第2話:悪役令嬢との交渉
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『ルイス・グリーンフィールド』。下級貴族グリーンフィールド家の末っ子である彼は、この世界で大した役割なんて持っていなかった。小さな領地を治めて、主に農業をやっているくらいの家柄だ。普通なら、近所の適当な女の子と結婚して、家族の手伝いをしながらスローライフでも送って終わるはずの人生だった。
だけどある日。当時5歳だったルイスが、近所の子供と木登り勝負をしていてうっかり滑って頭をぶつけた、ごくごく普通の日のこと。西暦2025年あたりの前の世界での記憶が頭に流れ込んできて、自分は大好きなエロゲー『フロントゥアクス・ミラクル 』と同じ世界に転生したんだってことに気づいたんだ……そう、それこそがルイスの大きな転機だった。
突然ルイスは「僕はこの国の宮廷魔導士になって、ゲームのヒロインたちを全員ゲットしてみせる!」と大見得を切った。
そんなわけで、彼は剣も魔法も血のにじむような特訓を始めた。血統的な才能はなかったけれど、受験直前の高校生としての精神年齢があったおかげで、自分を効率よく、完璧に鍛え上げることができたんだ。ぶっちゃけかなり優秀で、一族の期待の星になったルイス。貧乏な家族は血の涙を流しながらお金をかき集めて、彼を王都の魔法学校に入学させたのだった。この息子が一族の運命を変えてくれることを祈って……。
「とまあ、これが俺のこれまでのストーリーってわけ。どうだった?」
僕は自分の生い立ちを最初から語り尽くしてから、喉の奥でフフッと笑った。百合ハーレムを作ろうと企んでいる悪役女子に向かってね……隠し事なんて一切なしさ。だって僕は恋のライバルの正体をちゃんと知っているからね。悪役女子になりすましているオスの『継羽・満月 』をさ。
「……なるほどね。そういうことですか」
僕の言ったことを理解してくれた。やっぱり根っこは同じオタク仲間ってことだな。
「頭がおかしいんですね」
「ん?」
「何もありません。気にしないでください」
「あ、そう」
話すこともなくなったので、僕はオレオクッキーシェイクを勢いよく吸い込んだ。 今、僕は継羽満月と一緒に小さなカフェにいる。彼女は紅茶を頼んだけど一口も飲んでいない。一方の僕はオレオクッキーシェイクをすでに半分も飲んでいた。
産業革命初期みたいなこの世界にオレオクッキーシェイクはあるのか? とか、デザインがおしゃれすぎないか? とか、そういう細かいディテールには突っ込まないでおこう。どうせエロゲーの世界なんだから、あんまり理由を求めちゃダメだぞ。分かったね?
「これで俺が何をしたいか分かっただろ? 俺さ、前の世界ではあんまり愛されたことがなかったんだよね。別に負け犬なわけじゃないよ? 有名な大学にも受かったし、成績もずっと良かったしさ。ただ……心の中の小さなジグソーパズルが欠けていただけなんだ。家族に愛されず、友達に愛されず、彼女もいない、ただそれだけ。だからそのパズルを手に入れて、完璧な自分になりたいんだよ」
僕は彼女にニッコリ笑いかけた。
「だからさ、一人くらい俺に分けてくれたっていいだろ?」
……。
継羽はため息をつきそうな顔をしたけど、踏みとどまった。どっちにしろ、すごく冷めた顔だ。
「どうしたんだよ?」
彼女は目を少し細めると、口を開いた。
「一人分けるっていうのは、恋のキューピッドになって手助けしろってことですね。それで、その五人っていうのは、まず生徒会長さん」
『キャサリン・ダークモア』。名門貴族のムチムチ美少女で、心の奥に秘密の願いを秘めている僕の一番の推しだ。グッドエンドでは、主人公が彼女の右腕になって一族の権力争いを勝ち抜き、最終的に主人公が新しい当主になるんだ。
「それから、有名部活のエースさん」
『ラーラ』。スポーツの才能で特待生として入った庶民の女の子。グッドエンドでは、彼女が一番好きで一番苦手なスポーツで世界チャンピオンになるのを主人公が助ける。逆に主人公も夢だった宮廷魔導士になれるんだ。ゲーム内で一番落としやすいキャラと言えるね。
「呪われた一族の令嬢さん」
『フィレーナ・サルヴィア』。最強の魔導士一族の生まれで、呪われた子。目の前で家族が謎の犯人に殺されたトラウマがあって、ストーリー中で一番重い過去を持っているから、当然一番難易度が高いキャラだ。グッドエンドでは、主人公が犯人を捕まえて、彼女を悲しみの鎖から解放する。二人で一緒に宮廷魔導士になるんだよ。
「商業連合トップの娘系令嬢さん」
『カイラ・モンテロ』。有名な商人一族の超絶美人なペタ胸ギャル。お金と権力が大好きで遊んでそうな雰囲気だけど、主人公に本気で恋をして一途になる。見た目は一番性格が悪そうだけど、実はゲーム内で一番いい子なんだ。解決すべきトラウマもなくて、逆に主人公の悩みを解決してくれるから、彼女のグッドエンドは『主人公ルート』って呼ばれてるくらいだ。
「最後に、第二王女さん」
『シレーナ・エステル・ドベンシャー』。パッケージに載ってるメインヒロインで、コテコテの王室美少女……まあこれくらいかな。正直僕はあんまり興味ないんだよね。ありがちなツンデレでウザいし。ぶっちゃけルート攻略すらしてないや……あ、よく考えたら僕のハーレムは4人で十分かも?
