第1話 : ハーレム作りたいモブ
①
「……」
僕は目を覚ました。いつもの通りの朝だ。前世のように 突然死したわけでもなく、無事に行っていたのは朗報というべきか。それとも、すべてがただの夢だったという現実に直面したのか。
心を落ち着かせると、体を起こしてストレッチをし、それから部屋に置いてある姿見の鏡の前に立って自分の容姿をチェックした。
ブラウンの髪、イエローの瞳、安物のボクサーパンツを一枚履いただけの裸の姿。背が低めで肩幅が狭く、身長は160センチに届くかどうかという男。やや浅黒い小麦色の肌、それが最初の記憶のイメージだ。
よく観察してみれば、鍛え上げられたしなやかな筋肉があることに気づく。 自分で言うのもなんだけど、顔立ちはどちらかというと愛らしくて可愛らしい。一見すると毒のない小動物に近い生き物に見えるかもしれない。ただ、メンタル面ではそうじゃない。なぜなら僕は、常に獲物を狙う猛獣だからだ。フフッ……フフフッ。
「今日もバッチリだ」
引き締まった自分の体型を満足いくまで確認し終えると、僕はタオルを取ってシャワーを浴び、長ズボンにシャツ、赤いネクタイ、そして剣と盾の紋章が入ったマントという学校のユニフォームに着替えた。
「学校へレッツゴー...」
学校。それは18歳未満の子供の全員が嫌い、18歳以上の大人全員が好きだという、ネットの仲間たちの調査による12のことのうちの一つだ。ただし、僕が向かっている学校は、僕たちの常識で知っているものとは違っている。
道中には、ヨーロッパの産業革命初期のコスプレのような格好をした人々が行き交い、電車が走り、馬車が通り、至高のクラシックな建築が並んでいる。
さて、本題に入ろう。ここは西暦20xx年近くにあった僕たちの世界ではない。言うならば別の世界であり、そして——空中浮遊する荷物を連れて物理法則を無視しながら歩く一人の貴族に目をやると——そう、ここは魔法が存在する世界——剣と魔法のファンタジー世界なのだ。
ま、まさか、これが転生ってやつか!? 超驚きなんですけど!! うんうん、そうそう、まさに転生なんだよ。だけど、ただの普通の転生じゃないんだからね、と言っておこう。だってこれは——
……僕はある場所まで歩いていった。剣と盾の絵が描かれた旗と、魔法の杖の絵が描かれた旗が並んで掲げられている学校の入口の前に立ち、これから起こる出来事を静観するためにただじっと立っていた——
一人の美女が僕の脇を走り抜けていった。標準的な高身長の女性で、褐色肌、硬い髪、そして特徴的な花のヘッドバンドをつけている。タンクトップにショートパンツを穿き、彼女が通り過ぎた瞬間、僕の目はハート型になった。 彼女の名前は『ラーラ』。熱血な一年生で、有名な陸上部所属の剣士部門のアイドルだ。そして僕は、彼女自身の誰よりも彼女のことを熟知している……。
「おはようございまーす、先輩」
「ええ、おはよう、ミス・ラーラ。クラスに入る前に着替えるのを忘れないようにね」
「はーい」
返事をしたのは、入口の前で生徒全員に挨拶をしている一人の艶やかな女性だった。彼女は前の世界の大人気女優よりも美しい女性で、黒い髪に、極めてファンタジーな緑色の瞳、そして同じく極めてファンタジーなスタイルをしている。描写しない方が無難だろう。
そして同じく、僕は彼女自身の誰よりも彼女のことを熟知している。
彼女の名前は『キャサリン・ダークモア』。名門一族の貴族で、三年生、生徒会長にして魔法部門のアイドルだ。
彼女は僕と同じような制服を着ていたが、長いスカートを履き、この学校の生徒会専用の特徴である盾の紋章が入った腕章をつけていた。
これは何も知らないただの普通の転生ではない。あのように非常に目立つ二人は『ヒロイン』と呼ばれている。僕は迷わず声をかけに行こうとしたのだが、げっ!!
