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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第5章 一騎討ち

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82 旅立ちの準備

 〜封眠殿〜


 ブリジアは、荷造りをしていた。

 封眠殿へ引っ越しをしたばかりで、全ての荷を解いてはいなかった。

 いかに完璧な侍女テティがいても、1人では手が回らなかったのだ。

 他の侍女たちは、自分達が最も得意なことをするために、普段はブリジアの身のまわりの世話はしない。


「ねぇ、テティ。国のみんなへのお土産、本当にこれであっているの?」


 さっきまで湯治場を作る計画に参加していた侍女頭テティは、忙しく働いていた。

 本当はブリジアの荷造りどころではない様子だったが、クリスが戻ってくると聞き、急いでブリジアの部屋の整理を始めたのだ。


 ブリジアが気にしなくとも、専門の侍女なら気づいてしまうところが多くあったらしい。

 テティは、ブリジアがお土産としてまとめていた荷物を一瞥した。


「後宮お饅頭に、魔王の手形つきペナント、皇后デジィの指、魔王軍サブレ、魔王城のジオラマ……いいのではないでしょうか。父上も母上もお喜びでしょう。後は……後宮の湯治場温泉卵が必要ですね」

「温泉卵、どこかで売っているの?」


「これから、商品のラインナップに入れます」

「ああ……これから作るなら、まだいいわ。魔王様は無事だって言うけど、本当にパパとママ、生きているのかしら? 謀反を起こされて、逃げられずに王権だけ私に移譲したんじゃないかしら?」


「ブリジア様のご心配も最もです。後宮に送り出した第一王女に、いきなり即位させるなんて考えるはずがありません。私も、あの時は本物だとは思っておりませんでした」


 テティの目が、ブリジアの寝台の脇に置かれた、トボルソ王国の王冠と王笏に向いた。


「国王のお仕事は、魔王様がやっておいてくれるみたい。それでいいのかしら?」

「魔王も王ですから、仕事の内容は想像がつくのでしょうが、魔王基準で判断されると、国民が不幸になるかもしれませんね。魔王は、人族の飢えを癒すために、平気で人族の肉を食べさせるでしょうから」


 テティの答えに、ブリジアは青くなった。


「なら、なおさらトボルソに戻らなきゃ。私が事情を説明して、王権を返してくるわ」


 ブリジアは、父である王や親戚である王族に配るためのお土産でいっぱいの荷物袋に、王笏と王冠が入るだろうかと考えた。

 答えを出す前に、テティが言った。


「よろしいのですか? 地獄巡りの予定もあれば、シャミン名妃との一騎討ちの予定もあるのに」


 ブリジアは、答えが出ないまま、試してみることにした。

 短い手で王笏をとり、お土産の山の中に突っ込んでみる。


「仕方ないわ。だって、地獄行きは魔王様の命令待ちですもの。許可はくださらない代わりに、命令の形で行くことになるわ。テティは帰国より、地獄巡りがしたいのよね?」


 テティは、ブリジアの荷造りを手伝いながら返事をする。


「そうでもありません。私も、ブリジア様の入内以来、国にはクリスが攫われた時しか戻っていません。家族もおりますし、楽しみです。地獄巡りはまた、目的が違いますので」

「そうよね」


 テティは、皇太后ミスティの湯治場を作るという計画に、大いに乗り気だった。

 皇太后ミスティは、勇ましく武に長けた侍女を好むと思われていたが、実際にはそうでもないらしい。

 ミスティが面白いと感じた侍女を好むようだ。


「シャミン名妃との一騎討ちはどうなさいます? クリスが戻ってくるとが決まったのですから、必要ないのではありませんか?」

「そうでもないわ。魔球の時に跪かせられて、ついかっとなって一騎討ちを申し込んじゃったけど……シャミンに返したいものがあるのよ。ちゃんと受け取らせるために、負けられないわ」

