第十三話 若君の玻璃、家の財を変える
それから、さらに一月ほどが過ぎた。
阿蘇の館は。
忙しくなっていた。
門前へ入る荷が増え。
馬が増え。
人が増えた。
水飴は。
もう惟種が口を出さずとも回っている。
一包、五文。
決して安くはない。
それでも。
珍しい甘味として。
よく売れていた。
そして。
今。
阿蘇家中をもっとも騒がせているものは。
水飴ではなかった。
玻璃だった。
◇
あれから一月。
玻璃の出来は。
少しずつ良くなっていた。
まだ器を作るには難しい。
小さな器も試してはいるが。
売り物になるほどではない。
それでも。
玉。
小さな飾り。
それなら。
もう人へ見せられる。
宗運は。
それを門前へ並べなかった。
数が少ない。
なら。
安く広く売る必要はない。
縁のある商人へ。
少量だけ渡した。
その中には。
京へ向かう者もいた。
そして。
戻りが来た。
◇
「惟種」
「はい」
呼ばれて入った部屋には。
惟豊と宗運がいた。
机の上には。
玻璃玉。
小さな飾り。
そして。
書付。
「売れた」
惟豊が言った。
「はい」
「思った以上にな」
惟種の口元が緩む。
(よし)
宗運が書付を見る。
「最初に渡した分が、すべて売れました」
「いくらになった」
惟豊が問う。
宗運は。
淡々と答えた。
「十二貫六百文にございます」
「…………」
惟豊が黙った。
惟種も。
一瞬だけ黙った。
(結構いったな)
「十二貫?」
「六百文を加えて、十二貫六百文にございます」
「これだけでか」
惟豊が机を見る。
そこにあるのは。
掌にいくつも乗るほどの玉と。
小さな飾りだけだ。
「はい」
宗運が答える。
「出来の粗い玉で百文ほど」
「百文」
「出来のよいものなら三百文。上物は五百文でも買い手がつきました」
「五百……」
惟豊が一つ摘まむ。
「この小さな玉が?」
「はい」
「水飴なら」
惟種が言った。
「百包にございます」
惟豊の手が止まる。
「一つでか」
「上物なら」
「…………」
惟豊は。
玻璃玉を光へかざした。
淡い光が。
玉の中で揺れた。
「恐ろしい商いだな」
「まだございます」
宗運が言った。
「まだ?」
「特に出来のよかった一つには」
書付へ目を落とす。
「一貫でも欲しい、と申した者がおりまする」
「一貫?」
「はい」
今度こそ。
惟豊が玻璃玉を見つめた。
一貫。
水飴なら。
二百包。
小さな玉一つで。
それだけの銭になる。
「珍しいからか」
「それもございます」
「それだけではない?」
「はい」
宗運が答える。
「また欲しい、と」
「ほう」
「追加があれば見せてほしいと申す商人が、すでにおりまする」
惟豊の目が変わった。
一度だけなら。
珍品で終わる。
だが。
次を求める者がいる。
それは。
商いになるということだ。
「京へ持っていったものもか」
「はい」
「値がついた?」
「つきました」
惟豊は玻璃玉を机へ戻す。
「面白いな」
宗運が続ける。
「阿蘇で作ったと申したところ、それも受けがよかったようにございます」
「阿蘇が?」
「火の山より生まれた玉、と見る者もおったとか」
惟豊が笑う。
「勝手なものだ」
「商人とは、そういうものでございましょう」
惟種も笑った。
だが。
悪くない。
ただの玻璃ではなく。
阿蘇の玻璃。
そう見られるなら。
それは武器になる。
◇
「惟種」
「はい」
「そなたは、最初からこれを狙っておったのか」
「高く売れるとは思っておりました」
「水飴より?」
「はい」
惟種は即答する。
「水飴は広く売るものにございます」
「うむ」
「玻璃は、高く売る」
宗運が頷いた。
「同じ商いではない、と」
「はい」
「水飴は門前へ人を呼ぶ。玻璃は外から銭を呼ぶ」
惟豊は。
その言葉を考えた。
「なるほど」
宗運が机の書付へ目を落とす。
「さらに申せば、水飴は作れば作るほど麦を使いまする」
「うむ」
「玻璃も材料は要りますが、値が違う」
