第五十八話 国を太らせる手
甲斐親英の生誕は何年か資料が有りませんでした。
1540年や1538年1530年とバラバラですので、
今回は1530年で設定しております。
天文十六年(一五四七年)八月。
阿蘇の山にも筑後の水辺にも、じりじりと照り返す熱が残っている。蝉の声は朝から高く、昼になれば風まで熱を帯びた。戦が終わったといっても、空の色まで変わるわけではない。人も土も、まだ勝ちと死の熱を少しずつ抱えたままである。
だが、だからこそ、ここで手を違えてはならなかった。
最後まで抵抗していた柳川は下った。
蒲池の家は折れた。
寺には弔いを命じ、粥と米も行き渡り始めている。
それでもなお、筑後はまだ阿蘇の国ではなかった。
城が下っただけで国が手に入るなら、誰も苦労はしない。
門を開かせた先から、田を戻し、人を戻し、蔵を整え、道を通し、恐れを静めて、初めて国は少しずつこちらへ寄ってくる。
その日の評定は、大きくはなかった。
だが、重かった。
上座に惟豊。
その下に惟種、宗運、宗傳。
武の差配に関わる者、帳面を持つ者、蔵を預かる者、筑後へこれから根を下ろすことになる者たちが、きちんと列していた。
そして、その中には北里政久と田代宗傳の姿もある。
さらに座の末には、龍造寺家宗、鍋島清房、石井兼清、小河信安ら、旧龍造寺の面々もいた。いまはまだ筑後の中核へ出すべきではない。だが、これから先の方針を聞かせぬわけにもいかぬ顔ぶれであった。
惟豊が短く言った。
「始める」
その一声で、座の空気が締まる。
最初に文箱を開いたのは宗傳だった。
「筑後の城々は、ひとまず落ち着き始めております」
板が広げられる。
「柳川以外の諸城は早くに下り、柳川もまた開きました。起請文も順次集まりつつあります。祝いの使者も、今はほとんど絶えておりませぬ」
北里が、そのあとを継いだ。
「城番も、いまのところは大きく乱れてはおりませぬ。国衆どもも、こちらの腹を見ながらではありますが、露骨に逆らう気配は薄うございます」
惟豊は頷いた。
「よい」
「では、ここで改めて定める」
座の背筋が揃う。
「筑後の差配は、北里政久に任せる」
北里が深く頭を下げた。
「はっ」
「城を押さえよ。国衆を押さえよ。警固を押さえよ」
惟豊の声は低い。
「城があっても見張りが緩めば崩れる。国衆が従っても、腹のうちまで従うとは限らぬ。そこを見て歩け」
「承りました」
惟豊は今度、田代宗傳へ目を向けた。
「田代宗傳」
「は」
「其方は実務を支えよ」
宗傳が頭を下げる。
「起請文、安堵、蔵、徴発、帳面――兵の後ろで国を回すものは、すべて其方が見ろ」
「承りました」
「北里が前で押さえ、其方が後ろで縛れ」
それで役目は十分に知れた。
武で押さえる者と、文で逃がさぬ者。
その二つが揃って、はじめて新しい国は崩れにくくなる。
宗運が横から静かに言った。
「わたくしは全体の筋だけを見ます」
惟豊が頷く。
「うむ。宗運は筑後へ手を突っ込みすぎるな」
「承知しております」
「今の阿蘇は、筑後だけを見ておればよい家ではない。全体を見て、綻びがあれば締めよ」
「は」
そこで惟種が口を開いた。
「甲斐親英は、わしのそばへ置く」
座の何人かが顔を上げる。
「筑後へは出さぬ。田代宗傳の代わりに、これからは近くで働かせる」
甲斐親英の名が出たことで、若い者たちの空気が少しだけ動いた。
使うべき場所を分ける。
それもまた今の阿蘇のやり方である。
惟豊はさらに続けた。
「龍造寺の者どもは、筑後の中核へは置かぬ。場所が違う」
家宗が静かに聞いている。
清房も顔色を変えない。
「肥後ではなく肥前が、いずれ龍造寺へ返すべき筋の国だ」
その一言で、座の重みが少し変わる。
「ならば、筑後へ龍造寺の色を深く残すのは違う」
家宗が深く頭を下げた。
「心得ております」
「いまは阿蘇の内にあって働け。だが、働く場所まで違えてはならぬ」
「は」
そこまで言い切ってから、惟豊は座を見渡した。
「よい。人の置き方は定まった」
そして、その先にあるもっと重い話へ移る。
「次は、筑後をどうするかだ」
誰も、そこでは気を抜かなかった。
城を取る話ではない。
取った先をどう太らせるかの話である。
惟種が、板の上に置かれた筑後の見取り図を見ながら言った。
「まず、民を戻す」
その一言で、何人かの顔つきが変わる。
「戦のあとで田は荒れる。人は減る。蔵も痩せる」
惟種は続けた。
「そこへすぐ重く取り立てれば、国は細る」
宗傳が板を指した。
「筑後の村々には、まだ荒れたままの田が多うございます。兵糧を取られ、牛馬を失い、人足も欠けております。秋に向けて、このままでは収まりませぬ」
