第3話:第一の命令
「明日の早朝、広場の大噴水前で待ち合わせね。お願いしたいお仕事があるから。報酬は、あなたが大好きなダークモアさんとの会話をセッティングしてあげる」
それが、継羽と別れる前に送られてきたメッセージだった。目ん玉が飛び出るくらい高いオレオクッキーシェイクをおごってくれたこと以外は、本当に根性の腐った奴だ。
……まあ、あそこが一番高いカフェだって知ってて、相手がおごるって言ったからそこへ連れて行ったのは僕なんだけどさ、別にあえて言いたくはないかな!
因果応報ってやつだよ! 継羽・満月!!
「お」
一人の女の子が僕の前を走り抜けていくのが見えた——僕よく知っている子だ。
『フロントワ・ミラクル』のメインヒロイン五人のうちの一人、『ラーラ』。元気いっぱいの運動系女子で、夕方になると街中を走るのを日課にしている。運動系だからこそ、日頃から体を鍛え上げているんだね。
風になびく髪の毛の先が、思わず僕の目を奪った。すごく普通の人オーラを出しているのに、なんだか不思議な魅力がある女の子だ。
今この瞬間なら、あの邪魔者がしゃしゃり出てくることもない。ラーラに声をかけて好感度を稼ぐ絶好のチャンスだ!
ただ……好きなことのために一生懸命努力している女の子に対して、わざわざ割り込んで邪魔をしておしゃべりするのも、なんだか野暮だよな。そう思った僕は見スルーして、彼女をそのまま走り去らせてあげることにした。
人のハーレムを横取りしようとしている悪党な僕だけど、これでもプライドはあるんだよ。ぶっちゃけ口八丁でヒロインを奪うNTR系の悪役と、催眠術とかで奪う系の悪役じゃ、大きな違いがあるだろ、友よ?
パンパンッ! と手を叩いて気分を切り替える。ゲスな話はここまで!
僕は迷わず自分の寮へと直行した。 僕が住んでいるのは、ランクの低い生徒用の男子寮だ。ぶっちゃけると、あんまりお金がない生徒用ってこと。実家の事情もあって僕もこのグループに入っているんだけど、ルームメイトがいないのだけは救いかな。
部屋に着くと速攻で服を脱ぎ捨ててボクサーパンツ一丁になり、ベッドの上に大の字になった。普段なら部屋でトレーニングをするんだけど、今日はなんだか乗り気になれない。全部あの悪役女子のせいだ。
「首を洗って待ってろよ、継羽・満月……いつか俺が倍返しにしてやるからな……」
気づけば睡魔が襲ってきてそのまま寝落ちしてしまい、毎朝通りの朝に目を覚ました。今日は授業がある日。そんなことはどうでもよくて、大事なのは継羽との奴隷契約だ。僕はベッドから体を起こし、外出の準備をした。
ショートパンツにサンダル、古びたTシャツ。なんでこの時代に前世の現代っぽいデザインの服があるんだ? なんて野暮な質問はしないでくれよな。どうせエロゲーの世界なんだから……。めんどくさがりな僕は窓を開け、体にうっすらとマナを纏うと、時短のために屋根の上を跳び走っていった。大した時間もかからずに到着する。
継羽は指定された集合場所で待っていた。小さくお腹がのぞく気合の入ったトレーニングウェア姿だ。いわゆる理想的な運動着ってやつだね。
「よお」
「.....おはようございます」
なんでこのお嬢様は微妙に照れたような仕草をしているんだろう?
興味がないから気にしないでおこう。
「うん、で、俺に何をさせたいんだ?」
「私と一緒にランニングをしてください」
「はぁ!? そんなことのため!?」
「奴隷の分せいで口答えはナシですよ。それに小さなことではありません。私は魔法の天才ですが、フィジカルはすごく弱いですから。体の鍛錬もやるべきことの一つです」
こんなことのために奴隷を使うなんて……まあいいか、お坊ちゃまやお嬢様ってのは理解しがたい変なこだわりがあるんだろう。
それにしても、魔法剣士という特殊部門の生徒のくせに、身体能力がヘッポコだなんて大丈夫なのかよ?