僕は『あの女』に先を越されてしまったのだ。しかも、これが初めてではない。 艶やかな女性で、身長は非常に低く155センチに届くかどうか。美しい黒髪と同色の丸い瞳が見事に調和している。雪のように白い肌で、女子のユニフォームを着ているが、黒いタイツを履き、手元や首元まで網で覆われていてよりきちんとしている。顔以外は全身ほとんど肌を露出していないと言っていい……。
そして同じく、この彼女についても、僕は誰よりも彼女のことを熟知している。
「おはようございます、キャサリンさん」
「おはよう、『満月 』さん」
僕は拳を握りしめることしかできなかった……。
『継羽 ・ 満月』。東方の国からの美しい女性で、名前の通り、前の世界の日本人によく似た民族だ。学年に10人もいない魔法剣士という特殊部門の生徒である。
どうであれ、今日もまた僕がヒロインの一人とまともに挨拶できなかったというわけだ——そう、初めてじゃない。キャサリンさんのようなゲームのヒロインが当番の毎朝、僕はことごとくこの女に横入りされている。それにキャサリンさんだけじゃない、他の人たちも同様だ。ここに入学してからのこの一ヶ月間ずっと。
仕方なく、僕は恥ずかしそうに学校の門をくぐり抜けた。その間もあのお邪魔女はゲームのヒロインと話し続けている。そして少し通り過ぎたところで、彼女はまるで今初めて僕の存在に気づいたかのようなフリをした。
「あ、ごめんなさい。さっき、ぶつかっちゃったみたいで」
継羽満月は振り返って驚いたような仕草を見せたが、それは明らかに白々しかった。なぜならこれが初めてではないからだ。
「も、問題ないよ」
「ごめんなさいね」
問題ないわけあるかボケ! もう何度もだぞコラ! こっちがおとなしそうで抵抗しなさそうな男に見えるからって、毎回黙ってると思うなよコラ!!
「ところで」
それから、あの女はキャサリンさんと楽しそうに話し始めた……。僕は悔しさを噛み殺しながら先へ進んだ。心の中で悪態をつくしかない……チクショウ、チクショウ、チクショウ!!!
だけどさ、ゲームのヒロインは一人だけじゃない——攻略対象のヒロインはあと四人も残っているんだ!!
何も『キャサリン・ダークモア』みたいなムチムチの年上系美少女だけじゃないんだ。彼女が僕の一番の推しだとしても、そう!
僕の目標はエロゲー世界でのハーレムなんだから!
最初は一人ずつ好感度を稼ぐつもりだったけど、こんな風に一人だけを狙っていたら、ゲームのヒロインたちから女の子をNTRするという僕の邪悪な計画が成功しないのは目に見えている!
ここは何も知らない普通の異世界じゃない。僕は異世界のことなんてリアルな住人以上に知り尽くしている。なぜかって? だってここは『エロゲー』の世界の異世界なんだから!
『フロントゥアクス・ミラクル』。才能のない少年が宮廷魔導士になることを夢見て、五人のヒロインたちのサポートを受けながら、プレイヤー自身がストーリーを作り上げていく数々のエンディング——一人と結ばれるエンド、二人同時に選ぶエンド、ハーレムエンドまで自由に選べる20以上のエンディングが存在する物語。夢見がちな男にとって、これはまさに夢のようなゲームだった。
それはごくごく普通のエロゲーで、いくつかのメディア化はされたものの、ことごとく打ち切られ、特にアニメ版は雑な12話完結で大失敗の伝説となった作品だ。
そしてそう、その夢見がちな男こそが僕であり、その男は奇跡的にも自分が愛したエロゲーの世界に転生を果たしたのだ——名もなきモブキャラとしてだけどね。だがしかし、『知らず知らずのうちにヒロインたちの心を射止めてしまうモブキャラ』の物語が今幕を開けたのだ。よくあるそういう系のライトノベルみたいに——そう期待してたんだけどね!!!!
「あの……知ってる人?」
「ごめん、今忙しいの!」
「こういうのって口説いてるって言うの? 全然タイプじゃないからパスでね」
それから数時間後、僕は残りの三人のヒロインにアプローチしようとしたが、全滅だった。無口系、元気系、ギャル系、(...もう一つはどうでもいい)どのタイプとも会話の波長を合わせることができなかった……。
放課後になり、僕はすっかり意気消沈して歩いて帰るしかなかった……。頑張ったんだよ、すごく頑張ったんだ、この一ヶ月間。ヒロインたちに近づこうと努力した。だけど——またしても、僕はヒロインの一人が『あの女』と親しそうに話しているのを眺めることしかできなかった。
毎回、毎回、毎回だ。あの女が邪魔をしてこない時なんて一度もなかった——あの第一位の悪役女子が!!!! 継羽満月!!!。外見は完璧で人当たりの良い女性に見えるかもしれないが、その本性は、ゲームのストーリーを通して数々の悪事を働く極悪人なのだ。主人公や一部のヒロインをいじめたり、他の生徒たちと悪巧みをしたりと、ゲーマーなら誰もが嫌気がさすような悪行の数々。
僕は入学初日からすべての会話をあの女に妨害されてきた。一ヶ月が経った今でも収まる気配がない。そこで僕は悟ったんだ。あいつは僕と同じ転生者に違いない、と。
そう考える理由は、丸一ヶ月が経っても悪事イベントがまったく発生しないからだ。それに主人公も僕と同じように生態系から消し去られている。変化しているのはあいつとヒロインたちの好感度の上昇だけであり、そこから推測するに、あいつは僕と同じ転生者で、中身は男のまま百合の庭園を作ろうとしているのだろう。この手のメディアではよく見かけるやつだ。だけど僕としては——嫌だ嫌だ嫌だ!!!! タイトルは『モブキャラの〜〜』じゃなきゃダメなんだ!
