第8話 : 貸してもいい
その夜……可哀想だと思った……わけじゃない。ただ面白そうだと思ったから、僕はマスクと眼鏡をつけて変装し、こっそり後をついて見に行くことにした。
カジノと言っても、この場所でカジノと呼べるような場所は一つしかない。お金を賭けて遊ぶ場所だ。
裏ワザはセーブして、勝つまで何度もやり直すことだけどね。 着いてみると、相変わらず人でいっぱいだった。
僕が人混みをかき分けて進むと、すぐに探していたものが見つかった。
上半身が裸の可愛い男の子。片手で胸を隠して、もう片方の手で涙を流しながらチップを握りしめている。
「うっ……うっ……くっ!」
「おいおいボウズ、本当にまだ続けるのか?」
「ま、まだ諦めません! 僕は、僕は——全部賭けます!」
ゲームの主人公、レナードだ。
相手は金髪のウィッグをかぶって、金とタトゥーだらけのおじさん。
レナードはピンチになっていた。
っていうか、来て早々クライマックスかよ!!
「ボウズ、諦めな」
「残ったわずかなお金を持って帰って、パパとママに『盗んでごめんなさい』って謝れば終わりだろ」
「ギャハハハハ!」
周りの人たちがみんなでからかい始めた。それでレナードは涙目になって泣きそうになったけれど、また気合いを入れ直した。
「僕にはお父さんもお母さんも何もいません!!!! ヤーッ!!!!」
「もらったぜ!」
「え、えぇぇぇぇ!!?」
また負けた!
「そんな、嘘だろ。10回連続で運勝負に負けるなんて、そんなことあるわけないだろ!」
10回連続で負けたのに、まだ続ける気になるお前の方がすごいよ、とツッコミたかった。
「ガハハハ! あるんだよ、現に目の前にあるじゃないか」
「く、くっ……」
「で、どうするんだボウズ……まだやるか?」
「……」
答えは言葉ではなく行動だった。
レナードはチップをさらに置くと、ライバルや周りの人たちに向かって強気に笑ってみせた。周りの人たちも笑いながら応援し始めた——そしてまた負けた。負けて、また負けて……負け続けた。外から見ていると明らかにイカサマだと分かるけれど、誰も注意しない。というか、注意できないと言った方がいいのかな?
黒いスーツを着た男たちが怪しい感じで立っていて、毎分合図を送り合っている。
レナードのお金もそんなに多くないのに、完全にガキをいじめているだけだ。ひどいやつらだな。
「ヤーッ!!!!」
レナードの叫び声がカジノ中に響き渡った……。
………………
…何時間も経って、カジノが閉まる時間になった。
僕はその酷すぎる最後を見届けて、その後の様子も見ていた。
レナードはパンツ一枚になって、カジノの前に倒れていた……。
「……うっ、ヒック……さむい……すごくさむいよ……」
……情けないな。
「おとうさん……おかあさん……どうして…なんで…ぼくをすてたの……ひどい…ぼくこわいよ…」
「まったく」
見ているのも限界だったから、僕は歩み寄って、『魔法のバッグ』に入っていた毛布を投げてやった。
ちなみに『魔法のバッグ』とは、自分の魔力の量に合わせて物をしまえる高級な魔法だ。魔力がある時は出し入れできて、魔力がなくなると開かなくなる。開け閉めの命令に少しだけ魔力を使う。
どうしてこのスキルを持っているかというと、ヒロインたちが寒い時に毛布をあげられるようにするためだ……フフッ、いい話だろ? 言っておくけど、僕は4色の毛布を4枚用意してあるんだ。みんなのためにね。泣きたくなったら僕のところにおいで。温めてあげるからね、フフッ。
「えっ?」
「よお」
「ルイスさん?」
ゲームの主人公に使うことになっちゃったけどね。
僕は隣に座って、魔法のバッグから『タバコの形をしたお菓子』を取り出すと、タバコを吸うみたいにお口にくわえた。レナードは不思議そうに見ていた。
「一本どうだ?」
「……お願いします」
僕がもう一本あげると、レナードはお口にくわえて、それから外して息をふーっと吹きかけてみた。
「何のお菓子ですか? 見たことないです」
「手作りだ。暇な時にクッキーを焼いたり、変わった形のお菓子を作ったりするんだ」
「えっ、すごいですね」
「おお、いいね。そんな風にほめてくれるなら、もう一本あげてもいいぞ」
「あはは、ありがとうございます。でも遠慮しておきます。甘いものはあまり好きじゃないので」
そうだよね。
それから僕たちは静かに座って、もうすぐ登ってくる太陽を見ていた。
「見ましたか? 僕の……ボロボロな姿」
「バッチリ見えたよ。イカサマされてたな」
「えぇぇぇ!!? で、でも、『イカサマなし』って大きな看板が貼ってありましたよ!!」
「ハハハハ。まあ、あると言えばあるよね」
僕はお菓子からニセモノの煙(息)をふーっと吐き出した。
「世界はお前が思っているより厳しいんだよ、ボウズ。今の自分の姿を見てみなよ。裸で冷たい風に吹かれて横になって、誰も見てくれないし気にもしてくれない。今の姿は、昔俺が出会ったホームレスのおじさんと全く同じだ。そのおじさんは次の日、木の下でぶらぶら揺れていて、その後二度と見なくなっちゃったんだ……」
「……木の下でぶらぶら? ロープで遊んでいたんですか?」
「遊んでいたと言えば遊んでいたのかな。受け取り方次第だね」
僕はお菓子からまた甘い息を吐き出した。