「それに、実践に移る前にトレーニングメニューの計画を立てるべきじゃないか?」
「……」
「効果的なトレーニングってのは、使う人に合った効率的なメニューがあってこそだろ。あてもなく走り出す前に、まずは目的を言った方がいいんじゃないか?」
「……驚きましたね。あなたが賢そうなことを言えるなんて」
「あ?」
「喧嘩を売っているわけではありませんよ」
「思いっきり売ってるだろ! 奴隷相手なら何言ってもいいと思ってんのか!」
「はい、思っていますよ」
「……チッ」
「それで、今日のランニングはどうしますか?」
「……中止でいいんじゃないか」
「はい。では、この辺りで一緒にトレーニングメニューの計画を立てましょうか」
「あー、わかったよ」
言い終わると、継羽は小さな池のふちに歩いていき、指をパチンと鳴らしてレジャーシートを取り出した。手際よく地面に敷くとその上に座り、僕にも座るよう手で促してきた。
「どうぞ」
シートを敷かされた、一緒に座るな とか怒られるかと思ってたのに……。
「……」
「どうしました? 座ってください」
「あ、ああ」
僕が素直に座ると、それを見た継羽はニッコリと不気味に微笑んだ。
「……」
「さあ、メニューの計画を始めましょう」
「まず、一番欲しいものは何だ?」
「体力です。魔導剣を長く持っていると疲れてしまって、剣を構えて魔法を撃つ姿勢がキープできないんです。魔法を撃つときは……」
継羽は何も無い空間から剣を召喚すると、剣先から魔力波を放つポーズを見せてくれた。まるでスナイパーみたいな構えだ。
「こんな感じになります」
「……なるほどね。見た感じ、主に筋肉を増やす必要がありそうだ」
僕は勝手に手を伸ばして継羽の腕に触れた。すると次の瞬間——
「……あぁん……」
……まるでスイッチを押したかのように、妖艶な声が響き渡った。
僕は顔を引きつらせたが、継羽本人は相変わらず澄ました顔をしている。じゃあ今の声はどこから出たんだ? この辺にエッチな幽霊でもいるのか?
「どうぞ、続けてください」
「あ、ああ」
僕は上腕二頭筋の方へ手を滑らせた。すると、
「くッ……あぁ……」
「……」
「続けて」
「……」
上腕三頭筋に優しく触れてみる。
「くふっ……あっ……んんっ……」
継羽は息を荒げ始めた。
「ハァ……ハァ……」
何かで息絶えそうなその様子は一体何なんだよ!?
こいつ何と戦ってるんだ?でも間違いなく言えるのは、僕自身もめちゃくちゃ激しく戦っていたってことだ。自分の清らかな心と、ゲスな心の間でね!だからこそ——
「今日はこの辺にしておこう」
「えっ」
僕は手を離し、降参するかのように両手を広げて見せた。
「大体わかったよ。お前に筋肉の問題があるってことはね。どんなトレーニングをするかは、後で俺が考えてあげる。体に触ったのは、どれくらいモヤシなのかチェックしたかっただけで、変な下心があったわけじゃないからな」
「当たり前ですよ。変な下心があったなら、タダじゃおきませんからね」
『こっちこそだわ!』と言い返したかったけど、自分の気持ちに正直な僕は言えなかった。
「ネ、それで、どうでしたか?」
「めちゃくちゃ柔らかい——じゃなくて!見た感じ、同年代の子よりもずっとショボい身体能力だな。お前、全然ダメダメじゃないか、継羽・満月」
「フフッ、そんな風に私をバカにして、今の私の体が魅力的じゃないなんて口が裂けても言えますか?」
『めちゃくちゃ柔らかい』。僕の頭の中にはそれしかなかった。この世に柔らかくて良くないものなんて存在しないから、全否定なんてできるわけがない。
継羽・満月。中身は絶対に食べるべきではない腐った生ゴミだけど、外見は誰よりも美しかった。ぶっちゃけ、ゲームのメインヒロインたちと同等レベルで可愛いんだ。いつも良い匂いのする長い黒髪に、底なしの深みを感じさせる黒い瞳。美しい、けれど危険。
それがこの悪役女子の定義だ。 継羽はさらに攻撃をやめず、少し体を起こすと、自分のウエストを手でなぞって黄金比のプロポーションを見せつけてきた。
「それに、私の一番自信があるのはこのウエストなんです。自分でも一番美しいラインをしていると思っていますから」
本気で言ってるのか……いや、惑わされるな、ルイス・グリーンフィールド!!
