第14話:ツンデレ野郎
それからほどなくして、僕はお風呂に入って寮で着替えを済ませた。レナードは先に出て行っていた。準備を完璧に整えて学校へ向かい、ほんの少しで到着した。だが―現在、たくさんの人々が立ち止まって何かを群がって見ている。それを見た僕が見過ごすはずもなかった。
僕は混ざって覗き込み、そこに並んで立つ二人の美しい女を目撃した。 一人目は、見覚えのある人物―『キャサリン・ダークモア』さんだ。人々の目を引く美しさで、天使なのだからそれも当然と言えた。
二人目は、僕自身あまりよく知らないし、詳しく知ろうとも思わない相手だった。なぜなら彼女は――ツンデレ野郎の『シレーナ・エステル・ドヴェンシャー』、見た目の美しさで有名な第2王女だからだ。
ここ十年で最も美しい女性だと噂されている。
ふっ、誰がそんなの任命したんだな -フフフ笑えたいわ……。
彼女は優雅な金髪のツインテールをなびかせ、常に光を放つ宝石のような赤い瞳をしていた。雪のように白い肌に、小柄で華奢な体つきで儚げに見えるが、直立した肩と胸を張った姿勢はいかにも意図的だった。誰よりも上の立場にあるという雰囲気を保とうとしているようだった。
僕から見れば、まあ普通だなという感じだった。
胸も小さいし、背も低い。そのうえ気取りすぎていて気に食わない。きっと自分が誰よりも高貴だと常に思っているに違いない。
少しも興味が湧かなかった。僕が顔を背けようとしたその瞬間、偶然にもシレーナと目が合った。
彼女の赤い瞳が大きく見開かれ、輝きを帯びた。
「……は?」
ほんの一瞬見つめ合った後、シレーナは目を逸らし、何事もなかったかのようにキャサリンさんとの会話に戻った。
……なんだ今のは? 僕は首をかしげたが、まあどうでもいいことだった。
僕はスカーレット校舎の中へと足を踏み入れた。そこは騎士学科や戦闘に関する実技のクラスがある建物だった。その道中、ホールで待っている継羽を見つけた。僕の姿を認めると、彼女は申し訳なさそうな顔で歩み寄ってきた。
「約束を守れず申し訳ありませんでした。あいにく起き上がれなくて……身体が重くてたまらず、気づいた時には約束の時間を大幅に過ぎていました」
継羽は申し訳なさそうな顔で言った。
「まあ普通のことさ。考えてみれば、毎日の運動は初心者には向かないからな」
「毎日でも大丈夫です。自分で方法を探してみます」
「方法を探す? 闇魔法の類じゃないことを祈るよ」
継羽は黙り込み、返事をせずに目を丸くした。
僕は目を細めて見つめた。 彼女は顔を逸らした。
「一日おきにしよう」
「どうしてですか? もう私の顔を見たくなくなったのですか?」
「そうっ……ち」
最初は「そうだよ」と答えたかったのだが、少しムッとしたような継羽の顔を見て、言葉が詰まってしまった。
『嫌われたくない』―それが昨日彼女が僕に言った言葉だった。夕暮れの光に染まった彼女の姿は今でも心に焼き付いていて、彼女の顔をつぶすのは難しかった。
美人に生まれるなんて、本当にずるいな。
継羽はため息をついた。
「ハァ、分かりました」
僕が困った顔をしているのを見て、継羽は折れることにしたようだ。
「あなたの好きにしてください」
「そうしてくれると助かる」
僕は腰に手を当てて威張ってみせた。
「それで、君はこれから何の授業なんだ? まさかまた僕の後をつけてきたんじゃないだろうな。ストーカー行為もほどほどにしてくれよ、継羽満月」
「つけてなどいませんよ。自惚れないでください、ルイス・グリーンフィールド。私はただ……そうです、キャサリンさんがお昼休みに食堂でお話ししたいとのことです。それをお知らせしに来ただけです。手助けするという約束通り―」
継羽が言い終わらないうちに、僕は言葉を挟んだ。
「き、き、キャサリンさんが呼んでいるのか!!? 行かないわけがないだろう!」
「はい、はい、はい。そうでございますね」
継羽は適当に返事をすると、後ろを向いて立ち去ろうとした―しかし。
「......?」
金髪のツインテールが重力に従って揺れ、宝石のような赤い瞳が意図的に何かを捉えて輝いた。
小柄で麗しい女性が建物の入り口に現れ、継羽満月の行く手を阻んだ。
「あら、おはようございます、ミチルギさん」
その瞬間―シレーナが現れた。
ゲームのヒロインの一人であり、さっき会ったばかりの第2王女だ。
げっ―ツンデレ野郎の登場だ。彼女はチラリと僕に視線を送ってから、再び継羽の方へ向き直った。
「おはようございます、シレーナさん。ところで、何かご用でしょうか?」
「何でもありませんわ。ただスカーレット校舎で授業があるだけで、ちょうどミチルギさんをお見かけしましたので……何と言いますか、ご挨拶かしら」
シレーナは顎を上げ、あからさまに上から目線で姿勢を正しながら言った。それを見た継羽は一瞬だけ冷ややかな視線を送ったが、すぐにそれを消し去った。
