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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第4章 地下後宮の慶事

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73 送別会

 〜来奇殿〜


 ブリジアは、来奇殿の3人の妃と食卓を囲んでいた。

 四角い食卓に、料理が並んでいる。

 正面に来奇殿の主人コマニャス公妃が座り、左手にポリン伯妃、右手にドロシー名妃が腰掛けていた。


「今日で、ブリジアと食事をするのも最後なのね」


 コマニャスがしんみりと言った。

 ブリジアは、封眠殿へ移籍することが決まった。

 ブリジアの侍女のうち、5人が封眠殿のミスティ皇太后に仕えることが勅命で下された。

 その勅命にブリジアが侍女を手放すことが含まれていなかったため、主人であるブリジアと指名されなかった4人の侍女も、共に仕えるべきだという主張を、ミスティが受け入れたのだ。


「いままで、一緒に食事したことなんてなかったけど」

「ドロシー姉さん、空気を読んでよ」


 ぼやいたドワーフ族のドロシーに、ブリジアが忠言する。

 ポリンが頷いていた。子育てで忙しいと思われていたポリンとは、ドロシーほどは親しく接していない。


 だが、魔王の娘であり、要は魔族であるポリンの娘ポリャスは、世話などしなくても勝手に育つのだと解ってから、よく遊ぶようになった。

 実際には、ポリャスはかなり魔族の特性を強く引き継いでいた。

 鋼鉄を離乳食として摂取するのは、魔族の中のごく一部だけである。


 コマニャスの息子であるディオル公子は、ほぼエルフ族と同様のものしか食べない。

 ポリャスが鋼鉄を食べることが知られ、将来を嘱望されている。

 魔族としての強さに、性別など意味がないことは、皇后デジィや皇太后ミスティで明らかである。


 男性の魔族の場合、魔王軍に入って将軍に上り詰め、魔親王となるのが一般的だが、女性の場合は後宮に入る道が開かれる。

 もっとも、父親が現魔王であるため、ポリャスが後宮の妃となるのは魔王が代替わりしてからである。

 それが、何千年先かあるいは何万年先か、誰も知らないのだ。


「ブリジアは、妃じゃなくなるの?」

「えっ? どういうこと?」


 ブリジアは、食事は王族のマナーを守る。

 だが、この日は来奇殿での最後の食事だ。

 食べ物を取り分けながら口を開くのは、来奇殿の仲間として打ち解けているからでもある。

 ブリジアの問いに、自分の器に飲み物を注ぎながら、コマニャスが答えた。


「魔王様の後宮は、皇后様が住む永命殿と、側室である3人の王妃と5人の公妃の計9つだと決められているわ。だから、魔王様の正室は皇后様で、側室は各宮殿の主人たち、それ以外はただの妃と呼ばれている。魔王様の妻を名乗れるのは、皇后様だけよ。例外はあるみたいだけど」


 コマニャスは言いながら、杯を煽った。

 視線はブリジアに注がれる。

 ブリジアは、ヤマトの国で魔王から『魔王の妻』を名乗ることを許されている。


「私のは……ただの封号です。ちゃんとした意味での妻じゃありません」

「わかっているわ。でも、さっき言ったとおり、魔王様の後宮は9つと決められていて、魔王様の憩休殿や、ブリジアが行く皇太后様の封眠殿は含まれていないのよ。ブリジアは、まだ正式には側室でもないのに封眠殿で暮らすっていうことは、妃じゃなくなるってことかもしれないわね」


