第三十四話:「アジト①」
2018年12月10日:足りない情景描写を追加しました。
隠密モードを展開した俺は、障害物を活用しつつ敵のアジトへと近づいていく。飛び出し、走り、飛び込み、隠れる。常人には行うことのできないスピードで俺は動く。AIからの誘導がなければこのような達人のような動きはできないだろう……。俺は走りながらそう思い、不安が積もる心を静めた。
『こちらです。ついてきてください』
若井さんからの念話に促されるまま、俺は走る。潜入を行う前の打ち合わせでは、若井さんは敵の目が少ないルートから内部へ潜入すると言っていた。打ち合わせの時に「アジトは一度確認済」と言っていたから、その時に今回のルートも確認済みなのだろう。
走る合間、俺は近づいている建造物を横目で見る。密林の中から突然現れたそれは、朽ちた廃工場のように見える。コンクリート製の工場の壁面には蔦が絡まり、朽ちた雰囲気に一役買っていた。普通の人が見れば、これは今は使われていない建物だと誤認しても仕方がないと思う。しかし俺は騙されない。自分の持つスマートウォッチで表示される赤点が、建物内部を示しているのだから。
1分後、俺達は工場の側道脇にある大きな岩影に身を潜めていた。
ここは工場の正面ではなく、建物の裏側だ。道といっても舗装されていない砂利道であり、そこにはわだち以外は葉を色づかせた草がうっそうと生い茂り、わだちには背の低い草が生えていた。わだち部分の草の隙間から砂利が見え隠れしてしていなかったら、道だとはわからなかっただろう。こんな状況から俺はここには最近誰も訪れていないことを想像した。
若井さんが俺達を順繰りに見やり、念話を使う。
『見る限り、近くに敵はいないようですね……。では、目の前の柵を乗り越え、内部に潜入します。そのまま、空調のダクトを伝って内部に潜入します。ついてきてください』
それを聞き、俺は頷く。他3人も真剣なまなざしとなっていた。敵の内部へと侵入するのだ。隊員の覚悟が見て取れた。
しかし、目の前の茶色い柵は3m程の高さがある。柵の隙間から見る限り内部に敵はいなさそうだが、ゆっくりと登れば遠方から監視する敵にばれる可能性がある。
俺の中で押し殺していた不安がまた湧き出し、こぼれそうになってしまった。
そんなことを思っている最中、若井さんが岩から飛び出し、柵を駆け上がると内部へ侵入する。そして、柵の隙間から工場の壁面にぴったりと体をつけ、こちらへ手を振る若井さんの姿が見て取れた。
この動きに1秒もかかっていないだろう。そして、目の前の草は何事もなかったかのように風に揺られてサラサラと音をたてていた。俺は強化鎧の実力に再度驚くとともに、心の中の不安を封じることができた。
その後、俺達は工場の脇に存在したダクトの通気口から内部に侵入した。1辺1.5m程の鋼鉄製のダクトで、体が大きい小久保さんでもギリギリ通れる程の大きさだった。
無論ダクトの中は照明がないため暗い。照明を付けてしまうと敵にばれてしまう可能性があるため、迂闊には使えない。そのため、俺は強化鎧の能力をフル活用し、手探りと若干感じる視覚だけを頼りにこの先を進んだ。
侵入した直後にダクトが立ち上がっており、それを伝って4m程上らないといけなかったが、強化鎧で強化された身体ならば簡単に登ることができた。隠密モード様様である。
俺はダクト内の鉄臭い匂いに顔を引きつらせ、四つん這いになりながら進んでいると、目の前の若井さんが静止した。それに合わせて俺も止まる。タイミング的に、全員がダクトを登りきったのを見計らったのだろう。
『さて……。この後は事前に調査していない箇所を通ることになります。みなさん十分気を付けて行動してください。特に音とか……』
『了解です。一歩一歩注意して進んでいきます』
若井さんからの念話に、有海が答える。そのやり取りを聴き、おっちょこちょいな有海を思い出し口元が緩んだ。
有海は昔からおっちょこちょいだ。この人生で一番驚いたのは、15年程前に料理中に包丁を落としてアキレス腱を切ったことだった。普段は冷静に行動しているつもりの俺でも、その時は流石の俺も慌てた。すぐに救急車を手配して病院まで付き添った記憶がある。
その他にも会議の重要書類をシュレッダーしてしまうとか、ロボットの配線を間違えて研究棟のブレーカーを落とすとか、いろいろとやらかしてくれている。それの後始末で俺がよく苦い思いをしていたのも今となっては良い思い出だと思う。
今は少し落ち着いたかと思うが、それでもたまにやらかしているらしい。本社にいる後輩からよくそんな噂が飛んでくる。
そんな有海が「注意する」と言っているのだ。強化鎧がついているから大丈夫だと思うが、俺としてはそんな状況が少し面白かったのだ。
その後、俺達はダクトの中を這って進む。目の前の若井さんの尻にげんなりとしながらも俺は進んだ。
かなりの距離を進んだような気がする。ふと手元のスマートウォッチをみると、表示されている赤点も残り400m程の距離まで近づいていた。
しかし、隠密モードのおかげで、音が全くでない。強化鎧はなんとも素晴らしい物なのだろうか……。将来的にこれは河合エレクトロニクスの主力製品になるだろうな。俺は心からそう思った。
そんなことを思っていると、俺は一つの疑問を抱く。
今ちょうどダクトに一部穴が開いており、そこから下の通路を見ることができる。しかし、そこには人間やロボットの姿が全くと言っていいほど見えなかったのだ。
先ほどからちょくちょく下の通路が垣間見える場所があったが、どこも同様な状況だった。
ここは本当に今使われているのだろうか……?
もし使われていないのならば、俺は今何を目指しているのか……?
俺の心に疑問と不安が渦巻き始めた。
『昭人さん。マーカーの位置はどの方向ですか?』
そんな不安な気持ちを押し隠すかのように、念話で若井さんが俺に話しかける。
『進行方向から見て右より30°程先です。距離的には400m程でしょうか』
『了解です。このまま進みます。大きく方角が外れたら教えてください』
俺と若井さんのやり取りの後、俺はまたダクトを進み始める。時より見える下の状況も先ほどと変わり映えはしなかった。
また3分程進んだ時だっただろうか。強化された俺の耳に何者かの足音が届く。それが聞こえたのか、目の前の若井さんが止まった。若井さんに続き、俺も進むのをやめる。
俺の止まった位置に、ちょうどダクトの隙間があったので俺はそれを覗いた。先ほどからかわり映えのしない通路を、銃を持つ一人のロボットが歩いていた。
『あ……』
俺は心の中で思い至る。あれは、俺達の工場から逃げ出した「6号君」そのものだったからだ。
先ほどまでの油断した気持ちを切り替える。ここには敵がいる。俺はそう心に刻みこみ直した。
その時、ある音がダクト内で響き渡る。
『カキ……ン……』
俺はその音につられるように鳴った方角を睨みつける。目を凝らすと、レーザー銃を片手に持ち、「やってしまった」という顔をする有海が見えた。
有海……。この場面でフラグを回収しなくて良いんだよ……。
俺はそう思いつつ、慌ててダクトの隙間から先ほどの6号君を見る。
その6号君は、銃を片手に持ち音が鳴った付近を凝視していた。
『ごめんなさい……』
念話で有海から気落ちした謝罪の言葉が届く。その言葉をかき消すように、目下の6号君は叫ぶ。
『そこに誰かいるのか? いるなら出てこい!!』
その言葉を聞き、俺の背筋に悪寒が走った。




