*ウォルターSide
リズを指導する事になった日、正直に言って厄介な荷物を押し付けられたと思った。
「コネ入団」という不名誉なレッテル。彼女は、周囲からの冷ややかな視線に晒され、どこかガラス細工のように危うげな影をまとっていた。どうせ過酷な訓練に耐え切れず、数日で音を上げるだろうと、最初はそれだけの認識しかなかった。
だが、その予測は初日の訓練で完全に打ち砕かれた。
泥まみれになり、剣を弾かれ、それでも彼女は一度たりとも弱音を吐かなかった。それどころか、私が指摘したわずかな癖や重心のブレを、血に滲むような執念で修正して見せる。剣を振るう彼女の背中を見ているうちに、私の胸の奥で凍っていた何かが、微かに熱を帯びるのを覚えた。
「……甘く見すぎていたな。」
一人、誰もいない夜の修練場で素振りをしながら、私はそう呟いた。
いつしか私の関心は、「どれだけ耐えられるか」という観察から、「この素材をどこまで引き上げてやれるか」という責任感へと変わっていた。
特筆すべきは、彼女の戦術眼の異常なまでの鋭さだった。
実戦形式の訓練で、彼女はまるで相手の考えていることがすべて分かっているかのように、寸分たがわず先手を打ってみせる。「観察眼と予測力が優れている」と本人は涼しい顔をしているが、それにしても相手の意図を正確に読み切るタイミングが完璧すぎた。時折、彼女が妙に核心を突いた言葉を返すことがあり、私はその度にひやりとさせられたものだ。
そして王国合同演習での出来事。
廊下で第一騎士団の愚劣な連中が彼女を囲んでいる姿を見たとき、頭に血がのぼった。
「卑劣な真似をするな。」
吐き捨てた言葉の裏で、腹の底から黒い怒りが沸き上がっていた。彼女を見下し、陰湿な嫌がらせを働く者たちが許せなかった。自分の頬に残った浅い切り傷などどうでもよかった。それよりも、守られるだけでなく、自らの足で立ち向かおうとした彼女の瞳の強さに、胸を撃たれたのは我ながら不覚だった。
その後の本戦での彼女の戦いぶりは、見事としか言いようがなかった。
第一騎士団の卑劣な挑発を冷静にいなし、完璧な連携でねじ伏せる。その背中は、もはや庇護を必要とする者ではなく、一人の誇り高い騎士そのものだった。
そして、あの祝勝会の夜。
耐えかねて自室を訪ねてきた彼女に見せた自分の動揺を、私は思い出すだけで苦笑したくなる。
「俺と訓練するのはやりづらくないか?」
あんな問いを発した自分に、後から呆れた。無愛想で、表情の動かない指導者。そんな男の元でどれほど窮屈だったかと、心のどこかで恐れていたのだ。あいつに嫌われたくないなどという、いつの間にか大きくなっている感情に気づいて、私は冷や汗をかいた。
だが、彼女は迷いなく、まっすぐにこう言った。
「ぜんぶ、私には視えてますから。」
その瞬間、胸の奥を鋭い刃物で突かれたような衝撃が走った。
驚きと、気恥ずかしさと、そして――言い知れぬ熱が、私の凍ったはずの胸を焦がしていく。壁を自らの実力で突き破り、無愛想な私の内面まで受け止めてくれる少女の存在が、いつの間にか私のなかに深く根を張っていた。
静まり返った自室の机で、私はグラスを見つめながら小さく息を吐いた。
彼女に向くこの感情の名が何であるか、もう誤魔化すことはできなかった。これは後輩に対する慈愛や責任感などではない。もっと独占欲に近く、守りたいという強い執着を含んだ、まぎれもない「恋心」だった。
「……まったく、調子の狂う奴だ。」
溢れた呟きは誰に届くこともなく夜の闇に溶けていったが、明日からもこの不器用な背中で彼女の隣を歩き続けたいという決意だけは、かつてないほどに鮮明に胸に灯っていた。