「ああ。あれですか」


 テティが頷いたのを見て、ブリジアが言った。


「わかっているなら、テティが返してきてよ。仲間でしょう」

「知恵を出させましたが、仲間ではございません。仲間とは、ブリジア様に認められた者だけです」

「もう。こんな時ばっかり……」


 ブリジアは、王冠をお土産の隙間に押し込んだ。


「それで、一騎討ちのほうはどういたします? 内容や参加者を決めるのは、申し込んだ側です。申し込まれた側は、条件を提示することができますけど、拒否はできません」

「そうね……」


 ブリジアは、最後に会ったシャミンの様子を思い出した。


「なんだか、シャミンも地獄巡りを楽しみにしていたみたいだから、地獄巡り対決がいいわ。どうやって勝負をつけるか、シャミンに選ばせて」

「承知いたしました」


 テティが立ち上がる。それが、シャミンがどれほど恐れていた提案なのかは、ブリジアは理解していなかった。

 テティは出て行った。

 シャミンが住んでいる耐火殿に向かったのだろう。

 入れ違いに、別の侍女が姿を見せた。


「ブリジア様、皇太后様がナギサとレガモンの試合を見にくるよう言っています」


 ブリジアは、呼びにきた侍女を見つめた。


「すぐに行くけど、あなたは帰らないの? ギエイ」


 それは、シャミンに仕えていた侍女だった。

 シャミンに仕えていたが、湯治場を作るという話に興味を持ち、参加しているうちに、封眠殿に居座っているのだ。


「ご迷惑でしょうか?」

「うん。私には、侍女が大勢いるわ。シャミンのところに行ってあげて。全部の侍女がいなくなってしまうわ」


 ギエイは、目の大きなほっそりとした侍女で、美人には違いない。

 だが、ブリジアは美しい侍女は見慣れている。


「それなら大丈夫です。シャミン様は、ホムンクルスがお気に入りです。侍女など、必要とはされません」

「ホムンクルスは、見た目が綺麗でも魔物よ。困っていないわけが……魔王様が聞いたら、お怒りになるわ。魔王様の後宮に入内して、配下の魔物がお気に入りだなんて」

「でも、事実です」


 ギエイは悪びれずに言った。

 ブリジアは口論するのを辞めた。

 口論したいとも思っていない。だが、ギエイと話していると、どうしても意見がすれ違い、気疲れする。


 そのことを、ギエイはわかっていない。

 ブリジアが封眠殿の正殿を訪れると、皇太后ミスティが真っ黒い姿で出迎えた。

 皇后デジィは金色に輝く肌を光る衣で覆う傾向があるが、ミスティは真っ黒い体を黒い衣装で覆いがちである。


 体の色に似た色の服を好む習性が魔族にはあるのだろうかと疑問に思ったが、口には出さなかった。

 ブリジアが顔を見せると、並んで立っていた元騎士団長レガモンと、元勇者ナギサが膝をついた。

 ブリジアは、この場にいる最年長者に話しかける。


「いつも、私の侍女たちを鍛えてくださってありがとうございます。今日は、どうしてこの2人に試合をさせるのですか?」

「地獄巡りにどちらを連れて行くか、決めるためさ」

「えっ? それなら、別に……」


 両方連れて行けばいいのではないか。

 そう思ったブリジアの声を打ち消すように、ミスティが咳をした。魔王のように雷鳴を響かせるような咳ではかったが、耳元で太鼓を打ち鳴らされるかのような咳である。


 ブリジアが慌てて自分の耳を塞ぐ。

 レガモンもナギサも、控えたまま動かない。

 この短期間で、2人がどれほど鍛えられたのかわかるような佇まいだ。

 ミスティが口を開く。


「競ってこそ、強くなる。お前たちの主人、ブリジアは言っている。『私の護衛に弱者はいらぬ。戦い、その座を奪い取れ』と」

「はっ」


 レガモンとナギサが同時に応え、立ち上がり、武器を抜いた。


「あの、皇太后様、2人は侍女であって、護衛では……」

「はじめ!」


 ミスティの声が響く。

 レガモンが突進した。魔王に下賜されたという完全武装だ。

 魔王自身の武装は恐ろしく重いが、人族の体力を考え、軽量化されている。

 筋力に自信のあるレガモンにとってみれば、驚くほど軽いだろう。


 レガモンの突進を避けながら、ナギサが後退する。

 自らの胸に手を伸ばした。

 そこには、ヤマトの国から持ち帰った魔道具が輝いていた。


 天才的な魔道具作成師であり、ブリジアの侍女でもあるシテンによって、改造されているはずだ。

 ナギサの姿が変わる。

 胸から伸びた触手に覆われる。

 変身の隙を与えず、レガモンは打ち掛かった。


