第十二話
「へえ、恋文の代筆? 随分と高尚な商売を始めたんだね」
「商売じゃないわよ、友達のお願いよ。ミリエルがどうしてもって、まるで世界の命運でもかかっているみたいな顔で言うから」
「で、相手は誰だ?」
リーヴァイは歩調を緩めないまま、橋の上から川に向かって小石を投げた。ラブレターのことを話してからと言うもの、彼は吐き出す息と一緒に刺々しい言葉を霧の中に散らしている。
「知らないわ。ミリエルは秘密にするって」
「ふうん」
もう一つ、石が霧の中へ消えていく。
「誰にしろ、偽物の言葉で始めたら後で困るだけだ。僕なら嫌だな。手紙を貰うたびに『これ誰の文章だ?』って考えるの」
「あなたはひねくれているのよ。もっと素直に、言葉の美しさを受け取ればいいじゃない」
「現実的と言ってくれ」
リーヴァイは吐き捨てるように言ったが、コーデリアには彼がむしろ恋というものに対してひどく潔癖で、高尚な理想を抱いているように見えた。
待たせたことを怒っているのか、それとも別の何かなのか。彼の機嫌は一向に治る気配がなく、霧の中でその背中はいっそう頑なに見える。
「……じゃあさ、僕が同じこと頼んだら書いてくれる?」
「え?」
「僕の恋文も、君が書いてくれるのか?」
「……何、この人。変なことばっかり言うわ」
コーデリアは呆れて、思わず一歩後ろに下がった。リーヴァイが誰かに想いを寄せるなんて想像もつかないし、ましてやその恋文を自分が代筆するなんて、冗談にしては悪趣味すぎる。
「……書かないわ。あなたのラブレターなんて絶対に」
「どうして。君の美しい言葉とやらを、僕も一度拝ませてほしいんだけど」
リーヴァイが追い詰めるように一歩踏み込んでくる。その視線に、コーデリアの足元の影が波打った。
ミリエルの手紙にはあんなに言葉が溢れたのに、今、リーヴァイに向かって紡げる「本物の言葉」を、自分は一文字も持っていない。
「あなたの言葉は、あなたが書くべきよ。……さっき自分で言ったじゃない、借り物の声で始めたら後で困るって。お説教した直後によくそんな変なことが聞けるわね」
「僕の理屈をそのまま僕に返すのか。君は本当に可愛げがないね」
リーヴァイは力を抜いて薄く笑った。その笑顔はいつもの皮肉たっぷりなものとは違い、霧に濡れてひどく寂しそうに見えた。
「ああ、分かったよ。僕の負けだ。せいぜい自分の言葉で頭を抱えることにするよ。どうしても伝えなきゃいけない相手ができた時はね」
そう言ってまた歩き出す彼の背中を追いかけながら、コーデリアは溜息をついた。意地悪を言ったり、説教をしたり、かと思えば急に突き放すような寂しい顔をしたり。
それなのに、冷たい霧の日も雨の日も、欠かさず館まで迎えに来ては、門の向こうまで送り届けてくれる。彼の行動の辻褄が合わなくて、コーデリアの頭の中は解けないパズルのようにこんがらがっていた。
それから季節は足早に過ぎ、ミスト・ヴァレーに冬の足音が聞こえ始めた頃。
教室の窓に霜が降りるような寒い朝、ミリエルが頬を林檎のように真っ赤にして、コーデリアのもとに飛び込んできた。
「コーデリア! 約束通り、あなたに一番に伝えに来たわ。成功よ! 彼、あんなに情熱的で綺麗な手紙は初めてだって、読みながら震えちゃったんですって。昨日、枯れ枝の並木道で『恋人になってほしい』って言われたわ!」
その瞬間、教室中が「きゃあ!」という砂糖菓子をばら撒いたような甘い歓声に包まれた。女の子たちが次々と席を立ち、ミリエルを祝福の輪で囲む。そしてその視線は、すぐに机の端で目を丸くしていたコーデリアへと注がれた。
「聞いたわよ、コーデリア。あなたが書いたんですって?」
「愛のキューピッドね、ミスト・ヴァレーの小さな恋の魔女さん!」
その日のランチタイムはまさに熱狂の渦だった。窓ガラスにびっしり付いていた真っ白な霜が、彼女たちの放つお喋りの熱気でみるみるうちに溶け、雫となって滑り落ちていく。
「コーデリア、本当に、本当にありがとう! あなたがいなければ、私、一生遠くから眺めているだけだったわ。あんなに素敵な言葉を私に貸してくれて……私、今、世界で一番幸せ!」
ミリエルに何度も両手をぎゅっと握られ、キラキラした瞳で見つめられるたびに、コーデリアの心には甘酸っぱいジャムを煮詰めたような熱が灯っていた。自分の紡いだ言葉が凍えた勇気を溶かし、世界をばら色に塗り替えてしまう。
「おめでとう、ミリエル。あなたの幸せな顔が見られて、わたしも嬉しいわ」
心からの祝福だった。けれどふと窓の外、遠く霞む景色を見つめたとき、昨日のリーヴァイの鋭い横顔が脳裏をよぎる。
『偽物の言葉で始めたら、後で困るだけだ』
しかしコーデリアは小さく首を振って、思考の隅に彼を追い遣った。ミリエルの恋は偽物じゃない。コーデリアの綴った言葉という小さな灯火を借りて、彼女自身の本物の恋がようやく真っ直ぐに歩き出しただけなのだから。
「ねえ見て、彼からの返事! 押し花が添えてあったのよ」
「まあ、ロマンチックねえ」
外は刺すような冬の空気なのに、この場所だけは春の陽だまりのようだった。ロザリーが「春になったら、四人でダブル……いえ、クアドラブルデートね」なんて気の早い未来予想図を広げれば、ベアトリスが「その前に予定立てる相手がいるの?」と呆れ顔で鋭く口を挟む。
「ねえ、コーデリアも早く好きな人を見つけてよ。こんなに素敵な言葉を紡げるんだもの、自分を一番幸せにするために使わなきゃ損だわ!」
「わたしは、まだそんな……」
ミリエルにウインクされ、コーデリアは苺のように頬を染めて口ごもった。誰かが持ち寄ったベリーのタルトの甘い香りの中で、「愛の魔術師」として祭り上げられたコーデリアは、くすぐったいような誇らしさに包まれていた。




