見せつける
予選を勝ち抜き、私たちは息を整えながら控室へと続く薄暗い廊下を歩いていた。緊張の糸が少し緩んだその時、前方から横柄な足音が近づいてくる。
進路を塞ぐように立ちふさがったのは、豪華な装飾の入った制服をまとった男たちだった。第一騎士団の紋章をつけたその男は、値踏みするような冷ややかな視線を私たちに向け、鼻で笑った。
「へえ、これが噂の第二騎士団の新米か。コネとやらせで予選を抜けた小娘が、調子に乗ってんじゃねえよ。」
嫌味な笑みを浮かべた男が、わざとらしく私の肩に体当たりをして通り過ぎようとする。実家にいた頃なら、嫌味を真っ直ぐに受け止めて俯くだけだったかもしれない。
しかし、私の頭に浮かんだのは彼から発せられる嫉妬と焦燥のにごった赤黒いオーラだった。実力で勝ち上がった私たちに恐怖しているからこその威勢だと分かると、怒りよりもむしろ冷めた呆れが勝った。
「どいてください。」
私は足を止めず、すれ違いざまに肩を軽く弾き返した。予想外の反発に、男はバランスを崩してよろめく。
「なっ……テメェ!」
リーダー格の男が乱暴に私の腕を掴み、壁へと押し付ける。逃げ場のない空間で、男は歪んだ笑みを浮かべながら、私を殴りつけようと大きく振りかぶった。実家にいた頃の嫌な記憶が頭をかすめ、私は思わず目を閉じ、身構えた。
その瞬間――。
風を切り裂くような鋭い足音とともに、目の前に大きな影が飛び込んできた。
「……っ!」
鈍い衝撃音と、微かに血の匂いが鼻腔をかすめる。恐る恐る目を開けると、そこには私を庇うように立ち塞がったウォルターの姿があった。
男が放った強烈な拳は、ウォルターの頬をかすめ、わずかに切れた皮膚から赤い一筋の血が流れ落ちていた。
「ウ、ウォルター……! いや、こいつが先に――」
「卑劣な真似をするな」
ウォルターの低く冷え切った声が、回廊の空気を凍りつかせる。その体から放たれた怒気を含んだ青いオーラは、先ほどまでの比ではないほどの圧倒的な威圧感をまとっていた。
言い訳すら忘れ、男たちは恐怖に青ざめると、蜘蛛の子を散らすように慌てて逃げ出していった。
静まり返った回廊に、私たちの足音だけが響く。
私は慌ててウォルターに歩み寄り、その頬の傷を見上げた。彼の腕に触れた瞬間、いつもとは違う、私を心配する強い切なさと怒りが混じった感情の波が流れ込んでくる。
「ウォルター先輩、怪我が……!」
「……問題ない。かすり傷だ。」
ウォルターは自分の頬に触れ、何でもないように淡々とそう言った。だが、その瞳の奥には、私を傷つけられたことに対する確かな怒りと、無事を確認するような深い色が宿っていた。
自分の無力さに歯噛みしそうになる私に向かって、ウォルターは大きな手をそっと伸ばし、乱れた髪を乱雑にひと撫でした。
「怪我はないか。お前が無事ならそれでいい。」
その不器用な優しさに触れたとき、胸の奥が熱くなり、私はギュッと拳を握りしめて小さくうなずいた。
午後の光が照りつける本戦の闘技場は、予選を勝ち抜いた者たちだけが纏う緊迫した空気で満ちていた。
第二騎士団の代表としてコートに立った私たちの対戦相手として現れたのは、先ほど廊下で絡んできた第一騎士団の男たちだった。向こうも私たちの姿を認めると、先ほどの件の恨めしさと、格下の新米を叩き潰してやろうという歪んだ敵意を剥き出しにした笑みを浮かべる。特に私を睨みつけるリーダー格の男からは、ねっとりとした不快な濁ったオーラが立ち上っていた。
「おい、さっきの借りはここでたっぷり返してやるよ。女が調子に乗れるのもここまでだ。」
対戦の合図を待つ間、男が吐き捨てるように低く呟く。
私は恐れるどころか、冷めきった瞳でその男を見据えた。ウォルターの頬に傷を負わせた連中だ。あのとき感じた歯がゆさや悔しさは、すべてこの瞬間のための燃料に変わっている。私の後ろにはオリバーが頼もしく控え、そして通路の向こうには、私たちを見守るウォルターの姿があった。
「口だけじゃないこと、証明してあげるわ。」
静かに言い返すと同時に、試合開始を告げる重々しい銅鑼の音が響き渡った。
一斉に踏み出す足音とともに、男たちが荒々しい気迫を乗せて突進してくる。私は一歩も引かず、握りしめた剣の柄に力を込めて、因縁の相手へと真っ直ぐに駆け出した。銅鑼の音が消え切る前に、第一騎士団のリーダー格が怒声を上げて飛び出してきた。その剣筋は怒りに任せて荒く、しかし鍛え上げられた第一騎士団らしい重い魔力を纏っている。「消えろ!」という叫びとともに、頭上から容赦なく振り下ろされる一撃。
私は一歩も引かず、その軌道をじっと見据えた。
剣と剣が激突し、キイィィと耳を刺すような金属音が闘技場に響く。衝撃が腕の骨を伝い、痺れるような痛みが走るが、私の足はびくとも動かない。一ヶ月間、ウォルターの下で叩き込まれた体幹と基礎が、私をしっかりと地面に繋ぎ止めていた。
「なっ……!?」
男が目を見張り、力任せに押し返そうと踏み込む。しかし、その刹那、相手の剣の柄に私の手がわずかに掠めた。
瞬間、怒りと焦燥に満ちた彼の本音が濁った波として流れ込んでくる。
――(ふざけるな、たかが新米の小娘のくせに……!)
