第十三話
「……で? 結局、振られたんだろ」
雪解け水が小川を賑わせる朝、いつものように待ち合わせたリーヴァイは開口一番にそう言った。彼は並んで歩くコーデリアの顔を覗き込みもせず、「予想通りだ」と言いたげな鼻につくほど涼しい顔をしている。
「……なんで、あなたがそんなこと知っているのよ」
「昨日、館の裏庭で四人で大騒ぎしてただろ。君たちの泣き言と喚き声は塀を突き抜けて、なんなら墓場の死人たちにまで届いていたよ。おかげで僕の墓掃除の時間は台無しだ」
リーヴァイは手折った枝を指の間でくるくる回しながら、思案するようにどこか遠い空を見ている。その沈黙がお説教の前置きだということを、コーデリアはもうなんとなく知っていた。
「言っていいかな、コーデリア」
「どうせ止めても言うでしょう」
「軽々しく代筆なんかするべきじゃなかったよ」
リーヴァイは手にしていた枝を地面に投げ捨て、ポケットに手を突っ込んだ。その足取りは迷いなく、淡々と正論を刻んでいく。
「君がどれだけ綺麗な文章を書いたところで、それは君の頭の中にあるものであって、ミリエルの言葉じゃない。会って話せばいずれボロが出る。そんなの、最初から分かっていたことじゃないか」
「でも、ミリエルが一生懸命だったから……。わたしの言葉が、彼女の勇気になればいいと思ったの」
「一生懸命ならなんで自分で書かなかった? 受け取った側からすれば、中身のない綺麗な箱を渡されたようなものだ。開けてみたら空っぽだったなんて、そりゃ男だって逃げ出すよ」
コーデリアはぐうの音も出ないほど打ちのめされ、唇を噛んで俯いた。道端のレンギョウの黄色だけが、ひどく眩しく目に映る。
「君は良かれと思ってやったんだろうけど、結果が答えだ。頼まれたから書いた、それだけのことで君の言葉が安っぽい感傷に使い捨てられた。自分で惨めじゃないのか。代筆なんて二度とするもんじゃないよ」
「……何よ、そんなこと。わたしだって分かってるし、後悔もしてる。あの子を傷つけたって……。でも、あなたにそこまで言われる筋合いはないわ!」
コーデリアは我慢できずに声を荒らげた。リーヴァイは足を止め、面倒そうに眉を寄せる。
「筋合い? 毎日君を送り迎えして、君の代筆業の自慢話から、その結末の泣き言まで付き合わされている僕にそれを言うのか」
「それは……あなたが勝手に迎えに来ているんでしょう! 迎えに来いなんて、わたしが一度でも頼んだ?」
「そうだね。勝手に来ている僕が馬鹿だったよ。他人の人間関係をかき乱して悦に浸っている君には、何を言っても無駄だった。現実を見ろと言ったのがそんなに気に食わなかったか」
「悦に浸ってなんていないわ。わたしはただ、あの子の力になりたかっただけ……。あなたの正論は、いつだって人を傷つけるわね。もういいわ、今日は一人で行く!」
コーデリアは彼を追い越すようにして、足早に歩き出した。背後でリーヴァイが追いかけてくる気配はない。いつもならどれだけ言い合いになっても最後には横に並んでくる彼が、今日は動こうともしなかった。
一人で歩く道は、雪解けの泥が跳ねて歩きにくい。足元の影は激しい怒りとそれ以上に深い心細さを映し出し、悲鳴を上げるように地面を波打っていた。
◆
あの日、コーデリアは怒っていた。怒りというのは体を温めて、足を速めて、涙より先にやって来る。だから一人で歩いたって平気だと、そう思っていた。
なのに道の半ばまで来たとき、横にいるはずの気配がないことに気がついて、急に足が重くなった。リーヴァイの言葉が癪で腹立たしくて、それでもあの声が隣にないというだけで道はひどく静かだった。
「……コーデリア、また食事を残しましたね」
エレンが心配そうにコーデリアを見やり、手つかずのスープをトレイに乗せた。食堂の窓の外は春の嵐を予感させるような不気味な風が吹き荒れている。
「お腹が空かないの、エレン。……ごめんなさい」
コーデリアは力なく首を振り、沈んだ心に呼応するようにドロリと影が形を崩した。不気味な蔓のようなものがテーブルの脚に這い寄り、嫌な音を立てて木肌を削る。
「影が……」
エレンが息を呑んだ。近頃のコーデリアの影は、まるで猛獣が苛立っているかのように凶暴で不安定だった。かつてはリーヴァイが吐き出す鋭い現実が杭となって、この影を地面に繋ぎ止めていたのだと、エレンは痛いほど理解していた。
「エレン、下がっていてくれ」
向かい側の席で食事をとっていたヴェスパー卿がフォークを置いて立ち上がった。彼はコーデリアの隣まで歩み寄ると、足元で暴れる真っ黒な影を一瞥し、静かに彼女の隣へ腰を下ろした。
「おじ様……」
「……あの子が来なくなっただけで、君の影がこれほど荒れるとはな」
ヴェスパー卿は、娘同然に慈しんできたコーデリアの青ざめた顔を痛ましげに見つめた。彼はリーヴァイのことを生まれた時から知っている。あの子の冷徹なまでの正論も、その裏にある誰よりも実直な責任感も、すべてを信頼してコーデリアの隣を任せてきたのだ。
「あの子の言葉は君にとって薬のようなものだったんだ。苦すぎることもあるだろうが、それが君を現実につなぎとめていた」
「……でも、あんなに、ひどいこと言わなくてもいいのに。代筆なんて都合よく使い捨てられただけだって、みじめだって……」
「あの子は君の才能が、他人の都合で扱われるのが我慢ならなかったのだろう。リーヴァイは不器用だからああいう言い方になる。だがコーデリア、あの子が言ったことを間違いだと思ったか」
「…………」
「耳に心地よい言葉だけを聞いていては人は足元を見失う。それが分かる日が来る。それまでは大事にしておくといい。あれだけ遠慮なく言える人間がそばにいるのは悪いことじゃない」
ヴェスパー卿は大きな手でコーデリアの震える肩を包み込んだ。その温もりは、リーヴァイがいつも隣で分け与えてくれた、あの厳しいけれど確かな体温を思い出させた。
「心配はいらない。あの子も君のいない景色にはすぐに耐えられなくなる。……コーデリア、君も仲直りの言葉を、代筆ではなく自分の心で探してみなさい」




