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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第4章 地下後宮の慶事

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76 地獄の真実

 〜封眠殿〜


 ブリジアは、魔王の服の内側から寝起きの皇太后の荒ぶる様を見て、皇太后のことを恐れていた。

 だが、正気になり、気に入った侍女たちを自分の宮殿に招いた皇太后ミスティは優しかった。

 妃であれば、各宮殿の主人しか乗ることを許されない輿を、封眠殿からの使者としてブリジアに派遣したのもその顕れである。


 封眠殿に着いた後、黒檀のように黒い以外は人族とあまり変わらないように見えるミスティは、レガモンとナギサを特に気に入った様だが、その主人であるブリジアも歓迎を受けた。

 最も、ミスティが人族と変わらない見た目をしているというのは、誤解である。


 光を一切逃さない、闇そのもののような体をしているため、服の内側の人相や肌などは、見ることができないのだ。

 ブリジアは、侍女たちと一緒に与えられた部屋に入った。

 それは、来奇殿の時よりも少しだけ広く、豪華な部屋だった。


「今日から、ここが私たちの住まいになるのね」

「魔王陛下は見えるでしょうか?」


 敷かれたシーツも心地よく、クッションの効いた寝心地の良さそうな寝台にの上でブリジアが跳ねていると、テティが尋ねた。

 ブリジアの侍女は数多いため、ブリジアは正式にテティを侍女頭に指名していた。


「わからないけど、皇太后様に会いに来るんじゃない?」

「お泊まりになられますか?」

「知らないわ。でも、封眠殿に止まることになったら、他の妃たちのところに行かなくなるということでしょう……俸給の節約になるわね。だから多分、毎日くるわ」


「今までと変わりませんね」

「うん。私、本当に妃じゃなくなったのかしら」


 妃の住む宮殿は決められている。

 ブリジアが封眠殿に引っ越したことで、ブリジアは妃ではなくなったのではないかという噂が流れた。

 結論は出ていない。テティ以外の侍女たちは、それぞれ自分の好きな場所を見つけ、好きなことをしている。


 ブリジアとテティが話していると、光沢のある肌をした、小柄な侍女が姿を見せた。

 明らかに魔族である。光沢のある肌は、潤いがあるのではなく、金属的な硬度を持っているためだろう。


「ブリジア様、皇太后様よりお招きの手紙でございます」

「私がブリジアだって、よくわかるわね。会ったことがあったかしら」


 ブリジアは、地下後宮でもっとも寵愛を受けている妃として知られている。

 そのため、ブリジアと会ったことがある者以外は、ブリジアを見てもそうとは気づかないことが多い。

 最も寵愛を受けている妃が、まだ8歳の少女だという事実と結びつかないのだ。


「はい。この封眠殿まで、お運びいたしました」

「えっ?」


 ブリジアが眉を寄せる。

 テティがブリジアの服を掴んだ。


「お忘れですか?」


 侍女の後頭部に、長い触覚が生えた。

 体が膨らみ、服が千切れる。

 折り畳まれていた無数の脚が、全身から飛び出した。


「ひっ……い、いえ。覚えているわ。さ、さっきは有難う。そ、そう言えば、お礼を渡していなかったわ。テティ、用意して」

「は、はい」


 テティが、手持ちの袋から銀貨を取り出す。

 姿を戻した侍女ドモは、擬態によって人族の特徴を備えた掌で、銀貨を受け取った。


「このようなことをされては……」

「た、大したことではないわ。ほんの気持ちよ」

「では、ありがたく」


 ドモは、破れた服の内側に銀貨をしまった。

 服の中のどこかではなく、擬態のために折り畳んだ体の一部に挟んでいるのだろう。


「それより、皇太后様の手紙をご覧ください。返事をもらってくるよう、命じられています」

「はい」


 テティが手紙を広げ、ブリジアに渡す。中身を読んだ後、ブリジアが首を傾げる。


「『地獄巡り』って、何をするの?」

「地獄のことは、レガモンが噂していたようですが」


 テティが耳打ちする。ドモには聞こえていたのだろう。

 小さく首を振った。


「ダンジョンのことではありません、無関係ではありませんが、地獄と名付けられたダンジョンと、同じ名前をつけた地下後宮内の湯治場のことです」

「……温泉のこと?」


 トボルソ王国の王女としての知識にはなかったため、ブリジアが尋ね直す。


「地下後宮内に、そのような場所があるのですか?」


 テティが食いつき気味に詰問した。


「知らなくても無理はありません。皇太后様が産眠に入ってからは、魔族しか使用することを許されていませんでしたから」

「なぜなの?」

「テティ、そんなに重要なこと?」


 身を乗り出して尋ねる侍女頭に、ブリジアが質問する。


「ブリジア様にはわからないかもしれません。二十歳近くなると、お肌のケアも体の代謝も、気になるのです」

「……どうして、魔族しか入れてくれなかったの?」


 力説するテティの態度に、ブリジアは大切なことなのだろうと判断した。

 ドモが答える。


「魔族以外の者がマグマに入れば死ぬと、魔王様や皇后様は気づかないので……いえ、大部分の魔族は、マグマに入れば死にますけどね。私もそうですし、実際のところ、魔族以外の立ち入りを禁止していますけど、魔族もほとんど入りません。主に、魔王様のお茶を汲みに行くぐらいです」

