第九十五話 寄って来る家
天文十七年(一五四八年)十月。
秋はようやく山の気配を変え始めていた。朝の空気にはまだ夏の名残がある。だが、日が昇る前のわずかなひととき、肌に触れる風には、たしかに冷えが混じり始めていた。
館の一間にあるのは、惟豊、宗運、惟種の三人だけである。
余計な者は入れていない。
入れるほどの話ではないからではない。むしろ逆であった。
こういう話ほど、まず骨だけを定めねばならぬ。言葉が広がれば腹のうちまで軽くなる。軽くなれば、家として返すべき言葉の重みも薄れる。ゆえに、最初は三人でよい。
宗運が一通の書を机の上へ置いた。
「相良よりにございます」
惟豊は何も言わず、それを見た。
惟種もまた、書そのものではなく、宗運の顔色を見ていた。
「どうだ」
惟豊が低く問う。
「思うておった通りにございます」
宗運は答えた。
「相良は、こちらの腹を探りに来ました」
その一言で、座の空気はすぐに定まった。
惟種は胸のうちで小さく頷いた。
相良は前へ出られぬ。
有馬に乗れば阿蘇がある。
阿蘇へ兵を向ければ、今度は島津が怖い。
しかも、阿蘇のやり方を真似てみても、思うようには国の内が回らぬ。
ならば、残る道は多くない。
「臣従か」
惟豊が言う。
「あるいは従属、と申したいのでございましょう」
宗運は答えた。
「いきなり膝を折るとは申しておりませぬ。されど、名和同様の扱いが得られるなら、阿蘇の内へ入るのもまた一つの道、という含みにございます」
惟豊の目が、わずかに細くなる。
「上手いな」
「はい」
「助けを乞うてはおらぬ。あくまで、生き残るために自ら条件を探りに来ておる」
「そのようにございます」
惟種が、そこで静かに言った。
「有馬には乗れぬと見たのでしょう」
宗運は頷く。
「島津もまた、怖いのでございましょう」
「うむ」
「そして、阿蘇式を真似るだけでは足りぬことも、ようやく骨身にしみた」
惟豊は、その言葉を黙って聞いていた。
相良の苦しさは見えていた。
阿蘇のやり方をなぞろうとしても、形だけでは回らぬ。田の見方、税の流し方、兵の締め方――そのどれもが、人と蔵と道まで揃って、ようやく働く。相良はいま、そこを思い知らされておるのであろう。
「つまり」
惟豊が言った。
「外で怯えておるより、中へ入った方がよいと見たのだな」
「はい」
宗運は答える。
「阿蘇の内へ入り、領地を安堵され、しかるべき地位を得た方が、よほど家のためと見たのでございましょう」
惟種は、そこで初めて少しだけ口元を動かした。
「聡いな」
その一言は、褒めているようにも、冷たく量っているようにも聞こえた。
「相良らしい、とも申せますな」
宗運が言う。
「無駄に熱へ乗らず、最後は家を残す方へ動く」
「熱で国は持たぬ」
惟豊が低く言った。
その通りであった。
戦えば名は立つ。
だが、名が立つことと家が残ることは同じではない。多くは、むしろ逆である。家を残すとは、たいていもっと苦く、もっと理に寄った決め方を要する。
*
しばし三人は黙っていた。
相良が来ること自体には、もう驚きはなかった。
驚くべきは、相良がどのような顔で来たか、である。泣きつくのではない。膝を擦り寄せるのでもない。あくまで、自分の家を残すために条件を見に来る。その顔で来たことは、厄介でもあり、同時に使いやすくもあった。
宗運が、やがて言った。
「受けぬという手は、ございませぬな」
「ない」
惟豊が即座に言った。
惟種もまた、何も異を唱えなかった。
相良を外へ置いておけば、有馬にも島津にも揺らされ続ける。いずれどちらかへ引かれ、こちらの南西を騒がせる火種となる。だが中へ入れれば、それはそのまま阿蘇の緩衝となる。何より、相良という家が自ら頭を低くして来るなら、今ここで受けぬのは阿蘇にとって損でしかない。
「相良は、使える」
惟種が静かに言った。
惟豊が目を向ける。
「地がある。人がある。しかも、島津を知っている」
「うむ」
「阿蘇の内へ入れれば、南西の壁になります」
宗運が、それを受けた。
「名和の時と同じく、先に頭を下げる者は立てるべきにございますな」
「そうだ」
惟豊は答える。
「遅れて屈した者より、先に寄って来た者の方が重い。それでなければ、誰も早う来ぬ」
その理は明快であった。
勝った家が外の者を抱える時、ただ呑み込むだけでは足りぬ。
「早く来た方が得だ」と見せねば、皆ぎりぎりまで様子を見る。そうなれば、そのたびに余計な戦をすることになる。
「ならば」
宗運が言った。
「領地は安堵、にございますか」
「うむ」
惟豊は頷いた。
「軽々しくは削らぬ」
惟種が、そこで一つ差した。
「ただし、そのまま好きにさせるのでは意味がありませぬ」
宗運は、すぐにその先を取る。
「阿蘇の法に従わせる。田も、税も、兵も、以後はこちらの定めで見ます」
「然り」
惟豊が言った。
「地は安堵する。だが、地の上に乗る理は阿蘇のものになる」
座は、そこで一段締まった。
領地を安堵する。
それは温情に見える。
だが実のところ、温情だけではない。地をそのまま残すからこそ、その上へ阿蘇の仕組みを流し込める。削って荒らせば、そのぶん余計な兵も米も要る。残して従わせた方が、よほど早く国の骨に組み込める。
「地位はどうする」
