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火の山の若君は、未来を夢に見る ~阿蘇家嫡流の若君、名臣甲斐宗運と乱世を切り拓く~  作者: アトラス


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第二十五話 山を開く手

  天文十四年(一五四五年)十一月。


 秋が深まるにつれて、阿蘇の山々は赤や黄、褐色へと色を変えていた。


 朝の光を受けた尾根は美しい。


 だが惟種の目には、もう山が美しいだけのものには見えなくなっている。


 どこに鉄気を含む石があり、どの沢へ水が集まり、どこなら坑道を伸ばしやすいのか。木や炭をどう運び、道をどの筋へ通すべきか。


 以前なら紅葉を眺めていたはずの目が、今では山そのものを一つの資源として見るようになっていた。


(……我ながら、風情がなくなってきたな)


 少しだけそう思う。


 だが、仕方がない。


 鉄は今も要るし、これからはさらに必要になる。


     ◇


 館の奥。


 いつもの小座敷には、惟豊、宗運、惟種のほか、北里政久と田代宗傳も呼ばれていた。


 火鉢の周囲には数枚の地図と、山の形や沢筋、道、露頭の場所を書き込んだ板が並んでいる。


 最初に口を開いたのは政久だった。


「赤水、狩尾、永草。いずれも採れております」


「量は」


 惟種が尋ねる。


「赤水が今のところ一番ようございます。狩尾も悪くございませぬ。永草は運びに少々難がございますが、掘る値は十分に」


「質は」


「場所によって差がございます。ただ、炉へ回せるものは確実に出ております」


「うむ」


 惟種は満足して頷いた。


 以前、自分が未来の知識から場所を示した三か所を調べさせたところ、本当に鉄気のある土や石が見つかった。そこから小規模に掘り始め、すでに鍛冶場や製鉄の試しへ回している。


