第15話:次のミッションはギャルと内なる葛藤
僕にはスカーレット校舎での授業があった。基礎剣術の科目だ。
なんてことはない、剣を一度も握ったことのないお坊っちゃまお嬢さま方に剣術を教え、授業料をむしり取るための適当な科目だ。当然、全学科の必須科目だから僕も履修している。もちろん出席しなくてもいいのだが、僕が出席しなければならない理由があった。
到着すると、すでに何十人もの生徒がグループを作っていた。孤高の狼である僕は、当然のごとくハジかれていた。
まあそれはどうでもいい。重要なのは、このクラスがあのギャル系ヒロインの一人、『カイラ・モンテロ』が出席するクラスだということだ。
げっ、相変わらず男どもに囲まれているな。しかもその群れの中には見覚えのある顔までいた―情報をバラまく主人公の友人キャラ、『レイン』だ。
レインは交尾の順番を今か今かと待つ男たちの群れに見事に溶け込んでいた。通常のゲームなら、カイラはレナードに出会った瞬間に男遊びをやめるため、レインがカイラとどうこうなることはない。だが、この1ヶ月間、レナードの役割はあの悪役令嬢にことごとく邪魔されてきた。色々と裏で起きた結果、結局レインはカイラの犬に成り下がってしまったのだろう。
まあいい、男のことなんて誰が気にするものか。
正直なところ、カイラも悪くない。胸は少し控えめだが、スタイルでセンスも良く、そして何よりすごくエッチだ。エッチなイベントに入るのが一番早いキャラの一人だった。
好きかと聞かれれば好きだ、大好きなキャラの一人だ。だが……キャサリン様やフィレーナとの関係も、今のところ維持しておく必要がある。
僕はぎゅっと拳を握りしめ、己の信念を貫くことにした。
男には両手がある。だから二人の手だけを握るべきで、それ以上はダメだ。これが僕の掲げる「まっとうな男の標語」だ。
「よし―」
「あれっ、ルイス・グリーンフィールドじゃない?」
それなのに、カイラは男どもの群れをかき分けて僕の方へと一直線にやってきた。
「……」
「ハロー」
「……どうも。ルイス・グリーンフィールドと申します」
僕は胸に手を当てて丁寧にあいさつをした。胸の鼓動は鳴りやまず、頭の中ではカイラとのエッチなシーンがリフレインしていた。
「へぇ、育ちがいいんだね〜! 性格のいい男の人、あたし大好物なんだ~」
「僕は根が素直で、いつだって丁寧な言葉遣いですよ」
「この時間の授業、あたしの練習相手になってよ、ルイス」
淑女からの頼みとあらば、この僕が断る理由などない。
「かしこまりました、カイラ様」
「様? かしこまりすぎでしょウケる!! ハハハハ!」
カイラは大笑いした。後ろの男たちも、自分たちの主人が笑っているのを見て一緒に笑い出した。僕もつられて笑った。奴らのように太鼓持ちの犬として笑ったわけじゃない、ただ雰囲気に流されただけだ。
満足するまで笑うと、彼女は涙を拭い、いたずらっぽい笑みを僕に向けた。
「でも、嫌いじゃないよ。うん、好きかな」
好きってのは、僕のノリなのだろうか、それとも僕自身のことだろうか?
