第18話:継羽満月とは一体?②
継羽・満月は、日本によく似た東方のとある国で生まれた。彼女は古い王族の血筋を引く名門貴族の家に生まれた。何世代にもわたって抑圧されてきた、いわば飾りのような名門である。
彼女の代も変わらなかった。ただ―継羽満月は、天から選ばれた存在だった。
魔術の才能と、本能的なまでに優れた古代魔術の熟練度は、島国を一つに統一した戦勝国の創始者を彷彿とさせた。
先祖の生き写しとも言える彼女は称賛され、家柄の地位も向上し、さらには現在の王族との婚約まで決められていた。一族の顔ともいうべき存在だった。
あらゆる命よりも高く掲げられ、その進むべき道―勉強も趣味も、何もかもがすでに決められていた。
この人生は国家に捧げなければならない。
それが継羽満月だった。
彼女はその事実を子供の頃から理解していたが、自分に降りかかったことに対して憎しみや恨みを抱くことはなかった。
彼女は何とも感じていなかったのだ。
―あの男に出会うまでは。
故郷の国の海岸で、一人の茶髪の少年がホームレスのような姿で打ち上げられていた。
泡を吹いて目はうつろで、まるで死にかけの人間のような状態だった。
……放置しておこう。
最初はそう決断したものの、その情けない顔をあまり長く見つめているうちに、助けずにはいられなくなった。
とりあえずその野良人間のような少年を近くの洞窟へ運んだ。使用人たちに見つかれば処刑されてしまうかもしれないからだ。それから体を温めてそのまま放置した。
彼女は城に戻って自分の活動を行った。
その間、床に届きそうなくらい伸びていた自分の髪に気づき、使用人に頼んで肩くらいの長さに短く切ってもらい、それから床についた――
―翌日の朝。
その少年が屋外で海蛇を焼いている姿を見かけた。
まったく動じる様子もなく、事情を知らなければ冒険家か何かだと思うだろう。
継羽は後ろから目を細めて眺めた。その見た目から、あまり遠くない西方の世界の人間ではないかと思った。色とりどりの髪を持つ国だと言われている場所だ。
もちろん継羽は、近隣の国々だけでなく大国の言葉も話すことができた。
「おっ、よっす、若いの」
相手の言葉で話すより先に、相手がこの国の言葉で話しかけてきた。
継羽は目を大きく見開いた。野良人間が自分の国の言葉を知っていることに、少し驚いた。
「ここの言葉が分かるんだな」
「まあね」
ムカつくほど傲慢な態度だった。
少年は海蛇をちょうどよく焼き上げると、涼しい顔をして食べ始めた。それには継羽も面食らった。
もっと慌てふためくと思っていたのだ。彼女が知っている他の子供たちのように、愚かで鬱陶しいだけのちっぽけなガキだと思っていたのに。
「日本に似た国だからちょっと寄ってみようと思ったんだけどさ、まさか旅客船が伝説の【リヴァイアサン】に襲われてぶっ壊されるなんて思わないじゃん? はは、ファンタジー世界って容赦ないよねぇ。両親の仇を討つ目的だった同行者のアレックスとエリザベスは、今頃海の底で仲良くお陀仏ってわけか。悲しいねぇ」
アレックスとエリザベスって誰だ? 言いたい放題だな、この子は。
リヴァイアサン? ああ、この辺りの海域に百年以上も居座っているSランクのモンスターのことか。
あんなものに遭遇しておきながら微塵もビビっていないとは、勇敢なのか頭がおかしいのか。
「よく生き延びられたものだな」
「運良く昨日の天使様が助けてくれたおかげで、死なずに済んだのさ……そう、俺の体を運んでくれた、超絶美人の黒髪ロングの天使様がね」
「……」
自分のことだな。にしても天使? ふむ、納得だ。自分は美しい部類だからな。天上の天使と勘違いされても不思議ではない(自画自賛)。
「その天使様は、優しい風で僕を運んでくれた」
(言っておくが、土魔法でこの少年の体を泥まみれにしながら移動させただけだ)
「水をかけて丁寧に俺の体を清めてくれ、」
(言っておくが、野良人間の獣臭さが我慢できなくて、水魔法を容赦なくぶっかけただけだ)
「抱きしめて温もりを与え、優しく慰めてくれた」
(言っておくが、適当に火魔法を放り投げて城に帰っただけだ)
慰めの言葉をかけたというのは、この少年の幻覚に違いない。
「主人公ってのはいつだって助けられる運命にあるってわけさ。はは、ヒロインの天使が一人増えたって悪くないだろ、若いの」
若いの? ああ、髪を短く切りすぎて男に見えたからだろう。
「何を言っているのかさっぱり分からない」
「もちろん分からせるつもりで言ってないからね」
……おや。
妙な眉がピクピクと痙攣した。手も少し震えている。
「転生だとか、遊んだことのあるエロゲーの世界に迷い込んだとか、そんな秘密を簡単に口にするやつがいるわけないだろ、普通さ?」
説明してくれているくせに、あれだけペラペラ喋っておきながら自分が何を言っているのか分かっていないらしい。
転生? エロゲー?
