第二十六話:「警察」
あの襲撃事件があった日から10日後の朝、俺は自分の車に海人と有海を乗せ、海人が通う小学校の正門に到着していた。俺達が敵にいつ襲われるかわからないので、俺は可能な限り二人を送り迎えするようにしていた。
「ありがとう! 行ってきます!」
海人は正門前に車が静止するのを見計らい、後部座席のドアを開け、鞄をひったくり元気よく車から飛び降りた。そして、彼は車の前で出迎えてくれていた女の人へ飛びつく。
彼女は彼に飛びつかれると、若干驚きつつもすぐに満面の笑みとなった。
「海人がすみません……。今日もよろしくお願いします」
車のウィンドウを下した俺は、白いマスクを外し、彼女に目線をあわせてから会釈をする。
「はい、承りました。海人君に危険がないようにしっかりと見張っておきます」
彼女は緊張した面持ちで俺を見つめながら、高らかに宣言した。
彼女はこの小学校の教諭、難波美代子だ。社会人3年目といっていたから、年齢は20台前半ぐらいだろう。彼女は海人の学級の担任で、俺達の状況を学校に相談した際、このように出迎えてくれるようになった。
「下校時はいつもの保母さんが迎えにきます」
「お迎えの方は変更なしですね! 了解しました!」
難波さんはきりりとした表情ではきはきと返答してくれた。
俺は難波さんとの事務連絡を終わらせた後、海人へと向き直る。
「怪しい人にはついて言っちゃだめだよ? 今日迎えに来る人はいつもと同じ人だからね」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ~! 了解!!」
彼は元気よく返事をした。
彼のそんな状況に俺は満足すると、俺は頷きつつマスクをつけなおし、口元を隠す。
そして、車のウィンドウを閉めた。
「さ、有海。出社するか」
俺は助手席に座っていた有海へ向き直り、そう語り掛けると、彼女はマスクを外しにっこりと微笑む。
「うん。今日もよろしくね」
俺は彼女の言葉を聞き頷くと、車のアクセルを踏み車を発進させる。行先は有海が通う河合エレクトロニクスの本社だ。
俺達の変装も、あの襲撃事件の翌日から改良をした。流石にあのカオ○シの仮面では目立ちすぎるからだ。普通の白い使い捨てマスクと、帽子をつけることにした。これでも不審者にしか見えないが、仕方がないだろう。
俺は本社で有海を下し、研究棟へと向かう。研究棟は本社から車で10分の所にあった。
「やべ、もうこんな時間か……」
腕時計を見て俺は唸る。出社時刻まであと20分だった。
俺は車のアクセルを踏み込み、足早に研究棟へと向かった。
俺は出社時刻5分前に職場へと滑り込むと、手持ちのICカードを使って出勤打刻をした。
「ふう……」
俺は一息つくと、マスクと帽子を外し、鞄を机の横に掛け椅子に座る。すると俺が出勤するのを待っていたかのように一人の社員が俺の部屋へと入ってきた。
「失礼します」
彼女……飯島藍那は一礼した後そう言うと、俺の顔を伺いながら資料を提示する。
「課長、予算要求書の確認をお願いします」
渡されたのは10枚もののレポートのようだ。到底すぐに確認できる資料ではない。
「……了解。決裁が終わったらあとでラボに持っていくから先に戻っていなさい。質問は電話するから」
「了解です。待っています」
彼女はそう言い残すと、そそくさとラボへ戻っていった。
「うむ……」
俺は先ほど渡されたレポートを読み終わり、唸る。その内容は、ロボットに取り付けるパーツの技術開発について今までの成果とこれからの展望をまとめ、今後の研究費の概算が記載されている資料だった。
開発結果としては、より強固な素材を用いた耐衝撃性を備えた物や、攻撃を受けた際にそれを受け流す機能を付加したパーツなどが紹介されていた。
「これは……対人戦用に使われたらいろいろとまずいな」
俺はそう呟くと、飯島リーダーへと電話をかけた。
数秒の発信音の後、電話が繋がる。
『もしもし』
電話口から飯島リーダーの声が聞こえる。今回画面表示はOFFにしているため、飯島リーダーの顔は確認できない。
「もしもし、小林です。レポート読んだよ」
『あ、ありがとうございます! どうでしたか?』
