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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第4章 地下後宮の慶事

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78 シャミンと皇后

 〜憩休殿〜


 耐火殿の新しい妃シャミンは、侍女のクリスを連れて魔王の宮殿を訪れていた。

 聳え立つ門に、入るのを躊躇った。


「ねえ、クリス、魔王様の宮殿は憩休殿よね?」

「はい。この門も、憩休門ですから」


 クリスは、人族が使うにはやや大ぶりな剣を抱えていた。

 魔王への貢物である。

 シャミンの父親は、大国シュウの宰相である。


 ブリジアのように大量に侍女をつけてはくれなかったが、代わりに運びきれないほどの宝物を持たせてくれた。

 そのために、シャミンは入内と同時にブリジアより高位の名妃に位置付けられた。


 シャミンが寵愛を受ければ、どれほどの財宝を持たせても、有り余る恩恵があると判断してのことである。

 魔王の寵妃の親類ということになれば、誰も粗末には扱えなくなる。


「なら、どうしてこんなに恐ろしげなの?」


 シャミンの前で、おどろおどろしい意匠が門を取り巻いていた。

 全裸の人族が、磔にされている。彫刻なのだろうが、本物にしか見えない。

 現在でも、血が滴っているように見せているのだ。


「魔王陛下にとって、落ち着くのでしょう」

「……帰りましょう」


 シャミンは、門に磔にされている人族と目が合った。

 間違いなく、目が合ったのだ。

 シャミンを見て、嘲笑するように口を開け、その口から血液が糸をひいて垂れ落ちた。


「よろしいのですか? 魔王様にお越しいただけないと、エレモア様に辛くあたられますよ」

「それは……こんな趣味をしている魔王に……私は……ささげるの?」


『何を』とは、あえて言わなかった。

 クリスは、全てを承知しているように頷いた。


「魔王陛下が来る目的がなんであれ、来ていただければエレモア様は納得します。恐ろしければ、夜伽の相手はエレモア様にお譲りしてはいかがでしょう。すでにお二人も産んでいます。喜んで3人目を授かろうとするでしょう」

「ああ。さすがクリス、悪どい……ごめん、賢いわね」


 シャミンは言うと、先ほどまで恐れていた門が目に入らなくなった。

 足どり軽く進む。

 門を潜る瞬間、シャミンの肩に水滴が落ちた。

 水滴が透明ではなく、ねっとりと粘る赤い液体であることに気づき、シャミンは悲鳴をあげた。


 ※


 魔王の側近の1人、魔王親衛隊第一部隊のゴリョウに面会を求めたが、現在皇后が魔王と面談しているという。


「お待ちになりますか? お戻りになりますか?」


 ゴリョウはホムンクルスである。

 魔王親衛隊第一部隊は、人工生命体で構成されている。

 約半数がホムンクルスだ。


「……待ちましょうか?」


 シャミンは、ゴリョウに視線を釘付けにしたまま、侍女クリスに囁いた。


「シャミン様、あれとは決して結ばれません。想像してもいけません」


 クリスが囁き返す。

 シャミンは、魔王の後宮に入内することも忌避していた過去がある。

 だが、迎えに来たホムンクルスの端正な顔立ちに、手のひらを返したのだ。

 ホムンクルスは性別を持たず、顔立ちは中性的で特徴がなく、人族的には整っている。

 その顔付きが、シャミンの琴線に触れたのだ。


「どうして? ひとりぐらい、手元に置きたいわ。エルモア様だって、侍女が足りない時はガギョクの配下って呼ばれる、綺麗な人たちを呼んでいるじゃない。そりゃ……私は魔王の妃だもの。分別はあるわよ。心配しないで」


「お気をつけください。皇后様は、魔王陛下と対等にやりとりできる、数少ない存在です。皇后様との面会のあと、魔王陛下が上機嫌とは限りません。ゴリョウにも、中いるはずのガギョクにも、決して視線を向けませんように」

「わかったわよ。クリスは心配性ね」


 シャミンが唇を尖らせる。クリスは、唇の前に指を立てた。

 すでにゴリョウは宮殿に戻っている。

 皇后のものと思われる、甲高い声が響いていた。


「陛下は本当に、女神と取引をなさっていないのですね? 約束を違えれば、私が自ら、神の国に乗り込みますよ」

「そもそも、神の国の座標を、デジィは知るまい」


「ええ。でも、陛下はご存知なのでしょう? 陛下が知っているということは、他の誰が知っているか、容易に推察できます」

「デジィ、あの女神は、自分の信仰を広めるために、人族たちを懐柔したいだけなのだ。それほどまで、気を使う必要はあるまい」


「わかっております! 世界を滅ぼす魔物たちを陛下に丸投げして、自らの信者だけを増やそうとする。そのような輩、殺してしまえばよろしいでしょう。それができないのは……これだけの後宮を持ちながら、女神に未練があるのではございませんか?」