「話がかみ合わない。頭が正常ではないようだな」
「何も知らないモブキャラらしいナイスなリアクションだねぇ。はは、ありがとよ若いの。若いののおかげで最高にハッピーな気分になったよ、今日のハイライトってやつだね」
楽しそうに振る舞い、継羽を下に見るような態度をとり、おまけに「若いの」などと呼んでくる。
「……」
いっそ殺してしまおうか?
野良人間の死体を処理することくらい難しくない。骨付きの肉片をあたりの野生動物にでも食わせれば、動物たちの徳積みにでもなるだろう。
いや、このガキの肉には何か皮膚病の菌でも巣食っているかもしれない。一番いいのは焼き払って、骨だけ集めて呪術の道具にでもすることだ。みんなのためにもその方がいい。
そうしよう。
継羽は手を組み合わせて、目の前の生意気なガキに呪詛を叩き込もうとした。
だがその時、
「継羽様…!!」
使用人の声が響き渡り、継羽の意識が現実に引き戻された。
「パパとママがお呼びってか? じゃあ行ってきたらいいさ」
両親なんかではないが、この男がベラベラ喋っていたことなどどうでもよくなった。
「命拾いしたな」
「???」
継羽は猛烈な不快感を抱えたまま城へと引き返し、勉強や魔術の訓練、貴族としての作法を学び、就寝前のボディケアを済ませた。
翌日の朝。
少年はまだ同じ場所にいたが、今回は海蛇ではなく豚を焼いていた。
「しっかりした肉にかぶりつきたくてさ、山を登って調達してきたんだ。この山、すごく豊かだよなぁ。薬草とか調味料がいっぱい生えてるし、豚もでかいし」
「そうだな。おそらく放牧されている豚だからだろう」
「……」
少年はピタリと黙り込み、やがて額に冷や汗がにじみ出た。
「心配するな。基本的には食用として飼われているものだからな。まあ、立派な窃盗罪には違いないが」
「へぇ、なんだ。よかったぁ」
「窃盗であることは変わりないがな」
「あはは、まあね」
微塵も気にしていない様子だった。
継羽はため息をつくと、少年の向かい側に腰を下ろし、香ばしく焼かれた豚肉と、特製のスパイスで作られた美味しいタレを眺めた。
「そういえばさ、この土地の持ち主って相当な金持ちだな……おい若いの、もしかして君、あの城に住んでるわけじゃないよな?」
「ああ、私の城だが」
「はは、冗談言うなよ。城の主が自分の子供を一人でこんなところに出歩かせたりするわけないだろ。身代金目当てに誘拐されたらどうすんだよ」
……確かに。
継羽は目を細め、自分自身に問いかけた。少年の言う通りだし、自分自身の保護者たちが自分のことなど気にかけていないことも骨身に染みて分かった。物心ついた頃からずっとそうだ。
目覚めた瞬間から母親は死んでおり、呪われた子供だと言われ、一族の者たちから責め立てられた。そもそも一族の人数が少いうえに身体の弱い者が多く、それが自分の母親の命まで奪ったというのだ。そのせいで一族の地位は以前よりも落ちぶれてしまった。だが幸いにも魔術の才能があったため、呼び名が変わり、称賛され、天から遣わされた子供へと祭り上げられた。
それでも、実の父親だけは今でも彼女を疎み、嫉妬していた。何もできないくせに、放置するという形で冷遇し、自分の立場の中でできる限りの嫌がらせをしてきた。
そのおかげで、幸か不幸か、継羽はある程度の自由を手に入れていた。