少し興奮した声色で問いかけてきた。
「うむ。かなり良い出来だと思う。だけど、今後の展望についてちょっと気になるんだよね」
俺は続ける。
「今後の展望で、対人戦に使うって書いてあるんだ。これは具体的にどのようなことを想定しているのかな?」
『えっと……。自衛用です! SPとか』
「なるほど……。対人戦って書くと、争いを助長しているように見えるから、自衛でとどめておいてほしい。会社としても戦争とかを助長するつもりはないからね」
『了解しました!』
元気よくはきはきと受け答えする飯島さんに満足した俺は、一つ気になることを質問した。
「しかし、いつこんな物を研究していたんだ? 全く知らなかったぞ」
俺は全ラボの研究進捗を把握しているつもりだったが、こんなものを研究開発している旨は月一のミーティングの時にも全く知らされていなかった。
『えっと……。小林課長が着任する前から動いていたんですけど、しばらく止まっていたんです。私のラボが少し手が空いたので、指示を出して研究を進めていました』
「ふむ……。そうだったのか」
訝しげな声色になった俺はそう返答する。
そんな声を聞いてからか、飯島さんから発言がなくなってしまった。
若干間が空く。
少し気まずくなってしまった俺は、話を進めた。
「じゃあ、気になったところを添削して返すから、後でまた持ってきてくれ。その時決裁するから」
『はい。待っています』
俺はそう言うと、電話を切った。
◇
「ふう……」
終礼間際、今日の仕事を全て終わらせた俺は一息をついた。そろそろ定時になる。退社時後俺は有海を迎えに行かなければならない。そのため、俺は有海に仕事の進捗を確認するため、腕時計型のスマートウォッチの画面を開いた。
「おや……?」
既にメッセージに着信があり、有海から仕事の進捗具合について連絡が来ていた。
「仕事終了が20時目途か……」
このメッセージに返信した俺は、この空き時間を有効活用するため、足早に退社することにした。
やろうと思っていることは、桜井さん拉致事件の捜査進捗確認だ。近所の常盤警察所に出向いて、直接聞こうと思ったのだ。
腕時計型のスマートウォッチで常盤警察署の営業時間を確認すると、俺はマスクを深々にかけ、駐車場へと向かった。
◇
俺は車を警察署の駐車場へと止めると、マスク姿のまま入場する。そして受付嬢に身分証明書を見せると、端的に用件を述べた。
「会社の元同僚で、桜井さんって人がいるんですが、2週間程前に拉致されました。その拉致事件の調査進捗を確認したい」
すると、ニコニコ顔だった30代ぐらいの女性の顔が一転曇る。
「……承知いたしました。少々お待ちください」
彼女はそう俺に告げると、持ち場を離れ後ろの部屋へと消えた。
暫く待つと、彼女が戻ってきた。そして、俺にこう告げる。
「すみません。確認しましたが、第三者に特定の事件について捜査の進捗を答えることはできません」
彼女は深々と顔を下げつつ回答した。
「なるほど……」
俺はそう呟く。なるほど、第三者には回答してもらえないのか……。
俺は納得すると、彼女へこう告げる。
「では、同日夜に起きた私の家の襲撃事件について、捜査進捗を教えていただけますでしょうか」
「はい。かしこまりました」
彼女は事務的に、冷徹に回答すると、また後ろの部屋へと消えていった。
また暫くたち、彼女が戻ってくる。
「お待たせしました。機密情報ですので奥の部屋でお話いたします」
彼女はそう宣言すると、俺を奥の部屋へと促す。そして、ドアを開けて中に入るように手で指し示した。
「こちらにお座りください。後ほど捜査担当者が伺います」
彼女は、奥の部屋の来客用の椅子に座るように手で示した。
「はい。ありがとうございます」
俺がその席に座った後、彼女は満足した表情となり、部屋を後にしていった。受付へと戻っていったのだろう。
待っている間、俺はこの部屋を座りながら見まわした。部屋は1オフィスといったところで、かなり大きく見えた。
鼠色の仕切り板を挟んで他の来客ブースとを区切っており、通路を挟んで反対側には机が何個も置かれていた。そして、その机は半分程人で埋まっており、その人達は椅子に座りパソコンに向かって作業をしていた。
