*アーサーSide
応接室の扉が「カチャリ」と静かに閉まり、リズが放心状態のまま去っていった気配を確認すると、アーサーはふっと柔らかく、しかしどこか熱を帯びた笑みを浮かべたままソファに深く腰掛けた。
静まり返った部屋の中で、彼の脳裏によみがえるのは、すべての始まりとなったあの日のことだ。
――まさか、本当に奇襲を受けるとはね。
商会のトップとして数々の修羅場をくぐってきたアーサーですら、あの時は「ここまでか。」と覚悟を決めた。冷や汗が背中を伝い、冷たい刃が首筋に迫ったその瞬間――。
漆黒の夜闇を切り裂くようにして、一人の騎士が飛び込んできた。彼女は一切の迷いなく自らの体を投げ出し、彼の盾となったのだ。
生温かい血が飛び散り、野党の剣は彼女の背中を深く切り裂いた。だが、そんな傷など気にするそぶりもなくあっという間に倒していく。
辺りに静けさが戻ると自分の傷など顧みず、血を流しながらも「――アーサー様、ご無事ですか!」と必死に安否を確かめるように瞳を潤ませる姿。
その瞬間、アーサーの心臓は激しく跳ね上がった。
計算高い者、保身ばかりの者、権力にすり寄る者ばかりを見てきた商会のトップが、命を賭して自分を守ってくれたあの背中と、血まみれになりながら見せた真っ直ぐな瞳に、一瞬で心を奪われていた。
そして、無事に貿易都市オルテアへ到着してからの日々は、まさにあの手この手の連続だった。
あの不器用な騎士の気を引こうと、彼女が目を奪われた品をさりげなく贈ろうとしてみたり、甘いものを口実に連れ出してみたり――。けれど、少し高価な品を贈ろうとすると「そんなもったいないもの受け取れません!」と真面目すぎる顔で固辞され、冗談まじりに好意を伝えても「さすが商会長、お上手ですね!」と見事にスルーされる。これほどまでに恋愛耐性がゼロで、かつ男心を狂わせる鈍感な女性は珍しかった。
どうにかしてその分厚い「仕事」の壁を打ち破り、自分を意識させようと、オルテアでの滞在中もずっと必死の連続だったのだ。結局滞在中受け取ってもらえたのは、彼女の瞳の色と同じエメラルドグリーンのネックレスのみだった。それもお守りとしてだと無理やりな理由をつけて。
だが、それがいい。
あの不器用で真っ直ぐな騎士を、自分だけのものに染め上げていく過程を想像するだけで、胸の奥が甘く疼く。
――さて、今頃あの不機嫌な猛犬……ウォルターが、ギリギリと歯ぎしりをしている頃だろうか。
アーサーは窓の外に目を向け、どこか楽しげな光を瞳に宿しながら、再び静かに紅茶のカップを手にとったのだった。




