第五十話:「妨害工作⑥」
今回は、桜井直人(桜井響子の夫)視点です。
「CMはいりまーす!」
ディレクターの景気の良い掛け声とともに、会場のカメラが桜井夫妻の撮影をやめる。
しかし、そんな声とは対照的に会場の空気はピリピリとしたものから戻ることはない。
なぜならば、目の前にいる響子の機嫌が直らないからだ。
「信じられない!!」
彼女は、MCに入ったことを良いことに、声を荒あげると俺をきっと睨みつけた。
近くにいる女性アナウンサーは、『どうしよう』といった面持ちでおろおろとしており、隣の男性アナウンサーは響子を不審な目で睨みつけていた。
このCM入りも、現場のことを考えての判断だった。
荒れたスタジオを視聴者には見せられない……。そういう思いもあり、早めにCMをいれたのだった。
俺は彼女の表情を見ると、心が締め付けられる。
しかし、合点のいかない俺は先ほどから同じことを彼女へ聞き続けた。
「俺がいつお前を束縛したんだ?」
それを聞いた響子は、俺を見据えて声を荒あげる。
「そんなの一緒に住んでたんだから分かってるでしょ!?」
しかし、俺はこの言葉を聞いて反論をする。
「なあ。お前が失踪してしまった当日、俺はお前のためにケーキを予約していたんだよ。お前が失踪する当日の朝に二人で話したときも、お前が何度も何度も『今日は結婚記念日だね!』と話していたじゃないか。だからケーキを用意して一緒に祝おうと思っていたのに……。そんな状況でお前は束縛されていて嫌だったから逃げたというのか? おかしくないか?」
淡々と俺はしゃべる。そう、その通りだったのだ。
響子が失踪した日、つまり昭人さんが山形へ探し物に行っていた日、あの日は俺達の結婚記念日だった。
あの日の朝、俺と響子は一緒に朝ご飯を食べ、『今日は結婚記念日だね』と二人で確かめあっていたのだ。
彼女に笑顔で仕事に送り出された俺は、半分浮かれ気分で石巻駅近くのケーキ屋さんでケーキを予約し、そのまま仙台へ出勤をした。
その後、仕事の帰りがけにケーキを受け取ると、鼻歌を歌いながら早めに家へと帰宅したのだ。
しかし、その時俺は家の不穏な状況に目を見張った。
薄暗い室内には大量の足跡がついており、家の荷物は散乱していた。
そして、俺は家中探し回ったが響子の姿を見つけることもできず、半分泣きそうになりながらも警察へ連絡をした。
その後、警察が現場検証に来た。
しかし、現場検証を行う間は家から離れてマンションで暮らせと警察に通告された。
俺は渋々了解し、仙台市内のマンションへ一時身を寄せた。
3日後、現場検証が終わったから家に戻ってよいという指示を受け、家に戻ってみると、家の中の雑然とした荷物は綺麗に片付けられ、何事もなかったかのようになっていた。
驚いた俺は、担当が所属する仙台常盤警察署へ電話した。すると電話に出た担当刑事が、
『ああ……。サービスで綺麗にしておきました。その方がよいでしょう?』
と、あっけらかんとした声色で話をしてきたのだ。
俺は憤怒した。普通、家の中を綺麗にするなら住居者の許可を取るだろう!
しかも、無許可で響子の私物をいくつか持って行っていたから驚いた。
俺は担当刑事……柊木刑事を問い詰めると、「捜査に必要なんですー」と一点張りだった。
その後、捜査の進捗を警察に何度も確認したのだが、
『進捗はありません』の一点張り。
俺は警察の無能さを恨むとともに、行方不明になった響子のことを思ってずっと暮らしてきたのだ。
だがどうだ? 今日久しぶりに響子と対峙して話をしてみると、
「俺に束縛されていた~」とか、「東京に逃げて出馬の準備をしていた~」とか、言っている。
おかしいと思わないか? だって、「結婚記念日だね! 楽しみだね!」と言って、政治に全く関心がなかった響子が、突然失踪したと思ったら新党を結成して出馬を目指しているのだ。
まるで理解ができない。
俺は心の中で憤怒した。響子の心理が全く理解できなかった。
俺が一人心の中で考え込んでいると、響子の発言に俺の気持ちが戻される。
「そんなの演技に決まっているじゃない! 心の奥底ではずっとあんたを嫌っていたのよ!」
響子は声を荒あげながら先ほどと同じような弁明を俺にした。
「はあ……」
俺はわざとらしく、ため息をした。
だってそうだろう? 響子が失踪した当日も、前日も、一昨日も、一週間前も、響子の不審な動きは全く見当たらなかったのだから。
むしろ、俺を見かけるといつもニコニコ顔で話しかけてきてくれていた。
そんな状況だったから、彼女が俺に対して演技をしていたとは到底信じられなかった。
「なあ」
俺は響子を諭すように語り掛ける。
「お前、何か隠していないか? 今だったら怒らないから、正直に話してくれよ」
俺がこの発言をした後、彼女は「うっ」と声を詰まらせ、また声を荒あげる。
「そんなのあるわけないじゃない! さっきまで言っていたことが真実よ!」
「はあ……」
また俺は大きなため息をした。
全く、先ほどから話が平行線だ。
どうすれば響子は元に戻ってくれるんだよ……。
まるで、別の人間になったみたいじゃないか……。
俺は一転悲しみに暮れながら響子を見つめた。
その時、俺ははっとする。先ほどから声を荒あげている響子の目に、恐怖が映ったのだ。
それは上塗りの怒りで隠そうとしているが、隠しきれていないように見えた。
「なあ」
俺は彼女の目をじいっと見つめると、もう一度問う。
「お前は、響子なんだよな?」
彼女はそれを聞くと、また声を詰まらせる。
しかし、すぐに声色を戻すとけたたましく喚いた。
「そうにきまっているでしょう!?」
俺はこれを聞き、心の中に疑念が渦巻いた。
彼女の発言に何か裏があるように聞こえたからだ。
俺は考える。
しかし、考えれば考える程その疑念は正しい物のように思えてきた。
まさか、まさか、そんなことが……?
心の中で至った結論に、俺は唸る。信じたくない。信じたくないが……。
しかし、その時は突然来た。
「パアン!」
銃弾の発砲音が鳴り響いたかと思うと、俺の後方で何かが弾ける音がした。
俺は壁の方をぎこちなく見つめると、そこには銃弾で射抜かれたような穴が存在していた。
俺ははっとして発砲音がした方を見ると、お客さんから悲鳴が上がり始めた。
見るとスタジオの後方入口からぞろぞろと武装したロボット達が潜入してきた。
俺はロボット達を見ると、理解する。
彼らは、河合エレクトロニクス製の6号君だろう。
手にはライフル銃を持ちこちらに銃口を向けていた。
逃げまどうお客さんの中で、ロボット達は一斉に口を開いた。
「「「AIの敵、桜井響子をここで始末する。覚悟しろ!」」」
その声を聞き、俺は響子の顔を見つめる。
すると、彼女はロボット達を見てフルフルと震えていた。
6号君……。河合エレクトロニクス……。
それらから、俺は先ほど仕掛け人として会議室で出会った昭人さんと有海さんを思い出す。
はあ……。なんだよ。
昭人さん。有海さん。
このタイミングで響子を襲うとか……俺は聞いてないぞ?




