第4話 : この悪役令嬢、思ったよりおちゃめだ
継羽はのトレーニングを終えてから、少しばかり時間が空いた。僕はこの隙を利用して継羽のためのトレーニングメニューを作成し、気づいた時にはもう授業の時間になっていた。
僕は急いで学院へと走っていき——そして、入口の前で誰かを待つように立っている継羽と出くわした。
一体誰を待っているんだろう?
そう疑問に思う暇もなく、彼女は僕に向けてぞっとするような笑みを浮かべた。絶対に僕を待っていたに違いない。
「何か用か?」
「奴隷は主人の後ろを歩くのが筋だと思ったので、待っていただけですよ。変に深読みしないでくださいね、ルイス・グリーンフィールド」
「なんだそれ」
継羽はクスクスと含み笑いをし、先へと歩き出した。他に選択肢もないので、僕は彼女が望む通りその後ろをついていくことにした。
「今日はどの校舎で授業なんですか?」
「あー、『セントラル』のどこかの教室だ」
ちなみに、この魔法学院には3つの校舎がある。魔法のクラスのための『メイプル』、武器のクラスのための『スカーレット』、そして……あと何だっけ? あんまり入ったことがないんだけど、一般教養を学ぶための複合校舎『セントラル』だ。
この際立った3つの校舎のほかに、千人以上を収容できる闘技場があり、様々なイベントで使われている。
「どこかの教室? たく、あなたは自分の将来に対して本当に無頓着なんですね」
「なんだよ、こう見えても10年先までの将来設計はバッチリ立ててあるんだぞ」
ハーレムを作る計画だけどな。
「ハーレムを作る計画ですよね?」
なんで知ったんだよ。
「……まあ、そうだけど」
「……チッ」
なんで舌打ちして不機嫌になってんだよ?
「で、お前は?」
「私もセントラル校舎です」
「偶然だな」
僕はクスクスと笑った。
「言っておくけど、俺の教室はキャサリン先輩と同じなんだ。ぶっちゃけ彼女と同じ講義を選んだからね。先輩の学年が上だから普通は重なる機会なんてほぼないんだけど、この科目だけは別なんだよ」
「そうなんですか」
「で、ここがゲームにおける重要な分岐点なんだ。偶然か必然かはプレイヤーの選択次第だけど、キャサリン・ダークモアの履修科目と同じ授業を取ることで、好感度の上昇速度が爆上がりするスペシャルイベントが発生して、ハッピエンドの到達がグッと楽になるんだよ。おまけに授業中の特別CGまで拝めるんだ!」
絶対に逃すわけにはいかない。……にもかかわらず、僕はギッと拳を握りしめた。
「まあ、あと数ヶ月で長期休みに入っちゃうんだけどね。うん!! 言ってしまえば重要イベントは全部逃したってことだよ。うん!! 本来ならキャサリンと親しくなってから隣の席に座るイベントに入るはずだったのに、どこの誰だか知らない奴が俺の行く手をいちいち阻んできたからね! うん!!!」
「まあまあ、本当に可哀想ですね」
「お前のこと言ってるんだよ」
「あらまあ、本当ですか?」
一回頭を小突いてやりたいくらいだ、まったく。
「そういえば、私のクラスにもルイス君のに負けないくらい悲しいお話があるんですよ」
「へえ」
「私にとって悲しいお話なんです。憧れの先輩の背中をただ一方的に見つめるだけで、声をかけることもできない十代の男の子を眺めなければいけないことが。授業中ずっとぶつぶつ独り言を言いながら、他人の攻略計画を描いているのに、毎回失敗しているのを見るのは……見かけるたびに笑いを堪えきれませんでした。ですが、どんなに愉快な光景であっても、その見苦しい姿ばかり見てしまうせいで、私は授業に集中できなくて困っていたんです……私って可哀想だと思いませんか?」
……あからさまに僕のこと言ってるよな。
「同じ教室だったのかよ。じゃあ何で僕がどの教室か聞いたんだよ」
「ただ知りたかっただけですよ。私があなたの視界に入っているかどうかを」
ん?
