第三十三話:「アジトへ②」
――速い。
俺は強化された体で山を駆け上がる。
枯葉が薄く積もった地面を蹴り上げる度に、加速した空気が俺の耳元で大きな風鳴りをたてる。
びゅうびゅうとうなる空気が、淀みなく俺の耳に食らいついてくる。
そして、落ち葉を踏んだ時に聞こえるはずの音は俺の耳に全く届かなかった。風鳴りによりかき消されているのだろうか。
俺たちは、先頭に若井さんが走り、その次に俺、その後ろに竹内さん小久保さんと有海が続く陣形を取っている。
ミヤビの位置情報は俺のスマートウォッチがまず情報更新されるため、俺が若井さんと離れてしまうと、チーム内の位置情報が変わった事について共有がすぐにできない可能性がある。そのため、俺が若井さんと一緒に先頭を走り、残りの3人がその後を追うという陣形になっている。
強化鎧は、指定した鎧を着た人と念話ができるような機能を有している。それがあればもし離れても問題ないように見えるが、もし念話が成功しなかった時を見越しての判断なのだろう。
『こちら若井。目標まであと10キロです。皆、俺について来てください。ペースがきつい方はいますか?』
若井さんから念話が入る。
今回は皆高速移動をしているため、聞きづらいと判断したのか若井さんは念話を使ったのだろう。
『了解です。俺はこのペースで今のところ大丈夫です』
俺も念話を使い若井さんに応答する。
『取り急ぎ後列3人は遅れていません。もし厳しいならば報告します』
竹内さんから念話が入る。3人を代表して報告をしたようだ。
俺達5人は強化鎧にパーティーを組んでいると認識させている。同じパーティーの中では、念話はIP会議電話のように全員に対して双方向に会話が可能だ。プレストーク方式の無線機のように、同一時間で誰かひとりしかしゃべれないような制約はない。勿論全員での会議中に個別に念話することも可能である。つまり、全員が参加する念話を聞きながら、パーティーの1個人と相談した後に全員に対して発表するということも可能だった。しかも、10km離れている程度ならば通話は可能らしい。かなり有用な技術だと思う。
――先ほどから1km程は走っただろうか。
山道を歩くのはミヤビを救出し損ねた時以来だが、体感でかなり早くここまで到着できたと思う。感覚的に3分程だろうか。流石身体強化10倍といったところか。俺は改めて強化鎧の実力を思い知った。
それより、後方を進む有海がこのペースにずっとついてきていることに俺は驚いた。有海は高校時代から文科系だったから、運動は全然ダメだった。クラスでも1.2を争うほどの運動音痴だったのを覚えている。無論、走る速さもスポーツテストではクラスで毎回最下位争いをしていた。
そんな有海がこのペースをずっと維持してこの悪路を走っている。俺は昔のことを思い出し、口元が緩んでしまった。
目の前を進む若井さんは、強化鎧の扱いに慣れてきたのか、障害物を華麗に避けている。
直進していたかと思えば、スピードを落とさず横とびしながら障害物を避けたり、障害物を背にし、一回転しながら避けたり……。見ていてひやひやするが、若井さんが笑顔だから問題ないだろう。
そんなことを思いつつ走っていると、俺は目の先の地面が途切れていることに気づいた。10m程の空間を開けて、また地面が続いている。俺はそれを見て、一瞬判断を迷う。
≪谷でしょう。下に小川が流れています。身体強化されていますので問題ありません。飛んでください≫
コンマ1秒程考えていると、AIから念話が入った。成る程、考えもフォローしてくれるらしい。
しかし、あの距離を飛ぶのか……。
『飛びこえます、私に続いてください』
AIからの報告とラップしながら、若井さんから指示が飛ぶ。
ふむ……。腹をくくるしかないか。
その後300m程走ると、俺は地面を蹴り上げた。
今まで感じたことのない浮遊感と滞空時間を感じ、俺は恐怖を覚える。
