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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第5章 一騎討ち

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81 魔王と参謀

 〜憩休殿〜


 魔王ジランは、執務を行う正殿で、空間に映写された球形の世界地図を見つめていた。

 傍に、魔王親衛隊第四部隊総督の魔女シレンサが、小さな染みのように這いつくばっている。

 映し出されたのは、この世界の全図である。


 拡大すれば地形も、建物も、生物も、現在の時刻の状態や動きが全て見られる。

 魔王軍が、世界最強を維持する秘密の一つだ。

 執務室の戸口に立っていたガギョクが声をあげる。


「大参謀ダキラ様がお見えです」

「来たか。待っていた。通せ」

「承知しました」


 ガギョクは答えると、そのまま動かなかった。

 ガギョクの横を通り過ぎ、白い肌に黒い角、赤い瞳をした魔王軍の耳と呼ばれるダキラが入ってきた。


「陛下、お呼びにより参上いたしました」

「うむ。立て」

「ありがとうございます」


 ダキラは、世界を統べる魔王に対して、当然のように膝をついていた。

 魔王はダキラが立ち上がるかどうかも確認せず、映し出された世界地図に視線を戻していた。


「現在、最も多くの人族を殺さなければならない国はどこだ?」

「……珍しいことをお尋ねですね。魔王様が、人族の動向など求めるとは」

「人族も、この世界を構成する要素であることは変わりない。常に気を砕いている。だが、考慮する必要があることは稀だがな」


 魔王の言葉に、ダキラは頷いた。

 空間に表示されている世界の立体地図に歩み寄る。


「それならば、西方諸国でしょう。東方の大平原は、トボルソ王国の近隣に大型の魔物が住んで守っているために、戦争全般が少なくなっています。南方の密林地帯は、人族の数は少ないですし、北方には第四魔親王国を建国したばかりです。西方諸国なら、地形的に人族も亜人族も住みやすく、変化に富んでいますし、何より魔法が文明として発達しています。常に争いには事欠きません。そう言えば……陛下が火山活動を抑え込んだのを勘違いして、陛下を祭り上げようとした国も西方でしたね。魔王軍の新兵に王家の娘をさらわせて、急造した塔に閉じ込めさせました。かの国では勇者召喚の動きがありますが、滅ぼしますか?」


 魔王軍の新兵というのは、新しく魔王軍に入った魔族という意味だ。

 魔族は寿命を持たず、若いという前提は成立しない。

 ただ一つ言えるのは、標高二万メートルにある魔王城まで、麓から徒歩で到達できる力を持っているということである。


「召喚された異世界人など、捨て置いて構わん。無視できないのは、神どもが直接遣わした勇者だけだ。神どもがどんな恩恵を与えているのかわからんし、なにしろ兆候が掴めん。トボルソにあわられた勇者も、朕の親衛隊を誤って殺したのでなければ、把握できないところであった。それに、魔王軍の新兵を使ったのは、その兵を試すためであろう。役割を掠め取っては、ブリジアが恨まれよう」


 魔王の最後に言葉に、ダキラが反応した。


「陛下、どうしてブリジアが関係あるのですか?」

「ああ。言っていなかったか。より多くの人族を殺すのは、朕ではない。朕は、人族に恐れられ、恨まれていればよい。それ以上に殺す必要はない。だが、ブリジアはそうはいかん。1人でも多く、人族を殺させるのだ」


 魔王は真剣に言っていた。

 それだけに、ダキラの表情はどんどん怪訝に変わっていく。


「陛下、どうしてブリジアに人族を殺させようとするのですか? ブリジアはまだ8歳の妃です。そもそも、外に出すことすら異例ではありませんか」

「ブリジア本人が朕に言ったのだ。地獄に行きたいと」


 ダキラは、さらに怪訝に眉を寄せた。ダキラには眉がある。引き抜けば、鋼鉄すら貫通する針となり、魔力を込めればダキラの分身が発生する。


「陛下、それは……ダンジョンのことではないですか?」


 ダキラの問いに、魔王は鼻で笑う。


「それこそあり得ん。どうしたブリジアが、天然の永久凍土に覆われた、攻略不可能と呼ばれるダンジョンのことを知っているというのだ。あのダンジョンは、罪を犯した魔族を罰するために、この世界で最も残虐な場所となっておる。ダキラは、地下後宮の罪人庁を見学したブリジアの剣幕を知らんのだ。たかが罪人庁の拷問で、朕に意見しに飛び込んできたブリジアが、わざわざ地獄に行きたいなどと言うはずがなかろう。ブリジアは、自ら地獄に行きたいと言った。それは……朕の悪名を広めるため、人族を殺す役目を与えてほしいということに他なるまい」


 魔王は確信を持って語った。

 間違いであるはずがない。

 ダキラは唸った。


「……なるほど。私が知っているブリジアとは、変わってしまったのかもしれません。人族の動向を詳しく見れば、地下後宮の妃たちの実家は、陛下の威を借りて周囲を脅かす傾向が強くなるようです。下級貴族だったエレモアの実家は、すでに国を動かす地位にあるようですし……陛下は、ブリジアにどのような地位を与えるおつもりですか? まさか、ひとりで地上に出して、殺しに行けと言うことはないでしょう?」


 魔王は、自分の頬を撫でてから言った。


「ブリジアには、すでに『魔王の嫁』という称号を与えておる。それで足りぬのなら、実際に行う任務によって考えよう」

「承知いたしました。場合によっては、魔王軍の将軍がブリジアの指揮下に入ることも想定済みでしょうか?」


「朕の嫁を名乗ろうと、人族に従う将軍はおるまい。相手が人族であれば、魔王軍を出す必要はあるまい。ブリジアがどんな戦略を打ち立てようと、結果が全て同じになる。従えるのはブリジアの侍女と、魔王親衛隊第13部隊のみとせよ」


「それでは、ブリジアに危険が及ぶかもしれません」

「構わん。盤技の妙手が、戦場で役立たずではないことを見せてくれるであろう」

「承知しました。作戦立案の前に、ブリジアに会っていってよろしいでしょうか。現在のブリジアがどれほど血に飢えているのか、確認しておきたいのです」


 ダキラの口調は真剣だった。

 人族を殺すのに血に飢える必要はないだろうというのは、魔王の感覚である。

 ダキラはブリジアをよく知らないので、ブリジアが自ら地獄に行きたいと言った理由に納得できないのだと、魔王は悟った。


「よかろう。慶事の際にダキラがいないことを、ブリジアの侍女たちが悔いておった。ブリジアも会いたがっているだろう。皇太后にも、会っていくのだな?」

「あっ……そうですね。現在はブリジアと同じ宮殿にいるでした」


 皇太后は、ダキラにとっても母親だ。

 ダキラの反応が微妙に嬉しそうではないのは、皇太后ミスティが目覚めた時の戦闘をまだ気にしているのだろう。立ち会っていないはずだが、後宮中の噂となっているのだ。


「案ずるな。皇太后は、空腹時でなければ攻撃的にはならん」

「見抜かれましたか」


 ダキラは赤い口元を歪めて笑う。


 長い牙がこぼれた。

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