 鉄があるかどうかを疑う段階は、もう越えた。


 これから考えるべきなのは、どれほど、どう採り、同じ山から長く安定して鉄を取り続けるかだった。


 惟豊が板を見ながら言った。


「ならば、この三つを太らせればよいのではないか」


「それもします」


「それも?」


「はい」


 惟種は新しい地図を前へ出した。


「新しく掘ります」


 宗運の視線が地図へ落ちる。


「まだ増やされますか」


「うむ」


「すでに三か所ございますが」


「三か所しかない」


「…………」


 宗運が僅かに黙った。


 言い方の問題ではないか。


 そんな顔だった。


 惟種は気づかず続ける。


「黒川、長陽、永水。この辺りも調べさせたい」


 政久が身を乗り出した。


「こちらにも当たりが?」


「あると思う」


「また夢にございますか」


「夢もある」


 惟種は平然と答えた。


「だが、今回はそれだけではない。沢の石や砂の重さ、赤茶けた岩、炭焼きや猟師の話も集めただろう?」


「はい」


 政久が別の板を出した。


「赤茶けた石が出る沢、妙に重い砂が溜まる場所、火へ入れた時に変わった匂いのする石。いくつか話が重なっております」


「なら、掘る価値はある」


 惟豊が腕を組む。


「だが惟種」


「はい」


「なぜ急ぐ」


 当然の問いだった。


 今の阿蘇だけを見れば、赤水、狩尾、永草でも鉄は取れる。さらに山を開けば、それだけ人も銭も使う。


 惟種は迷わず答えた。


「いずれ足りなくなるからです」


「今でも鉄は出ておるぞ」


「今は、です」


 惟種は地図を指で叩いた。


「鍬や鎌、鋤といった農具に、鍛冶場や鉱山の道具、荷車や建物の金具。それに具足、刀、槍」


 一度、宗運を見る。


「そして鉄砲」


 宗運の目が僅かに細くなった。


「やはり、そこへ参りますか」


「当然だ」


「まだ実物も届いておりませぬが」


「だから準備をする」


 惟種は即答した。


「鉄砲一挺を作れば終わりではない。十挺、百挺、いずれはそれ以上だ。その鉄砲を作る鍛冶道具にも鉄がいる」


 宗傳が口を挟んだ。


「鉄を増やすためにも、鉄が要ると」


「そういうことだ」


「厄介ですな」


「だから先に増やす」


 惟豊が少し笑った。


「欲が深いな」


「足りなくなってから慌てるよりよいでしょう」


「それはそうだ」


 宗運が続ける。


「仮に、掘りすぎた場合は」


「売ればよい」


「…………」


「何だ」


「いえ。若君なら、そう申されると思いましたので」


「なら聞くな」


「確認にございます」


 宗運は涼しい顔をしている。


「ただし」


 惟種が言った。


「石のまま売るのは最後だ」


「と申されますと」


「鉱石で売るより、鉄にした方が銭になる。鉄で売るより、農具や工具まで作った方がさらに銭になる」


 宗運が頷く。


「加工した分だけ、値を上げる」


「そうだ」


「武器も?」


「それは相手を選ぶ」


 惟種は即答した。


「敵になるかもしれぬ家へ、良い武器を好きに売る必要はない。まず阿蘇で使い、それでも余る分を売る」


「御意」


 惟豊の目が少し変わった。


「山そのものを、銭の元へ変えるか」


「はい」


 惟種は頷いた。


「田が食を生み、市が銭を回すなら、山は材料を生みます。その材料を阿蘇の中で農具や工具、建築、武器へ加工する」


 そして余れば外へ売る。


「これが回れば、大きな財になります」


「その代わり」


 宗運が静かに言う。


「余った鉄は売っても、場所や作り方までは見せぬ」


「もちろんだ」


「承知しました」


     ◇


「それで」


 宗運が新しい山の地図を見る。


「新たに開く山では、何をなされるおつもりで?」


「全部だ」


「…………」


 宗運の眉が僅かに動いた。


「もう少し分けてお聞きしても?」


「既に掘っている赤水、狩尾、永草は止めない」


「はい」


「今はそこで鉄が出ている。なら、無理に全部やり方を変える必要はない」


 惟種は新しい候補地を指した。


「新しく開く山で、最初からわしのやり方を入れる」


 宗運の表情が少し変わった。


「なるほど」


「うまくいかなければ、新しい山だけで済む」


「既存の採掘には響かない」


「そうだ」


「そして、うまくいけば」


「赤水、狩尾、永草にも広げる」


 宗運が頷いた。


「それならば、よろしいかと」


 惟種は板を一枚引き寄せた。


 そこには、坑口から主坑道、枝坑、床の排水溝、支柱、通気用の立坑、鉱石の運搬路、ズリ置場、坑外の選鉱場、さらに炉へ続く道まで描かれている。


 坑口の近くには、大きな木箱のようなものもあった。


 惟豊が目を細める。


「ずいぶん整った山だな」


「そうします」


「山師に任せれば、このようにはならぬぞ」


「だから任せきりにはしません」


 惟種は板を指した。


