からかい
オルテアでの滞在が続く中、不思議な変化が訪れた。次の日から、私がアーサーに誘われて街へ出かけると、なぜか決まってウォルターがついてくるようになったのだ。
「ウォルター先輩、今日もご一緒されるんですか?」
「……任務のついでだ。街の治安維持を確認する。気にするな。」
そうぶっきらぼうに告げるウォルターを先頭に、奇妙な「3人での街歩き」が始まることになった。
その日も、広場に並ぶ露店を巡りながら歩いていた。私が少し離れた場所で、職人が手作りしたガラス細工の小瓶の美しさに目を奪われ、私自身の意識が目の前の品物に集中し、周囲の音が少し遠のいていた時のことだった。
足を止めた私をよそ目に、並んで歩いていたアーサーが、ぴたりと歩調を緩めたウォルターの隣へとさりげなく体を寄せる。
「――ねえ、ウォルターさん。」
アーサーは先ほどまでの柔らかな笑顔を少しだけ引っ込め、瞳にどこか挑戦的な光を宿しながら、低い声で囁いた。
「そんなに険しい顔をして、ずっと僕たちの後をついてきて……。もしかして、リズさんが僕に取られそうで心配なんですか?」
ふいに向けられた直球の探りに、ウォルターの眉間がピクリと大きく跳ね上がった。周囲の喧騒にかき消されるほどの小さな声だったが、ウォルターはわずかに喉を鳴らし、射抜くような鋭い視線をアーサーに向ける。
「……ふざけたことを。俺はただ、部下の素行と街の安全を確認しているだけだ。商会長の勘違いもいい加減にしろ。」
吐き捨てるようなウォルターの低い声には、図星を突かれた焦燥と、隠しきれない苛立ちがはっきりと滲んでいた。
しかし、アーサーは怯むどころか、さらに笑みを深くして、静かに首を横に振る。
「勘違いなんかじゃないさ。……それに、僕は本気ですよ、ウォルターさん。」
その穏やかでありながらも圧倒的な熱を帯びた声に、ウォルターはわずかに息を呑んだ。商会長として数々の修羅場をくぐってきた男の瞳には、一切の迷いも冗談の色もなく、ただまっすぐな独占欲と本気度が映し出されていた。
「――っ」
ウォルターが言葉を失った隙に、アーサーは意味ありげにふっと笑う。そして、ガラス細工の小瓶に見入っている私のほうへと振り返り、「リズさん、こっちの店も面白いものがあるよ。」と声をかけてきた。
私は「はい、今行きます!」と元気に返事をし、二人の間に漂っていたピリついた緊張感などまったく気づかないまま、再びトコトコと彼らのもとへ駆け寄るのだった。
アーサーに呼ばれて笑顔で駆け寄った私に、彼は何事もなかったかのように「これ、すごく綺麗な色だろう?」と、宝石の小物を指し示してみせる。
「わあ、本当ですね……!」
アーサーの穏やかなエスコートに、私は「さすが商会のトップの方は、どんなところでも見識が広くてすごいなあ」と感心しきりだった。そのすぐ後ろを、まるで氷点下の吹雪でも背負っているかのように険しい顔をしたウォルターが無言でついてきていることにも全く気づかず、私はすっかり街歩きを満喫していた。
一方のウォルターは、アーサーの宣戦布告とも取れる「本気ですよ。」という言葉を飲み込まざるを得ず、拳を固く握りしめていた。
その後も不機嫌オーラを隠そうともしないウォルターを引き連れ、私たちはオルテアの広い大通りを歩き続けた。一歩歩くごとに後ろからギシリと音がしそうなほどの険しい圧が伝わってきて、さすがの私も「ウォルター様、なんだかずっと機嫌が斜めだな……」と気になり始める。
(もしかして、私たちが好き勝手に出歩いているせいで、ストレスが限界に達しちゃったのかな……? それとも、任務のことで何かお怒りなのかも。そうだ!何か甘いものでも食べて少しでも機嫌を直してもらえないかな……!)
私はふと目を凝らし、道沿いに並ぶ店の中から、街の人たちに人気の評判の良さそうな菓子店を見つけた。店頭には、香ばしい焼き目と甘いクリームが詰まった、この街の特製タルトが並んでいる。
「ちょっと失礼します!」
私はアーサーに軽く声をかけ、道沿いの賑やかなクレープ屋台へと小走りで駆け寄ると、一番人気だというフルーツと生クリームたっぷりの特製クレープを購入した。
「お待たせしました、ウォルター先輩!」
戻ってきた私は、自分で持っていたクレープの包みを、目を輝かせながらウォルターの前に突き出した。
「これ、すごく美味しいって評判なんです!甘いものを食べると疲れが吹き飛ぶって言いますし、どうぞ召し上がってください!」
勢いよく差し出されたクレープと、私の満面の笑みを見つめ、ウォルターはギョッとしたようにわずかに体を引いた。私がそのまま「ほら、どうぞ!」とばかりに、持っているクレープをさらにぐっと彼の口元へと近づけたものだから、周囲から見ればまるで「あーん」を強制しているような形になってしまう。
ウォルターの端正な顔がみるみる真っ赤に染まり、気まずさと羞恥心から体を硬直させる。彼は真っ向から拒絶しようと、「ば、馬鹿なことを……自分で食え!」と顔を背けて必死に断ろうとした。
その様子を少し離れた場所から眺めていたアーサーが、面白そうにフッと目を細め、軽やかな足取りでスッと近づいてくる。
「おや、そんなに嫌なら――じゃあ、僕がもらうよ?」
アーサーはそう言って、私とウォルターの間にスッと割り込むと、私がクリームのついたクレープを差し出しているその手元にふんわりと顔を近づけ、食べようとする。
「なっ!?」
ウォルターは、アーサーに自分の分のクレープ(というか私からの好意)を横取りされそうになった瞬間、焦りと対抗心からか、真っ赤になった顔をさらに歪ませて勢いよく口を開いた。
「――っ、待て! 誰がやるか!」
ウォルターは慌てて私の手元を引き寄せると、恥ずかしさを押し殺すようにして、差し出されていたクレープを大きな一口でガブリと頬張ったのだった。
目の前で繰り広げられた出来事に、アーサーは面白そうにクスクスと声を上げて楽しげに笑い、一方のウォルターは恥ずかしさと怒りが混ざったような真っ赤な顔でぶるぶる身を震わせている。
(ふたりとも、なんだかすごく楽しそうだなあ……!)
よく分からないけれど、ピリピリしていたウォルターの不機嫌なオーラは消えたし、アーサー様も機嫌良さそうだし、結果オーライよね! と私はすっかり満足して、ケラケラと声を上げて笑った。
その後も、賑やかなオルテアの街並みをいくつかの露店を冷やかしたりしながらのんびり歩き、すっかり日も傾いてきた頃に私たちは無事、宿へと戻るのだった。