「えっ? 私、どうしたら……」

「別にいいじゃない。後宮を追い出されるわけじゃないのだし。魔王様がそれでいいって認めたんだから」


「あっ、ドロシー姉さん、それ私が取り分けたのに」

「私のために取ってくれたんでしょう。感謝して食べるわ」

「違うわ。返してよ」


 ブリジアの前から皿を奪ったドロシーに、ブリジアが掴みかかる。

 飛びかかったブリジアの口の中に、ドロシーは丸い球を入れた。


「ちょっと、ドロシー姉さん……これなに? 美味しい」


 ブリジアは、思わず自分の頬を押さえた。

 それほど美味しかったのだ。


「ドワーフの生命線よ。餞別にあげるわ。言っておくけど、食べちゃダメよ」

「食べちゃだめなの? 飴じゃないの?」


 ブリジアは、丸いすべすべとした物体を、口の中で転がした。


「味付きアダマンタイト鋼よ」

「食べないわよ。というより、食べられないわ。ドワーフの生命線って、どういう意味?」

「ひもじくて死にそうときに、口の中に入れておくのよ。馬鹿にできないわよ。それが発明されてから、ドワーフ族の餓死者が3分の1以下に減ったんだから」

「……へぇ。凄い」


 ブリジアは、口の中から丸い球を取り出した。

 手巾で拭いて、懐にしまう。


「そんなものが食べられるのは、魔王様と皇后様、それと……皇太后様ぐらいでしょうね」

「たぶん、ポリャスも食べます」


 ポリンが言うと、コマニャスが顔をしかめた。


「ポリンの娘、あのレベルだっていうの? 私のディオルとは、随分違うわね。宮殿の主人が変わる日も近いかしら」

「ドロシー姉さん、コマニャス様、なんだかご機嫌斜めじゃない?」


 ブリジアが囁くと、ドロシーは頷いた。


「そりゃそうよ。ブリジアがいなくなれば、魔王様の御来臨がぐっと減って、俸給に響くもの。コマニャス様、ブリジアの移籍に抗議しに行って、魔王様にお叱りを受けたらしいわよ」

「怖いわ。魔王様に怒られるなんて……コマニャス様、正気なの?」


 ブリジアは自分の肩を抱いた。

 魔王を怒らせることの恐怖は、何度か味わっている。

 ブリジアが料理越しに見ると、コマニャスは小さくない杯をあおっていた。

 給仕しているのは、コマニャスの侍女頭リーディアである。


 ブリジアは、背後に控えるテティを呼び、コマニャスに飲ませている果実酒らしい飲み物を水に代えるよう囁いた。

 テティがリーディアの元に向かい、囁いた。

 リーディアがブリジアを見て頷いたので、侍女も飲み過ぎだと思ったのだろう。

 周囲の心配を他所に、コマニャスは表面上全く乱れずに言った。


「これでも、ブリジアには感謝しているのよ。ブリジアのお陰で、私の一族はエルフ族の中でも強い発言力を持って、人族に連れ去られて奴隷にされた同胞もかなりの数を連れ戻すことができたわ」

「エルフ族を奴隷にしたの? どうして?」

「人族ってそういうものよ。ドワーフ族だって、ホビット族だって、同じよ。何を今更」


 驚いたブリジアに、ドロシーが平然と言った。

 ブリジアがポリンを見ると、ポリンも静かに頷いた。

 コマニャスが続ける。


「でも、私もブリジアにはよくしてきたでしょう?」

「はい」


 ブリジアは、何度もコマニャスに助けてもらった。

 コマニャス自身の都合によるところが多かったかもしれないが、助かったのは事実なのだ。

 相手が皇后ではどうにもならないとはいえ、ブリジアを守ろうとしていたことは知っている。


 もっとも、それもブリジアがいると俸給が高くなるからだとは、今では知っている。

 ブリジアは迷わずに答えたが、コマニャスは聴いていなかった。

 ブリジアの返事を待たずに、話し続けていた。


「ブリジアがいなければ、来奇殿の俸給は以前に戻ってしまうでしょう。まだ、助けなければならないエルフ族はたくさんいるというのに、私には何もできなくなる。通常の私の俸給だけでは、全て仕送りしても、飢えさせないだけで精一杯だわ」

