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火の山の若君は、未来を夢に見る ~阿蘇家嫡流の若君、名臣甲斐宗運と乱世を切り拓く~  作者: アトラス


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第百九十四話 京土産の茶

 宗運の説教は、六刻に及んだ。


 詳しい中身は、語るまい。


 ただ、惟種は終わった時、少し魂が抜けていた。


 従二位。

 改元。

 塚原卜伝。

 公方様との剣の兄弟。


 そして、今度は阿蘇でお話ししましょう、という不用意な約。


 宗運は、怒鳴らなかった。


 怒鳴らなかったからこそ、怖かった。


 静かに。

 丁寧に。

 一つずつ。


 逃げ道を塞ぐように。


 説かれた。


 惟種は、その後、よろよろと加世のもとへ向かった。


     ◇ 


「加世」


「はい」


「鬼がいた」


「まあ」


「妖怪がいた」


「まあまあ」


「宗運がいた」


 加世は、少しだけ笑った。


「宗運様は、人にございますよ」


「人は六刻も説教しない」


「されるだけのことを、なさったのではありませんか」


 惟種は言葉に詰まった。


 反論できなかった。


 加世は、京土産の茶を淹れてくれた。


 香りがよい。


 悔しいが、京の茶はうまい。


 惟種は湯呑を両手で持った。


「京は嫌いだ」


「お茶はおいしいですね」


「そこがまた腹立たしい」


 加世は柔らかく笑った。


     ◇


 惟種は、京でのことをぽつぽつ話した。


 善光寺の座。

 武田晴信。

 長尾景虎。

 公方様。

 塚原卜伝。

 烏丸光康。

 従二位。

 改元の気配。


 話せば話すほど、加世の目が少しずつ丸くなった。


「また、たくさん背負って帰られたのですね」


「背負うつもりはなかった」


「でも、背負ってお帰りになりました」


「そうなのだ」


 惟種は茶を飲んだ。


 温かい。


 体に染みる。


「宗運は怒って当然か」


「政の細かなことは、私には分かりませぬ」


 加世は静かに言った。


「けれど、宗運様が大層お忙しかったことは分かります」


「そんなにか」


「はい」


 加世は頷いた。


「夜遅くまで灯が消えませんでした。義久様がお手伝いに入られるまでは、ほとんどお休みになっていないようでした」


「義久殿にも苦労をかけたか」


「御父上にも、何度も決裁を仰いでおられました。文を抱えて、蔵へ、評定へ、学び所へ、寺社へと」


「そうか」


 惟種は湯呑を見つめた。


 茶の表面が、少し揺れていた。


「宗運は、わしの留守を守ってくれたのだな」


「はい」


「怒るはずだ」


「でも、若様がお戻りになって、少し安心されたと思います」


「満面の笑みだったぞ」


「あれは、安心でしょうか」


「違うと思う」


 加世はまた笑った。


     ◇


 しばらく、二人で茶を飲んだ。


 京の話は面倒だった。


 だが、こうして阿蘇で茶を飲むと、ようやく帰ってきた気がした。


「加世」


「はい」


「京は、もう行きたくない」


「では、次はどなたかを立てねばなりませんね」


「そうする。絶対にそうする」


「宗運様も、きっとそう申されます」


「もう申された」


「でしょうね」


 惟種は、深く息を吐いた。


 六刻の説教は堪えた。


 だが、宗運がいなければ、阿蘇は回らない。


 惟種が外で荷を拾ってくる。


 宗運がそれを帳に落とす。


 道にし、蔵にし、役にし、人に渡す。


 それでようやく、阿蘇の政になる。


「宗運あってのわしだな」


 惟種は、小さく言った。


 加世は静かに頷いた。


「はい」


「ならば、わしも頑張るか」


「まずは、お休みください」


「それも頑張るうちか」


「はい。大事な務めです」


 惟種は苦笑した。


 京土産の茶を、もう一口飲む。


 温かかった。


 阿蘇の館は、やはり落ち着く。


 宗運の説教は怖い。


 だが、それも含めて、帰ってきたのだと思えた。


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同作者の別連載
『異世界エンゲージ ~毎日のパック開封でカード使いは帰還を目指す~』
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