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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第4章 地下後宮の慶事

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74 引っ越し

 ブリジア貴女の移動のために、封眠殿から輿が遣わされていた。

 移動のために輿を使用できるのは、宮殿の主人だけだと決まっている。

 ブリジアは、自分のための輿だと思わずに道の端に寄ったところで、声をかけられた。


「ブリジア様、どこに行かれます? ミスティ皇太后がお待ちですぞ」

「えっ? 私?」


 ブリジアが振り向くと、胸に手を当てた亀がいた。

 直立しており、腹部も硬い甲羅に守られている。ブリジアは、皇太后の侍女頭を思い出す。


「ジャスティ?」

「おや。私の叔母をご存知ですか。残念ながら、私はギャンレモと申します。まだ見習いで、後宮に来てほんの五百年にすぎません。粗相があっても、お許しください」

「ブリジア様……魔物でしょうか? それとも、魔族ですか?」


 すぐ背後にいたテティが囁く。ブリジアは、テティの口を塞いだ。


「封眠殿の侍女たちは、皇后様の永命殿と同じで、全員魔族よ。魔物は侍女にはなれないわ。言葉に気をつけて」

「申し訳ありません」


 テティは、むしろ魔物扱いをしたギャンレモに頭を下げた。

 実のところ、魔族と魔物の境界については、ブリジアも理解していない。

 後宮の侍女なのだから魔族なのだと、信じているだけなのだ。


「でも、ギャンレモ、私が乗っていいの? 規則違反ではない?」

「封眠殿に、皇太后様以外の方がお住まいになったことはありません。ブリジア様、これから食客としての扱いになります。客人をもてなすのは当然のことです」


「あっ……うん。テティ、やっぱり私、妃じゃなくなったみたい」

「少し、ゆっくりできますね」

「……今まで、ゆっくりしていなかったっけ?」

「ゆっくりしていたのは、ブリジア様だけです」

「あっ……ごめんなさい」


 ブリジアが知らないところで、侍女たちは大変だったようだ。

 魔王が毎夜のように伽にくる間、ブリジアは目隠しと耳栓をして寝台に横になっている。

 翌朝、魔王は機嫌よく帰るが、侍女たちは立ち上がるのも困難なほど衰弱しているのだ。


 ブリジアは侍女レガモンに抱き上げられて輿に乗る。

 高い場所から見下ろした光景は、爽快だった。

 本来ならば、宮殿の主人に成り上がらなければ見ることができない光景だ。


 その光景を楽しめることは幸運でもあり、昇格してから初めて見た方が充実していたのではないかと、やや寂しくも思った。

 だが、そのこととは別に、ブリジアは輿を担いでいる者たちに視線を向けた。


「ホムンクルスたちが担ぐのではないの?」

「それは、妃様たちの輿だけです。魔王陛下と皇后殿下の輿は、魔王親衛隊のゴーレムたちでなければ担げません」


 ギャンレモが言った。その理由は理解できる。

 魔王と皇后は、その有り余る力のためかどうかわからないが、重いらしい。

 本人たちの体重まではわからないが、武装すると皇后ですら5トンの鎧を纏うという。

 完全装備の魔王は、最強のゴーレムたちですら持ち上げることができないのだ。

 ギャンレモは続けた。


「封眠殿は、いろいろな意味で例外です。人手不足なので、人手が多いものを用意しました」

「人手が多いって、こういうこと?」


 ブリジアは、自分の乗る輿を担いでいるのが人影でないことに気づいていた。

 長い胴体を持ち、たくさんの足があるのだ。

 地面を支える無数の足と、輿を固定する無数の足が、ブリジアの足もとに突き刺さる。

 ブリジアの輿を持ち上げたのは、ただ1人、巨大な百足だった。


「レ、レガモン……」


 持ち上がった輿の上で、ブリジアは最も頼りになる侍女の名を呼んだ。


「心配いりません」


 ブリジアの目の前で、ムカデの頭部が振り向いた。

 虫そのもの顔だ。

 顎の大きさだけで、ブリジアの頭部ほどもある。


「あなたも、侍女なの?」

「はい。私たち一族は、女の方が大きく、力がありますから」

「ああ……うん。よろしくね」

「はい」


 百足族に属する純粋な魔族の女性は、ブリジアを背中に向けて、誰よりも多い手足で移動を始めた。

 道を行く、他の宮殿の侍女たちが避ける。

 周囲をブリジアの8人の侍女たちが固めていなければ、巨大なムカデの魔物に攫われているように見えただろう。


