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魔王の嫁でございます ~僅か8歳で魔王の後宮に入内した元王女ブリジア妃の数奇な人生~  作者: 西玉
第4章 地下後宮の慶事

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72 慶事の余波

 〜遊食園 来奇殿櫓〜


 遊食園に作られたグラウンドの一画に作られた来奇殿の櫓の中で、ブリジア貴女は帰還した侍女たちを労っていた。


「心配したのよ。よかった。みんな無事で」


 ブリジアの周りには、ダンジョンに挑んだ5人の侍女が集まっていた。


「はい。無事に役目を果たしました」

「無事だったのはいいけど、役目を果たしたつもりなの?」


 5人のパーティーをまとめたレガモンに対し、少し離れた場所で、茶色い髪を緩やかに波うたせた侍女テティが鋭く言った。

 ブリジアの侍女は正式には立場の上下が存在しないが、テティは侍女頭だと認識されている。


「何か問題が?」


 勇者ナギサが視線を向ける。

 勇者にしては元々細い体をしていたが、女性化して魔王に可愛がられている間に、すっかり女性らしい体つきになっている。


「あれをご覧なさい」


 テティが櫓の外を指差した。


「テティ、そのことはいいわ。全員、怪我もなく戻ってこられたのだから」

「ブリジア様はお優しすぎます。コマニャス様は、奥で塞ぎ込んでいますよ。老練殿だけでなく、獣雷殿にも負けてしまったのですから」


「でも、ダンジョンを攻略できたのは、レガモンたちだけよ」

「見えますか? シャミン様は泣いていますよ。ブリジア様をあんな目に合わせた方ですが、知らない人たちばかりの中では、不安なのでしょう」

「ああ……そうだわ。クリスを取り戻さなくては」


 ブリジアは立ち上がった。それまでは、床の上に布団を敷いて座っていたのだ。


「待て、テティ。シャミンは新しい妃だろう。ブリジア様に何をしたのだ?」


 聞き逃さなかったレガモンが、テティを問いただす。

 テティはよく整った顔を歪めた。

 ブリジアが口を開く。


「済んだことよ。ちょっと、跪かされただけ」

「『跪かされた』だって? ブリジア様にどんな落ち度があったのだ?」


 ブリジアは答えず、テティも首を振った。

 テティには理解できなかったのだろう。

 ブリジアがシャミンよりも先にクリスに話しかけたから、シャミンが気分を害したのだ。


 シャミンの実家は、シャミンのために大枚を叩いた。

 その結果、シャミンはブリジアより上位の妃として入内することになったのだ。

 ブリジアの祖国トボルソは、王女が後宮に入るにあたり、優秀で美しい侍女を揃えることに全ての力を注いでしまった。


「とっちめてやる」

「辞めて。問題になるわ」


 立ち上がったレガモンに、ブリジアが飛びついて止めた。


「どうして、僕たちが負けたの? ダンジョンを攻略した者が最大の功労者なのは間違いないだろう?」


 ナギサが立ち上がり、櫓の窓からグラウンドを見下ろした。

 そこでは、耐火殿のエレモアがシャミンに冠を授けていた。

 テティが憤慨する。


「説明したはずよ。今回のダンジョンはイベント用に作られていて、宝箱は多く、魔物は弱いわ。そうでなければ、侍女と魔王軍にも入れない未熟な公子たちだけを突入させるはずがない。だから、攻略は求められていないのよ。弱い魔物をより多く殺して、宝箱から少しでも多くの財宝を持ち帰った宮殿が勝利する。なのに何故、宝箱も魔物も避けて、真っ直ぐに最下層に向かったの?」


