貴族令嬢はお礼がしたい!
旧版には存在しなかった回が早速生えてきました。旧版を読んだ方は今回の御令嬢が誰かはまぁきっとおそらく分かると思います。主軸じゃないので短いです。
ここはアレクザンド王国南方の街 《エクレシア》。この地を治める領主エクレディア子爵家の領主邸。そこの書斎で、父と娘とが向かい合っていた。
「あぁ、セレナ!本当に無事で良かったのだよ!野盗の襲撃に遭ったと聞いた時は肝を冷やしたのだよ?……護衛に付けた騎士達も皆無事に帰還した。とても喜ばしいことだよ。」
「お父様、ご心配をお掛けしましたわ。この通りお父様の娘、セレナは怪我無く戻ってくることが出来ましたわ!」
セレナと呼ばれた令嬢はその日あったことを自身の父、バルフ・フォン・エクレディアに報告していた。
「よし、では護衛の任を全うした彼らには褒賞を与えるのだよ。」
「はい、お願いいたしますわ。……お父様、実は野盗襲撃を退けることが出来たのは旅のお方のおかげなのですわ。騎士たちも私とメリアを必死に守ってくれましたわ。しかし、野盗の数に対して騎士達の数が追い付かず……防戦一方になっていたところを旅のお方が助けてくださったのですわ」
バルフ子爵は同様の報告を娘の護衛に付けた騎士達からも聞いている。そして彼らは自身の不甲斐なさから責任を感じていたようだった。子爵としては娘に傷一つ与えることなく凌いで見せたというだけで十分褒賞を与えるに値すると考えているのだが。
「その旅のお方に感謝を伝えようとしたのですが……お名前を伺う間もなく去ってしまわれて……私はその方にもきちんとお会いしてお礼をしたいのですわ!」
「ふむなるほど。良く分かったのだよ。セレナ、その旅の方の姿は覚えているのだよ?」
「はい、もちろんですわ!その方の年齢は私より少し年下くらいで、髪は陽光を受けて絹のように煌く白銀を一つ結びにされていましたわ。あとは……あ、そうですわ。ほんの一瞬でしたけれど、その方の瞳の色を見ることが出来たのですけれど、片方の目は大空のような澄んだ青い眼、もう一方の目は新緑の森を映したかのような緑色でしたわ!」
自分の娘が恋する乙女かのように瞳を輝かせて恩人について語る様を微笑ましく思いながら思案する。
「なるほどなのだよ。セレナのお願いを叶えてあげたいのはやまやまなのだよ。だけど、一度立ち止まって考えてみてほしいのだよ。」
「立ち止まって考える……ですの?」
「そうとも。その旅の方は名乗ることなく去った。セレナの静止も聞かずに。」
「ええ、そうですわ」
「その旅の方はきっと冒険者なのだよ。それも恐らくあまり目立つことを好まないのだよ。セレナが感謝の意を伝えたいと思うのは素晴らしいことなのだよ。けれど貴族の令嬢が探しているとなればそれは……相手にとっては命令になるのだよ。権力を笠に着る振舞は令嬢としてふさわしくないのだよ」
「うぅ……ではどうすれば……」
「その恩を忘れずにいるのだよ。縁が繋がっているのならば、いずれ再びその旅の方に会うこともあるのだよ。その時に改めて心からの感謝の言葉を伝えるのだよ。」
「……分かりましたわ!私もっと精進しますわ!」
相手が貴族でないのならば下手に呼びつけたりすればそれは命令になってしまう。そうなっては娘の純粋な感謝の念もねじ曲がって伝わってしまうことになる。子爵は娘に権力があるからなんでもできる、自分は偉いなどと考えてほしくはなかった。
「お父様!失礼いたしますわ!」
部屋を去る娘の背中を子爵は微笑まし気に眺めていた。願わくば恩人に感謝の意を伝える機会が訪れますようにと。
この数か月後、その機会は訪れるのだが……それはまた別のお話。