ふむ、非常に気になるところだ。興味深いな。
「じゃあさ」
カイラは身を乗り出して近寄ると、ぎこちない手つきで木剣を持ち上げた。
「これってどうやって持つの?」
もう1ヶ月も受講しておいて、まだ剣の持ち方すら知らないのか? 普通ならそうツッコミを入れるところだが、できる男というものは空気を読み、淑女を立てるものだ。
「こうやって持ちます」
「へぇ〜すごいね! さすが冒険者さんだね」
ぼ、僕が元冒険者だったことまで知っているのか……まったく、僕がそれなりに高ランクだったって言ったら、自慢っぽく聞こえちゃうかな。
「違うよ、さっきのは間違い! こうやるんだよ、カイラちゃん!」
「ちがう! こうやるんだって!」
「カイラ、俺は幼い頃から騎士の訓練を受けてきたんだ。こう持つのさ!」
男たちが一斉にカイラの関心を引こうと群がってきた。主人公の友人であるレインまでもが混ざっていた。『カイラ、俺は幼い頃から騎士の訓練を受けてきたんだ。こう持つのさ!』なんて決め台詞を吐いたのは奴だった。
「はぁ? 何なんだよお前ら。カイラ様は俺様に教えてほしいって頼んできたんだ、お前らじゃないぞ。消え失せろ、スケベども」
「なんだとお前! どこから湧いて出た愚か者だ!」
「僕の名はルイス・グリーンフィールド。何者か知らないかもしれないが、言っておくがランクAの冒険者様だぞ」
「ば、バカな! その若さで!?」
「そうだ、分かったらとっとと失せろ! さて、カイラ様、あんな奴らと一緒にいたら授業の邪魔になりますから、グランドの隅に移動して練習しましょう」
「う~ん、どうしよっかな~」
「さあさあ、行きましょ―」
その時、カイラは注意を引くようにパンと手を叩いた。
「どうせならみんなで行こうよ! 喧嘩なんてしないでさ、ね?」
そう言うと、カイラは僕の頭を撫でた。
「ねーっ!」
「はいっ!!」
僕は満面の笑みで返事をした。それからカイラと10人近くの男グループは、仲良く剣術の練習に励み、授業が終わるとそのままゾロゾロと引き上げていった。まるでカイラをリーダーとする軍隊のようだった。
僕はカイラの2歩後ろをついて歩いていた。僕の前には2、3人の男が歩いていたが、おそらくカイラの特別なお気に入り(自称)なのだろう。
目的地がどこかは分からないが、僕たちはスカーレット校舎を出て、すでに学院の出口付近まで来ていた。
カイラのスタイルからして、パーッと楽しいパーティーでも開くのだろう。まあいい、せっかくだ、レスゴーといこうじゃないか。
「おい新顔、随分と目立とうと必死だな」
「はぁ?」
「出しゃばった真似すんじゃねえぞ、チビ」
チビ?
「ブチ殺すぞテメエ」
僕には触れてはならない逆鱗がいくつかある。一つは僕の女、もう一つは男としての尊厳、すなわち身長(※個人の見解です)だ。
「首をへし折られたことのあるチビを見たことがあるか、この雑魚が」
「やってみろよ、コラ」
僕は背の高い男とヒソヒソと睨み合った。見覚えのある顔――主人公の友人『レイン』だ。
身長180センチほど、褐色肌に青髪、茶色の瞳。この学院の女子情報に誰よりも詳しいスケベ野郎だ。
どこにでもいるモブキャラなんて気にする価値もない。この手の中身のない情報屋なんて、入学初日から切り捨てる計画だったのだ。顔だけで中身はスケベ、決め台詞は『ヒロインを口説き落とせない』――放置しておくわけにはいかない。
「俺は授業初日からカイラと知り合って、たくさん話してきたんだ。最初に出会って、助けて、色々やってきたんだよ……まだ深い関係にはなってないが、それはカイラが俺を特別扱いしてくれてる証拠だ」
何を寝ぼけたこと言ってるんだ、こいつは?