「後ろに座ってるんだから、俺じゃなくても見えるわけないだろ」
見事な切り返しに、継羽は一瞬絶句した。
「アホなのか?」
「……私、あなたのそういうところが一番嫌いです、ルイス・グリーンフィールド」
気づけば、継羽の見事な道案内のおかげで、僕はすでに教室に到着していた。
100人以上が同時に受講できる超巨大な合同教室だ。到着すると、継羽は後ろから数えてすぐの席へ向かって座った。
どうやら僕のみっともない姿を観察し、一人で身勝手に満足するためのいつもの定位置らしい。……誰がこのままバカにされっぱなしでいるかよ。
……
「……」
「……」
「……で、なんで私の隣に座っているんですか?」
「座っちゃ悪いか? 哀れみの目で見られてるって分かってて、元の席に戻ってそんな視線を浴び続けるなんて真っ平ごめんだね。今の俺はもうお前の手の内を全部把握してるんだ、夢のルートが台無しになるような身勝手な行動は二度とさせないからな」
それに、約束通りキューピッドになってもらわないと困るしな。踏み倒すことは許さないぞ、継羽・満月。
「……ここからだと、キャサリン先輩の背中を見るのは大変だと思いますけど、本当にいいんですか?」
「言われてみればそうだな」
天秤にかけてみた。継羽を監視することと、推しを盗み見すること……引き分けだな。なんで引き分けになるのか分からないけど、心の中では引き分けなんだ。
仕方ない。
僕は親指でかつての自分の席を指さした。
「あっちの席に一緒に座るぞ」
継羽はパチクリと目を丸くし、ひどく驚いた様子を見せた。
まさか僕がこんなに簡単に作戦を破破してくるとは思わなかったんだろう。手のひらの上のヒヨコめ。
「分かりました。案内してください」
「よし、素直でよろしい」
僕が元の席へ戻ると、継羽もついてきて結局隣に座った。
これで一件落着だ。 そう思っていたのだが、継羽は必要もないのに僕にぴったりと体を寄せて座ってきた。
「おい」
「どうやら教科書を部屋に忘れてきてしまったみたいなんです。普段から授業についていけないのに、教科書までないなんて……私、完全に詰んでしまいます。どうしましょう?」
継羽は上目遣いで僕を見つめてきた。
「こんな状況の時、どうすればいいと思いますか? 私の代わりに決めてくれませんか?」
継羽の視線には、何かを強く期待するような色が宿っていた。……僕は頭をガリガリとかいた。
「俺の教科書なら、最初の週に失くなったぞ」
普段から真面目に授業なんて受けてないんだから、あろうとなかろうと価値は一緒だ。仕方ないことさ、うんうん。
「厳密に言うと、どこかの犬に咥えて持っていかれたんだ。追いかけようとしたんだけど、たまたまゲームのヒロインが通りかかったから挨拶を優先してね、結局犬を見失ったんだよ」
まあ、後者の選択は大失敗で、そのヒロインには心の底から嫌われる継羽になったんだけどな。
「……フフッ」
「そんなにおかしいかよ」
突然、継羽がクスクスと笑い出した。爆笑したいのを必死に堪えているようだったが、巨大な教室の中だし、キャラ崩壊になるからできないんだろう。
「あなたって本当に予想外のことばかりしますね。そういうところ……私、あなたのそういうところが一番嫌いです、ルイス・グリーンフィールド フフッ」
うわあ、人の失敗をこんなに澄ました顔で笑えるなんて、こいつ超ど級のレッドフラクだな!
「たくっ……!」
「騒がないでください、みっともないです」
「うるさいな」
「暇つぶしのくだらないお話を聞かせてくれたお礼です」
継羽はちらりと横目でキャサリンの方を見た。
「昼休みに、あなたのお気に入りのヒロインをお昼ご飯に誘ってあげましょうか——ついでにあなたも仲間に入れてあげるというのはどうですか?」
……
「非常にありがたき幸せにございます、ご主人様」
僕は真面目なトーンで返答した。それが原因で、継羽はさらに1分以上も笑い続けずにはいられなかった。