「ドロシー姉さんは?」


 コマニャスの言葉は衝撃だった。普段よく遊ぶドワーフ族のドロシーのことが心配になり、ブリジアは尋ねた。ドロシーは平然と言った。


「自分で使っているから、仕送りなんてしていないわ。ポリンさんは、商売上手の一族から、逆に仕送りを受けているしね」

「……貧乏なの、コマニャス様だけなのね」


 ブリジアは納得して頷いた。

 ブリジア自身はというと、自分の俸給は全て侍女の給金で消えているので、何もない。

 ただし、トボルソ王国がブリジアからの仕送りをあてにしている事実もないため、特に困ってもいない。

 コマニャスは続けた。


「ブリジアは、奴隷になったエルフや……ホビット、ドワーフ……は奴隷にされないわね。髭があるし」

「されます」

「しっ、ドロシー姉さん」


 酔っ払いに口を挟むのは危険だと、ブリジアは知っていた。

 ドロシーが肩をすくめる。


「可哀想だと思わないの? 人族は、人族を奴隷にはしないのでしょう?」

「国によると聴いています」


 トボルソ王国では、人族だけでなく亜人族の奴隷も禁止していた。

 弱小だが大国を束ねる立場にあるため、人族だけでなく亜人族との交流も多い。

 同族が奴隷にされているところを見せられて、国交を結ぼうとする種族は少ない。

 だが、国によっては同じ人族ですら、奴隷として使役することがあることを知識として知っていた。


「では、これからも助けてくるわね?」


 コマニャスは、ブリジアの返事を基本的に聴いていない。

 普段からその傾向はあったが、酒を飲んでも表面に出さないだけで、酩酊しているのだ。

 ブリジアは、小さく頷いた。


「テティ、お父様に手紙を書きましょう。各国に訴えて、奴隷制度を止めるように」

「できるでしょうか?」

「魔王様にもお願いするわ」

「承知しました。ですが、ブリジア様、一つ問題が」


「なに?」

「現在、王権はブリジア様が握っています。副製品しかもたない王に、そこまでできるでしょうか」

「……私が持っているあれ、本物だったのね」

「そう申し上げたはずですが」


 慶事の時、ブリジアは王笏と王冠を渡されている。

 どういう意図でかわからないが、現在のトボルソ王国の王権は、ブリジアの元にある。


「……お父様、お亡くなりなの?」

「生きていらっしゃいますが、政変が起きていないとは言えません」


 王位継承権者とはいえ、後宮に入内している8歳の娘に王権を送ってきたのだ。

 テティが言うとおり、王国内で何かが起きているのだろう。


「コマニャス様、わかりました。私もできるかぎり……あれ? コマニャス様は?」

「そこにいるよ」


 料理越しに見ていた、白いエルフの姿が消えた。

 ドロシーがナイフの先端を向けたのは、コマニャスの席だ。

 来奇殿の主人は、酔い潰れて料理の上に顔を突っ込んで眠っていた。


「ブリジア様、エルフ族をあげて、感謝いたします」


 言ったのは、コマニャスの背にマントをのせた侍女リーディアだった。

 同時に、ドロシーとポリンが椅子を降りて膝をつく。


「ちょっと、姉さんたち、辞めて」

「いや。本当に実現したら、これぐらいじゃ済まない。ブリジア、期待はしないよ。重荷になっちゃうからね。でも、その気持ちは、ありがたく頂戴する」


 ドロシーは言うと、自らも大甕で酒を飲んだ。

 ただ、酒に強いと評判のドワーフ族のドロシーは、どれだけ飲んでも一向に変わらなかった。

 2人をテーブルに戻らせてから、ブリジアは背後の侍女に言った。


「テティ、一度、トボルソに戻りたいわね。魔王様から、転移魔法陣設置の許可をもらったのに、その時間もなかったし」

「しかし、簡単には後宮を出られません」


「大丈夫でしょう。だって……ひょっとして私、もう妃じゃないもの」

「本当に、そうなのですか?」

「わからないわ」


 ブリジアが肩をすくめる。

 その時、食堂の扉が開いた。


「封眠殿から、お迎えが参りました」


 言ったのは、ブリジアの侍女ナギサだった。

 ブリジアはテティの手を借りて椅子から降りると、来奇殿の妃たちを見回した。


「行ってきます。私の席、開けておいてね」

「いいや。その時には、宮殿の主人になって戻ってきな」


 ドロシーが笑い、ブリジアは微笑み返した。

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