「今でも覚えているよ。あのおじさんは凧揚げが得意で、色んなことを教えてくれたんだ。周りの人たちは社会から消えるべき問題だと思っていたけれど、俺はそう思わなかった……」
「えっ、消す? ロープ遊びをしただけで消されちゃうんですか? この国はそんなに腐っているんですか?」
「この国じゃないよ。俺の故郷の話だ」
「住みにくそうな場所ですね」
「その通りだよ。まあ、こっちが言いたいのは……」
「……」
「……」
「何ですか?」
「何だろうね」
レナードは首をかしげて不思議そうにし、僕は顔をそむけた。
「誰も気にしないってことかな?」
「今の僕に言っちゃいけない言葉ランキング1位ですよ……」
僕はコホンと咳払いをして、無理やり話を続けた。 「誰も気にしないのは本当だけど、お前がいなくなるのは嫌だな」
「何が言いたいんですか?」
「か……お金、貸してあげてもいいぞ」
僕が小さな声で言うと、レナードは困ったように笑った。
「借りませんよ……えっ、まさか僕を助けたくてこっそりついてきたんじゃないですよね?」
「違うよ! カジノにはよく来てるんだ。惨めな姿を見て応援したくなっただけだ。そう、それだけだよ! それにお金もあまっているしね!」
「惨めだなんて、ひどいです……グスン」 「
ちょ、ちょっと待てよ!」
「あはは、冗談ですよ」
「……チッ」
僕は腕を組んでぷいっと横を向いた。レナードは笑顔で見つめてきた。
「ルイスさんは本当に良い人ですね。学科が違っていて残念です。あはは、同じ学科でも僕は最初の週にいなくなっていたと思いますけどね、あははは」
レナードは魔法学科で、僕は騎士学科だ。
「……もう学校には戻れないと思います」
「やめるんだな」
「はい一銭もなくなりましたから」
レナードは目を開けたまま涙を流した。本当に寒そうだ。
「借りろよ」
「ううっ、嫌です」
「わがまま言わないで借りろよ! 解決する方法は後で考えればいいんだから!」
「昔から『お金を借りるのは不幸の始まり』と言います」
「じゃあ今すぐホームレスになれよ!」
「えっ、どうして僕の家が取られそうだって知っているんですか……ストーカー!?」
「違うけど、似たようなものだよ!」
レナードは顔を青くして震え始めた。
「け、警察、警察を呼ばないと」
「へっ、無理だな! お金がないホームレスの言うことなんて誰も聞いてくれないぞ!?」
「ひどい!」
「これが現実だ」
僕は立ち上がると、レナードを床に押し倒した。壁ドンみたいな格好だ。
「家も、夢も、最後は自分自身も、少しずつ消えていくんだ。そしていつか、俺が話したおじさんみたいに消えていくホームレスに見えるようになるんだぞ! 言っている意味が分かるか!?」
「は、はい!」
「木の下でぶらぶら揺れたいか!?」
「嫌です!」
「じゃあどうすればいいか分かったな!!?」
「で、でも……」
「『でも』じゃない! 言いなさい——」
僕は大声で叫んだ。
「『お金を貸してください』って!!!!」
「か……お金を貸してください!」
「いいだろう。頼まれたから貸してやる」
僕はレナードから離れると、大変だった汗をぬぐった。
「家のかんがえはまた今度だ。とりあえず学校に通えるようになったな。早くすごい人になって、お金を返しに来いよ、ボウズ」
「ボウズって……僕、ルイスさんのことをアニキって呼んだ方がいいですか?」
「あぁ」
「あはは、分かりました、アニキ」
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次の日の朝。継羽・満月と約束した通り、僕たちは公園で会うことになっていた。ただし場所は魔法のトレーニングをする場所だ。
この世界に魔法のトレーニングなんてあるのかって?
知らないよ、質問しないで。
僕は早朝に行くはずだったけれど——
「遅刻だ遅刻だー!!」
—主人公の面倒を見ていたせいで、寝坊してしまった。
約束の時間より1時間も遅れてしまった。許されないレベルの遅刻だ。
着いてみると、継羽・満月はもう来ていた。この前と同じ完璧なスポーツウェアを着ている。
怒られるのかな、と思っていると、彼女はニヤッと笑った……えっ?
「時間通りですね。素晴らしいです」
「えっ……時間通り?」
「それでは、私の体を好きに料理してください」
「言、言い方!そんな言い方したら勘違いされるだろ」
「へえ、一人で変なこと考えてるんですか?」
継羽はくすくす笑った。
「スケベですね」
まったく、ゲームのヒロインたちがこんな風にからかってきたら、僕は『エッチしよう』みたいな選択肢を選んでいただろう。でも伝説の悪女相手だから油断はできない……っていうか、時間通りなのか?
「……」
「どうしました?」
継羽は近づいてきて、下から見つめてきた。
「細かいことは気にしなくていいですよ。遅刻じゃないと言ったら遅刻じゃないんです。遅刻かどうか決めるのは私ですから」
「お前なあ」
「もちろん、ふつうなら怒りますよ。でも……今回はなしです」
言い終えると継羽は後ろを向いた。白くて柔らかそうな背中が見えた……。
「早くしてください。今日は昼から授業があるんです。急がないと遅れちゃいます」
「はいはい」
僕はあきれながら頭をかいて、彼女のトレーニングコーチを始めた。
継羽は何を考えているんだろう? 全く分からない。一体誰なんだろう、この悪女は——