シレーナは気づかなかっただけど。
「そうですか」
「我が国にはもう慣れましたかしら?」
『我が国』だって? ずいぶん大きい口を叩くものだな。だが、いつでもマウントをとろうとするツンデレ野郎らしい。心の中では常に自分を卑下しているからだ。簡単に言えば、見知らぬ誰かにバカにされないよう、背伸びをしている子供なのだ。
継羽は出会った初日から一目でこの女を見抜いていた。ゲームの中ではそうだった。そのため、シレーナはいつも継羽に振り回される羽目になっていた。攻撃できる弱点だらけだったからだ。ゲームのヒロインの中で一番ポンコツだと言ってもいいくらいだった。
それについていける賢さを持ったキャサリンやカイラ、戦える強さを持ったフィレーナ、さらには純粋すぎて継羽の謀略が通用しないラーラとは違っていた。 そのため、継羽は余裕の笑みを浮かべて答えた。
「ふふッ、ええ、とても素晴らしい国ですよ」
「王女として、私はそのことを知っておきたかったのですわ」
「まあ、何かあれば『未来の旦那様の国』を改善するために活かせるということですわね。『第2王女』として、実に素晴らしい考えですわ。とても感心いたしました」
「……あ……ええ、そうですわ。もし不満な点があればおっしゃってくださいね」
「喜んで」
この女は弱い癖に強がりで、勉強がずば抜けてできるわけでもなく、戦闘技術が優れているわけでもない。ただ幼い頃から英才教育を受けてきたから周りより上なだけだ。
幼少期から勉強を詰め込まれた普通の子供と同じで、天才ではないのだ。おまけに母親側が『人間ではない』というの背景があり、それを隠していた。
何も秀でたところがないのに、自分の無能さを自覚しているからこそ、この国の王女として他の生徒に劣らないよう、自分を目立たせるために必死なのだ。
どうだ? 僕の説明を聞いて、僕と同じようにこのツンデレ野郎が嫌いになってきただろう? リアルにこういう奴がいたら嫌われるだけだ。必死すぎて、わざとらしく見えてしまう――
「強いて言えば学校のことですね。少し考えてみますと……そうですね、一般科目の授業内容のレベルがかなり高くて、以前よりもずっと熱心に本を読まなければならないのが少し大変だと感じております」
「……そうなの」
継羽はキャサリンと並んで首位の成績を取っていた。トップ20〜30あたりにいるシレーナとは大違いだ。
「魔法の授業も専門家ばかりで、魔法陣の公式も母国とは異なるため、何度も失敗してしまいました」
母国とは異なる公式であっても、継羽は学院の評価でトップ3に入る成績を収めていた。フィレーナと、もう一人の『悪役令嬢』の後塵を拝しているだけだ。トップ50あたりにいるシレーナとは違う。
継羽は何かを思い出したかのように、パンと手を大きく叩いた。
「あっ、特に騎士学科の授業には苦労させられております!」
「……」
最後のやつは確かに継羽の苦手分野だったが、シレーナはそれ以上に酷かった。
簡単に言えば、この学院のすべてにおいて、母国の学校とは言語も構造も異なるとはいえ、シレーナのホームグラウンドであるにもかかわらず、彼女が継羽より優れているものは一つもなかった。
「何か私にアドバイスはございますでしょうか?」
シレーナは顔を青くし、汗を流しながらも、必死に笑顔を保って打ち返した。
「……た、大変そうですわね。ですが、成績だけが生徒の真の能力を証明するものではないと思いますわ。自分に誇りを持ち、自分の道を見つけることこそが相応しいのではなくて?」
「……そうなのですか?」
「え、ええ、そうですわ。そういえば、ミチルギさんは部活動も生徒会にも所属していらっしゃいませんわね。私としては、何か活動をすることが成績に劣らず自分のためになると思っていますわ!」
シレーナは胸に手を当て、反撃の口火を切った。
「例えば、私がやっております生徒会のお仕事のように。毎日とても忙しくて、時には本を読む時間すらないくらいですのよ」
この人は、自分の成績の方がが悪いのは活動のせいだと言いたいのだ。
「言われてみれば、その点は失念しておりました……興味深いですね。会長や副会長、あるいは専門的な役職に就けば、スキルも身につきますし、シレーナ様のようにたくさんの人々とお話しできますものね」
「……そうですわ」
ちなみに、シレーナはただの平ヒラ部員であり、特別な役職には就いていなかった。おまけに王女という立場上、みんなが仕事をするのを見ているだけで何も特別な仕事していなかった。
簡単に言えば、生徒会の名簿に名前があるだけだ。
「私も入ってみようかしら」
「えっ、ええと」
「私を推薦していただけますでしょうか?」
もし継羽が生徒会に入れば、シレーナの本当の立ち位置がバレてしまうに違いない。
「ダメよ!」
「えぇ、どうしてダメなのですか、シレーナ様? ご自身でお勧めしてくださったというのに」