北里が低く言う。
「では、当面の年貢は」
「軽くする」
惟種は答えた。
座の一角で、小さく息が動く。
「少なくとも、いきなり絞らぬ」
惟種の声は平らだった。
「田を戻し、村を戻し、人を戻す。そのうえで総量を増やす。そうでなければ、来年も再来年も細いままだ」
年嵩の家臣が、慎重に口を開いた。
「若君」
「何だ」
「ようやく取った筑後に、さらに阿蘇の銭を入れますか」
それは自然な問いだった。
戦に勝った。
城も下した。
ならば、勝った先から取るのが普通である。
その普通を知る者からすれば、取った国へさらに財を入れるなど、無駄に見えても仕方がない。
惟種はその顔を見た。
「入れる」
迷いはなかった。
「痩せた国から、いくら絞っても痩せるだけだ」
座が静まる。
「いま入れる銭は、失う銭ではない」
惟種は言った。
「田を買う銭だ。人を戻す銭だ。来年以降の石高を買う銭だ」
宗運がそのあとを受ける。
「阿蘇でやってきたことを、筑後でもやるにございます」
「はい」
宗傳が板を替えた。
「まず、荒れ地の立て直し。用水の改め。壊れた農具の補い。種籾の貸し付け。それに、戦で流れた者どもの受け入れにございます」
「流民も、か」
「はい」
宗傳は落ち着いて答えた。
「腹の減った者は、食える方へ寄ります。寄ってきた者へ田を与えれば、村が戻ります」
惟種は頷いた。
「市も立て直す」
「はい」
「道も通す。荷を止めるな。鍛冶も早く回せ」
北里がそこへ言葉を差した。
「兵の駐め方も、変えねばなりますまい」
「その通りだ」
惟種は言う。
「勝った兵が村を踏みにじれば、それだけで筑後は離れる」
北里の目が少し細くなる。
「私闘、押領、勝手な徴発――」
「許さぬ」
惟種は言い切った。
「村を荒らした者は、阿蘇の兵でも咎める」
それは、国衆らへ向けた言葉でもあり、阿蘇の家中へ向けた釘でもあった。
宗運が静かに続ける。
「怪我人の手当ても回します。寺も使いましょう。字のわかる者も少しずつ置く。帳面が通れば、蔵が逃げにくくなります」
それはもう、ただの戦後処理ではなかった。
阿蘇のやり方そのものを、筑後へ根づかせる話である。
惟豊が、そこで最後に言った。
「筑後は取った先から食うな」
重い一言だった。
「まず食わせよ」
北里と田代が、同時に頭を下げる。
「はっ」
「阿蘇の財は、出す」
その場の何人かが、わずかに息を呑んだ。
「銭も、米も、人も、筑後へ回す。だが無駄にはするな」
「承りました」
田代の返しは短かった。
だが、その短さの中に、もう蔵と人足と帳面の回し方が組み始められているのが知れた。
座が半ばまで進んだところで、惟豊は人を少し下がらせた。
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広い評定ではない。
だが、ここから先はさらに顔を絞るべき話である。
残ったのは、惟種、宗運、田代宗傳、北里政久。
そして龍造寺家宗、鍋島清房、石井兼清、小河信安ら、旧龍造寺の主だった者たちだった。
空気が少し変わる。
筑後の話から、次の年へ向かう話になる。
惟種が口を開いた。
「家宗」
「は」
「お前たちには、次の筋を先に申しておく」
家宗が深く頭を下げる。
清房もまた、黙ってその先を待った。
「今年は筑後を静める」
惟種は言った。
「いまはまだ、少弐を追わぬ。正確には追えぬ」
石井がわずかに顔を上げる。
小河もまた、意外ではないが、やはりその一言の重さを量る顔をした。
「逃がした旗を、今すぐ追っても、勝ちは浅い」
惟種は続けた。
「それに筑後が痩せたままでは、肥前へ入っても後が続かぬ。それに大友の介入も予想される…」
宗運が静かに言葉を継いだ。
「ゆえに今年は、肥前周りへ文を入れます」
清房の目が、すっと細くなる。
「旧龍造寺に縁のある者。少弐へ不満を抱く者。大内の手の届き方を嫌う者。そうした者らを、まず見ます」
「見て、どうなさる」
家宗の問いは真っ直ぐだった。
「取り込む」
惟種は言う。
「城を一つ落とす前に、人を一つ寄せる」
誰も口を挟まない。
「城は、人がいなければただの土だ。ならば先に、人を寄せた方が早い。それに今までの阿蘇はそうして大きくなってきた。先ずは地場を固め、民がうらやむような様子を見せつけ、国力で差をつける。」
清房がそこで、はじめて口を開いた。
「筋はよろしゅうございますな」
「うむ」
「少弐は今、まだ名だけは残しております」
「そうだ」
「ならば先に、その名の下におる者らの心を崩す」
「そのために文を入れ、筑後を豊かにする」
惟種は頷いた。
「兵を出すのは、そのあとだ」
家宗が、しばらく黙っていた。