「少ない量でも利が出るか」
「はい」
宗運はそこで。
静かに惟種を見た。
「これは、一大事業のひとつとして着手すべきにございます」
惟種は。
息を止めた。
そこまで言うか。
だが。
宗運の顔は真剣だった。
「それほどか」
惟豊が問う。
「それほどにございます」
宗運は迷わない。
「今は玉と飾りだけ」
「うむ」
「ですが、技が上がれば」
宗運が玻璃を見る。
「もっと大きなものも作れましょう」
惟種が頷いた。
「小瓶」
「はい」
「器も」
「いずれは」
惟豊が二人を見る。
「器か」
「作れるようになります」
惟種は言い切った。
「今はまだ無理です」
「今は?」
「はい」
「いつかは出来る、と」
「出来るようにします」
惟豊は。
しばらく惟種を見たあと。
小さく息を吐いた。
「五つの子が言うことではないな」
(まあ、それはそうだ)
惟種は黙っておいた。
◇
「宗運」
「は」
「どう育てる」
「まずは工房を固めまする」
「光永か」
「はい。水飴と玻璃の作り場を預けております」
「若いな」
「されど、記録を怠りませぬ」
宗運は淡々と答える。
「作るのは職人。光永には、人と材料、手順を見させます」
「よかろう」
「売り先は絞ります」
「なぜだ」
惟種が答えた。
「数がないからです」
「それだけか」
「珍しいものを、どこにでも置けば珍しくなくなります」
惟豊が。
じっと惟種を見る。
「それも夢で見たか」
「……そのようなものにございます」
「便利な夢だな」
「便利にございます」
宗運の口元が動いた。
「ならば、作れるだけ作っても売らぬのか」
惟豊が問う。
「はい」
惟種は答えた。
「売れるのに?」
「売れるからです」
「…………」
「安くして数を出すより、高く買う者へ少しずつ売る方がよいです」
惟豊が。
今度は宗運を見る。
「どう思う」
「同意にございます」
「即答か」
「値を崩す理由がございませぬ」
宗運が話を続ける。
「まずは値を出す相手へ」
「どこだ」
「京。寺社。国衆。商人」
そこで。
一度言葉を切る。
「贈答にも使えまする」
「贈り物か」
「銭で売るだけが利ではございませぬ」
惟豊が頷く。
珍しい品を贈る。
それだけで。
人の記憶に残る。
「よい」
惟豊は決めた。
「玻璃は、家の仕事として扱え」
「は」
「必要な職人を寄せよ」
「承知いたしました」
「ただし」
惟豊の目が宗運へ向く。
「雑に広げるな」
「心得ております」
「技を守れ」
「は」
それから。
惟種を見る。
「惟種」
「はい」
「そなたも勝手に次を増やすな」
「…………はい」
「また間を置いたな」
「気のせいにございます」
惟豊が鼻で笑った。
◇
話が終わり。
惟種は机の玻璃玉を見る。
小さい。
まだ濁っている。
これだけ見れば。
大したものではない。
だが。
これが。
百文になる。
三百文になる。
出来がよければ。
五百文。
さらに上なら。
一貫でも欲しい者がいる。
(ぼろいな)
そう思い。
惟種はすぐに首を振った。
(いや、今だけだ)
珍しいから高い。
作る者が増えれば。
値は落ちる。
なら。
今のうちに。
稼げるだけ稼ぐ。
そして。
その銭で。
次を育てる。
炉。
職人。
道。
商い。
さらに。
その先。
瓶。
器。
薬を入れる小瓶。
透明な板。
鏡。
眼鏡。
今すぐには無理でも。
その先にあるものを。
惟種は知っている。
もっと透明に。
もっと薄く。
もっと大きく。
(育つぞ、これは)
宗運の言う通りだ。
一大事業になる。
いや。
しなければならない。
「若君」
「何だ、宗運」
「玻璃は育てまする」
「うむ」
「阿蘇の柱の一つとなるように」
惟種は。
ゆっくり頷いた。
「頼む」
十二貫六百文。
まだ。
家を富ませるには小さい。
だが。
これは。
たった一度の売りで得た銭だ。
小さな玻璃玉が。
今まで阿蘇になかった。
新しい財の道を。
確かに開き始めていた。




