第16話:モブです
いまや僕ら三人――イケメンで孤高のカッコいい一匹狼にして、海のように広い心を持ち、ハーレムを持つにふさわしい最高のエース、その他の魅力も盛りだくさんの【ルイス・グリーンフィールド】。
取り柄のないクソ悪役令嬢、継羽・満月。
冴えないパッとしない主人公、【レナード・タワー】。
僕たちは、エルクス家とかいう奴の有名な何とかカフェへ向かっていた。継羽いわく、我が校の超有名先輩が経営している場所らしく、今回のゲーム『フロントゥアクス・ミラクル 』のヒロインの一人、【カイラ・モンテロ】のパーティー会場になっているところだった。
「いやぁそれにしても、嬉しいニュースを聞いちゃったな。まさかあんたがまだカイラさんのルートに入れていないなんてね、フフッ。まさか他のヒロインたちもまだ絶望的な状況なんじゃないのか? ギャハハハ! 全くさぁ! この俺タンはね、悪役令嬢がヒロインの心を射止められるなんて端から信じてなかったけどさ」
「あらあら、あなたが信じていないなんて私の方こそ信じられませんわね。しっぽを振って必死におねだりしていたくせに」
「キキッ、被害妄想じゃないですかぁ? 継羽満月さんよ」
「ふふっ。だったら私がそのしっぽを切って捨てて、他の女の子たちを自分で口説きにでも行こうかしら? 私と関わらないようにって耳にタコができるほど言い聞かせたキャサリンさんの気を惹けるかどうか、試してみたくはないかしら?」
……どうやら僕は調子に乗りすぎていたらしい。継羽がまだ強いカードを握っていることをすっかり忘れていた。
「ま、待てよ。どうあってもキャサリンさんが一番でなきゃ困るんだ」
「だったら、そのふざけた軽口はこれ以上叩かないことですわね」
「ぐっ……クッ……了解」
道中、僕と継羽は色々な話をしながら歩いていた。レナードも後ろから大人しくついてきて聞いていた。
「お二人はいつもこんな感じなんですか?」
「なんだよ」
「だって、いっつも喧嘩してばかりじゃないですか」
レナードは楽しそうにカラカラと笑いながら続けた。
「でも、本当に嫌い合っているわけじゃないんだなって思いますよ。何ていうか、すごく仲良しですよね。もうずいぶん昔からの知り合いなんですか、お二人とも」
昔からの知り合い? 正直言ってまだ数日しか経っていないが、なぜかこの手の質問をよくされる。
「ええ、あいにく幼馴染なものでして」
継羽は前日に打ち合わせた設定通りに答えた。レナードはそれを聞いて
「なるほど」
と頷いた。
「もしかして付き合ってるんですか? ハハハ――なんてね」
僕と継羽はぴたりと歩みを止めた。それを見てレナードはパッと口を閉ざし、みるみる冷や汗を流し始めた。
「うーん」
うーん???
「ふん、着きましたよ」
継羽が指し示したのは、モダンな作りの三階建てのビルだった。いかにもアングラな酒場というか、露出度の高い女性の絵があちこちに描かれていて、どことなくエッチな雰囲気を醸し出している。ただ、でかでかと「カフェ」と書かれた看板だけが、レナードが働いているあのリサイクルショップの看板となぜか同じテイストだった。
「カフェ? カフェには全然見えないけど」
お前が言うな!