「俺が体に触ったのはどこがイケてるか測るためじゃない! コンディションのチェックのために触ったんだ! うぬぼれるのも大概にしろ!」
「触ってみますか?」
「……」
彼女は体をぐっと寄せてくると、僕の脚に手を触れ、顔が触れ合うくらいの距離まで顔を近づけてきた。
「メニューのデザインのためでしたら、この私のような高貴な女性の体に触れても……かまいませんよ?」
迷うことなく、僕は誘われるまま継羽のウエストを触ってみた。
「あぁんっ!」
「キャーーー!!!!!!!!!!!!」
今度ははっきりと見えた! 月羽が変な顔をすると同時に、悲鳴のような声が上がったんだ。それらのせいで僕の頭はココアクリスピーみたいに弾け飛んだ。
僕は飛びのくように距離を取り、立ち上がって相手を指差して叫んだ。
「俺を誘惑するな、この毒婦が! 僕が知らないとでも思ってんのか、お前が超一流のハニートラップだってことを!!俺が何回お前の罠にハマってバッドエンドを迎えたと思ってんだよコラ!!? 自分の体を使って獲物を釣るくせに、一線を超えることは絶対に許さない! お前みたいな奴、マジで理不尽すぎるんだよ!!」
たとえ継羽が主人公をヒロインから奪うことに成功するバッドルートであっても、彼女自身が主人公と一線を超えるようなことは絶対にしない。奪い取った後は主人公を都合よく利用し、興味がなくなれば捨てるのだ。だから彼女との「あは〜ん」なCGシーンなんて一コマたりとも存在しない!
僕の愚痴を聞いていた継羽は、笑いを堪えきれなくなっていた。
「フフッ、口ではそんなこと言っておいて、お誘いしたら速攻で触ってきたじゃないですか。ルイスのスケベ」
「やっぱりな! わざと誘惑してやがったな! あと俺に新しい苗字をつけるんじゃない! この……この魔女め!!」
『魔女』。これほど彼女のような危険人物にふさわしい呼び名もないだろう。いや、正確には未来の継羽の二つ名と言った方が正しいか。どのルートであっても、彼女は問題を起こし続け、誰よりも優れた魔法の才能と超強力な禁術をマスターすることから、誰もが『魔女』と呼ぶ犯罪者になるのだ。
この世界のバグキャラの一人であり、作中で彼女と互角に渡り合えるのはゲームの主人公だけ……とにかく危険で信用できない奴なんだ。
「ウエストの他にも、私の『足の裏』だってすごく魅力的だと思うんですけどね」
「は?」
「これは数年前の話なんですけどね、知人の叔父様が『足で顔を踏んでほしい』って頼んできたことがあったんです」
「……は?」
「犯すような態度があまりにも気持ち悪かったので断ったんです。それなのにしつこく付きまとわれてイライラしたので、ブチ切れて暴力を振るって、最後に足の裏で顔を踏みつけてあげたんですよ。その人がどんな顔をしたか分かりますか?」
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「涙を流しながら笑顔を浮かべていたんですよ」
「……」
「でもその日の後、お父様がすぐにその人を処刑させてくださったので、本当に良かったですね」
「あ、それには同意するわ」
「そうですよね。変質者はこの世から消えるべきです……でも、お互いの同意があるなら、変質者ではありませんよね」
継羽はフフッと含み笑いをすると、脚を持ち上げて僕の方へ向け、ほんのりピンク色をした白い足の裏を見せてきた。
「どうですか? ルイス・グリーンフィールド」
「あの時はすごく怖かったんだろ」
「……」
「嫌なことを無理にしなくてもいいんだぞ」
どんなに性格の悪い奴だとしても、そんな出来事は彼女のような女の子にとってトラウマものだからね。でも、この話のおかげで僕の感情も冷静さを取り戻すことができた。彼女が話してくれなかったら、僕は舐めることすら受け入れていたかもしれない……いやいや! ないない!
継羽
たとえ生殖本能で動く男だとしても、そんなプライドのないことなんて絶対にするわけがない! それなのに、
「嫌いですね」
「……ん?」
「私、あなたのそういうところが一番嫌いです、ルイス・グリーンフィールド」
彼女の反応は、なぜか不機嫌そうなものに変わっていた。
「気分が害されました。どこへでも行ってください。メニューの件もちゃんと考え抜いて作ってきてくださいね」
継羽は苛立った様子で続けた。
「話したこともただの作り話ですから。この話で私と同情するようなフリはしないでくださいね、反吐が出ますから」
「チッ、やっぱり嘘だったのか」
「そういうことです」
「はいはい、約束忘れないでね」
立ち去る前に、僕は継羽を指差しして命じた。
「俺とキャサリン・ダークモアさんの間に最高のタイミングを作ること!」
「分かっています。あなたの方こそ、私の命令にしっかり従ってくださいね」
「分かってるって。じゃあな」
会話を終えると、僕はその場を後にした……そういえば、
『私、あなたのそういうところが一番大嫌い』 このセリフ、どこかで聞き覚えがある気がするんだよな。聞き覚えがあって、昔のあの日のことを思い出してしまった。せっかくだし、今度継羽にあの子を知っているか聞いてみようかな——昔僕が助けてあげた男の子。あの大金持ちで高慢だったクソガキは、今頃どうしているんだろうな。




