第百九話 渡りを噛む
岩尾の戦は、城を守る戦ではなかった。
渡りを、誰に踏ませるか。
誰を、そこで止めるか。
その一点で、勝ちも負けも決まる。
天文十八年(一五四九年)六月。
岩尾の城は、三方を深い谷に守られていた。
北。
西。
南。
五老ヶ滝川――轟川の流れが、城下を深く穿っている。
川音は絶えぬ。
されど、その音があるがゆえに、かえってこの城の険しさもまたよく知れた。
敵六千が城や浜の館へ迫るには、どうしてもこの川を渡らねばならぬ。
坂を登るにも、兵を広げるにも、まずは水を越えるよりほかない。
ゆえに岩尾の戦とは、城の前で戦うように見えて、その実、渡りを巡る戦であった。
惟豊は、その谷を見下ろしていた。
脇にあるのは、新納忠元。
島津より来た五百を率いる将である。
忠元が阿蘇へ兵を率いて来るのは、これが初めてではない。
以前、蒲池との戦で一度、援けに入っている。
此度で二度目であった。
惟豊とも、すでに見知った仲である。
野を見、山を見、人の崩れ方をすでに知っている顔であった。
谷の底には、浅瀬がある。
水の深いところばかりではない。
人と馬が渡れるところが、いくつか筋になって見えていた。
忠元が、低く言った。
「ここを渡らねば、敵は上がれませぬな」
「上がれぬ」
惟豊が答えた。
「されど、渡らせぬと決めてかかれば、向こうもまたそこへ兵を積む」
忠元は頷く。
戸次鑑連。
吉弘鑑理。
臼杵鑑速。
いずれも、ただ血気だけで兵を進める将ではない。
義鎮が無理やり家中を押しまとめて出した軍とはいえ、前にあるのは六千である。
雑には見てこぬ。
「奇襲にございますか」
忠元が言った。
「夜のうちに一つ突けば、敵も渋りましょう」
惟豊は、しばし谷を見ていた。
「決めに行くなら、籠る方が早い」
そう言った。
「岩尾は堅い。無理に野へ出て、こちらから足を崩す要はない」
「左様にございますな」
「奇襲で勝ち切る戦ではない。持つ戦だ」
忠元は、その言葉をそのまま受けた。
惟豊は、こういうところで見栄を張らぬ。
勝てる形と、持つべき形を分ける。
しかも、持つと決めたなら、無駄に血を流さぬ。
だが、その惟豊が、そこでさらに言った。
「ただし」
忠元が目を向ける。
「好きにさせるわけにはいかぬ」
その一言で、話の芯が決まった。
大友勢がここまで来た以上、城を囲むだけでは済むまい。
刈田。
放火。
乱妨取り。
村を荒らし、田を踏み、民を脅し、城の中を苛立たせる。
そうして守る側の腹を揺らすのが、こういう時の常であった。
「民は」
忠元が問う。
「逃がす」
惟豊は答えた。
「三和へ。牛馬も、持てるものは持たせよ」
「間に合いますか」
「間に合わせる」
その声は低かったが、迷いはない。
「敵に刈らせぬためではない。民を生かすためだ。田はまた作れる。人は戻らぬ」
忠元は、小さく頭を下げた。
島津にもまた、そういう理はある。
城を守るとは、石を守ることではない。
その城へ逃げ込む者どもを守ることである。
惟豊が、谷筋の浅瀬を指した。
「勝負をするなら、ここだ」
深い谷の底。
後の世なら橋でも架かろうというほどの、切れた筋であった。
だが今は、橋はない。
あるのは、渡れる水と、渡った後に登らねばならぬ坂だけである。
「川の中で足は乱れる。渡り切っても、今度は登りで詰まる」
惟豊は言った。
「そこを上から打つ」
忠元の目が細くなった。
それで勝ち切るつもりはない。
だが、敵の鼻は折れる。
民を入れる時も稼げる。
「阿蘇勢二千」
惟豊が、ゆっくりと言葉を置く。
「うち千は、わしが持つ」
忠元が顔を上げる。
「御自ら、にございますか」
「見せねば、向こうは掛からぬ」
惟豊の声は平らであった。
「旗を見せる。兵を見せる。ここで受けると思わせる」