『悪役令嬢に転生したので百合の庭園を作ります〜〜』なんて冗談じゃない!! だけど、エロゲーの世界でヒロインたちが男好きであるはずなのに、本物の男である僕はあらゆる面であいつに負けている。勝っているのは可愛さだけだ……自分で言うのも恥ずかしいけど。とにかく、このまま物語を進めさせるわけにはいかない。僕は絶対にあいつの仮面を剥ぎ取ってやる。
悪役女子がヒロインの一人と話し終えるのを見て、僕は尾行し、ヒロインから十分な距離が離れたところで割り込んで通り道を塞いだ。
「ちょっと話ができるかな」
「……あら? あら、『ルイス』くんじゃないですか?」
な、名前を知っているだと!? やっぱりな、本当に異世界からの奴だったんだ! 僕が自分と同じように(代わりに主人公になろうと)しようとしているのに気づいて、警戒していたに違いない。
ちなみに、僕は『ルイス・グリーンフィールド』です。下級貴族の息子で、実家はやや貧乏。モブ中のモブキャラクターであり、当然ルイスというキャラにはゲーム内で何の役割も存在しない。
「話しかけてくれるなんて初めてですね。何かご用でしょうか?」
「ちょっとね」
「ちょっとだけですか?」
..なんで目を細めるんだよコラ。
「でも、俺とお前の間の大切な話だ」
「お前? ……ほう、女性に向かって『お前』とは、少し失礼ではありませんか?」
「それとも『このやろう』って呼んでほしいのか? これでも相当手加減してやってるんだぞ」
僕はニヤリと笑った。
「親切心で教えてあげるけど、お前が隠している秘密なら、こっちはもうお見通しなんだよ」
「……」
継羽の表情がわずかに変わった。手応えを感じた僕はニヤリと笑い、相手を指差した。
「この僕が君のすべてを暴いてやる。それが嫌なら……そうだな、一人くらい僕に残してくれてもいいんじゃないか?」
僕はクズ同然のセリフを吐き出した。自分でも恥ずかしくなったが、本心だった。しかしスキハの反応は、見下してきたり怒ったりするどころか、逆にリラックスしたものに変わった。僕のような奴に対して当然あるべき反応ではなかった。ということは、まだ交渉の余地があるということか。
「五、五人は多すぎるだろ言っておくけど! 多すぎたら関係の維持がうまくいかなくて修羅場になるぞ! 愛する人がかわいそうだと思わないのかよ」
ハーレムを作ろうとしていたやつの口から出た言葉とは思えないが、追い詰められると正義を訴え始める。
「できればキャサリンさんを僕にあげてくれ! 僕、ゲームをプレイする前から彼女が好きだったんだ!」
「一体何のお話をされているのか分かりわからかねますけれど」
「くっ、とぼけるなよ! こっちは全部知ってるんだからな!」
「そこまでおっしゃる割には、私のことについて何ひとつご存じないようですね、ルイスくん。無駄に心配して損をしました」
「ぐぬぬ……だから知ってるって言ってるだろ! 嘘じゃない!」
「でも面白そうですね。でしたら、私のことを取調べしてみますか?」
取調べ? 堂々と挑戦状を叩きつけてくるとはな。
「やってやろうじゃないか!!!」
「この近くのカフェに行きましょう。私がおごりますから」
「望むところだ! 言い逃れできないように尋問してやるからな」 継羽満月は笑みを浮かべた。その口元の笑みは不気味に歪んでおり、ゾッとするような笑顔だった。ゲームに登場する彼女の画像と何ら変わりない。
「フフッ、楽しみにしていますね。私もずっと、あなたと二人きりでお話ししたかったのです」
……な。
「やっぱりな! 予想通りだ!」
こいつ、いやあいつ、偽物の女か!?
僕が転生者であることを知っていて、僕と同じようにヒロインを独占してハーレムを作ろうとしている。だけど、それなのにどうしてだ……あいつの笑みのせいで、全く自信が持てなくなってきた。まるで手の平の上で踊らされているような——当時の僕は、自分の仮説が間違っていることなど知る由もなく、今日継羽・満月に接触したことが……
「フフッ、恐ろしいですね」
「何がおかしいんだ!?」
僕が望んでもいなかったルートを開いてしまうことになるとは、知る由もなかったのだ。