「……体力を温存するため」

「……荷物が多くなるから宝箱は避けようって、レガモンが言ったの」


 狙撃の名手ソブリンと、魔女ソフィが小声で答えた。


「あなたたち……コマニャス様はお怒りよ。魔王陛下だって、呆れていたわ」

「待って」


 ブリジアは、テティの言葉を遮った。

 魔王が、頭の中に語りかけていた。


「はい。わかりました」


 思念で返事をすると同時に、口に出していた。


「ブリジア様、どうなされたのですか?」

「ガギョクが、詔を持ってくるわ。場所を開けて」

「承知しました」


 テティが命じて、場所を開けさせる。

 ブリジアは、妃がグラウンドを観覧する用に作られた椅子に腰掛けた。

 現在はブリジアだけである。


 本来はコマニャスもドロシーもポリンもいたはずだが、結果が判明して、ブリジアの侍女たちに呆れて奥に引っ込んでいるらしい。

 ブリジアが椅子に腰掛け、侍女たちが整然と並んだところで、魔王親衛隊第一部隊総督のガギョクが入ってきた。

 櫓の中なので、階段を上る。


「魔王陛下からの詔をお持ちしました。謹んでお受けください」


 ブリジアは座ったばかりの椅子から立ち上がり、床の上に膝をついた。

 ガギョクが、運んできた巻物を広げる。


「侍女レガモン、ナギサ、ソフィ、ソブリン、シテンの5人は、勇猛果敢にして孝行心に溢れ、身持ちが硬く勤勉、優秀である。卓越した才覚を評価し、封眠殿に配す」


 レガモンたちの顔が引き攣った。

 つまり、配置換えである。


「ブリジア様、お断り下さい」


 レガモンが、膝をつき、真剣な表情でブリジアを見つめた。


「どうしたのだ? 侍女たちの主人であるブリジアよ。謹んで詔を受けんしゃい」


 魔王親衛隊第一部隊総督ガギョクが恭しく命じる。


「ガギョク総督、寵妃であるブリジア様に無礼よ」

「私が持っているのは、勅命である。私に敬意を払わなくとも、勅命には魔王陛下と同等の敬意が払われるべきである」


「テティ、辞めて」

「申し訳ありません。出過ぎたことを申しました」

「勅命は以上ですか?」


 ブリジアが尋ねる。ガギョクは、巻物を広げたままだった。


「以上である」

「魔王陛下の勅命、謹んでお受けいたします」

「ブリジア!」


 ナギサが叫ぶ。その声は悲痛だった。

 だが、ブリジアは小さな両手を掲げ、ガギョクの持つ勅命を受け取った。

 これで、勅命は拝受された。

 もとより、魔王の勅命に逆らえるはずがない。


「陛下にお伝え下さい。勅命は承りました。でも、私は侍女を手放しません。侍女たちは、私が守ります」


 小さなブリジアは微笑んだ。

 ガギョクは答えず、小さく頷くと、背を向けて去った。


「ブリジア様、どういうことですか?」


 ブリジアは、決して侍女を手放さない。

 それは、ブリジアの代わりに魔王の夜伽を全身で引き受けているからではあるが、それだけではない。

 ブリジアは、使用人をとても大切にする。

 そのことは、侍女たちは身をもって理解していた。


 そのブリジアが、抵抗もみせず、勅命とはいえすんなりと受け入れたのだ。

 テティですら、理解できなかったのだろう。

 ブリジアは告げた。


「勅命には、レガモンたちが移籍することしか書かれていなかったでしょう。私とレガモンたちが引き離されなければならない理由はないわ」

「……来奇殿から引っ越すのですか?」


「ええ。魔王様のご意志よ。それに……封眠殿の主人は恐ろしい方よ。魔王陛下に頻繁に来ていただかなければ、どんなことになるかわからないもの」

「ブリジア様」


 主人の配慮に、ソフィとソブリンが平伏した。

 ブリジアは2人を立たせる。


「テティ、5人は疲れているから、テティが来奇殿に行って、引越しの準備をするよう、チャクたちに教えてきて」

「承知いたしました」

「あと……レガモンとナギサは着いてきて」

「ブリジア様、どちらに?」


 ブリジアが侍女たちを置いて歩き出す。

 櫓の外に向かった。

 すぐに反応したレガモンに答える。


「クリスを、このまま耐火殿なんかにあげられないわ」

「……なるほど。僕の想像通りのお方みたいだ」


 ナギサが笑いながらついてくる。

 ブリジアは、グラウンドに降りていた。

 慶事の優勝者である耐火殿の妃たちが、新人を囲んでいた。

 耐火殿は純粋な人族だけの宮殿で、4人の妃がいるが、エレモア王妃が際立って目立つ。


「あらっ、最下位になったブリジア貴女ではないの。どうしたの? 耐火殿に移籍したいってことなら、ちょうど一杯になったところよ」


 エレモア王妃が優しげに、だが明らかに見下して言った。

 ブリジアはエレモアに答えず、真っ直ぐに妃たちに囲まれていたシャミンを指差した。


「シャミン、勝負よ」


 頭に冠をかぶせられ、小さくなっていた新入りの妃が、ブリジアに指さされた瞬間に背筋を伸ばした。


「貴女の分際で、名妃の私と争おうというの? ギエイ、目を覚ませてあげて」

「はっ」


 呼ばれた侍女が水の入った瓶を持ち上げる。

 ブリジアに向かって水をかけようとしたが、振り上げた瞬間に水瓶が砕け、ギエイは整った顔立ちを水浸しにした。

 レガモンが一瞬で瓶を砕き、何事もなかったかのように剣を納めたのだ。


「エレモア様、たたが貴女にこのような屈辱を受け、黙っているべきでしょうか?」


 シャミンが訴える。

 魔王の後宮に来て怯えていたように見えたが、立ち直るために宮殿の主人に頼り切っているのがわかる。

 エレモアは言った。


「いいでしょう。ブリジア、あなたの挑戦を受けるわ。もっとも、耐火殿の私が宣言したところで、あなたの宮殿の主人が受けるかしら?」

「問題ありません」

「そう。楽しみにしているわよ」


 エレモアは勝ち誇っていた。

 エレモアは知らない。

 ブリジアは、すでに来奇殿の妃ではない。


 エレモアは知らない。

 ブリジアの主人は、もはやコマニャスではない。

 エレモアの嘲った笑い声を浴びながら、ブリジアはシャミンの背後に立つ美しい娘、クリスを見つめた。


 クリスは、両手を組み合わせて祈るように目を閉ざしていた。

 ブリジアは、クリスがブリジアの無事を祈っていることを疑わなかった。

 ブリジアは背を向ける。

 来奇殿の櫓に戻ろうとした。


 櫓の下で、腕組みをして憤慨した様子のコマニャスの顔つきに、エレモア王妃を相手に啖呵を切ったブリジアは青ざめた。

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