「最後の奴はナシでいいや。いらない」
「あら? つまり全部で五人(※カットして四人)ってことですね」
「その通り!」
「指名するなら、キャサリン・ダークモアさん」
「うん」
「で、残りの四人は私にくれると?」
「そういうこと」
継羽は黙り込んだ。前の世界みたいに可愛くデコレーションされた天井を見上げている。
「どうしようかしら?」
「くッ っ!!たった四人じゃ足りないのかよ! 強欲すぎるぞ、継羽満月!!」
「最初から五人も狙っていたあなたに言われたくありませんね……この汚らわしい男」
グハッ!!! 今の一言で倒れそうになった。女の子から『汚らわしい』って言われるなんて。中身は男の奴だとしてもさ……僕は口元の血を拭った。
「ふん! 貧乏人の子供として生まれた俺は、生まれた時から泥まみれなんだよ! 生き残るためにあがいて汚らわしいって言われたって痛くも痒くもないね! この貴族め! で、結局どうするんだよ!?」
「勝手に自分を慰めていればいいでしょう、ルイス・グリーンフィールド。でも言っておきますけど、私にはそっちの趣味はありませんから。あなたの推理は外れです」
僕と同類じゃないってことか!? だったら——
「じゃあ何で俺の邪魔をするんだよ!?」
「それは……そうですね。自分で調べてみたらどうですか?」
継羽は少し目をそらした……怪しい! でも今は置いておこう。まずはこの確認だ。
「要するに、協力はしないってことだな?」
「はい。……いえ」
「どっちなんだよ!?」
継羽は少し考えた後、僕の目をまっすぐ見つめて言った。
「私の奴隷になるなら、少しは手伝ってあげてもいいですよ」
「は? 奴隷?」
「はい」
「……何に使う気だよ」
「それは……あなたは面白そうな能力を持っていますから。それを手に入れて、私のお世話でもさせようかと」
この女……やっぱり悪役にふさわしい悪党だ。現実世界じゃ、悪役に転生したからって改心する奴なんていないんだな。普通は悪に染まって、この偽物女の継羽みたいに権力に溺れていくんだ。
ま、まさか! 僕の本当の役割って、継羽からヒロインたちを守ることなんじゃないか!?
「くっ、いいだろう! 奴隷になってやるよ! ヒロインたちを守るためならな!」
「聞き分けがいいですね」
「オタクの夢のためにプライドを売ったわけじゃないからな!」
「はいはい、そうですね」
継羽は続けた。
「変な人だとは思っていましたけど、ここまでとは思いませんでした。でも、これくらい狂っているからこそ、ここまで来られたんでしょうね。天才冒険者のルイス・グリーンフィールドくん。あなたは天才なんですか、それともただのバカなんですか? 私にも見分けがつきません」
天才冒険者、というのはみんなが僕を呼ぶ時の肩書だ。同年代を遥かに超えた実力を持っているからね。
「天才に決まってるだろ! 当たり前じゃないか」
「そうであることを祈りますよ。私が興味を持った相手がただのバカだったら、すごくガッカリしますから」
「お前に興味を持たれるなんて……勘弁してくれよ」
継羽に目をつけられたってことは、僕がいじめのターゲットになったってことだ。
継羽は口元にニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。継羽・満月に関する嫌な記憶が込み上げてくる——ヒロインを殺して主人公を絶望させるために、国ごと焼き払うような奴だ。ろくなことを考えているわけがない……。
彼女は初めて紅茶に口をつけると、危険な香りのする笑顔を浮かべた。
「今日はいい日ですね」