「それは―部活動の方がいいわ! そうよ、部活動にしなさいな!」
「言われてみればそうですね。生徒会の仕事とは違って、部活動なら興味深い専門的なスキルが身につきそうですものね」
「ええ、ええ、そうですわ!」
「それなら両方兼任するのも良さそうですわね。生徒会の仕事も、部活動も。どうせ私は暇ですし……それに、シレーナ様のお勧めを受け入れたいですから」
「……し、書類仕事が多いですわよ」
「ハンコを押すだけなら魔法で助けることができますし、体力を使わずに部活動もできますわ」
シレーナは目を丸く見開いた。自分の仕事が何であるか見抜かれたからだ。 ただの書類捺印マシーンであり、しかも魔法で物を自在に操るほど上手くコントロールできないため、手作業で押していたのだ。
「……」
「ちょうど今暇ですので、キャサリンさんにまだ空きがあるか聞きに行ってまいりますね」
継羽は嬉しそうに笑顔を浮かべ、楽しそうに手を叩いた。端の方で涙ぐみ始めたシレーナとは対照的だった。 ……すごく楽しんでるな。
一向に止める気配がない―僕は見ていられなくなって口を挟んだ。
「もう定員がいっぱいらしいぞ。先月キャサリンさんに生徒会に入れるか聞いたら、満員だって言われたんだ」
「まあ、私のためならどうにかして―」
「お前が頼めば、キャサリンさんは枠を空けてくれるだろうさ。だけど、お前のせいで追い出される人の身にもなってみたらどうだ? 可哀想だと思わないのか?」
「……分かりました。おっしゃる通りですね」
継羽は作り笑いを浮かべてシレーナに向き直った。
「残念ですが、今回は見送ることにいたしますわ」
「……そ、そう……ええ、残念ですわね。そ、それじゃあ」
手が震え始めたシレーナは逃げる機会を探していたが、去り際に立ち止まり、僕の方を見つめた。 ん?
「この方は、私のお世話係です」
継羽は彼女が疑問に思っているのを見て、手をかざして僕を紹介した。
「お名前はなんとおっしゃいますの?」
シレーナが尋ねた。
「……ルイス・グリーンフィールドです」
「そうなのね、ええ」
何かを自分自身に確認するように呟くと、彼女は笑みを浮かべた。
「初めまして、ルイス」
心からのもののように思える歓迎の言葉に、僕は目を丸くした。表情であれ声のトーンであれ、そう感じざるを得なかったのだ。
継羽も首をかしげていたし、僕も同様だった。
さっきまでの高飛車な雰囲気はどこにもなかった。
「それでは、失礼しますわ」
そう言うと、シレーナは足を早めて校舎の中へと入っていった。残されたのは僕と継羽だけだった。
「今のは何だったのでしょうか? 急に態度が柔らかくなりましたね」
「さあな……あのツンデレ野郎はゲームの時から理解不能だったからな」
『シレーナ・エステル・ドヴェンシャー』は僕が一番攻略したくない、ハーレムに誘いたくもないゲームのヒロインだった。理不尽な行動ばかりして、ゲーム内でたくさんの人々に迷惑をかけ、わがままで自分勝手、強がりで知ったかぶりをし、自分が誰よりも上の立場にいることを明確に示すために、ゲームの主人公を常に下に見ようとしていたからだ。
性格が最悪であるにもかかわらず、人気が高くて人気投票第1位のキャラクターだった。完全に偏見だが、みんなに刺さるデザインだったからであって、性格の酷さはネット上、特に海外のプレイヤーたちによくネタにされて叩かれていたものだ。
総合的に見て、前世から僕が苦手なタイプだった。だけど……さっきの態度は首をかしげたくなるほど柔らかかった。
まあいいさ。 あのツンデレ野郎のことなんて、どうでもいいんだから。
@@@@@
(シレーナ視点)
私、シレーナ・エステル・ドヴェンシャーは、東の国から来た少し意地悪な女性、継羽満月とお話ししたばかりだった……死ぬかと思ったよ!というのが正直なところだわ。
あの人は私に対して少しも手加減してくれない。私のことをすべてお見通しのように話すの。
恐ろしくて、もう二度とお話ししたくないわ。
私は授業もないのにスカーレット校舎に入り込み、あの女性から十分な距離をとると、人がいなさそうな角を曲がって弱々しく壁に寄りかかった。
「やっぱり……ルイス……『ルイスくん』だったのね」
『ルイスくん』……今朝、マシンに潰されそうになった私を助けてくれて、さっきも継羽さんを止めて助けてくれた人……考えてみれば、二回連続で見知らぬ人を助けてくれるなんて、なんて優しい人なのかしら。
それに、継羽さんに対して物怖じせず、ぞんざいな口調で話していたわ……あの恐ろしい女に対処できるなんて、本当に尊敬してしまうわね。
ルイスくんの顔を思い出すと、なんだか元気が湧いてきたわ―よし。
立ち上がり、自分の頬を軽く叩いたと。それから、この校舎ではない自分の教室へと足を向けた。胸の中に秘めた―『ルイスくんと、またお話ししたい』という思いとともに。




