第5話 : モブと悪役令嬢の最初のクエスト
『キャサリン・ダークモア』。長い黒髪、エメラルドグリーンの瞳、白皙の肌、ファンタジー感あふれる豊満なボディに身長170センチ。伝説のエロゲーにおける超人気キャラクターだ。
名門貴族の生まれで、メインストーリーは主に実家の政治劇や課せられた義務、そして自分の家柄を変えたいという彼女の目標を、ゲームの主人公が終始サポートしていくという内容になっている。
ちなみに彼女のアフターおまけ小説は、ゲームから重厚な政治小説へと変貌を遂げている…… 正直言ってあんまり面白くはなかったんだよね。僕があんまり理解できなかったというかさ。難しい話ってマジで頭に入ってこないんのだ。甘いシーンもほんの少しだけだったし。
あのツンデレ野郎なんて休憩なしで10ページぶっ続けでエッチなシーンがあったり、場所をバンバン変えたりしてたのにさ。くそっ、制作者め!
まあ、それはともかくとして。 キャサリンはゲーム内で一番人気が出て然るべきヒロインだったのに、実際の人気投票では3位あたりに留まっていた。というのも、この手のゲームをやる奴らは小柄で華奢なキャラを好み勝ちだからだ……具体的に言うなら、特にあのツンデレ王女とかな。背も低いし、ペタ胸だし、文句ばかり言うし、まるでチワワみたいな状態なのに、なぜか人気があるんだ——その理由は……あのツンデレ女が『ハーフサ○○○○』だからなんだよね。
……チビでツンデレのくせにハーフサ○○○○なんて、全然マッチしてないだろ。最高にセンスがない! もし誰かをハーフサ○○○○にするなら、どう考えたってキャサリン・ダークモアさん一択だろ! 制作者は何も分かってない……僕の頭の中に、尻尾とサ○○○○の羽が生えたキャサリンの姿が浮かび上がった。
「ヒヒヒヒヒ……」
「気味の悪い笑い方はやめてください。吐き気がしてきます」
「……」
「キャサリンさんの前でそんな笑い方をしたら、嫌われてしまいますよ」
「うるさいな」
「連れて行ってあげるのをやめましょうか」
「申し訳ありませんご主人様! どうか私めをお許しください——」
僕はすかさずスケベ顔を引っ込めた——今日、授業が終われば僕の欲望は満たされるのだ——継羽は放課後の人混みを押し分けながら、僕を先導してキャサリンのもとへと向かってくれた。
「……あら? 継羽さん、どうしましたか?」
キャサリンのエメラルドグリーンの瞳は、継羽一人だけをじっと見つめていた。
「一緒に何か召し上がりに行きませんか?」
彼女は実にあっさりと声をかけた。
「ええ、いいわね」
か、簡単すぎいいい! 僕はその場でガクガクと体を震わせた。僕が死ぬ気で接近しようとしてもダメだったのに。いや、僕だけじゃない。この学院のオスども全員が交尾目的でキャサリンに近づこうとしていたし、メスの中にも趣味嗜好で近づこうとする奴がいた。だけど性的な意図だろうが政治的な意図だろうが、性別問わず全員が『私たち、そこまで親しくありませんよね』という聖なる盾によって返り討ちに遭い、全ギルドが爆散してきたのだ。
例外なのは、この何の取り柄もない悪役女子、継羽・満月だけ——くそっ! ゲームのストーリーをひっくり返す悪役の役割なんて、ハチャメチャすぎて意味が分からないぞ!
このポジションは本来僕のものだったはずなのに!
『この人だけは特別』っていうあの枠は僕のだぞ、返せよ! 返せってば! ううううっ……。
「……あっ」
キャサリンさんがうっかり僕と目を合わせた瞬間、彼女の顔から笑みが消え去った。
「またあなたですか?」
またあなたですか? ……あー、そうですよね。焦るあまり、最近は理性を失って強引に親しくなろうとしすぎたせいで、すっかり不審者扱いされてしまったのだ。 好感度は知り合い未満どころか、一体いくつのマイナスまで落ち込んでるんだよ!?
継羽は「一体どういうアプローチをしたらそうなるわけ?」と言いたげな呆れ顔で僕をチラ見してきた。こっちとしてもあんまり答えたくない。うん、答えないでおこう。
ともかく、継羽は首を横に振ると、あっさりと状況をフォローしてくれた。
「この人は、私の世話係なんです」
「……そうだったのですか? ということは、あの奇妙な振る舞いも……?」
奇妙な振る舞い?