 本気の剣を持っている。

 ナギサは変身途中にもかかわらず、正確にレガモンの剣を持っていた剣で弾いた。

 だが、押し込まれて膝をつく。

 ナギサの変身が完了した。


 銀色に輝く金属的なスーツに見えた。

 ナギサが剣を打ち払う。

 剣の形状までが変わっていた。

 ヤマトの国で作られた、アームスーツと呼ばれる魔道具だ。


 使用者の魔力を吸い、決まった形状に変形する。

 そのはずだが、ブリジアにはナギサがアームスーツを操り、望む形に変えたのではないかと感じられた。

 レガモンが距離を詰める。


 ナギサは剣を持たない腕を突き出した。

 レガモンの体が、不自然に後方に飛ぶ。

 何の力で弾かれたのかわからない。

 レガモンは空中で回転し、足から床に落ちた。


「雷光撃!」


 ナギサの腕から、稲妻が走る。

 レガモンが剣を投げた。

 金属の剣に吸い込まれ、ナギサの放った光が消える。

 レガモンは、すでに予備の武器を手にしていた。


 下から切り上げたレガモンの一撃を、ナギサはアームスーツの腕で受けた。

 ナギサが手にしたものは、銃のように見えた。

 近距離である。


 レガモンの剣が、ナギサの銃を両断した。

 ナギサが剣を叩きつける。レガモンが弾いた。

 それからは、剣の打ち合いだった。


「ふむふむ。随分と強くなったもんだね。でも、レガモンは成長の限界かもしれないが、ナギサはまだまだ伸びそうだ」

「あの……2人は侍女なのですが……」

「ああ。そうだったね」


 ミスティは頷いた。

 何を納得したのか、ブリジアは知ることはない。

 突然、ブリジアの体が浮き上がった。

 ミスティに掴み上げられたのだとは、テティが叫んだことで気づいた。


「ブリジア様!」


 テティの叫びが終わる頃には、ブリジアは投げられていた。

 その先は、まさにレガモンとナギサが剣で打ち合っている場所なのだ。


「キャッ!」


 巻き込まれれば、防具すら身につけていないブリジアは一撃で死ぬ。

 ブリジアは、頭を抱えた。

 空中なので、何もできない。せめて、頭部だけでも守ろうとした。

 レガモンの動きも、ナギサの動きも、ブリジアには見えなかった。早すぎたのだ。


 ただ投げ飛ばされたブリジアは、走馬灯を見た。

 だが、一瞬だった。

 ブリジアの体が、空中で止まった。

 誰かに、抱きとめられていた。


 ブリジアは理解した。

 ブリジアは、レガモンに抱きとめられていた。

 同時に、胴体にナギサの腕が回っている。

 レガモンは片腕でブリジアを抱き、片腕で剣をナギサに突きつけていた。

 ナギサはレガモンが抱いたブリジアに腕を回し、剣をレガモンの喉に押し当てていた。


「それまで!」


 ミスティが宣言する。

 レガモンが力を緩め、ずり落ちようとしたブリジアは、ナギサに抱き上げられた。

 ナギサの腕によって、ブリジアは床に下ろされる。


「ブリジア様、お怪我はありませんか?」


 テティが走り寄っていた。


「ブリジア、勝者はどっちだい? お前が決めるんだ」


 ブリジアは皇太后ミスティを見た。

 相変わらず、あまりにも黒いため表情すらわからない。

 だが、想像はできる。面白そうなことは決して逃さない。

 ブリジアがどちらかを勝者にしないことは、許されないだろう。

 ブリジアは、服の皺を伸ばしながら言った。


「地獄巡りは、ナギサにお願いするわ」

「光栄でございます」


 ナギサが膝をつく。


「ブリジア様、私はもはや……」

「レガモン、地獄に行く前に、トボルソ王国に行く許可が降りているの。里帰りにはあなたが必要よ。その間に、ナギサは地獄巡りの準備をしておいて」

「承知いたしました」


 レガモンが膝をつく。

 テティがブリジアの手を取った。

 ブリジアは、自分を投げたミスティの元に戻る。


「死ぬかと思いました」

「あの2人が、主君を殺すものかい。それよりブリジア、あれじゃ、どっちの勝ちかわからないだろう」


 ミスティが不満そうに言った。


「皇太后様が自分で言ったじゃないですか。レガモンの勝ちです。ナギサは……もっと強くなるのでしょう?」

「ああ。そうだね。では、今のところは、レガモンが筆頭護衛ということか」

「レガモンは侍女ですよ」


 ブリジアが言うと、テティは小さく肩をすくめた。

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