「……まるで、魔王陛下がマグマを飲んでいるみたいね」

「そうですね」


 ブリジアが笑うと、ドモが笑い返す。

 魔王が本当にマグマを飲んでいるとは、ブリジアは考えたこともない。

 ドモは知っているが、ブリジアが知らないとは気づいていなかった。


「皇太后様、私たちをマグマで溶かしたいの?」


 ブリジアが話題を戻した。

 ドモの話では、湯治場と呼ばれるところではマグマが吹き出しているようだ。


「皇太后様は、人族が百度のお湯で火傷してしまうことをご存知です。地獄巡りは、人族が使用できる湯治場になっているかどうかを、試してもらいたいとのことです」

「テティは……聞くまでもなかったわね」

「ブリジア様のために、全力を尽くします」


 ほとんど自分のためだろうとブリジアは分かっていたが、テティのやる気に水を差すことはしなかった。


 ※


 テティが意気込んでいたため、ブリジアはそのまま皇太后の部屋を訪れた。

 皇太后の正殿に行くと、ブリジアには見慣れた、厳しく恐ろしい姿の魔王と皇太后ミスティが話していた。

 魔王がいたことで、同行していたミスティの侍女ドモは退席した。


「魔王陛下と皇太后様にご挨拶を」


 ブリジアは、すでに慣れた所作となった挨拶をして膝をついた。


「立て」


 皇太后の宮殿だが、魔王が言った。皇太后本人がいる前で赦しを出せるのは、魔王だけである。


「感謝いたします」

「ブリジア、封眠殿はどうだ? 不便はないか?」

「はい。よくしていただいております」

「ほらっ。言った通りでしょう」


 皇太后ミスティが応じて、ブリジアに椅子を勧めた。

 ブリジアが魔王の隣に腰掛ける。


「そうですな。てっきり、毎日泣き暮らしているかと思いましたが、杞憂でしたか。永命殿に預けられた時は、萎縮していたようでしたので」

「デジィはねえ。あの性格だから。上に立つ者が強すぎると、下の者のことがわからなくなることもあるものよ。ジランも気をつけなさい」


 魔王と皇太后の会話に、口ははさめない。ブリジアが大人しく座っていると、不意に魔王が首を向けた。


「心得ました。ブリジアは母上に、ただ挨拶に来たのか?」

「いえ。地獄巡りのご案内を、皇太后様にいただきましたので」


 ブリジアが言うと、ブリジアの背後の立っていたテティが、ドモから渡された手紙を見せる。


「地獄ですか。少しばかり、危険ではありませんか? レガモンやナギサがいるとはいえ」

「おや。ブリジアだけでなく、侍女たちの名前まで覚えるとは、珍しいわね」


 皇太后ミスティは、色が真っ黒で肉体の凹凸すらわからないことを除けば、小柄な女性そのものである。

 出産の度に千年以上眠る以外は良識的な人物だと、ブリジアは感じていた。


「いや。侍女たちの名前だって、覚えていますぞ。そこにいるのはジャスティですな」


 魔王は、皇太后の隣で直立している高齢の亀を指差す。

 魔王がブリジアの侍女の名前を覚えているのは、魔王の夜伽を実際に行っているからだとブリジアは知っている。

 他の妃たちの侍女の名前を覚えているかどうかは疑わしい。

 そもそも、魔王は夜伽をした妃以外の人族の見分けが苦手だと言われている。


