入団テスト?
王都の第二騎士団の門をくぐった私を待ち受けていたのは、歓迎の言葉ではなく、ぶっきらぼうな男の冷たい声だった。
「お前がテイラー家から送り込まれたリズか。
ふん!そう簡単に入団出来ると思ったか?勘違いするな。これからするのは入団手続きじゃない。『入団テスト』だ。」
受付に立っていた頑丈そうな体格の騎士が、私の全身を値踏みするようにじろじろと見る。その背後から出ている感情の色は、面倒くさそうな茶色と、どうせすぐに泣いて逃げ出すだろうという侮りの灰色が混ざっていた。
「テストに落ちたらどうなるんですか?」
「決まっているだろ。不合格なら即座に追い返す。ちなみに、お前の父親からは『二度と我が家の敷居を跨がせるな、どこで野垂れ死にしよう知ったことか』と念押しされている。」
男の冷たい言葉に、周囲にいた他の騎士たちも同情するどころか、冷ややかな視線を向けてくる。彼らのオーラは一様に、厄介払いされた落ちこぼれを見る色をしていた。
だが、私の心は不思議と波立たなかった。
家に帰る気など最初からゼロだ。あんな嘘まみれの家に戻るくらいなら、ここで野垂れ死んだ方がマシだ。
「わかりました。そのテストとやらを受けます。」
私がまっすぐに前を向いて返事をすると、男は意外だったのか少しだけ意表を突かれたように目を見開いた。
「……いいだろう。試験内容はシンプルだ。この訓練場で、俺の部下一人を相手にして、一太刀でもかすめることができたら合格だ。怪我をしても文句は言うなよ。」
指し示された中央のリングには、すでに木刀を持った屈強な男が立っていた。あきらかに体格差があり、まともにぶつかったら吹き飛ばされるだろう。
私は深呼吸をひとつした。
服の上からでもわかるしなやかな筋肉のラインに力を込める。実家で虐げられ、常にピリピリとした空気を読んで身を守ってきた私には、相手のわずかな動揺や攻撃の軌道を読む目がある。
「わかりました。お願いします。」
冷徹な視線が注がれる訓練場で、私の新しい人生が幕を開けた。
「おいテイラー、手加減はなしだ。覚悟しろよ。」
相手の騎士が低く唸りながら、木刀を構えて踏み込んでくる。
その背後で揺らめくオーラは、容赦のない冷たい青。そして木刀から頭の中に直接飛び込んできた心の声は、(一撃で泣かしてやればさっさと諦めるだろう)という侮りの響きだった。
私は一歩も引かず、じっと彼の動きを見据えた。
次の瞬間、彼の右肩の筋肉がわずかにぴくりと動き、足の重心が前傾した。――来る。
「はあっ!」
鋭い気合とともに、重い木刀が私の頭上めがけて振り下ろされる。
周囲から「危ない!」というどよめきが漏れたが、私にとってはスローモーションのようにその軌道がハッキリと見えていた。相手の狙いは右。だが、その直前のわずかな迷いや、私の動きを警戒する戸惑いの色が彼の足元にチラついていた。
私は紙一重でその一撃をヒラリとかわす。
風を切る木刀が空を切り、男のバランスがわずかに崩れた。その隙を逃さず、私はしなやかな体躯を生かして一歩踏み込む。
手に持っていた訓練用の木刀を、彼の脇腹へと正確に突き出した。
「っ……!?」
鈍い音とともに、男の動きがピタリと止まる。
私の木刀の先端は、彼の服の布地をしっかりと捉えていた。一太刀かすめるどころか、完全に急所をとらえた形だ。
静まり返った訓練場に、風の音だけが吹き抜ける。
周囲で見守っていた騎士たちは、細身の少女が一瞬で屈強な男をいなした光景が信じられないのか、ぽかんと口を開けて固まっていた。
試験管の男は信じられないものを見る目で私を凝視し、彼のオーラから侮りの色は消え失せ、代わりに強烈な驚きを示す白を纏っていた。
「……まじかよ。一瞬で懐に入られたぞ……。」
漏れ出た本音の呟きを耳にしながら、私は静かに木刀を下ろし、まっすぐに担当官を見据えた。
「これで、合格でいいですか?」
私の問いかけに、ざわついていた周囲の騎士たちがようやく現実に戻ったように静まり返る。試験管として立っていた男は、ひきつった笑みを浮かべながらも、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……合格だ。おい、誰か、この新人用の寮と制服の案内をしろ!」
担当官の声が響いた瞬間、周囲で見守っていた騎士たちからどっと歓声が上がった。
先ほどまで冷ややかな目を向けていた男たちの背中から出ているオーラは、面白がるような明るい色に変わり、「やるじゃねーか!」「あの体格差で一瞬だったぞ!」と口々に称賛した。
侮られていた空気が一変し、妙な一体感の中で私は新米騎士としての第一歩を踏み出した。
案内された新人用の寮は簡素ながらも清潔で、自分ひとりの空間が確保されていた。固いベッドの上にわずかな荷物を置き、支給されたばかりの制服に袖を通す。しなやかな布地が体に馴染み、身が引き締まる思いがした。
「よし……。」
一息つく間もなく、今日の最後の一仕事が残っている。新入団員は、本日のうちに第二騎士団のトップである団長へ挨拶に行かなければならない。
私は廊下の壁に掛けられた案内板を頼りに、ひんやりとした石造りの廊下を歩き、最奥にある団長室の扉の前に立った。
深呼吸をひとつして、落ち着いたトーンでノックをする。
「失礼します。第二騎士団へ配属となりました、リズ・テイラーです。ご挨拶にまいりました。」
扉の向こうから、低い声で「入れ」と返答があった。
私は緊張を胸の奥にしまい込み、重厚な扉を押し開けた。