惟豊が問うた。
「相応に立てるべきです」
宗運は答える。
「でなければ、わざわざ来た意味が相手にも立ちませぬ」
「うむ」
「されど」
宗運はそこで言葉を切った。
「さすがに、こちらの中枢へそのまま並べるわけにも参りませぬ」
惟豊は、宗運を見た。
宗運も、目を逸らさぬ。
ここは、最初に線を引いておかねばならぬところであった。
「無論だ」
惟豊が重く言う。
「阿蘇直臣と同じ位置へは置かぬ」
宗運は黙って頭を下げた。
惟種もまた、そこに異を唱える気はない。
相良は抱える。
だが、抱えることと腹のど真ん中へ置くことは違う。
宗運が言う。
「有力衆として立て、軍役を負わせ、境目に使う」
「うむ」
「家は残す。領地も残す。されど、これよりは阿蘇の内にある家として働いてもらう」
惟豊は、その言葉を一つずつ置くように聞いていた。
まさに、それであった。
相良に必要なのは、名を潰されぬこと。
阿蘇に必要なのは、使える家を使えるまま抱えること。
この二つが噛み合うなら、受けぬ理由はどこにもない。
惟種が、そこで静かに言った。
「相良は、これで安心するでしょう」
「何にだ」
惟豊が問う。
「島津に食われる前に、阿蘇の傘へ入れることに」
惟種は答えた。
「それだけではありませぬ。外から阿蘇式を盗んで苦しむより、中へ入って仕組みごと授かる方が早いと、もう分かっているのでしょう」
宗運が、それに頷く。
「相良もまた、手を打ってはおったのでございましょうな」
「うむ」
「だが、真似るだけでは足らなんだ」
惟種は言った。
「だから来た」
*
再び、しばし黙りが落ちた。
もう答えは見えている。
あとは、それを家の言葉にどう整えるかだけであった。
惟豊が、机の上の書へ目を落とした。
「返しは、こうだ」
その声は、もう当主の声であった。
「相良が誠をもって阿蘇へ従うというなら、阿蘇はこれを受ける」
宗運が、すぐに文の骨を頭の中で組み始める。
「相良家の家名は残す」
「うむ」
「領地も安堵する」
「うむ」
「ただし、以後は阿蘇の内にある家として、法と軍役に従う」
「それでよい」
惟種は、そのやり取りを黙って聞いていた。
当主が言う。
宗運が形にする。
自分は、その理の芯だけ見ておればよい。
「地位は」
宗運が問う。
「それなりに立てる」
惟豊は答えた。
「外様の有力衆として遇する。戦では働いてもらう。だが、中枢は別だ」
「承知致しました」
宗運が頭を下げる。
惟種は、そこで一言だけ差した。
「相良には、その線が一番よいでしょう」
惟豊が目を向ける。
「家も残る。地も残る。立場も立つ。しかも阿蘇の内で働ける」
「うむ」
「中へ入る理としては、十分です」
惟豊は、それに短く頷いた。
「ならばそのように返そう」
それだけで、この話はほぼ決した。
*
宗運が文案をまとめるため、筆を取りに少し身を引いたのち、部屋には惟豊と惟種だけが残った。
外では、風が少し鳴っていた。
夏ほどではない。
だが冬には遠い。
「来ると思うておったか」
惟豊が低く問うた。
「はい」
惟種は答える。
「相良は立地が悪すぎます」
「島津と阿蘇、か」
「うむ」
「そして、有馬にも乗れぬ」
惟豊は、わずかに目を細めた。
「相良にとって、最も楽な道ではあるまいな」
「楽ではありませぬ」
惟種は言った。
「だが、最も生き残りやすい道ではあります」
惟豊は、そこで何も返さなかった。
ただ、その通りだとだけ思っていた。
国というものは、しばしば大きな戦で決まるように見える。
だが実のところ、多くはこうした場で決まる。どの家がどの傘へ入るか。どこで頭を下げ、どこで名を残すか。その積み重ねが、やがて戦の前から大勢を決めてしまう。
「相良が入れば」
惟豊が言った。
「南西はだいぶ静まります」
「はい」
「有馬は、嫌がろう」
「ひどく」
惟種は答えた。
その時、ほんのわずかに口元が緩んだ。
有馬が包囲の形を作ろうとしておる、その裏で相良が阿蘇へ寄って来る。相手にしてみれば、思うように事が運ばぬどころではあるまい。
「ならばなおさら、受けるべきだな」
惟豊が言った。
「はい」
*
やがて宗運が戻り、文の骨を口に出して確認した。
相良が誠をもって阿蘇へ従うというなら、これを受けること。
相良家の家名と領地は安堵すること。
以後は阿蘇の法と軍役に従い、阿蘇の内の有力衆として働くこと。
その働きに応じて、しかるべく立場を立てること。
惟豊は、それを最後まで聞き、ただ一言言った。
「よい」
それで決まった。
宗運が頭を下げる。
「では、そのように」
文は書かれる。
使者は返る。
相良は、おそらくこの返しを待っていたのであろう。
惟種は、机の上の紙を見ていた。
ここに書かれるのは、ただの返書ではない。相良という家が、どの大きな流れへ身を置くかを決める文でもある。
戦わずして、家が一つ入って来る。
それは勝ちの一つであった。しかも、悪くない勝ちである。
地を荒らさず、人を殺さず、それでいて相手の家をこちらの骨へ組み込む。こういう勝ちは、槍で奪う勝ちより、のちに効く。
秋の風は、ようやく少し冷たくなり始めていた。
だが阿蘇の家は、その冷たさの中でもなお、外から寄って来る家を一つずつ呑み込みながら、大きくなり続けていた。




