休日
合同演習の熱気から数日が過ぎ、訓練場にはいつもの引き締まった空気が戻っていた。
砂煙を上げて打ち込む剣の重みを感じながら、私はふと明日の休日の予定に思いを馳せる。最近は訓練ばかりだったし、街に出て噂に聞いた新しいお店の焼き菓子でも食べに行こうかな。そんな小さな楽しみを胸に、一振りの区切りをつけて剣を下ろした。
「リズ」
汗を拭う私の背後から、低く落ち着いた声がかかる。振り返ると、そこにはウォルターが立っていた。
「お疲れ様です、ウォルター先輩。どうかしましたか?」
「……明日、空いているか。」
「はい、明日はオフの予定ですが……。」
「なら、出かけるぞ。」
それだけ言うと、ウォルターは返事を待つまでもなく、わずかに耳のあたりを赤らめながらスタスタと歩き去ってしまった。え、どこに行くんだろう? 甘いものを食べに行く計画は一旦置いておくとして、あのウォルターが自ら誘ってくるなんて珍しい。首をかしげつつも、私は明日のお出かけを楽しみにその日の訓練を終えた。
そして迎えた翌日の朝。
準備が終わり自室から廊下へ出ると、そこに立っていたのは――いつもの制服ではない、ダークトーンのジャケット姿のウォルターだった。無愛想な佇まいはそのままに、普段とは違う私服姿のあまりの新鮮さに、私は思わず足を止めて見惚れてしまう。
「……どうかしたか?」
「あ、いえ! 何でもありません。行きましょう!」
慌てて顔を引き締め、私はウォルターの後をついて歩き出した。
王都の石畳の道を並んで歩きながら、彼は一体どこへ連れていくつもりなのだろうとこっそり観察する。甘いお店の方向とは違うな、なんて考えているうちに、やがてたどり着いたのは、大通りから一本入った職人街の一角にある、年季の入った静かな佇まいの武器屋だった。
カランコロンと心地よい鈴の音が響く店内に入ると、壁一面に無数の剣や防具がずらりと並んでいる。
「ここって……?」
「お前の剣だ。」
ウォルターは店主の老齢の職人に一言告げると、奥から一振りの大剣をカウンターへ持ってこさせた。ずっしりと重厚なその剣は、上質な鋼が使われた見事な逸品だった。
「今使っているのは先日の演習で刃こぼれしていただろう。そろそろ新しい相棒を使う時だ。」
彼はそう言いながら、カウンターの上に置かれた大剣を私の方へと軽く押し出した。
ゴツゴツとした大きな手が差し出したそれは、紛れもなく私への贈り物だった。不器用ながらも私の戦いぶりをずっと細かく見ていてくれたのだと気づき、胸の奥があたたかくなる。
「こんな高価なもの、私……!」
「受けておけ。お前がこれからの戦いで生き残るために必要だ。」
ぶっきらぼうに言い放つウォルターだったが、その耳の端はやはりほんのりと赤かった。私は込み上げる感謝を噛み締めながら、新しい大剣の柄にそっと手を触れ、深く頭を下げた。
新しい大剣を第二騎士団寮まで送ってもらうように手配し、私は満足そうな顔をしたウォルターを見上げた。彼は一つうなずくと、「用事は済んだ。戻るぞ」と踵を返そうとする。
せっかくの休日なのに、自分の武器を買ってもらってすぐに帰ってしまうのはなんだか少し寂しい。それに、ふと思い出した光景があった。以前、祝勝会の喧騒の中でウォルターを遠くから見ていたとき、彼が甘味の皿を前にした瞬間、彼の纏う冷徹な青いオーラが一瞬だけふんわりと柔らかく温かい色に染まったのを私は見逃さなかったのだ。
「ちょっと待ってください、ウォルター先輩!」
私は慌てて彼の袖を軽く引っ張って引き止めた。ウォルターが怪訝そうに振り返る。
「せっかく街に出てきたんですから、すぐ帰るのはもったいないです。大剣のお礼も兼ねて、これから甘いものを食べに行きましょう!」
「……甘いもの、だと?」
ウォルターはわずかに眉をひそめ、戸惑ったような表情を浮かべた。屈強な騎士団の先輩が、大柄な体で甘味処に行く姿など想像がつかないのだろう。気まずそうに目を逸らそうとする彼を、私は逃がさないように明るく微笑みかける。
「駄目ですか? 私、最近できた美味しい所を知っているんです。行きましょう、ウォルター先輩も付き合ってください!」
私の勢いに押されたのか、ウォルターは小さく息を吐き、やれやれと言いたげに肩をすくめた。
「……仕方がない。そこまで言うなら、付き合ってやろう。」
口ではそう言いながらも、拒絶する気配は微塵もない。むしろ、その拒みきれない横顔から零れ出たのは、以前食堂で見かけたのと同じ、嬉しそうに揺らぐ微かな温もりだった。私は心の中で小さくガッツポーズをしながら、彼を連れて大通りのカフェへと歩き出した。
王都の石畳を並んで歩き、香ばしい焼き菓子の匂いが漂う一角へ向かうと、目当ての小さなカフェが現れた。テラス席に案内され、私はメニューを開く。上品なタルトや、たっぷりとクリームが乗った季節の果物のケーキが並んでいて、見ているだけで心が踊る。
「……どれがいいか分からん。お前に任せる。」
向かいの席に落ち着いたウォルターは、メニューを一瞥したものの、早々に諦めてそう言った。無愛想な顔をしていながら、どこか居心地悪そうに椅子の背もたれに体を預けている姿が少しだけおかしい。
「じゃあ、私におまかせくださいね。ここの焼き菓子とフルーツタルト、すごく美味しいんですから!」
私は店員を呼び、おすすめのタルトと紅茶のセットを二人分頼んだ。
しばらくして運ばれてきたのは、サクサクの生地の上に瑞々しい果物が美しく並べられた、見ているだけで幸せな気持ちになるタルトだった。
「どうぞ、召し上がってください。」
ウォルターは目の前に置かれた皿をじっと見つめ、それからフォークを手に取った。一口サイズに切り分けて口に運ぶと、彼の動きがほんの数秒だけぴたりと止まる。
私は彼の様子をこっそり観察しながら、自分の紅茶を一口飲んだ。
(やっぱり……!)
彼の纏うオーラが、いつもの引き締まった青から、ふんわりと柔らかく心地よい温もりを帯びた淡い色へと変わっていく。甘いものが嫌いなわけがないのだ。無愛想な仮面の裏で、実はこういう上品な味が好きなんていう可愛い一面を、私は能力のおかげでこっそり知っていた。
「……どうですか? 口に合いませんか?」
「いや……悪くない。」
ウォルターはぶっきらぼうにそう答えつつも、二口目、三口目とスムーズにフォークを動かしている。その様子がなんだか微笑ましくて、私は思わずくすっと笑ってしまった。
「なにがおかしい。」
「いえ、ウォルター先輩がそんな風に美味しそうに甘いものを食べているのが、なんだか新鮮だなと思って。」
私の言葉に、ウォルターはわずかに耳の端を赤らめ、視線をそっと逸らした。
「……普段から甘味処など来る機会がないだけだ。」
そう言い訳しながらも、一口ごとに彼の表情が少しずつ緩んでいくのが分かる。青空の下、穏やかな風が吹き抜けるテラス席で、私は目の前のケーキの美味しさに頬を緩ませ、心から今日の休日を満喫していた。