「山師は石を見る。わしは山全体を見ます」


 宗運の目が鋭くなる。


「若君は鉱山を欲しいのではございませぬな」


「では、何だ」


「山そのものを、一つの仕事場へ変えるおつもりだ」


 惟種は笑った。


「そうだ」


 ただ穴を掘るのではない。


 掘り、割り、選び、運ぶだけではなく、水を逃がし、空気を送り、木材を入れ、道具を直し、鉱石を洗って炉へ回し、そのすべてを記録する。


 それら全部を、一つの仕組みとして動かす。


「一時だけ掘って、良い石がなくなれば捨てるような山にはしない」


 惟種は続ける。


「長く使える山にします」


「ならば」


 惟豊が板を指した。


「最初に何をする」


「水です」


「石ではなく?」


「はい」


 惟種は即答した。


「場所を決めたら、まず雨が降った時に水がどこから坑へ入り、どこへ逃がせるのかを見る」


「それから掘る」


「うむ」


 惟種は坑道の床に描いた線を指した。


「坑道はわずかに勾配をつける。床には排水溝。自然に外へ流せる場所は、最初から流す」


「深くなれば?」


「汲み上げる」


「どうやって」


「そこも仕組みを作る」


 惟種はさらりと言った。


「桶を人力で上げるだけではなく、滑車や巻上げを使う。水量が増えれば、さらに別の仕掛けを考える」


 惟豊が少し笑った。


「おぬしの頭の中では、もう出来上がっておるのだな」


「形は分かっています」


 惟種は答えた。


「ただし」


 一度だけ言葉を切る。


「ここで、その通りに作れるかは別です」


 宗運が頷いた。


「材料が違う」


「うむ」


「職人の腕も、加工の細かさも違う」


「そうだ」


「ゆえに試す」


「うむ」


 惟種は宗運を見る。


「知らぬから試すのではない。知っている形を、この阿蘇で本当に作れるか確かめる」


 宗運は静かに頷いた。


「承知しました」


     ◇


「次は風だ」


 惟種は板の隅に描いた木箱を指した。


「これは?」


 惟豊が問う。


「大きな鞴です」


「鍛冶場のか」


「元は同じです」


 惟種は説明を続ける。


「坑道は深くなるほど空気が悪くなり、灯が弱り、煙も籠もって人も苦しくなる」


「ならば、外から送る」


「はい」


「自然任せではなく?」


「意図して送ります」


 惟種は木箱の絵を指先で叩いた。


「大きな箱鞴を作る。吸い口には逆に戻らぬ弁を付け、吐き口から竹か木の管を伸ばして坑の奥へ風を送る」


 宗傳が覗き込む。


「ずいぶん長うなれば、風が弱まりませぬか」


「弱まる」


「では」


「管を太くする。継ぎ目を減らし、漏れるなら塞ぐ。足りなければ鞴を増やす」


「最初から答えがあるわけではない?」


「必要な仕組みは分かっている」


 惟種は答えた。


「だが、この木でどれだけ漏れるか、職人がどこまで精密に作れるか、何間先まで風が届くかは、実際に作らねば分からん」


「なるほど」


「人力だけでは疲れる。水が使えるなら、水車でも動かす」


「製鉄場の鞴と同じように?」


「うむ」


 すでに製鉄場では、水車の回転を往復運動へ変え、その先に鞴をつなぐ仕掛けを試している。


「炉へ風を送れるなら、坑道へも送れる」


 惟豊が感心したように言った。


「同じものを、別に使うのか」


「原理が同じなら使えます」


「壊れた時は」


 宗運が尋ねる。


「人力へ戻す」


「やはり残されますか」


「止まったら困るからな」


 宗運が小さく頷いた。


     ◇


「道具も変える」


 惟種が次の板を出した。


 宗傳が小さく息を吐く。


「やはりございますな」


「当然だ」


「では、どうぞ」


「つるはしは幅広と細身に分ける。それに、たがね、平たがね、小槌、大槌、楔、梃子棒。掘る道具、割る道具、こじる道具を分ける」


「まだございますか」


「ある」


「でしょうな」


「背負い籠、木箱、そり、二輪の小車、滑車、巻上げ胴」


 宗傳はもう黙って書き始めた。


「全部を一度に大量に作るわけではない」


「それを聞いて安心しました」


「まず数本ずつ作り、実際に使わせて壊れやすいところを見る。柄の長さや重さも幾つかに分け、先の角度も用途ごとに変える」


 惟豊が尋ねる。


「そこまで揃える意味があるのか」


「あります」


 惟種は即答した。


「一人の名人しか使えぬ道具では困る。人が替わっても、同じように使える形にする」


「鍛冶場と同じですな」


 宗運が言う。


「うむ。修理も楽になる。柄を替えるだけで済むもの、先だけ打ち直せるものに分ければ、作る側も同じ物を繰り返せる」


「なるほど」


「坑道の幅も、ある程度決める」


「なぜでございます」


「運ぶ道具を合わせられるからだ。人だけが通る場所、荷を通す場所、人がすれ違う場所で必要な幅を分ける」


 山師の感覚だけで穴を掘らせれば、場所ごとにばらばらになる。