僕たちが煽り合いを深める前に、カイラが足を止めた。目の前に誰かが立っていたからだ……美しい黒髪に、底のない漆黒の瞳。
継羽満月が目の前に立ち、カイラと対峙していた―まさにそんな構図だった。
「あら、継羽さん! ヤッホー!」
「……ヤッホーです、カイラさん」
継羽は笑顔で返事をしながらも、僕の方をチラリと見ていた。なぜだか分からないが、今すぐ顔を背けなければという強い衝動に駆られた……なんだあの目は。まるで殺人鬼の目じゃないか。
「ところで、どうしたの? 急に現れて...あ、忘れ物でもした? 探すの手伝おうか、ウフフ」
カイラは陽気に笑い、継羽も笑みを返した。
「ええ、強いて言えば物ではありませんけれど……」
そう言い終わると、継羽は問答無用でこちらへ歩いてきた。そして僕の手首を掴むと、カイラに群がる親衛隊の列から強引に引きずり出そうとした。
「ちょ、ちょっいちょっい、何するんだよ!」
「あなたこそ何をしているのですか? なぜカイラさんの取り巻きの列に並んでいるのですか。これからどこまでついて行くつもりなのですか」
「どこまでって……そりゃあ」
「キャサリンさんとの約束があるのではないのですか?」
……あ。
「あ、うん、そうだったね」
「ええ、分かったのならとっとと来てください……このバカ」
継羽は僕の肩を軽く殴った。本気で叩いたつもりなのだろうが、その華奢な腕では痒くすらしなかった。だが、面倒くさくなった僕は素直に従うことにした。
「か、カイラ様! 用事が終わったらすぐ追いかけますから!」
「は、はい? ……様、ですって?」
「うんうん、ハーイ! カフェ・ロスウェルで待ってるね! 魔法学科のエルクス家の系列店だから! 朝までコースだよ~アフターパーティーもあるからね!」
「了解でーす!」
そう言い残し、カイラと彼女の軍隊は学院を後にした。残されたのは、継羽に手を引かれる僕だけだった。彼女はあからさまにイライラした顔をしていて、逆らう気にもなれなかった。僕はそのまま食堂の前まで引っ張っていかれた。
「おい」
「……」
「おいってば……!」
「何ですか。急に大声を出して、他の迷惑でしょう」
「手―いつまで握ってるつもりかい?」
「……あら、大変失礼いたしました。自分の手が首輪になったかと錯覚しておりましたわ」
「く、首輪!? お前なぁ、権力振りかざすのもいい加減にしろよ!」
継羽はついに手を離した。彼女は腕を組み、呆れたように目を細めて僕を見つめた。
「カイラさんと随分とお仲がよろしいようですね。リーダーの乱交パーティーに誘われるほどだなんて。ちょっと目を離しただけと、性病でもの?」
「言い草に気をつけろよ、カイラ様に言いつけるぞ」
「うるさいですね。できるものならやってみなさいよ」
彼女は僕を睨みつけた……口は悪いし性格も最悪、おまけに根に持つタイプだ。まさに付き合いたくない悪役令嬢そのものだ。前世の言葉で言えば、付き合えば一緒に地獄へ落ちるメンヘラ爆弾のようなものだ。
まさかこいつ、エロゲーの世界に転生したメンヘラ爆弾女じゃないだろうな? なんて恐ろしい存在なんだ。
そう思いつつも、特に腹が立たないのは、僕が器の大きい男だからだろう。
「一緒に行く? カイラ様のパーティー」
「……ええ、そうですわね」
継羽は小さく咳払いをし、少し雰囲気を和らげた。
「配下の奴隷を監視しておく必要がありますから」
僕は大きくため息をつき、食堂の中へと足を踏み入れた。継羽はなぜかピタリと僕に張り付くように歩いていた。
例えるなら、まるで悪霊のようだった。
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キャサリンさんとの話し合いは、主に新しいクエストについてだった。もっとも、ゲーム内にすでに存在する「変わってしまった娘」というクエストで、特に珍しいものではなかった。
「変わってしまった娘」それは、元々は真面目だった生徒の親から依頼されるクエストだ。ある日突然、その娘が反抗的になり、夜な夜な友達と遊び歩くようになったというものだ。
ネタバレをしてしまうと、これはカイラルートに入らなかった場合に発生するクエストで、その少女はカイラに関わってしまった、つまり彼女の取り巻きになってしまったのだ。
その少女は元々引きこもりのオタクメガネっ子で、偶然出会ったカイラに憧れて真似をし始めた、という経緯だ。任務はその子を親のもとへ連れ戻し、家族の大切さを教えたり、自分を大切にするよう諭したりすることだ。一人に執着して全てを捨てるような真似はするな、といった具合に。
まあどうでもいい、要は親のもとへ連れ戻せばいいだけの簡単な仕事だ。
話し合いが終わり、僕と継羽は夕暮れ時の校門前に立っていた。
カイラのパーティーまではまだ時間がある。急ぐ必要はなかった。
「そういえば、これってカイラルートに入らないと発生しないクエストだったよね」
「……」
「僕に何か言いたいことでもあるのか、継羽満月……まだあのルートに入れていないんだろ? キャサリンさんやラーラちゃんとは違ってさ―キヒヒヒ! チャンスが巡ってきたぞ!」
「何のチャンスですか。あなたのような顔、カイラさんが相手にするわけないでしょう」
「うるさいな! カイラ様は可愛い男が好きなんんだよ! そうでなきゃ、ゲームの中で男らしさの欠片もないポンコツレナードに惚れるわけないだろ!?」
「あちらは心が惹かれたのです。あなたのように中身が腐りきっている人間のどこを好きになれと―」
ドン!! 僕はカベドンを決めた。視線の高さがほぼ同じだったため、継羽は目を丸くし、完全に呆然とした。だがそれも束の間、冷ややかな表情とは裏腹に、彼女の耳が次第に赤くなり始めた。
「今日、カイラさんとお話しして、すごく気が合ったんだ……僕がそれを証明してみせるよ」
「……ええ、ご自由にどうぞ。ただし」
継羽はポケットから何かを取り出した。安物の「ホイッスル」だった。
ピーーーーーッ! 彼女はそれを吹いた。
……は?