ただ一つの欠点は、そのせいでこんな野良人間のガキに出会ってしまったことだ。もし本物の強盗や悪党に出くわしていたら面倒なことになっていただろう……もっとも、それは普通の子供の視点からの話でしかないが。
継羽は天賦の才を与えられた子供であり、ピラミッドの頂点に君臨する才能の持ち主だ。少なくとも、全軍団を動員されたところで、彼女を捕縛することなど容易ではない。
「使用人の子供か、あるいは見習いだな」
少年が言い放った。
「失礼なやつだな」
どうにも言葉の端々に腹が立つ。今日城に戻ったら、使用人に言いつけてこのガキを処刑してもらうべきだ。
「まあいいさ。今のところ、俺を城の主人につき出す気はないんだろ?」
「今まさにそれを思いついたところだが」
「なんだよ、やめろって、俺はまだ死たくないんだからさ」
「仕方ないだろう。見習いとしての規則を守らなければならないからな。野良人間が主人の敷地内で汚い真似をするのを許すわけにはいかない」
「の、野良人間? 汚い真似? 口の悪いガキだな本当に」
「事実だ。少なくとも今のところは、勝手に豚や薬物を盗み食いして、挙句の果てに小さな拠点まで作り上げているのだからな」
継羽が洞窟のほうに目をやると、ベッドやら物干し竿やらが器用に設営され始めていた。
少年は不満そうな顔で継羽を睨みつけたが、彼女は気に留めなかった。どうせお望みなら、あとで身の程を叩き込んでやればいい。思い上がった奴らをギャフンと言わせるのは、継羽満月にとって物心ついた頃からの得意技なのだ。
「じゃあ今夜、さっさと逃げ出すとかな」
「そうか」
さっさと城に戻って通報しよう―継羽はそう心に決めた。
「それじゃ、私はこれで」
「おう、話し相手になってくれてありがとよ」
話し相手?
野良人間は機嫌よく豚の丸焼きを食べ続けた――頭のネジが外れている。そう思うしかなかった。
城に戻り、侵入者のことを報告すると、使用者はすぐに野良人間の狩り出しに取り掛かった。明日の朝には、その体を麻袋に詰めていつものように焼却処分にしてくれることだろう。
一日の日課を終え、継羽はベッドに入った。
今夜は心地よい眠りにつけるはずだったが、なぜかどうしても眠れなかった。
「……」
どうにも腑に落ちない。
継羽は布団から起き上がり、バルコニーへと歩み出て窓を開けた。眼下に広がる城の敷地は―松明の明かりであふれ返っていた。
「こっちだ!!」
「違うだろ、あっちだ!!」
「いったいどこへ消えたんだ!?」
城中が大騒ぎになっていた。彼女は思わず首をかしげた。
「……ただの野良人間ではないようだな」
仕方がない。
継羽は両手を組み合わせた。するとほんの数秒で、野良人間の居場所が手に取るように分かった。
城の中をあちこち走り回り、出口を見つけられずに迷っているらしい。ふん、首根っこをつかみ上げて吊るし上げてやるとしよう。
そう決意すると、継羽は城内に張り巡らせた転移魔術の陣を使って、一瞬でその場所へと跳躍した。ほんの瞬きする間に、汗だくになりながら必死にもがいている野良少年の背後に立っていた。
継羽が片手を伸ばして捕らえようとしたその時、野良少年は急に振り返った―彼女の気配を察知したのだ。
「……なんだ、お前かよ」
野良少年は上半身裸で、ボロボロのズボンを履いていた。
「ああ、私だ」
「ちっ、荷物まとめも終わってないのに狩り出されるとかさぁ、予告なしで通報するのって反則だろ。せっかくいい感じでお風呂に入ってたってのにさ」