ロボットによりあまり自動化されていないオフィスを久々に見た俺は、2020年代の河合エレクトロニクスの光景が目に映り、懐かしい気持ちとなった。
そんな最中、一人の男性が俺の座っている来客ブースへと近づいてきた。手元にはファイルを携えている。事件の捜査進捗が書かれているのだろうか。
彼は俺の対面へと座ると、深々と礼をした。
それにつられ、俺も礼をする。
「お待たせしました。常盤警察所の中本と申します。柊木は本日早番で不在なので、代わりに私がお答えします」
真剣な面持ちの中本さんは、俺を見据えて発言する。その目はぎょろっとしており、俺は不審な行動をしたらすぐに見抜かれそうな凄みを感じてしまった。
「お忙しいところ申し訳ありません。本日はよろしくお願いいたします」
俺は中本さんの凄みに蹴落とされそうになりながらも、再度深々と礼をした。
「で……。本日は、事件の捜査進捗を確認したいと?」
挨拶後静寂に包まれた最中、中本さんから確認がきた。
「はい、その通りです。お願いできますでしょうか」
すると一転、彼の表情が曇る。
「はい……。非常に申しあげにくいのですが、進捗は芳しくありません」
「そうなんですか……。ミヤビの発信地点もお伝えしましたが、そこへ捜査はされたのでしょうか?」
俺は襲撃事件の翌日、発信機からくるミヤビの地点を警察に伝えていた。柊木さんと話し、その情報が警察内で回ったのか、警察が電話でそれの送付をお願いしてきたからだ。
「はい。確認してまいりました。しかしそこはただの倉庫でした」
「……なるほど。ミヤビは発見できましたか?」
「すみません。そこまでの情報は記録されていません」
「……え?」
あまりにも事務的な回答に俺はびっくりしてしまった。
「倉庫だと確認しただけで、他はわかっていないのですか?」
「私が持ち合わせている情報は今話をしたことです」
中本さんは、先ほどと打って変わり下をうつむきながら回答を続けた。
「……! では、桜井さん拉致の捜査はどんな進捗ですか?」
そんな対応に俺は若干苛立ちながらも別の話を聞いてみた。
「貴方なのでご回答しますが、そちらも特に進捗はありません」
「犯人の見当もついていないのですか?」
「ロボットが犯人だということしか……。黒幕はまだわかっていません。桜井さんの行方もです」
予想外な答えがきた。まさか10日もたっているのにこんな状況だとは……。
その後俺は何度か食い下がってみたが、答えは俺が知っている限りの答えしか出てこなかった。
「……了解です。本日はありがとうございました」
俺は若干苛立ちつつ、彼を見据えてこう答えた。
「すみません。お役に立てなくて」
俺はその言葉を聞いた後、椅子から立ち上がり元の道を引き返した。
ドアを開け、その部屋を出る際も、彼が「すみません。すみません」と頻りに呟いているのが聞こえた。
「はあ……」
時刻は19時過ぎ、全くと言っていいほどの成果がなかった俺は、ため息をつきながら警察署を後にする。
外は夕暮れとなっており、もう薄暗く足元は見えにくかった。
「……あんたも警察に失望したんかい?」
そんな夕暮れの最中、俺は男の声を聞く。警察署の玄関横を見やると、そこには半そで短パンの30歳程の男が立っていた。
明らかに怪しげな男を前に、俺はマスクを触り、顔の隠れもれがないことを確認する。
「……あなたは?」
俺は訝しげな声で彼に問いかけると、彼は棒が入ったかの如く背筋を真直ぐにし、敬礼をした。
「はい! 申し遅れました!! 探偵をしております! 竹内と申します!」
何とも小物臭がする人だった。
「探偵??」
俺は怪しいものを見るような気持ちで答える。
「はい! 難事件でもなんでも解決して見せます!」
しかし、俺はまだこんな怪しさ全開のやつに事件を任せる程焦っているわけではなかった。
「はあ……。今忙しいので、これにて」
俺は竹内さんの目を見ないようにしながら、その場を後にしようとする。
しかし、彼のある発言を聞き俺は足を止めてしまった。
「ロボットを使った誘拐事件でお困りなのですよね? ……証拠はたくさん持っていますよ?」




