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奇襲


峠の道幅はさらに狭くなり、両脇を切り立った崖と鬱蒼と茂る樹林が覆い隠すように迫っていた。冷えた山風が木々を揺らし、馬車の車軸が軋む音と蹄の音だけが、やけに大きく谷間に反響している。

先頭集団に寄り添いながら、私は五感を極限まで研ぎ澄ませていた。

肌を撫でる風の向き、遠くで聞こえる鳥の羽音、そして周囲の森の奥底に潜む「気配(オーラ)」。姿は見えずとも、そこに何か異質なものが存在しているのが、私の能力と直感の鋭さによってかすかに捉えられる。

(……来る。)

背筋にピリリと緊張が走る。私は右手で新しい大剣の柄をしっかりと握り締め、周囲に目を光らせた。

その時、先頭を行く馬車の御者が急に手綱を引き絞り、馬が鋭い嘶きを上げて立ち止まった。

「――止まれ!」

ウォルターの低い、一喝するような号令が峠の空気を切り裂く。

見上げた崖の上には、黒い頭巾や布で顔を隠した複数の人影が、不気味な武器を手にずらりと姿を現していた。商会の富を狙う野盗か、あるいは同業者が雇った刺客か。山肌のあちこちから、冷酷な敵意のオーラが私たちに向かって突き刺さってくる。

「第二騎士団、臨戦態勢!」

ウォルターの号令に合わせ、オリバーたち他の騎士も素早く馬車を取り囲むように展開した。

私は新しい大剣を引き抜き、鋭い眼光で崖上の敵を睨み据える。いよいよ、この旅最大の試練が始まろうとしていた。


「――散開!」

ウォルターの低い号令を合図に、崖上から雨あられと放たれた石つぶてと投げ槍が街道を抉る。私は大剣を素早く振るい、飛来する刃を叩き落としながら、前方の茂みから飛び出してきた敵の群れへと疾風のごとく踏み込んだ。

「遅い!」

敵のリーダー格と思われる男が大振りの斧を振り下ろしてきたが、わずかに体を躱して懐に潜り込み、大剣の柄頭で男の鳩尾を正確に打ち抜く。重い鎧ごと吹き飛んだ男は、そのまま背後の岩に激突して意識を失った。

周囲でも第二騎士団の精鋭たちが素早い連携で敵を圧倒している。

オリバーが鮮やかな剣捌きで二人の剣を同時に弾き飛ばし、「隙だらけだぜ!」と豪快に笑いながら制圧していく。商団を狙った賊の数は多いが、訓練された騎士団の前では烏合の衆に等しかった。

だが、私の能力は、森のさらに奥から這い寄る別の不穏な気配を捉えていた。

――まだいる。それも、これまでの野盗とは違う、魔導具の気配。

「ウォルター先輩!側面から奇襲が来ます!」

私が叫んだ瞬間、ウォルターは一言も発することなく、私の予測を裏付けるように風を切り裂いてその場から消えた。彼の疾走の軌跡が青い残像を引き、次の瞬間、馬車の側面を狙って放たれた闇討ちの魔導弾を、ウォルターの一閃が真っ二さに両断した。

爆風が吹き抜ける中、ウォルターは冷徹な眼光で茂みの奥を睨みつけ、単身で残る敵の残党を一網打尽にするべく踏み込んでいく。その圧倒的な背中を信じ、私は目の前に残った最後の敵へと大剣を構え直した。

「逃がさない!」

一歩踏み込み、鋭く放った一撃が敵の武器を粉砕し、地面へと平伏させる。


賊の群れをあらかた制圧し、戦場に静けさが戻りかけたその瞬間だった。

先ほどとは比べ物にならないほど鋭く、冷酷な殺気を捉えて背筋を凍らせた。

(……っ! こっちじゃない、これは陽動だ……!)

敵の本当の狙いは、混乱に乗じて中央の馬車にいるアーサー・アシュレイだった。周囲の騎士たちが戦闘の処理に気を取られているこの隙を突くため、わざと手薄な位置から大々的に仕掛けてきたのだ。

私は振り返る間もなく、地を蹴って商会の馬車へと全速力で駆け出した。

果たして、馬車の幌を引き裂き、隠し持った短剣を構えた刺客がアーサーの死角からまさに飛びかかろうとしていた。間に合わない――!

「アーサー様!」

反射的に叫びながら、私は自分の体でアーサーを押し潰すように庇った。

直後、背中に激痛が走る。防具の隙間を抉るような鋭い刃が肉を切り裂き、熱い血が飛び散った。視界が真っ赤に染まり、息が詰まる。

「リズさん……っ!?」

私を抱き起こそうとしたアーサーの驚愕の声が聞こえる。

背中の痛みに冷や汗が滲んだが、ここで倒れるわけにはいかない。私は痛みを怒りと気概に変え、歯をくいしばって立ち上がった。

「……それ以上、会長に近づくな!」

冷たく光る瞳で背後の刺客を睨み据えると、あまりの気迫に刺客が怯んだ。そのわずかな隙を逃さず、私は大剣を振るう。重く鋭い一撃が刺客の武器を叩き折り、吹き飛ばされた者は地面に叩きつけられて動かなくなった。

周囲を完全に制圧したのを確認し、私は緊張の糸が切れたようにその場に膝をついた。


背中に走る激痛と温かい血の感触に耐えながら、私は目の前で青ざめているアーサーを見上げた。彼の端正な顔立ちは恐怖と驚愕に歪み、私を庇わせたことへの強烈な自責の色が浮かんでいる。

「アーサー様……、無事で、よかった……。私の油断で、あなたを危険にさらしてしまって、申し訳ありません……。」

息を整えながら振り絞ったその言葉に、アーサーは激しく首を横に振った。

「馬鹿なことを言うな! 君が身を挺して守ってくれたおかげで、僕はこうして無事なんだ。それよりも君の怪我は……っ、ひどく出血しているじゃないか!」

アーサーの声はわずかに震えており、商会のトップとしての余裕はなく、ただ一人の人間として私の身を案じてくれているのが痛いほど伝わってきた。彼は自分の上着を脱ぎ、私の背中の傷口を押さえて懸命に止血しようとしてくれる。

その様子を間近で見ながら、私はぼんやりとかすむ視界のなかで、自分がしっかり役目を果たせたことにホッと胸を撫で下ろしていた。

だが、そんな私たちのやり取りのすぐ傍で、凍てつくような殺気をまとったウォルターが走り寄ってきた。彼の表情はこれ以上ないほどに険しく、その青い瞳には血の気が引いていた。


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