「あなたの基準での『カフェ』がどんなものなのか、ぜひとも聞いてみたいものですわね」
「店主のおっさんがいるような場所でしょうか」
「その考え方、なかなか興味深いですね」
僕も継羽もレナードのさっきの質問には答えず、どう見ても最悪なら売春宿、良くても二次会でエッチなことになりそうなパーティー会場のカフェへと足を踏み入れた。
扉を開けた瞬間、その予感は確信に変わった。
ドンドンッドンドンッ!!と前世のクラブを思わせる大音量の音楽が耳を打ち鳴らし、きらびやかなライティングの中、露出の多い衣装をまとった女性たちと、不良っぽい男たち、そして学院の生徒たちが入り混じっていた。男子生徒たちは皆落ち着きがなく、挙動不審になりながらも視線はこの店の女性たちの豊かな曲線にくぎ付けになっていた。
僕はごくりと生唾を飲み込み、気を引き締めた。レナードはまばたきするだけで何も感じていない様子だった。継羽は僕に恐ろしい視線を送ってきたので、僕は慌てて目をそらして歩を進めた。
それからは一切の会話が消え失せた。僕たちは誰もこの雰囲気に慣れていなかったので、カイラを見つけるまではぐれないようにアイコンタクトだけで意思疎通を図るしかなかった。
数歩進むと、十数人が座る巨大なテーブル席にたどり着いた。男女がきっちり分かれて座っており、カイラはその女子側の端に腰掛けていた。
「あっ、ヤッホー、ルイス!」
彼女は僕よりも先に継羽に気づき、それから僕を見つけた。 僕の姿を見るやいなや、彼女は元気よく駆け寄ってきてハイタッチを求めてきた。
「お、おぅ、こんにちは! ハハハ、来ましたよ、へへっ」
「うんうん、嬉しい! 来てくれてありがとう、こっちこっち」
カイラは僕の手を取って左側の端へと引っ張っていった。そして継羽の方を向いてさらりと言い放った。
「じゃあ継羽さんはそっちの右側に座ってね、もう一人の男の子もルイスの隣ね! これでちょうどぴったりだから!」
「私をここに座ら―」
「ダメですよ継羽ちゃん、ここではそういうのナシです、NGでーす」
「NG?」 「NO-Good、つまりダメってこと! 聞いてくださいね、継羽さん。私たち合コンの時は、男女できっちり分かれて座って、全員と平等にお話しするの! 気になる人がいるなら、それはお開きになってからにしましょうね。ただ、このパーティーの間はみんながお互いにリスペクトを持ちましょ!」
合コン? 放課後のパーティーじゃなかったのか? 継羽の眉間がピクピクと引きつり始めた。
「たとえルイスのことがすごく気になっていたとしても、お仕事は終わってからにしてね…!」
しかし、あっさりと形勢逆転されてしまった。彼女は急に目を丸くし、頬を真っ赤に染め上げた。言い返したり拒絶したりするどころか、すっかり言葉を失ってしまった。
「な、...そんな気は微塵もありませんけど」
「へぇ、じゃあみんなと一緒に楽しくお喋りしよっか」
結局、カイラのペースに完全に丸め込まれてしまった……まったく、これで今の継羽が何者かに体を乗っ取りられているという確証が持てたな。でなければ、こんなにあっさりカイラにやり込められるわけがない。
原作ゲームでは、カイラと継羽は言葉の駆け引きや裏工作で激しくバチバチやり合うライバル同士だった。対決イベントのほとんどは学内での影響力を競い合う熱いもので、一筋縄ではいかない。だがそこにはレナードというカイラにとっての弱点が存在し、カイラルートではヒロインよりも主人公の方を育成する必要があったのだ。
いわば、継羽は今、カイラの掌の上でコントロールされている状態というわけだ。これは僕が颯爽と現れてカイラをオトす絶好のチャンスじゃないか!
よし、ここで今日のミッションを整理しておこう。
一つ目、キャサリンさんから託されたゲームのクエスト:ある一人の少女を引っ張っていって両親と和解させること。
二つ目、カイラルートに入るために好感度を稼ぐこと。
さあ、始めるぞ―
「それにしても、変わったカフェですねここは」
僕が口を開こうとした矢先、おバカなレナードが無邪気な顔でぶっこんできた。
「なんというか、カフェって感じが全然しませんね。まるで…ハハ、大人のいけない人たちが集まる場所みたいです」