「デジィ! 言ってはならんことがあることを、理解できんのか?」

「知りません!」


 最後に、デジィの声が大きく響く。

 シャミンは、待合室のような通路で、飛び上がってクリスにしがみついた。

 聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がしていた。

 魔王と皇后、それに女神との争いなど、聞きたくなかった。


 シャミンは、人族を導く存在である女神を信仰していた。

 魔王を恐れるのは、長い間の信仰が影響していることは否定できない。

 シャミンが見上げると、いつも動じることがない侍女のクリスさえ、青い顔をしている。

 甲高い足音が響いてきた。


 クリスが真っ先に立ち上がり、膝をついた。

 シャミンが慌てて続く。

 間一髪で、皇后デジィの輝く姿を見る前に、膝をついた。


 シャミンが膝をつくとすぐ、まるで金属を打ち鳴らすかのような、透明な音とともに、輝く皇后が姿を見せた。

 自ら金色に輝く肌を持ち、気分次第で七色に発色すると言われている。


 黄金の肌をさらに金銀宝石で彩った衣装で隠すのを好み、デジィ1人で人族の国家予算に匹敵するとも言われている。

 シャミンが入内した慶事で、デジィとは会っていた。

 だが、何かを話したという記憶はない。


 あの時は、集まった魔王の親族たち、魔王軍の将軍や魔親王国の国王といった、この世界でも指折りの強力な魔族たちに囲まれ、恐ろしくて何も話せなかった。

 シャミンは視線を上げた。

 皇后デジィが、まっすぐに前を見たまま歩き過ぎようとする。


「皇后様に、ご挨拶を」


 背後のクリスが言った。

 シャミンは、まず安堵した。

 シャミン自身も、現在は妃だ。しかも、名妃の位にある。

 物おじすることはない。


 だが、どうしていいのかわからなかった。

 挨拶をするということすら、思いつかなかった。

 それほど、デジィの姿は威圧感に満ちていた。

 何より、黄金の肌がほんのりと赤みを帯びている。


 ただの黄金よりもはるかに価値の高いといわれる、赤色黄金と呼ばれる色合いだ。

 それは伝説の金属だが、デジィの頬の紅潮は、それだけの価値があるのだ。

 通り過ぎようとしていた皇后デジィが足を止めた。

 視線を動かす。


「ああ。新しい妃ね」

「はい」


 シャミンが答えた。デジィの視線はただ、シャミンには向いていなかった。


「素晴らしいわね。非常に優秀なのね。宮殿はどこだったかしら?」

「耐火殿でございます」


 シャミンは膝をついたまま答えた。

 デジィは腰を折って顔を近づけ、シャミンを通り越して、背後のクリスの頬に触れた。


「そう。エレモアのところね。陛下が耐火殿に通っているという噂は聞かないけれど、後宮の全ての情報が私の耳に入るわけではないわ。そう……早速、子を宿すとは、見上げたものだわ」

「……孕った者は、不快ではございませんか?」


 クリスが言った。

 シャミンは驚いた。クリスが妊っていることすら、シャミンは気づいていなかった。

 身籠るとは、妊娠しているのだと、自分に言い聞かせたほどである。

 シャミンが動転している間に、デジィは告げた。


「何を言うの? どの妃がどれほどの子どもを産もうとも、私の地位が揺らぐことはないわ。そのために、魔族の妃は皇后1人と定めているのだもの。それに……魔族の女は、より強い子を産むために、より長く子どもを宿し、同じだけの期間、眠り続けるのよ。この後宮は、魔王陛下が外に遊びに行くのを防止するために、皇太后様が作り上げたのよ。魔族の女は、より強い子供を産むために、一度孕ったら数十年は腹から出さないわ。それでは、魔王陛下がお気に入りの妃を作ったところで、それが魔族なら、いつまでも後宮には留まらない。より長く陛下を後宮に繋ぎ止めておくためには、次々と子を宿す人族や亜人族の妃が必要なのよ。入内したばかりで、すでに妊った……これほど優秀な妃はいないわ」


 デジィは言いながらクリスの頬を撫でているのを、シャミンは頭上で感じた。


「どうして、陛下を外に出してはいけないのですか?」


 クリスが尋ねた。シャミンは、デジィに早く去って欲しかったが、クリスは違ったようだ。

 デジィは姿勢を戻しながら言った。


「この世界を狙う者たちがいるのよ。それは、陛下が常に気にかけている世界を滅ぼしうる魔物たちとは、また別の存在でね……人族のあなたには理解し難いでしょうけど、人族に神として崇められている異空間の者たちが、陛下を籠絡しようとしているわ。陛下は否定するけど、陛下が堕とされれば、代わりが務まる者はいないのだし」

「……女神様のことですか?」


 シャミンは呟いていた。人族のシャミンは、東方の世界を守護する女神を生まれた時から崇めていた。

 デジィは顔を歪める。


「ええ。そこの侍女の言う通りよ。私と主人の会話に割って入るなんて、躾がなっていないわね。優秀な主人に免じて今回は見逃すけれど、よく躾けておきなさい。次はないわよ」

「……はい。承知いたしました」


 クリスは、ややためらった挙句、返事をした。

 そう言うしかなかったのだ。

 皇后デジィは、シャミンではなくクリスを妃として認知したのだ。

 デジィが立ち去る。

 その後で、シャミンは言った。


「クリス、どういうこと? 孕っているの? 誰の子なの?」

『シャミン名妃がご挨拶に参りました』

『通せ』


 クリスが答える前に、何度か聞いたガギョクの声が響き、魔王が応じた。

 シャミンはそれ以上聞くこともできず、立ち上がった。

 膝をついていたので、足が痛い。

 クリスが自然に立ち、手を借りた。


「後で、ちゃんと説明してよ」

「……申し訳ありません。申し上げられません」

「クリス……」


 口ごもったクリスに、シャミンは驚いた。

 これまで、クリスがシャミンの命令を直ちに実行しなかったことはない。

 むしろ、命じられる前に行動していたほどだ。

 とても妊婦とは思えない機敏さだった。


「シャミン名妃、お通りください」


 ガギョクが告げる。さすがに追求している時間はなかった。

 皇后デジィは恐ろしかったが、本当に機嫌を損ねてはいけない相手は、まさに魔王なのだ。


 シャミンはクリスを従え、改めて、魔王の会うのだと認識し、呼吸を整えた。

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