「鉱石を出す道と、捨てる石を置く場所も分ける」


「ズリでございますな」


「うむ」


 政久がすぐに尋ねる。


「洗う場所は」


「坑外だ。水が取れる場所。ただし、下の田や村へ泥を流しすぎぬところにする」


「道は」


「最初から見る」


 惟種は政久を見た。


「鉱石が出ても、運べなければ意味がない」


「承知しております」


「山だけを見るな」


「道、川、炭、人」


「その通りだ」


 北里政久が僅かに笑った。


 それはもう、何度も聞かされた言葉だった。


     ◇


「記録も取る」


 惟種が言った瞬間、宗傳の筆が止まった。


「……やはり」


「何だ」


「いえ」


 惟種は構わず続ける。


「どの坑をどこまで掘り、どこで水が出たか。どの石が良く、どの班が一日にどれだけ掘り、どの道具が何日で壊れたか。炭の使用量と出来た鉄の量まで全部残す」


 宗傳が少し顔を上げた。


「誰が」


「光永」


「やはり」


 宗傳が障子の外へ目を向ける。


「聞こえておるのであろう」


「はい」


 返事がした。


 少しして、光永惟清が静かに入ってきた。


「いつからいた」


 惟種が聞く。


「道具を分ける辺りから」


「ほとんど最初ではないか」


「若君が何か新しいことを始められれば、最後は記しが要ります」


 光永は真顔だった。


「先に来た方が早いかと」


「…………」


 惟種は少し感心した。


「頼む」


「承知しました」


 宗運が光永を見る。


「おぬしも慣れてきましたな」


「慣れねば追いつきませぬ」


 光永は淡々としている。


「賢い」


 惟豊が笑った。


「惟種より、よほど先を読んでおる」


「父上」


     ◇


「それから、灯り」


 惟種が言った。


「玻璃の風除け灯ですな」


 宗運がすぐに答えた。


「うむ」


 以前作らせた、油皿と芯を玻璃で囲った簡単な灯だ。


 まだ改良の余地はいくらでもある。玻璃は煤け、油も食い、持ち歩けば割れる。熱が籠もれば割れることもあるかもしれない。


 だが、裸火より風には強い。


「新しい山で使わせる。割れるなら厚くするか守りを付け、煤けるなら掃除しやすくし、熱で割れるなら空気の逃げを変える」


 宗運が僅かに笑った。


「また試す、と」


「うむ」


 新しい道具、新しい運び方、換気、排水、灯り、記録、班の組み方、坑道の規格、選鉱。


 それらを一か所でまとめて試す。


「ここでうまくいったものを、赤水、狩尾、永草へ広げる」


「うまくいかなかったものは」


「直す」


「直しても駄目なら」


「捨てる」


「なるほど」


 惟豊が板を見ながら言った。


「新しい山を一つ、阿蘇の山の作り方を試す場所にするか」


「はい」


「それで鉄まで出れば、なおよし」


「出します」


「言い切るな」


「出ると思う場所を選んでおりますから」


 惟豊は息子を見る。


「おぬしは山の話になると、妙に強気だな」


「場所を知っているのは大きいので」


 宗運が横から言った。


「夢とは、まこと便利にございますな」


「便利でなければ困る」


 惟種が返す。


 宗傳が僅かに笑った。


     ◇


 話がほぼまとまったところで、惟豊が宗運を見る。


「どうだ」


「既存の三か所を止めず、新しい山を一つ小さく開くのであれば問題ございませぬ」


「人は」


「既存の山から抜きすぎぬようにいたします。山師、杣、炭焼き、木工、荷運びから、それぞれ少数ずつ」


「銭は」


「玻璃と水飴の収入から出せる範囲で始めます」


「よし」


 惟豊が頷いた。


「ならばやれ」


「承知しました」


 宗運が頭を下げる。


「最初の場所は」


 惟豊が尋ねる。


 惟種は地図を見る。


「黒川を第一候補にします」


「理由は」


「水、道、木、炭、人を見た上で試し坑を入れやすく、石の話も重なっています」


「長陽は」


「次です」


「永水は」


「その後。政久にさらに調べてもらいます」


「承知しました」


 政久が頭を下げる。


「どれほどで結果が出る」


 惟豊が尋ねた。


 惟種は少し考えた。


「石そのものなら、早ければ数月で当たりは見えると思います」


「その先は」


「掘ってみなければ分かりません」


 惟豊が少し意外そうな顔をした。


「分からぬのか」


「鉱脈がどこまで続くか、どこで水が増えるか、どの岩が崩れやすいかまでは、未来の知識があっても地下を透かして見えるわけではありません」


「なるほど」


「ですが」


 惟種は板を見る。


「問題が出た時に、どう直すべきかは大体分かります」


 宗運が小さく笑った。


「それだけでも、普通の山師からすれば十分反則でございましょうな」


「反則?」


「いえ。何でもございませぬ」


     ◇


「それと宗運」


 惟種が言った。


「はい」


