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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第4章 地下後宮の慶事

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75 新しい妃の受難

 〜耐火殿〜


 地下後宮の中で、皇后に継ぐ地位にいる王妃と呼ばれる妃の一人エレモアは、封眠殿から届いた書状に頭を抱えた。


「エレモア様、シャミン名妃が参りました」


 エレモアの専属侍女モリスが告げた。

 人族の国にいた時から仕えている、ふっくらとした女性だ。

 エレモアは、魔王領が存在する西側の大地の出身である。


 魔王領の西側は、広大な平原ではなく起伏に富んだ地形が広がっている。

 大国といっても広大な領地を持っているわけではなく、一都市一国家となる都市国家も多い。

 亜人族との交流も活発で、さまざまな種族が入り混じった結果、魔術の作法が簡略化された。


 簡略化された魔法は効果が弱く、科学技術で補う習慣が根付き、魔力と科学が融合した文明が展開されている。

 エレモアは、小国ではあったが宰相の娘で、幼少の頃より美貌を絶賛されてきた。

 燃えるような赤い髪と、対比するような白い肌が特徴で、大きな瞳に睨まれた者を萎縮させてきた。


「あの役立たずが何の用かしら。いいわ。通して」


 エレモアは、シャミンを耐火殿に引き取った。

 どの宮殿も妃の数は3人から4人だが、部屋数はもっと多い。

 魔王がブリジアを寵愛していることで耐火殿にくることが減り、俸給が少なくなっているのは他の宮殿と変わらない。

 かつてエレモアは魔王の寵愛を受け、まだ幼い2人の公子を授かっている。


「エレモア王妃にご挨拶を」


 シャミンが戸口で膝を曲げ、地下後宮で行われる無手と心をささげる礼をした。


「まあ、シャミンさん、恭しい礼は不要よ。私たちは家族のようなものなのだから」


 エレモアは険しい表情を一瞬で和らげ、椅子から立ち上がってシャミンに手を伸ばした。


「エレモア様に感謝を」


 シャミンが真っ直ぐに立つと、エレモアよりも少し背が高い。

 わずかでも見下ろされるのは、エルモアは気に入らなかった。

 微笑みながら、シャミンに椅子を勧める。

 背を向け、エレモアは自ら椅子に戻った。


「エレモア様、来奇殿のブリジアのことです」


 腰掛けると、早速シャミンが切り出した。

 エレモアは、機先を制するようにモリスに命じた。


「お茶を用意して」

「承知いたしました」

「あ、あの、エレモア様……」


「シャミン、ブリジアが入内する時、誰も欲しがらなかったわ。それなのに、入内すると同時に来奇殿に多大な貢献をした……シャミンが入内してから、魔王様は何度お越しになった?」

「あ、いえ。まだ、一度も……」


 シャミンは小さくなった。


「あなたに、ブリジアをどうにかできると思うの?」

「ですが、ブリジアから一騎討ちを申し込まれています。このまま、引き下がれません」


 モリスがお茶を運んでくる。

 エレモアは、蓋つきの湯呑みを受け取った。

 ほうじ茶の芳しい香りが広がる。


「引き下がる方が賢明ね」


 言いながら、エレモアは湯呑みに口をつけた。

 シャミンにも湯呑みが渡されたが、エレモアの湯呑みよりはるかにシンプルである。


「……私に、ブリジアに謝罪しろとおっしゃるのですか?」


 地下後宮の妃同士は、決して仲が良いわけではない。

 絶対的な存在である皇后デジィの体面もあり、表立った争いはないが、水面下では嫌がらせの応酬である。

 その中で、決定的な破局をもたらさないために、妃同士が争う場合の規則がある。


「地下後宮の一騎討ちは、地上で人族が行う一対一のものではないわ。私たちはか弱い乙女だもの。自分の力で従えられる、あらゆるものを使ってもいいことになっているわ」

「……地下後宮に来たばかりの私には、不利ということでしょうか……」


 ブリジアが地下後宮で生活を始めて一年とは経たないが、魔王の寵愛を受けているために従う者は多い。

 だが、シャミンは誤解している。


「どの宮殿の主人も、ブリジアを引き抜こうとしても、潰そうとはしないわ。魔王様の寵愛を受けている。それは確かね。でも、それだけじゃない。ブリジアが連れている8人の侍女がどんな能力を持っているのか……特別なのは、見た目だけじゃないらしいわよ。トボルソ王国はまるで、人材の宝庫ね」


「でも……ブリジアは、もし一騎討ちに勝ったら、私に謝罪を求めるだけではないでしょう。私の侍女を奪うつもりです」

「構わないでしょう。クリスでしたっけ? もともと、ブリジアの侍女だったのでしょう。くれてやりなさい」

「嫌です。クリスは、私のものです」


 シャミンは頑固に首を振る。

 ブリジアの侍女の1人を、決して手放したがらない。

 そのことが、すでにブリジアの強さを物語っているとは、シャミンは気づいていないようだ。


「なら、ちょうどよかったわ。シャミン、皇太后様からお誘いよ。一騎討ちの方法を話し合いたいとね。皇太后様はずっと寝ていたから、私もお会いしたことはないわ。ただ噂では、大層遊び好きみたいね」