思考力を最大まで高め、俺は周りの状況を感じ取った。
俺は、地面から10m程の高さを浮遊していた。
しかも、思考力を極限まで高めているからか、周りの動きがやけに遅い。普通に山を歩く程度のスピードで空中を進んでいるのを感じる。
空気の流れも先ほどとは比べ物にならないほどゆっくりに感じる。そして、森の木々に留まる鳥達は微動だにせず、普段は風で揺れているだろう木々も静止していた。
俺は空中での進行方向と、地面からの離れを瞬時に計算し、対岸に余裕で着地できることを理解した。そして恐怖心から解放されたのか、思考力を普通の状態に戻した。
その直後、俺の耳に空気を切り裂く轟音が戻り、俺は対岸への着地に成功した。
『遅れている方はいませんか?』
着地した直後、若井さんから念話が入る。
『後列3人とも無事に着地しています。全員遅れていません』
今度は有海から念話が入る。
有海もあの距離を飛べたか……。この鎧はすさまじいな。
俺はそんなことを考えていると、敵にこの鎧を奪われることが頭をよぎり、一抹の不安を感じた。
その時、瞬時にAIから念話が届く。
≪この鎧は、"最初に指定された人"しか着用できません。"指定した人"が望むならば、念じれば遠方でも破壊することが可能です。つまり、敵に奪われたら容赦なく破壊の指示を≫
なんと、そんな機能があったのか。俺は感心してしまった。
しかし、このような機能は事前に皆に知らせておくべきでは……。
飯島リーダーも有海をこの能力を伝え忘れているのか……。
俺は二人が少し心配になる。
≪……≫
俺の考えを汲み念話を送ってくれるのならば、ここでもAIから話しかけてくれると思ったのだが、念話は届かなかった。開発者には頭が上がらないのだろうか……?
俺はそんなことを考えていると、また口元が緩んでしまった。
≪……余計なことは考えない方が身のためですよ≫
『おいAIさんよ、何か言ったか?』
≪何でもありません。気にしないでください≫
やけに小さい思念波で話かけられた気がしたが、まあ気にしなくても良いだろう。
……というか、こいつとは会話が可能だったのか。そりゃまあ当然か。AIだもんな……。
その後は大きな障害物もなく、あと500m程で目的地だというところまで俺達は走破した。
俺のスマートウォッチが表示している赤い点が点滅している。近くにいるということを警告してくれているのだ。
その時、若井さんが大きな岩の前に急に静止し、岩陰に隠れた。
俺もそれに追従する。
遅れることコンマ数秒。有海たちも同じように岩の下に滑り込み、身を隠した。
『敵のアジトが近い。ここからは慎重に行動しましょう』
若井さんが念話で俺達に話しかけた。
俺達は互いに顔を見合わせ、頷く。
そして、俺はAIに指示を出した。
『アジトに潜入する。極力気配を消すように頼む』
≪昭人様、承知しました。では、隠密モード展開します≫
AIからの報告に俺は満足する。
これは、事前打ち合わせ時にAIに組み込んだ応戦テンプレートの1つだ。
足音を極力出ないようにし、敵に見つかりやすい移動時間を高速移動で短縮させる。そして5感の能力を向上させ、周りの違和感をすぐにキャッチできるようにする……。俺が意識しなくてもこの動きをAIが自動的に行ってくれるのだ。勿論キャンセルしたければ念じればキャンセルできる。また、行先や目的はこちらが念じれば自動的にAIが理解してくれる。「応戦テンプレート」とはなんとも便利な機能だった。
事前打ち合わせ通り、全員が隠密モードを展開したことを察した若井さんは、皆を見て満足した表情を浮かべる。
『では、いきます。腹をくくりましょう』
若井さんが岩陰から飛び出し移動を開始した。
さあ、これからが本番だ。俺と有海の未来のためにも、最善の結果を残すしかない。
俺は再度決心すると若井さんに続き、俺も岩陰から飛び出した。