ああ、なんだか涙が出てきそうだ。オークに丸太で腹を殴られた時よりも痛いぞ、これは。
「実家の個人的な事情によるものなんです。キャサリンさんにご迷惑をおかけしたのなら……深くお詫び申し上げます」
「人間たるもの、誰しもそういう一面はあるものですから。理解いたしましたわ。世話係の方のお名前は何とおっしゃるのですか?」
たった数句の会話で、僕に向けられていた警戒心が少しずつ薄れていった。
そもそも、最初はお前が邪魔をして親しくなれなかったんだけどな。でもまあ、お礼くらいは言っておくよ、この悪役女子め。
「ルイス・グリーンフィールドです」
「……ルイス・グリーンフィールド? お名前は聞き及んでおりますわ。あなたがそうだったのですか……案外、もっと男らしい方かと思っておりましたけれど」
「……男らしい....ですか。ハハッ」
「あっ、ご、ごめんなさい! そういう意味ではなくて……!」
冒険者らしくない可愛らしい容姿をしている上に、男としては背も低いからな……名前を名乗らなければ誰も僕だと気づかない。入学前の功績のせいで、みんな僕のことをバイキングみたいにガチガチの筋肉をつけた男らしい冒険者だと思い込んでいるのだ。ハハッ……。
普段なら面と向かって馬鹿にしてくる奴にはキレるところだが、今回の相手は美人のキャサリンさんだ。
許す。
「男らしくないとはよく言われます—可愛いからでしょうね」
僕は胸に手を当て、大きなため息をついた。
「僕ってば、可愛すぎるんですよね……可愛いは罪、とはよく言ったものです」
ついでにウインクして愛嬌を振りまいてみた。
「…………」
「……」
ツッコミもなければ、特別なリアクションもなかった。 強いて言うなら、お互いに3回ほどまばたきをした後——キャサリンは継羽の方へ向き直り、素早く話題を変えた。
「ですが、グリーンフィールド家が継羽さんのお家に仕えているとは思いませんでしたわ……」
ヤバい、この言い訳はあからさまななっちつ造だ。大丈夫なのか? 僕の家柄は異国の人間に対してほとんど影響力なんてないのに——僕は『これマズいんじゃないか』という視線を継羽に送ったが、彼女はニコリと微笑むだけだった。
「特別な一時契約に過ぎないんですよ。たまたまグリーンフィールド家の方とお会いして話し合いになりまして。それに他家と比べても、彼の家柄は海に面していますから。遠いことには変わりありませんが、私の故郷に一番近かったんです」
「なるほど、理解できましたわ」
「ええ。ですから……一緒にお食事へ行きましょうか」
「喜んでお供いたしますわ」
こうして僕たちは食堂へと移動した。
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キャサリンと一緒にご飯、キャサリンと一緒にご飯。いや、キャサリンさん、キャサリン様、僕の推しの彼女と一緒にご飯を食べられるんだ。すべては悪役女子のおかげ、いや、魔女のおかげ、いやいや、継羽……それも違うな。あ、つまり——継羽様のおかげだ!
キャサリンがスープを口に運ぶと、ほんのりピンク色の唇がリアルに動くのが見えた。くそっ、この動く映像って本当に素晴らしいな。あの酷すぎるアニメ版のトラウマが少し洗われていくよ。
僕は目の前の料理とキャサリンに向かって手を合わせた。
祈りのだ。
「手を合わせるのですか?」
「僕の故郷の文化なんです」
「……あなた、私と同じ王国で生まれ育ちましたわよね?」
「……」
継羽はため息をつき、僕の代わりに弁明してくれた。
「言った通り、グリーンフィールド家は私の実家と行き来が多かったんです。そのため、幼い頃から何かしらの影響を受けていまして」
「そういうことだったのね。ルイスさんがどこか変わっていらっしゃるのは、文化の違いによるものだったのですね」
「その通りです。教育、特に国際マナーをしっかり受けてきた私とは違って、ルイス・グリーンフィールドは幼少期から世界を渡り歩いてきましたから。適切な社交知識が欠けているところがありますの。どうかお許しいただき、指導してあげてくださいね」
こいつ、どさくさに紛れて僕のことを『教養がない』ってディスってやがる。
僕がガンを飛ばすと、継羽はスルーした。
『僕のイメージを良くするために呼んだんだぞ、陰でディスるためじゃない!』
『知りません』
僕たちはそんな視線を交わし合った。
それを見たキャサリンが、少し首をかしげて不思議そうにした。
「……お二人とも、なんだかとても仲がよろしいのですね」
「はあ? どう見——」
「はあ?」
「な、いや! ….そう見えますか!?」
「……はい」
僕がうっかり声を張り上げて不作法な口調になってしまったせいで、キャサリンは再び僕に対して警戒心を抱いてしまった……ううううっ、誰か助けてくれーーー!