「まったく焦る様子がないな」
「はぁ? よく見てから言えよ」
「見ているが? それとも私が目を閉じているとでも見えたか?」
「言い返すのが好きだな、可愛げのないガキだぜ」
野良少年は大きなため息をつくと、その場に大の字になって寝転がった。
「ちょっと休憩。見張っといてくれよ」
今すぐ拘束すべきか、それともこのまま逃がすべきか。継羽は激しく迷った。なぜだかは分からないが、彼と話していると妙な気分になる。言葉ではうまく言い表せないが――あえて言葉にするなら「楽しかった」のかもしれない。
「一つ聞いていいか」
「なんだよ」
「なぜここに来た?」
「観光だよ、言ったじゃないのか確か。あ....あと、子供の頃の悪役令嬢の顔を見たかったってのもあるかもな」
「悪役令嬢?」
「ああ、いいさ。とりあえず、【継羽・満月】って名前の生意気な女の子の顔を見たかったのさ」
その名前を聞いた瞬間、彼女の目は大きく見開かれた。……自分の名前だ。なぜこの子が。
「顔が見たかったのか」
「ああ、ガキの頃から性格が悪かったのか気になってさ」
「継羽満月なら性格はいい。神様に遣わされた天使の子供だって、みんな口を揃えて言っている」
「はは、冗談だろ。すっかり騙されてやがるな」
ああ、その通りだ。みんな騙されている。
「継羽満月なんて、街を笑顔のまま灰の海に変えちまうような最悪のクソガキさ」
不思議なことに、継羽はその言葉を聞いても怒るどころか、微かに笑みをこぼしていた。
天才の子供でもなければ、天からの贈り物でもない。ただ人を殺す決断を瞬き一つせず下せるような、生まれてくるべきじゃなかった最低の子供だ。生まれてこなければよかったのに。
彼女はそう思っていた。自分の父親が思っているのと同じように。
その事実を彼女はよく覚えていた。自分が生まれてきたせいで母親が死んだと知った日、彼女は何も感じなかった。そんな冷めきった彼女の姿を見て、父親は恐怖を覚え、まるで悪魔のような化け物を見るかのように扱った。だが、それは仕方のないことだった。
まともに会話したこともない。顔を見たこともない。温かい温もりなんて記憶のどこにもない。出会ったこともないのに、なぜか血のつながりというだけで愛着を抱かなければならないのか? 人間ではない特別な存在、天からの子供であることを求められるだけでなく、そこからさらに「人間らしさ」まで要求されるなんて。
皆は一体何を望んでいるというのだろう――継羽満月には少しも理解できなかった。
「もし本当に悪魔のような子供だったとしたら、あなたはどうするつもり?」
私を殺せばいい。実の父親が望んでいるように、私を排除すればいい。継羽満月という名の腫瘍は、今すぐ摘出すべきなのだ。
それなのに、
「話しかける、かな」
「……」
「ま、まずは話を聞いてやるところからだな。もちろん、あいつが喧嘩売ってくるようならお尻を叩いてお灸を据えてやるけどさ」
「そうか」
「ああ」
なぜだか分からないが、継羽の胸の奥がぽっと温かくなった。
「……あのさ」
「なんだいなんだい」
「出口を知っている。私の言う通りに行けば、無事に逃げ切れるはずだ」
野良少年はその言葉を聞くと、安心したように笑みを浮かべてうなずいた。
「おっ」
疑う様子すらなかった……継羽はゆっくりと目を細め、野良少年の脱出を手助けし、この城の外へと送り出したのである。
あの野良少年の名前はなんと言ったっけ?