……あっ。
直後、こちらへ走ってくる足音が聞こえてきた――
「参上いたしました、姐さん!」
レナード・タワーがどこからともなく姿を現した。
「おや、アニキも一緒でしたか! どうも! 今朝は朝食をありがとうございました。もしご迷惑でなければ、夕食もご一緒させていただけると嬉しいです!」
「お、お前、なんでここに!?」
「走ってきたんです!」
「いや、仕事とかないのかよ!」
「ああ、それなら―ちょうど手が空いていたんです」
レナードは折りたたまれた紙を取り出し、僕に手渡した。その紙の中には安物のホイッスルが入っていた。
紙の中にはびっしりとスケジュールが書き込まれており、空き時間はごくわずかだった。そして偶然にも、今日の夕方は空いていたのだ。
「僕の仕事と授業のスケジュール表です。それ以外の時間でしたら、ホイッスルを吹いて呼び出していただければすぐに駆けつけます。たとえ夜の甘い夢の中にいる時間であってもです!」
「お前、バカなのか?」
「お二人には多大な投資をしていただいているのですから、報いないわけにはいきません!」
継羽はクスクスと笑いながら、レナードの方へ手をかざした。
「ご覧の通りです。あなたと同じく、レナードも私の奴隷の一人なのです。ただ、あなたと50/50の権利を保持しているだけでして。彼は空き時間に仕えるという提案をしてくれましたの。非常にフェアな方ですね、感心いたします」
「光栄です、姐さん」
「はいはい、好きにしろよ。で、この男を呼んでどうするつもりなんだ?」
その質問を聞いた瞬間、継羽の口元に笑みが浮かんだ。
「私の代わりに、レナードをカイラルートに入らせるのです」
「……はあ?」
「本気なら、偽りのない本物の善人であるレナードと勝負してみなさい、スケベルイス」
「こ、この魔女め!」
「行く前に、人の前で私を魔女と呼ぶのをやめなさい。失礼です。私の名誉に関わります」
「やめるかよ、この魔女! くそ魔女! 三流悪役令嬢!」
「チッ、スケベルイス、ドスケベ、ロクでもないモブキャラ」
「バーカバカ!」
僕と継羽が不毛な口論を繰り広げている間、レナードは首をかしげるばかりだった。
「いい歳して、子供みたいに喧嘩するんですね、僕のふたりのアニキと姐さんは」
「「……」」
まあ、確かにそうだな。
「ところでルートに入る? カイラさん? よく分かりませんが、全力で頑張ります」
レナードは力強く答えた。それを見て僕は―心が折れそうになり、悲しくなった。
継羽はその返事を聞いて満足そうにニヤリと笑った。こいつは分かっているのだ、この天然たらしの男がヒロインを落とすのがいかに簡単か、そしてゲームのプロットがそうなるように組まれているということを―くそっ!!
これからの戦いは、茨の道になりそうだ。
僕はレナードと魅力で勝負しなければならないらしい。
どちらがより可愛いか、でね!!?