それから低く言う。
「では、来年」
「来年、肥前へ入るための形を整える」
惟種は答えた。
「機が熟せば、来年に踏み込む」
その言葉で、座の奥にあったものが少しだけ形を持った。
今年ではない。
だが遠い先の話でもない。
来年――そこまで見えている。
石井兼清が太い声で言った。
「ようやく、でございますな」
「ようやく、だ」
惟種は短く返した。
「家兼殿に約した」
それだけで十分だった。
家宗が、深く頭を下げる。
「若君」
「何だ」
「そのお言葉、違えませぬな」
「違えぬ」
惟種は言い切った。
「だが」
そこで声が少し低くなる。
「勘違いするな」
座が静まる。
「肥前へ入るのは、ただ龍造寺の旗を立てるためではない」
家宗も、清房も、顔を上げない。
だが、その一言を逃すまいとしているのが分かる。
「立ててすぐ折れる旗なら、最初から立てぬ方がましだ」
誰も何も言わなかった。
「だから今年は筑後を太らせる。蔵を戻す。人を戻す。銭を回す」
惟種は言う。
「そのうえで肥前へ伸びる。後ろに食える国があって、初めて前の旗は痩せぬ」
清房が、そこでごく小さく息を吐いた。
「まことに、よう見ておられる」
「見ねばまわりからつぶされる。南は固めたが、まだ大友がいる。」
惟種は返す。
清房の口元が、ほんのわずかだけ動いた。
笑みとも、感心ともつかぬ小さな動きだった。
家宗が、やがて静かに言った。
「たとえ旧龍造寺の地が戻ろうとも」
座の空気が、その言葉に引かれる。
「それだけで家が立つとは思うておりませぬ」
惟種は黙って聞いている。
「城と地が戻ることと、家の骨が立つことは別にございます」
「うむ」
「いま離れれば、龍造寺はまた細りましょう」
家宗の声は、決して大きくはなかった。
だが、その分だけよく通った。
「ゆえに当家は、たとえ地を戻しても、離れるつもりはございませぬ」
石井が顔をわずかに上げる。
小河もまた、静かに聞いている。
清房は目を伏せたままだ。
「阿蘇の内にあって学び、力を蓄え、そのうえで龍造寺を龍造寺として立てる。阿蘇のもと、民を納めるつもりです。」
家宗は深く頭を下げた。
これは龍造寺として立った場合でも、阿蘇に従属することを意味している。
「それが、いまの当家の考えにございます」
宗運がその言葉を聞き、ほんのわずかに目を細めた。
これで龍造寺側の腹は、少なくとも家宗の上では定まったと知れたからである。
惟種は家宗を見た。
「よい」
短い一言だった。
家宗の肩が、わずかに動く。
「立つために、いまは学び力をつける時期だ」
「……は」
「阿蘇の内で骨を太らせよ。そのうえで、龍造寺が龍造寺として立つために」
清房が、その時だけ顔を上げた。
「当家は、来年に向けて動きましょう」
「うむ」
「肥前筋へ入れる文も、古き縁も、こちらで思い出せるものは洗い出します」
「頼む」
「は」
それで、だいたいの筋は定まった。
今年は筑後を静める。
民を戻し、田を戻し、阿蘇の財を入れて石高を育てる。
肥前へは周りから文を入れ、心と道を先に取る。
そして来年、機が熟したならば、龍造寺再興のために踏み込む。
大きく見れば、そういうことだった。
だが、その大きな筋を現実に落とすには、あまりに多くの小さな手が要る。
宗傳が板を畳みながら言った。
「銭は足りますか」
惟豊が答える。
「足らせる」
短いが、それで十分だった。
「今の阿蘇なら、出せる」
北里が低く言う。
「筑後は、すぐには返してこぬでしょうな」
「返さぬ」
惟種が言った。
「今は、返ってこぬ方がよい」
その言葉に、田代が小さくうなずく。
「先に太らせる、と」
「そうだ」
「ならば、帳面は長く組みます」
「組め」
「は」
その返事の中には、来年までの算盤がもう入っていた。
評定が終わるころには、日はだいぶ傾いていた。
外では、まだ蝉が鳴いている。
風は相変わらず暑い。
だが、朝とは少しだけ違っていた。
人が立つ。
板が下げられる。
文箱が閉じられる。
北里は筑後の城と国衆を思い、
田代は蔵と年貢と起請文を思い、
家宗と清房は、まだ遠いようで遠くない肥前を思っていた。
惟種はしばらく座に残ったまま、広げられていた地図を見ていた。
筑後はまだ取ったばかりだ。
肥前はなお遠い。
だが、遠いからこそ、ここで急げば道を違える。
まず筑後を太らせる。
民を戻し、田を戻し、銭を回す。
阿蘇のやり方を根づかせ、そのうえで肥前へ伸びる。
次の戦は、まだ始まっていない。
だが、次の国はもう始まっている。
八月の熱の中で、阿蘇は勝ちの先を見ていた。
こんなにも見て頂けてるとは思いませんでした・・・
本当にありがとうございます。