焦りと動揺。それが分かれば、次の動きなど手に取るようにわかる。
私はすかさず力をいなし、相手の踏み込みを利用して身体を半身ずらした。流れるような身のこなしで懐へ滑り込み、柄頭で相手の脇腹を鋭く打撃する。
「ぐっ……!」
男が息を詰まらせて大きく体勢を崩した。そこを逃さず、後ろに控えていたオリバーが鮮やかに動く。
「お前の相手は俺だろ!」
オリバーの放った鋭い回し蹴りと剣の柄による追い打ちが、男の盾を完全に打ち砕いた。バランスを失ったリーダー格の男は、そのまま闘技場の地面に派手に転がり落ちる。
「くそっ、何をしてる! 加勢しろ!」
残された他の仲間たちが慌てて私とオリバーを取り囲もうと殺気を漲らせる。私は呼吸を一つ整え、剣をしっかりと構え直した。私たちが鍛え上げたものは本物だ。その証拠を、今ここで完璧な勝利として叩きつけるために、私たちは再び踏み出した。
リーダー格の男が崩れ落ちたことで、残された第一騎士団の仲間たちの間に動揺が走った。「おい、立て直せ!」と誰かが叫ぶが、連携の乱れは隠しようもない。彼らから放たれる焦りと恐怖の濁ったオーラが、手に取るように伝わってくる。
「隙だらけだぜ!」
オリバーが気勢を上げて突進し、残る二人のうちの一人を足止めした。敵がオリバーの対応に気を取られたその瞬間、私はもう一人の男の懐へと一気に踏み込む。
相手が慌てて剣を振り回すが、怒りと焦りに満ちた攻撃など軌道は丸見えだった。私は最小限の動きでそれをかわし、相手の剣を持つ手首の急所を的確に叩き落とす。
「っ……!」
武器を取り落とした男が呆然とした表情を浮かべた隙を逃さず、私は柄で相手の胸元を鋭く突いた。重い衝撃に息を詰まらせ、その男もたまらず膝をつき、そのまま地面に倒れ込む。
これで残るは、最初に倒したリーダー格の男だけだ。
這い上がろうともがく男の前に、私は静かに歩み寄り、その喉元へと剣先をピタリと突きつけた。
「勝負あり、よ。」
男は悔しそうに歯噛みし、地面を殴りつけたい衝動を露わにしながらも、もはや反撃する気力を失っていた。
その瞬間、高い角笛の音が鳴り響き、審判の声が勝敗を高らかに告げた。
「勝者、第二騎士団!」
観客席からどよめきと大きな歓声が沸き起こる。
一ヶ月前まで「コネ入団の役立たず」と陰口を叩かれていた私が、第一騎士団の精鋭を真っ向から打ち破ったのだ。その事実は、周囲の見る目を一変させるには十分すぎた。
私は剣を鞘に納め、大きく息を吐き出した。
熱を帯びる闘技場の中で、私は視線を後方に向ける。そこには、一緒に戦った先輩方と、腕を組んで真っ直ぐこちらを見据えるウォルターの姿があった。
言葉はなくとも、彼のその瞳に宿る深い青の光が、よくやったと語りかけている気がした。
私は小さく息を整え、共に戦ったオリバーと視線を合わせ、力強く頷き合った。