あの夜の出来事から何日も経った今でも、継羽はあの少年の顔を思い返していた。不思議でたまらなくて、もっと知りたくて、会話を交わしたくて仕方がなかった。
あの時のせいで、夜も眠れない日が続いた。認めたくはなかったが、彼女は城をこっそり抜け出し、街の中を探し回るほどだったが、ついに見つけることはできなかった。
さらに数ヶ月が過ぎ、継羽はより高い教育課程を学ぶため、そして多くの貴族たちと顔見知りになるために王都へと旅立った。
伸びてきた髪が鬱陶しくなったので再び短く切り落とし、こっそり屋敷を抜け出して街を歩いていた。
どうせ抜け出したところで誰も彼女を捕まえやしないが。
そんな風に街をぶらついていると―
「おっ、見覚えのある顔だな」
「えっ」
継羽がハッと振り返ると―そこには、男物の着物をまとい、腰に長いカタナを差した笠を被る野良少年の姿があった。まるで風来坊のサムライのようだった。
「どうした若いの、元気にしてたか?」
放浪のサムライ風に様変わりした野良少年は笑いかけ、かぶっていた笠をクルリと回して見せた。
「久しぶりだな、俺のこと覚えてるか?」
「ああ、一応はな。それで―名前は?」
「ん?」
「君の名前はなんというんだ?」
少年は少しだけ言葉を詰まらせたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべて答えた。
「【ルイス・グリーンフィールド】さ」
そうか。
ルイス・グリーンフィールドというのか―彼女は彼の名前を知った時、思わず笑みをこぼした。
自分の人生をガラリと変えてしまった少年だった。
神様から授かったどんなギフトよりも、ルイス・グリーンフィールドとの出会いは圧倒的に価値があった。
継羽満月は、誰かを待つために魔法学園の壁にもたれかかりながら、かつての過去に思いを馳せていた。髪をいじりながら……彼と二度目に別れた後、あえて伸ばし始めた髪だった。そして再び彼と巡り会えたのが、ほかならぬこの学園だった。
もしまた短く切っていたら、彼は私のことに気づいてくれただろうか? そんな迷いも頭をよぎったが……ルイスはきっと、長い髪のほうが好きなはずだ。
昔は彼女のことを天使だと呼んでおきながら、今は黒髪ロングにときめくどころか、まるで宿敵のように敵対心剥き出しで接してくる。
本当に腹立たしい男だ。きっと『継羽満月』という名前に対する偏見のせいで、私のことが嫌いなのだろう……私のことは天使だと言っておきながら、他の女の尻ばかり追いかけ回しているのだから。
継羽は眉間にしわを寄せた。今すぐルイスの顔を引っ叩きたい衝動に駆られ、足の裏で地面を踏みつけて感情を発散させそうになったが、そんな見苦しい真似をする直前で、待ち人である【カイラ・モンテロ】が姿を現した。
「偶然、なんて―ないか、はは」
「ええ、少し用事がありまして……昨日、リリさんが私に――」
「いつもの場所で待ってる、ってやつでしょ」
「ええ、その通りです」
「さっきルイスが私にそう言っていったところなのよ、継羽さん。いやぁ、二人の意見がここまでピタリと一致するなんて思わなかったわぁ」
ルイスだって……?
ふん、まあ驚きはない。昨日、この件について二人でしっかり相談したわけではないけれど。
「ルイスが来るだけでもサプライズだったのに、継羽さんまでわざわざこんな話のために時間を割いてくれるなんて、驚きが倍増しちゃったわ」
「私など、カイラさんのお目にはさぞタチの悪い女に映っていることでしょうね」
「まあねぇ、大体の人は継羽さんのこと、自分以外の人間を虫けらみたいにしか見てなくて、自分の利益にならないことや頼み事なんて端から無視する冷酷な女だと思ってるんじゃないかしら」
「あながち間違った見解でもありませんわね」
継羽は特に気にする様子もなかった。ただ、いつもなら避けて通るはずのカイラが、あえてストレートに毒を吐いてきたことに少しだけ驚いた。
用事が済んだので継羽は踵を返して歩き出そうとしたが、カイラはまっすぐ彼女を見据えたまま問いかけた。
「ルイスのことが相当好きなのね」
「好きなどではありませんわ、ただ―」
継羽はハッと振り返ると、真剣な眼差しで言い放った。
「ルイスは私のものです」
「……好きじゃないの?」
「ええ、微塵も好きではありませんわ」
継羽満月は、顔を真っ赤に染め上げながらそう言い張った。
嘘なのだろうか? それともそんな面倒な理屈を考える必要があるのだろうか? 分からない。
「はははははっ!」
カイラは愉快そうに高らかに笑った。継羽は小さくため息をつき、あきれたように顔を背けてその場を立ち去った―継羽満月とは一体何者なのか?
今の彼女を形容するならば―それは、素直に自分の気持ちを認められず、照れ隠しをする一人の女の子にほかならなかった。