 ブリジアが輿に乗っていることで、侍女たちが噂している。

 ブリジアは、分不相応だと思われるのは承知の上で、あえて胸を張った。

 ブリジアのために用意されたのだ。

 恥ずかしがってはいけない。


「あなた、名前は?」

「ムカデ族の長、ドモと申します」


 ムカデ族の魔族がいるということは、ブリジアは聞いたこともなかった。

 ブリジアはこれから、一体どこに行くのだろうという不安に駆られながら、表面上は平静を装った。


「そう。よろしくね、ドモ」

「はい。お任せください」


 自ら任せろと言ったドモが、地面についた無数の足を動かす。

 輿を支える足が微動だにもしないのは、見事な肉体の操作である。

 ドモが歩き出し、後方の輿も移動を始めた。


 侍女を含め生活していた9人が引っ越すのだ。

 荷物は少なくない。

 ブリジアが振り返ると、複数の輿が持ち上がっていた。

 ドモは静かに移動する。

 長い胴体に、ブリジアと侍女たち、全ての荷物を乗せているのだ。


「ドモって、何歳?」

「私ですか? まだ若いですよ。産眠に入る前の皇太后様に拾われなければ、当時の勇者に殺されていた身です」

「まあっ。まるで、人族の国を滅ぼして、山を七巻きしたムカデみたいね」


 言いながら、ブリジアは冷や汗をかいていた。

 皇太后は、ダネスとダキラを産んでから、ほぼ千年眠り続けていたはずだ。

 ドモはその前からいたのだから、千年以上を生きていることになる。

 人族であれば、伝説になるだけの時間が経っている。


「だいぶ、大袈裟に伝わっているようですね。魔王領の山脈は、一巻きもできません。人族の国のいくつかは、私が通りかがった時に、たまたま潰れたものもありましたね」

「あ、ああ……そうなの。もっと、大きくなれるの?」

「はい。機会があればお見せします」

「た、楽しみね」


 ブリジアは、ムカデの足が地面を抉るすぐ近くを並行して歩いていたナギサに視線を向ける。

 ナギサと視線があった。

 ブリジアは、小さく首を振った。


 ナギサが頷き返す。

 話を聞いていたのだろう。

 ナギサが勇者であることを知るのは、後宮ではブリジアと侍女たち、それに魔王だけだ。

 かつての勇者に滅ぼされそうになったというのなら、ナギサが勇者だとは知られない方がいいだろう。


「皇太后様、ちゃんと起きているといいけど。寝ぼけていると、怖いでしょ?」

「よくご存知ですね」


 ブリジアの問いに、やはり並行して歩いているカメ族の侍女ギャンレモが答えた。


「ええ。だって……陛下からお聞きしました。陛下が完全武装で抑え込まれたのでしょう?」


 ブリジアは、その戦いを魔王の武装の内側から覗いていた。


「それは大袈裟です。儀式用の礼服だと聞いています。魔王様が完全武装するのは、この世界が滅びる時だと言われています」


 ギャンレモの横顔は、かつて見た封眠殿の侍女よりは若く見える。

 後宮に来てから五百年しか経過していないと言っていた。

 ブリジアが封眠殿で見た侍女は、数千年を生きているのだろう。


「世界が滅びる時……そんな時がくるの?」

「ご存知ありませんか? それに近い危機は、数年に一度は来ていますよ。ねぇ」


 ギャンレモは、ドモに問いかけた。


「そうですね。世界を飲み込もうとしていた大蛇を、魔王様が張り倒したのは見ものでしたね」


 ドモが笑う。


「ドモは見ることができたの?」

「はい。記録映像ですが。現地に同行するのは、ドラゴンを従えた者たちだけです」

「ドモやギャンレモは、ドラゴンは従えられないの?」

「私たちでは、ただの餌にしかなりません」


 ドモが答えると、ギャンレモも同意する。

 どうやらドラゴンを従えるというのは、伝説を作ったような魔族でも難しいらしい。


「ナギサ、レガモン、私を守ってね」

「お任せください」


 応えたのはテティだった。

 テティの立場は、ブリジアの侍女頭に任命したばかりだ。

 その意味では頼もしい。だが、実際に戦う力を持つレガモンやナギサは、カメとムカデの話に、顔を背けてしまった。


 ブリジアは、想像していた以上に恐ろしい選択をしてしまったのではないだろうか。

 後悔しつつあったが、ドモが声を上げた。


「ブリジア様のご到着ーーーーー!」

「ドモ、皇太后様に叱られるわ」

「心配ありません。ミスティ様も、楽しみにしておいでです」


 ギャンレモが、口の端を吊り上げながら封眠殿の門を開けた。

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