「この子はジランが生まれる前からいるもの。知っていて当然よ。まあいいわ。本物の地獄に連れて行くわけではないわ。湯治場を作ろうと思ってね。折角だから、地獄に似せて作れば、そのうち地獄を攻略する時の参考になるかもしれないじゃない」


 地獄というのは、ダンジョンの名前なのだとブリジアは聞いていた。

 さもなければ、なんの話をしているのかわからないところだ。

 2人とも、ブリジアが『地獄』というのが何のことかわからない可能性を考慮していない。

 魔族にとっては、当然のことなのだろう。


「朕は、地獄を攻略する予定はありませんぞ。地獄の支配者である閻魔も、最下層のサタンも、朕にしたがっておらずとも、世界を滅ぼそうとはしておりませんから」

「わかっていないわね。ジラン、どうしてダンジョンを攻略すると思うの?」


「放置すれば、世界が滅びるからではないのですか?」

「ロマンよ」

「母上……またですか……」


 魔王が頭を抱えた。


「何が悪いの? ジラン、どうして貴方がそこまで強い体と能力を身につけられたと思うの? 私が、意味もなくお腹から出さなかったからでしょう」

「母上、ブリジア貴女が聞いております。その辺に」


 魔王が咳払いする。

 魔王が長く皇太后の腹の中に収まっていたことは聞いていた。

 その理由は、ただ皇太后が出さなかったかららしい。そこに皇太后がロマンを感じたからなのだろう。


「まあいいわ。ブリジア、以前閻魔から献上された地獄絵図をもとに、地獄をモデルにした湯治場を作ろうと思うの。まだ準備中よ。試しに、本物の地獄に行ってみる?」

「母上、人族が迂闊に近づかないように、門番にケルベロスを放っております」


「また、つまらない真似をするわね。それでは、レガモンたちでも入りないわね」

「元々、魔族の罪人を放り込んでいた場所ですぞ。日々串刺しにされる針の山や、マグマが吹き出す血の池を、どうしてモデルにするのですか? いや……悪くない気がしてきたな」


 魔王は言いながら、気分が変わったようだ。


「陛下、どちらも人族ならすぐに死にます。妃たちの湯治場ではないのでしょうか?」


 ブリジアは、勇気を出して口を挟んだ。魔王は、本物のマグマをお湯に使いかねない。


「そうよね。ジラン、口を出さないように。あなたに関わらせたら、入った妃が全員即死するわ」

「……承知しました。母上に任せます。朕は、行きたければ本物の地獄に参ります」

「そうして。ブリジア、そういうわけだから、少し待ちなさい」

「はい。ですが、皇太后様、湯治場の内容には人族も関わるのでしょうか?」

「いえ。ほんの数トンの岩も持ち上げられない人族に手伝わせても、工事が遅れるだけだわ」


 ブリジアは理解した。ミスティは良識的に見えて、本質は魔王と変わらない。


「どのような湯治場にするかだけでも、人族に関わらせてはいかがでしょうか。温泉好きな人族には心当たりがございます」

「そう。誰なの?」

「テティ」

「はい。ブリジア様のご命令であれば、全力でお応えします」


 背後に立っていた侍女頭テティが、前に出て膝をついた。

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