お、おいレナード!お前はいったい何をペラペラ喋ってやがるんだ!!!? だがしかし、
「うん、確かにそうだね。ここは悪い大人たちのための場所だから」
カイラはケラケラと笑いながらそう答えた。そのおかげで周囲の空気も明るいノリのまま流れていった。
「君も立派な悪い大人になりかけちゃってるね…えっと、名前は?」
「レナードです、レナード・タワーです」
「ふーん、レナードも悪い子なっちゃったんだね」
「悪い子ってなんですか。僕もう今年で15歳ですよ、大人です-ハハハ!」
「えっ、嘘でしょ!? 同い年じゃん! まじか、もっとこう、1、2歳下かと思ってたわ」
「本当ですよ。こう見えて一人前の大人ですから」
「へぇ、本当かなぁ? 大人なんてみんな汚い生き物だよ?」
「…カイラさんはすごく綺麗に見えますけど?」
「まあ、お上手なんだから」
合コン特有の会話のキャッチボールがポンポンと飛び交う。レナードの奴、妙なところで無邪気に場を回しやがる。おまけにカイラもその話を嬉しそうに広げていくものだから、気づけば会話の中心はレナードとカイラになっていた。
カイラが上手に全員の話を拾うおかげですっかり盛り上がってしまっている。
時間が経つにつれて男女の席もごちゃ混ぜになり、男女別という最初のルールは綺麗さっぱり崩れ去っていたが、カイラが注意する気配もない。自分のペースに持ち込めたのだから、あえてそれを崩す理由もないのだろう。
僕と継羽は、それぞれの性別の端っこですっかり冷や飯を食わされていた。
「「失礼します」」
僕たちは同時にお手上げのポーズをして輪から抜け出そうとしたが、誰も引き止めやしなかった。そのまま誰の記憶にも残らないモブのように席を立った。
まあいい、あの繁殖ムード漂う空気が僕のピュアな心に合わないのは事実だしな…にしてもレナードの奴、ちょっと調子に乗りすぎてやしないか? あとで新しい子分としての教育を徹底し直してやらなきゃいかん。
「とりあえず、レナードがカイラさんの気を引く役目は果たしてくれたみたいですね。ルート何ちゃらって話も、あの調子なら彼に任せておけばいいでしょう」
「いやいや、どこがだよ。俺だってカイラさんのルートに入りたいんだからね」
「ルートに入りたいのか、別のものを『挿入』したいのか、本気で聞き直したいですわね」
「未成年なんだから下ネタはやめろよ、この野郎」
「失礼いたしました。それじゃあ、キャサリンさんからいただいたあの任務のことを忘れてはいませんわよね?」
「ああ」
僕は壁にもたれかかりながら、天井を仰ぎ見てターゲットの顔を思い浮かべた。
カイラから数席離れた場所に座っていた、地味な眼鏡をかけた短髪の女の子。おめかししようと頑張ってはいるものの、露出度は控えめで、どこか中途半端に何かになろうと足掻いているような雰囲気の子だ。会話に入ろうとして空回りし、
「本当に?」
「そうだね」
としか返してもらえていない女の子がいた。 カイラの友人――地味でメガネで、貧乳で、まったく華のない『リリ』だ。
身分の低い下級貴族の娘で、大切に箱入り娘として育てられてきた。一見するとカイラとは一生交わることのない正反対の存在に見えるが、ひょんなことから二人は友人となり、リリはカイラにもっと近づきたい一心で彼女のプライベートな世界について回るようになった。
自分の身の丈に合わないパーティーや合コンにまで顔を出しているのはそのためだ。
「名前はたしか、『リリ』でしたわね、あの子」
「ああ。ゲームのストーリー通りなら、レナードが彼女をこのパーティーの輪から連れ出し、目を覚まさせようとして家族と向き合うきっかけを作る。そして家族が心を開いて、夜遊びをやめるようになるんだ」
「まずはあの子と個別に話す場を作らなければなりませんね」
「ああ。認めたくはないが、今のレナードがカイラを釘付けにしているおかげで、それは難しくなさそうだ」
僕と継羽は互いにうなずき合い、合コンさながらのパーティー会場へと再び足を踏み入れた―
「君はクズね、レナード」
「……はい?」
戻ってきた僕が目撃したのは、主人公がカイラに盛大に罵られている衝撃のワンシーンだった。
えっ? 僕たち、何か決定的な重要イベントを飛ばしちまったのか? いや、たった数分目を離しただけだぞ?
