拠はあるのですか?」
信じたくない。
そのような気持ちから、俺は震える声で彼に証拠を求めた。
しかし、彼は首をふるふると横に振り、口を動かす。
「今のところは、先ほど話したような状況証拠だけです。一度、性格が豹変した方々を検査してみないと本当のことは分かりません」
俺はそれを聞き、胸をなでおろす。
まだ新人類が増えていると決まったわけじゃない。その事実が俺の気持ちを落ち着かせた。
しかし、彼の目は笑っていなかった。
俺はそれを見て、背筋を凍らせる。
「安堵されているところ申し訳ありませんが……。それ以上の噂がまだあります」
「それ以上ですか?」
俺の問いに、彼はこくりと頷く。
「ここ最近、国内で行方不明者が多発しているのです。私たちが行方不明者の捜索をしていたのはご存知ですか?」
「ええ、2年ほど前から捜索されていましたよね」
上を向き、思い出すように俺は答えた。
それを聞き、彼は満足したような顔へ変わると、話を続けた。
「そうです。実は、行方不明者の数は私達が敵のアジトを攻めた頃から増加は止まっていたんです。しかし……。ここ半年なのですが、行方不明者が月に1000人のペースで増えているんです」
俺はそれを聞き、肩が跳ね上がる。
「……は? 月に1000人ですか? つまり、半年で6000人が消えているということですか?」
「そうです」
「それによって、私達事務所へ行方調査依頼が増えていまして……。あのホワイトボードに書かれた名前も、私達が行方を追っている方達の名前です」
そう言い切った後、彼は虚ろな目でホワイトボードを見つめた。
そこには一人分の名前が書き加えられ、21人分となった名前の羅列があった。
「今は……21人分の名前がありますか。あの名前は、今日一日で私達事務所に捜索願が出された人たちの名前です。……今日一日ですよ?」
「…………」
俺はこれを聞き、言葉を失う。
脳裏には、連れ去られて行方不明となった桜井さんの顔が思い浮かぶ。
まさか……。彼らも、桜井さんと同じ運命をたどっているのではないだろうか。
俺は、震える声で若井さんに問いた。
「彼らの行先は見当がついているんですか?」
彼は、それを聞くと重々しく口を開く。
「ええ」
「どうやら、革新党主導の工場へ連れ去られているようです」




