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聴覚か認識か、それが問題だ

 近頃、空耳が酷いのです。聴覚のせいなのか注意力の問題なのかは不明ですが……。


 例えば「さんだん」。「散弾銃を奪って」が「産卵銃を穿って」に聞こえて、「えっ、産卵……銃? 何を穿つって?」となる。これは完全に聞き間違いの例なのですが、それだけじゃありません。

 そもそも、聞こえた言葉を脳内で文字として認識することが偶にあるのですけど、「第三弾!」と聞こえたものを「大算段!」と、脳内誤植してしまったりするのです。話の前後の繋がりを考えれば、間違えようがないと言うのに……。


 これが騒がしい場所だったり寝起きだったりと、状況的に納得がいくような場面ならまだしも、特にそんな場面じゃなくても起こるので困っちゃいます。「老化現象か……しょんぼりだぜ……」なんて思っていたのですが、よく考えてみたら以前からからこの傾向はあった気がします。少なくとも、空耳に関しては子供の頃からやらかしていました。


 それと関係があるのかは謎ですが、実は「歌詞のある歌」の認識も苦手なのです。メロディを追っている間は、殆ど歌詞を認識してません。人の声は音として聴こえてはいますが、言葉として捉えていないのだと思います。なので、折角の「歌詞の良さ」は文字で見るまでほぼ理解しておらず、「声」という楽器を含めた曲に感動があるだけなのです。


 けど、不思議なことに、心の琴線に触れる言葉はちゃんと拾えるのですよね。例えば「貸した金返せ」「日本の米」「御隠居さん」など……他にも結構あるのですが、それらの大半が、「何でこれが拾えるんだよ!」とセルフツッコミを入れたくなる言葉なのです。シリアスな曲調であるほど、この傾向は顕著になる気がします。

 もしかしてこれらの語句は、脳内で「絶対に聞き逃してはいけない最重要語句」にでも分類されているのでしょうか。もっと重要な言葉は沢山ある筈なのに。


 そんな訳で、今日も今日とて、折角の歌詞を理解しないまま素敵な曲を聴いているのです。

 歌詞が解らなくても、音楽が心を癒してくれることは間違いありませんから。

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