さっきまであんなに楽しそうだったのに、彼女の表情は険しく曇り、目の前の相手に対する嫌悪感で満ちあふれていた。
「今すぐ失せろ」
レナード、お前もう終わりだな。
よりによってカイラにガチで嫌われてやがる。こうなったら、僕が動くしかないようだな。
「カイラ様、僕がですね――」
「あなたも今すぐ失せろ」
……
………
………… というわけで、僕とレナードはカイラのグループから見事に追い出され、外に突っ立っていた。
継羽は追い出されなかった。身分の違いや何やらがあるからか、大勢の前で継羽をあからさまにつまみ出すのは賢いやり方ではないと判断されたのだろう。
そういうわけで、継羽はまだあの輪の中に残っていた。
「な、一体何が起きたんだよ」
僕はレナードに尋ねた。奴は悲しそうな顔を上げ、目にうっすらと涙を浮かべていた。
「僕……先日のカジノでの話を少ししちゃいまして……」
「へぇ」
「そしたらカイラさんがものすごくご立腹されて……。僕のことをもっと純粋な人だと思っていたのに、どうしてそんな下劣なギャンブルに関わっているんだって――それで僕、正直に『そんなに悪くもないですよ、スリルがあって。みんながフェアに勝負できさえすれば――』って言ったら、カイラさんの怒りがさらに爆発しちゃって。真ん中で指差されて罵倒されました。『ギャンブル狂』だの『道を外したクズ』だのって…」
「なるほどな、うん」
すっかりガチのギャンブル依存症扱いされてやがる。
「なんだかすっかり落ち込んじゃいました。お役に立てず、本当に申し訳ありません」
まあ、前向きに考えよう。カイラルートはこれで完全に消滅だ。無垢であるべきゲームの主人公が世界の泥にまみれてしまったんだからな。めでたしめでたし、と。
「たとえ俺がカイラとの好感度上げに失敗したとしても、どうってことないさ。少なくとも、お前がそのポジションを横取りせずに済んだんだ。よくやったぞ、レナード」
「何を言ってるんですか一体…」
「それに、あの継羽の言うことなんて真に受けるなよ。俺の言うことだけを信じておけばいいんだからな」
「まあ、それは....」
レナードはケラケラと笑った。僕はポケットに手を突っ込みながら、うんざりした足取りであちこちをぶらついた。
残りの面倒は全部継羽に押し付けておけばいいさ―そんなことを考えながら、少し暇つぶしをすることにした。
@@@@@
「あの…アニキ」
「なんだいなんだい」
「何をしてるんですか、一体」
「世界を広げている…いや、リサーチ中と言った方がいいか」
「……」
「なんだよ」
「なんだか見ていてこっちが恥ずかしくなりますよ」
目の前で起きている光景は、20代半ばくらいの女性が真剣な表情でポールダンスを踊っている姿であり、レナードからは心底軽蔑したような視線が僕まで送られていた。
「マジで言うけど、俺はずっとゲームの時から疑問に思ってたんだよ。女性の肉体ってそんなに面白くない? あんなに興味なさそうな顔をしておきながら、いざエッチなことになると無駄に腰の使い方が上手くてみんなをイカせまくるんだからな。で、事が終わった何食わぬ顔ですましやがって、毎回女の子の方からおねだりさせなきゃいけないみたいな顔してさ」
「あ、はい」
「胸を揉みたいとか思わないのかよ」
「……あっ、継羽さんだ」
「!!」
悪役令嬢の名前を聞いた瞬間、僕は慌てて身を翻し、カイラの合コン部屋の方へと引き返した。
継羽がトボトボと首を垂れながら歩いて戻ってきた。その表情はこの上なく不機嫌そうだった。
「どうだった?」
「失敗しましたわ。カイラさんに完全にブロックされてしまって……近づかせてもらえませんでした。彼女、あの子のことをかなり大事に思っているみたいです。予想外でしたわね」
「ああ―ゲームの設定だと、カイラが唯一の友人として心を許している相手だからな」
僕は大きなため息をつきながら、ゲームの記憶を脳内で反芻した。
このクエストの目的は、心配している両親のもとへリリを連れ戻し、自分自身の人生を大切にさせることだ。
「で、これからどうします?」
「どのみちあの二人を引き離して、リリの心を揺さぶるタイミングを作らなきゃいけない」
「そうですね……あなたとレナード、あのカイラをどうにかして引き離してください。リリの方のメンタルケアは私が引き受けますわ」
作戦会議を終え、僕たちは互い小さくうなずき合った。ちょうどその時、カイラが手下たちを連れて部屋から出てきた。その後ろには、リリがトボトボとついてきている。僕とレナードはすかさずカイラの進路に立ち塞がった。
「カイラ様、お話ししたいことがございます。プライベートな件で」
カイラは僕を完全に無視し、レナードの方を向いた。 僕の顔に小さくヒビが入った気がした。
「レナード、まだいたの?」
「……はい、重要なお話がありまして」
二人はじっと見つめ合っていた。まるでゲームの重要なCGイベントのような構図だ……背景のモブ役は僕だけどな。
「私にはそこまで暇な時間はありませんのよ」
「僕だってもたもたしていられません」
……おい、僕のことを空気扱いするなよ。心の中で必死に叫んでみたところで、何も変わらない。
「分かりましたわ。ついていらっしゃい」
「はい」
レナードはカイラの後ろをついて歩き出した。継羽は僕に何かボソボソと耳打ちすると、お店の前の人目につかない場所へと移動していった。取り残されたのは―そう、ただのモブである僕だ。
僕、【ルイス・グリーンフィールド】は、ここにただのモブとして存在しているのだ。