忠元は、その意をすぐに取った。
「囮にございますな」
「そうだ」
「川際まで出ますか」
「出すぎぬ」
惟豊は答えた。
「渡りを前に見えるところで受ける。向こうに、あそこが本線だ、と思わせれば足りる」
忠元は深く頷いた。
惟豊が槍先そのものへ出る必要はない。
むしろ、出すぎれば危うい。
だが旗が見え、惟豊本隊がここで受けると敵に思わせることは要る。
それで、六千の目を谷底へ引きつけるのである。
「残る千は」
「高みだ」
惟豊は言った。
「谷を見下ろすところへ置く。鉄砲を芯に、弓も交えろ。石も用意させよ」
「渡河の半ばを撃つ、ということにございますな」
「半ばと、渡り切って登るところだ」
惟豊は言った。
「川の中で乱れ、坂で詰まる。そこへ雨のように落とす」
忠元が、わずかに息を吐いた。
深い谷。
浅瀬。
登り。
そして上からの鉄砲。
敵六千といえど、これを好きに越えるのは容易ではない。
「拙者どもは」
忠元が問う。
「忠元殿は五百を伏せよ」
惟豊は即座に言った。
「渡り切って息の揃わぬ先頭へ噛め。あるいは、渡りの半ばで止まったところの横腹でもよい」
「正面ではなく」
「正面から六千を止める戦ではない」
惟豊が答えた。
「乱れたところへ入れ。短く、深く、噛んで戻れ」
忠元の口元が、わずかに締まった。
島津の兵は、そういう仕事を嫌わぬ。
数で押し合うより、敵の崩れた一角へ鋭く入る方が、むしろ性に合う。
「承りました」
「敵を皆沈める要はない。渡りを嫌がらせ、時を稼げばよい。さすれば惟種の兵が戻る」
「左様にございます」
忠元は答えた。
「勝つための野戦ではございませぬな」
「民を入れるための一当てだ」
その言葉で、座の骨が定まった。
◇
その日のうちに、城下は動き始めた。
村々へ触れが走る。
三和へ逃げよ。
牛を曳け。
米を背負え。
子を連れ、年寄りを支え、持てるものだけ持って急げ。
城門の内では、人の声が絶えぬ。
泣く子の声もある。
牛馬の鳴きもある。
戸板を担ぐ者、俵を引く者、水を運ぶ者。
皆が皆、戦のためでなく、生き残るために走っていた。
惟豊は、その流れを見た。
遅い。
だが、遅いと責めても足は速くならぬ。
要るのは責める声ではなく、時間であった。
ゆえに一度、囮となる。
敵に好きに渡らせず、好きに村を荒らさせず、その間に人を入れる。
それで十分であった。
城の高みには、鉄砲が運ばれる。
火薬。
弾。
弓。
矢束。
石。
谷を見下ろすところへ、黙々と積み上げられていく。
阿蘇家の千は、そこへ散った。
鉄砲を芯に置く。
だが鉄砲だけではない。
撃ち終えた間を埋める弓。
詰まったところへ落とす石。
谷底の狭さを使い、数の差を殺すための備えであった。
新納忠元の五百は、さらに目立たぬところへ引いた。
見えぬ。
だが近い。
見えぬがゆえに、敵の先頭が最も苦しいところへ噛める。
惟豊の千は、あえて見えるところへ置かれた。
旗を立てる。
列を見せる。
川を前に、ここで受けるぞと見せる。
敵にとっては、あれが本線に見えるはずであった。
忠元が、惟豊の旗を見て言った。
「敵は、食いつきますかな」
「食いつかせるために手を打つ」
惟豊が答えた。
「六千もおれば、押せば割れると思う者も多かろう」
「士気は高くないと聞きます」
「高くない軍ほど、勝てる形には飛びつく」
惟豊は言った。
「負ける気で出て来たわけではないからな」
忠元は、その理に深く頷いた。
大友勢は六千。
本来なら一万を動かせる家である。
されど義鎮は、家中を無理やり束ねて出てきた。
ゆえに兵は多くとも、腹は一つではない。
そういう軍ほど、目の前に分かりやすい勝ち筋が見えると、そこへ乗りたがる。
惟豊の千は、そのための餌であった。
あとは、大友がそこへ食いつくのを待つだけである。