「……望むところです」


 シャミンは、エレモアが読んでいた封眠殿からの書状を受け取った。

 強気に言ったシャミンの顔色が変わる。


「エレモア様、『地獄巡り』とありますが……これは、何をするのですか?」


 シャミンが尋ねた通りだ。

 封眠殿からの文書には、一騎討ちを地獄巡りで行うと書かれていたのだ。


「知らないわ。本物の地獄に連れていかれるわけではないと思いたいわね。それを決めるために呼ばれたのでしょう」

「本物の……地獄があるのですか?」


「あるわよ。ああ……シャミンは東側の人族だったわね。東側では、地獄といえば、まるで死後に罪を償う場所のように言われているみたいね。西側では、地獄とは、あるダンジョンを示す言葉よ。深く広いダンジョンで、灼熱や氷結で、罪人を永遠に苦しめると言われているわ。ブリジアとの一騎討ちなら、最適かもしれないわね。どちらがより罪が重いかをはっきりさせるのでしょう」


「どちらが……ブリジアが非礼を働いたのです。私は、当然の罰を与えたのです」


 シャミンは、震える手で封眠殿からの文書を握りしめていた。

 手が震えている。恐怖ではない。自分にそう言い聞かせた。

 エレモアは静かに言った。


「ならば、一騎討ちには勝てるでしょう。ブリジアが非礼を働いた。あなたが罪を与えた。それが、慶事として魔球が行われた会場の中央で、ずっと跪かせたことが妥当な罰であれば、皇太后様も納得されるでしょう」


「……あっ。で、でも、忘れていたのです。魔球の最中に跪かせ続けるつもりはなかったのです。突然中央の櫓に呼ばれて、魔王様や皇后様に拝謁して……何も考えられなくなって……」

「何も考えられなくなったのは、どうして?」

「……恐ろしかったのです」


「魔王様がご来臨されないわけね。シャミン、一騎討ちを申し込まれたのはあなたなのだから、きちんと始末をつけなさい。全て終わったら、報告に来なさい」

「あの……一緒に来てはいただけないのですか?」

「その必要がある?」


 エレモアは、人族であれば魅了せずにはいられない眼差しを向けた。

 魅了するというのは、場合によっては相手の要求を拒絶することになる。


「……承知しました」


 シャミンは下がる。

 エレモアの侍女モリスが尋ねた。


「助けてあげないのですか?」

「あの子が魔王様の寵愛を独占する日を待つより、私が魔王様を誘惑した方が確実よ」

「ご英明です」


 モリスが頭を下げる。


 ※


 シャミンは自室に戻り、専属侍女のクリスに泣きついた。

 クリスは、時に非常に腹部が膨らんでいるように見える。

 まるで妊婦のようだと思う時もあれば、現在は痩せすぎを心配するほど、腹部は引っ込んでいる。

 妊婦であれば、腹が引っ込むことはない。

 服の着方なのだろうと、シャミンは思っている。


「クリス、封眠殿からこんな手紙が来たわ。ブリジア、私を殺すつもりなのだわ」


 泣きつくシャミンを抱き寄せ、クリスが羊皮紙に書かれた文字を読む。


「ブリジア様の文字ではありませんね。私の知る、ブリジア様の侍女たちの文字でもありません。皇太后様のご意志だとしたら、『地獄巡り』の名前だけが決まっていて、内容はこれから相談したいということではないですか?」

「えっ? 本当?」


 クリスはシャミンから受け取った文書を、お茶を運んできたもう一人の専属侍女ギエイに渡す。

 ギエイは一読して言った。


「内容までは書かれていませんね。ただ、この名前では、どんな過酷な内容を決められても文句は言えません。シャミン様、ブリジア貴女と和解することはできないのですか?」


 ギエイの提案は、ブリジアが怒っているなら、謝罪してしまえばいいということだ。

 シャミンは首を振る。


「ただ謝るだけでも嫌なのに、ブリジアは……きっと別のものも要求してくるわ。自分より下級の妃に、舐められては駄目でしょう?」


 かつて後宮に仕えていたクリスに尋ねる。

 クリスは頷いた。


「はい。そのように伺っています。ですが、ブリジア様はお優しいお方です。弱みにつけこむようなことは、なさらないでしょう」


 シャミンはクリスを睨んだ。

 ブリジアが欲しいものとは、まさにクリスなのだ。

 そのことを、本人は理解していないのだろうか。

 ギエイがクリスに尋ねる。


「ブリジア貴女がそれほど優しいのなら、クリスが言って話してきたらいいわ。シャミン様はお体が悪いからと言って、封眠殿に行ってきてよ」

「駄目よ。クリスを行かせては駄目」

「シャミン様、どうなされたのですか?」


 ギエイが心配そうにお茶をすすめる。

 シャミンはお茶を受け取り、一口含んだ。


「でも……私が自分で行かなくてもいいなら、その方がいいわ。ギエイ、頼める?」

「承知いたしました。皇太后様には、シャミン様は全身に発疹が出て寝込んでいるとお伝えします」


 ギエイは深く頭を下げる。


「そ、そんなに大袈裟に言わなくていいわ。仮病だってばれてしまう。私は……クリスと一緒に、魔王様のところに行くわ。エレモア様は、私のところに魔王様が来られないご不満みたいだもの。あの恐ろしい魔王様に近づきたくないけど、耐火殿にいらしていただくように頼まなくては。クリス、魔王様への付け届けを用意して」

「承知いたしました」


 耐火殿の俸給が上がっても、シャミンの取り分はないだろう。

 付け届けは、いわば賄賂である。

 魔王に来てもらうために賄賂を贈れば、シャミンにとってはマイナスでしかない。

 それでも、エレモアの態度が少しは軟化するのであれば、意味はある。


 シャミンは、入内直後に早くも地下後宮の恐ろしさを噛み締めていた。

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