僕はすがるような視線を月羽に送った。彼女はため息をつくと、再び手をかざして説明に入った
「だから言ったでしょう、教養がないと。どうかお許しを——」
「ちょっと待てよ! 事あるごとに教養がないってさ、マジでどんだけ差別主義者なんだよ!? こう見えても僕のテストの点は……トップレベルなんだぞ……コラ」
「……」
「……」
継羽は絶句し、続いて僕自身も食卓の真ん中で何を叫んでしまったのかに気づいた。
貴族どころか、一般人相手であっても決して適切な行いではない。 継羽は僕の襟首を引っ張り、近くで耳打ちしてきた。
「私の評価まで下がったら、あなたの責任ですからね」
「先に煽ってきたのはどっちだよ」
「責任転嫁ですか? 本当に女々しい男ですね」
「うるさいな! 助けろって、約束じゃないのかよ!」
「助けません。知りません」
「はあ!?」
「奴隷のくせに生意気過ぎです。『助けろ』ではなく『助けてください、お願いします』に今すぐ言い直しなさい。考え直してあげますから」
「言うかよ!」
「言いちなさい」
「言わないって言ってんだろ」
そんな子供じみた会話をしていると、突然クスクスという含み笑いが聞こえてきた。
「キキッ……」
目の前で、不快感を示すはずの人物が笑っていたのだ。 キャサリン・ダークモアが笑っている……可愛い!
キャサリンの笑顔を見るなんて、一体いつ以来だろう。
「ありがとうございます」
僕は継羽に向かって拝むように手を合わせた。
「よろしい。これを朝・昼・晩、食後に続けなさいね」
「はい、姉さん」
キャサリンは頬づえをつきながら僕たちを見つめていた。
「本当に仲がよろしいのですね。幼馴染なんですの?」
「あっ、いえ。実はつい——」
つい一1〜2日前に話し始めたばかりだと言おうとした瞬間、継羽の手が僕の口を塞いだ。
「ええ、ですが再会したのはつい最近のことなんですの。昔はよく一緒に出かけておりましたので、まるで姉弟のように仲が良いんです」
嘘の昔話をぬけぬけと滑らかに語りやがるな、この女。 僕は少し身を寄せて、小さな声で頼み込んだ。
「ねえ、僕を兄にしてくれない?」
「黙りなさい」
そう言い返された僕は、おとなしく元の位置に戻り、ジュースをすするしかなかった。
それから継羽は、作り上げた数分ほどの話をキャサリンに聞かせた。
「……という感じなんです」
「そういうことだったのですね……素敵ですわね。私も……」
キャサリンは少し目を細めた。
「こんな風に腹を割って話せる相手が欲しいですわ」
キャサリンさんと腹を割って話せるなら一日中でもいいぞってマジで言いたかった。僕が先に胸を割って話すから、そっちも胸を開くのを忘れないでくれよな、フェアにいこうぜ。 心の中でそう思うにとどめ、口には出さなかった。
当たり前だろ、バカじゃないんだから。
僕が一人で納得してうなずいていると、継羽が警戒するような視線を向けてきた。 食事は続き、継羽は会話の端々で僕のことを推薦するように話し続けてくれた。そして僕たちが料理を食べ終えると、いよいよ本番が始まった。
「あのですね……」
キャサリンが切り出した。 『フロントゥアクス・ミラクル』のストーリー進行は、主に学院内で生徒たちが起こすトラブルや問題を解決していくというものだ。そしてその8割は、キャサリンからの依頼を引き受けることで発生する。
主人公は中流階級の生まれだったが、入学直前に実家の事業が破産して急激に貧乏になり、夢を諦めて中退せざるを得ない状況に陥った。しかしキャサリンに救われ、その代わりに彼女の裏仕事を手伝うことになり、学院の数々の秘密に関わっていくことになる。
その後、彼はキャサリンが唯一信頼できる人物となり、彼女のルートへ進むか、他のヒロインのルートへ進むかはプレイヤー次第というわけだ。
キャサリンはゲームにおける最初のキャラクターと言っても過言ではない。『恩人+クエスト配布NPC』というお決まりのポジションだ。そして当然、食堂で食事をしながらクエストを言い渡されるこのイベントは……主人公、あるいは主人公の枠を奪おうとしていた僕のものになるはずだった。
「お願いしたいことがあるんです」
彼女は伝説のセリフを口にし、継羽の目をじっと見つめた。ゲーム内で見たのと同じ表情だ。ただ、画面越しにプレイヤーの目を見つめているのではなく、このゲーム最大の障害である悪役女子……この魔女の目を見つめている点を除けば。
継羽は紅茶を一口すすると、落ち着いた様子で微笑んだ。
「分かりましたわ」
主人公としての役割は、今や完全に継羽のものとなっていた。 僕は目頭に涙を浮かべながら天井を見上げた。 ああ、僕の出番が……。
……………
……
…… ところで、ゲームの主人公は一体どこへ行っちゃったんだ?