「鉱山の場所は、あまり外へ漏らすな。掘り方も道具も、炉の造りも水車鞴も、炭の選び方も、鉱石を入れる量と順番も、出来た鉄の質もだ」


 宗運の眉がほんの僅かに動いた。


「ずいぶん増えましたな」


「重要だろう?」


「重要にございます」


「他国には完成した鉄を見せればいい。作り方までは見せぬ」


「御意」


 惟種は満足そうに頷いた。


「他国が、阿蘇の鉄が欲しいと言うくらいまで良くするぞ」


「左様でございますか」


「余れば売る」


「伺いました」


「大きな財になる」


「それも伺いました」


「だから秘匿も任せた」


 宗運は一拍だけ置いた。


「……承知しました」


「なんだ、その間は」


「少々、仕事が増えたと思っただけにございます」


「これくらいなら大丈夫だろう」


「ええ」


 宗運は普通に頷いた。


「この程度でしたら」


「ならよい」


 惟種は胸を張った。


「うむ、宗運」


「はい」


「今のうちに内政力を高めよ」


「…………」


 宗運の動きが止まった。


 惟豊が眉を上げる。


 宗傳も筆を止めた。


「内政力?」


 宗運が聞き返す。


「うむ」


「何でございます、それは」


「内政を動かす力だ」


「それは、言葉から分かります」


「なら問題ないではないか」


「…………」


 宗運の眉が、ほんの僅かに寄った。


 要するに。


 もっと働け。


 もっと多くの仕事を捌けるようになれ。


 若君は、それをさも当然のことのように高らかに宣言したのである。


(……落ち着け)


 宗運は心の中で一度だけ息を吐いた。


(相手は若君だ)


 御屋形様の嫡男。


 いずれ阿蘇を継ぐ方。


 まだ五つ。


 しかも本人には、おそらく欠片ほども悪気がない。


「宗運?」


「……何でもございませぬ」


「そうか」


「はい」


 宗運はいつもの穏やかな顔へ戻った。


「精進いたします」


「うむ。それでよい」


「…………」


 宗傳が顔を伏せた。


 肩が僅かに揺れている。


「宗傳」


「はい」


「笑っておるか」


「滅相もございませぬ」


「こちらを見よ」


「今、記録で忙しゅうございます」


 宗運はそれ以上追及しなかった。


 この程度の仕事なら、まだどうということもない。


 新しい山を一つ増やし、人を回し、道を整え、道具を揃え、換気と排水を作らせ、その技術を隠す。


 それくらいなら、十分に捌ける。


 ただ。


 若君の言う「内政力」とやらを本当に高めたなら、その分だけ新しい仕事を積まれるような気がするのは、考えすぎだろうか。


 宗運は一瞬だけ惟種を見る。


 惟種はすでに次の板へ目を落とし、楽しそうに何かを書き始めていた。


(……まあ、今はよいか)


 宗運も話へ戻った。


     ◇


 その日の話は、それで決まった。


 既存の赤水、狩尾、永草はそのまま動かし、新しい山では最初から排水、換気、運搬、道具、記録まで含めて、一つの仕組みとして試す。


 うまくいけば既存の山へ広げ、悪ければ直す。


 それでも駄目なら捨てる。


 採れた鉄は阿蘇の中で農具や工具、建築、兵具へ回し、いずれは鉄砲にも使う。余れば外へ売るが、作り方までは売らない。


 惟種は座敷を出る前に、もう一度山の地図を見た。


 今はまだ、木が生え、獣が歩き、炭焼きや猟師が入るだけの山だ。


 だが、その下には鉄がある。


 やがて人が集まり、道ができ、木が組まれ、鞴が動く。坑道へ風が送られ、水が抜かれ、鉱石が運び出され、炉で鉄となり、鍛冶場で形を変える。


 それが田を耕し、道を作り、兵を強くする。


 そして余った鉄が外へ流れれば、今度は銭となって戻ってくる。


(山が、そのまま一つの仕事場になる)


 戦国の山師が、ただ穴を掘るだけの山ではない。


 水の逃げ道と風の通り道が決められ、用途ごとに道具が分けられ、誰が何をしたのかまで記録される。


 同じ失敗を繰り返さない山。


 惟種は小さく笑った。


 未来の形は知っている。


 ならば、あとはこの時代の材料と人間で、そこまで届けばいい。


 外へ出ると、阿蘇の山々は夕日に染まっていた。


 赤。


 黄。


 褐。


 美しい。


 だが惟種には、その色のさらに下に眠る鉄の方が、少しだけ眩しく見えていた。

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同作者の別連載
『異世界エンゲージ ~毎日のパック開封でカード使いは帰還を目指す~』
こちらも覗いていただけると嬉しいです。

― 新着の感想 ―
 面白いです。わざとか誤用か分からない違和感のある文章が所々にありましたが、先が気になって読み進めたくなります。  この回では「ガラス」と言う言葉を使いましたが、玻璃に統一した方が雰囲気が良いと思い…
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