70 慶事決着
〜ダンジョン ボスの間〜
蒸気と煙で満ちたダンジョンの部屋で、レガモンと侍女たちはキバガメを討伐していた。
上下の歯に長い牙があるためにキバガメと名付けられた魔物だが、体長3メートルほどに成長し、後ろ足だけで歩行できる。
姿は直立したカメなので、硬い甲羅に守られ、何より性質が凶暴である。
「……ふう。まさか、騎士団長時代に逃げることしかできなかったキバガメを、討伐する日がくるとは思わなかった。ブリジア様に感謝だな」
レガモンは兜を外して深呼吸しながら剣を収めた。
「1人ではないでしょう?」
魔女のいでたちが様になっている美しい魔術師ソフィが、キバガメの死体に杖を向けていた。
「僕もキバガメとは戦ったことがあるけど、水蒸気で幻影を作り出すような戦い方はしなかったはずだ。知恵が回る特殊な個体かな?」
ナギサが言うと、レガモンは不満そうに唇を突き出した。
「以前戦った時は、倒したのか?」
「いや。倒すことはできなかった。普通に戦っても、十分やっかいな魔物だからね」
「そうだろう」
レガモンは頷いた。自分がかつて逃げ回った魔物を、新入りのナギサが討伐できたのでは悔しいのだ。
「この水蒸気と幻影は別の力だね。キバガメの能力じゃない」
ブリジアの侍女の1人、天才的な魔道具開発者シテンが、手元の道具を覗き見ながら言った。
「ダンジョンの管理者の力かな?」
「そうだろうね。どうする? ダンジョンを攻略するには、時間が足りないね。シテン、何を見つけた?」
レガモンが、ダンジョンの壁に張り付くように顔を寄せているシテンに尋ねた。
「ここに、魔法陣が仕掛けられている。遠隔で部屋の機能を操作しているみたいだ」
「操作って、水蒸気とか、幻影とかかい?」
「だろうね」
キバガメの解体の手を止めて、ナギサや狙撃手のソブリンも近づいてきた。
ソブリンは常時メガネをしているが、あまりにも見えすぎる目をしているため、視力を阻害するためのメガネである。
「でも、それを見つけたからって、どうにかできるのかい?」
ナギサの問いに、シテンは小さく頷いた。
「何かできるとしたら、この魔法陣を仕掛けた誰かさんね。レガモン、せっかくだもの、ダンジョンを攻略したいでしょう?」
「ああ。ブリジア様の侍女になると決まってから、必ずこういう機会はあると思って、鍛錬は欠かさなかった」
「どういう思考回路をしていると、そうなるんだい?」
ナギサが呟く。ソフィが唇の前に指を立て、小声で呟いた。
「ブリジア様の侍女になるために、テティとクリス以外は、色んなものを諦めたわ。でも、ブリジア様は後悔させないと約束してくださった。レガモンは、それを本気にしたのでしょうね」
「……ブリジア様、苦労しているな」
まだ幼いブリジアの苦労を感じ、ナギサが思いを口にする。
シテンが言った。
「私たちには、戦う準備があるわ。ダンジョンの管理人さん、あなたはどう?」
「シテン、誰と話をしている?」
「しっ、レガモン、黙って」
シテンが手で制すると、壁に文字が浮かび上がった。
水蒸気の変化により文字をつくっている。
『いい度胸だね。招いてやる』
「全員集まれ。多分、転移する」
レガモンが言うと、ナギサ、ソブリン、ソフィがレガモンとシテンの周囲に集まった。
壁に、はっきりと魔法陣が浮き上がる。
光に包まれたと思った瞬間、5人は別の場所にいた。
〜遊食園 中央櫓〜
ブリジアは、テティに守られながら小さくなっていた。
周りに魔将軍たちだけでなく、魔親王やその親族たちまで集まってきたのだ。
ブリジアは、自分の侍女たちが心配で、複数あるダンジョン攻略画面から、レガモンたちを追った画面だけを見つめていた。
他の宮殿の侍女や公子たちの様子に飽きた魔王軍の将軍たちが、積極的にダンジョン攻略を進める唯一の集団を見物にくるのは当然だった。
「あの侍女、雷を放ちましたな」
「あの剣士とは、真面目に手合わせしてみたいところだ」
「器用な魔法の使い方をするものだね」
「ほう。あの距離で魔物の目を狙撃するか」
「あの魔道具、どこで手に入れたのだろう」
ブリジアは、周囲で感心する将軍たちの声に誇らしくなりながらも、やはり恐ろしくて小さくなったままだった。
見た目が生物ですらない物たちが多く、中には近づくだけで燃えてしまうのではないかと思われる風貌の魔族もいる。
「いずれにしても、美しい集団ですね。来奇殿には、随分優秀な公子たちが揃っているようだ」
「全部、私の侍女たちです」
「なに!」
我慢できずに口を挟んでしまったブリジアに、魔将軍と魔親王たちの視線が集まった。
その反応に、ブリジアはますます小さくなる。
魔将軍のひとりが口を開いた時、魔王ジランが集団の背後に立った。
「ガギョク、今回のダンジョン探索は、時間制限が設けられていたはずだな」
ブリジアに注目していた魔族たちだったが、魔王が口を開いたことにより、誰も発言できなくなった。
魔王の言葉を遮ることなどは、あってはならないのだ。
「はい。そろそろ時間のようです」
「自主的に戻った者たちはどの程度だ?」
「現在、ダンジョン内にいるのは来奇殿のみです」
「では、なぜあの者たちは、ダンジョンの奥地に転移しようとしているのだ?」
「時間制限のことを知らないのでしょうか……」
ガギョクも言葉を濁した。
魔王は、魔族に囲まれていたブリジアに手を伸ばし、ブリジアを抱いていたテティごと抱き上げた。
「ブリジア、どうしてそなたの侍女たちは、勝敗に拘らず、ダンジョンを攻略しようとしているのだ?」
「わ、わかりません。ルールは……テティが伝えたのよね?」
ブリジアがテティに助けを求めると、魔王を恐れないテティは、魔王に抱き上げられたままで答えた。
「時間制限のことも、宝の取得数と魔物の討伐数で競うことも、伝えました。ただ、レガモンやナギサが従うかどうかまでは、明言できません」
「愚かな」
「お、お静まりを」
テティもブリジアも動けない。魔王に抱き上げられているからだ。
一斉に平伏したのは、魔族軍将軍と魔親王たちである。
「よろしいではありませんか」
魔王のさらに背後から、金属を打ち鳴らすような高い声が響いた。
魔王を恐れないテティが、その声に緊張して汗ばむのを、テティに抱かれているブリジアは悟った。
「しかし、あの者たちのために余計な時間が経つのだぞ」
「構わないでしょう。どの宮殿の侍女や公子たちも、盗賊の真似事や弱い魔物ばかり狙って、興醒めしていたのです。あの画面にこれだけの将軍たちが集まっているのも、来奇殿の侍女たちの戦いを、魔将軍たちが楽しんでいるからではありませんか。陛下、全部のモニターに、あの者たちの活躍を写してはいかがですか? よい余興となりましょう」
魔王が振り向く。皇后デジィが、初めて黄金の椅子から立ち上がっていた。
黄金に輝く櫓の中で、皇后デジィは不思議なほど光って見える。
「ふん。よかろう。ただし、侍女たちが最後に戦うのは、ダンジョンのボスだ。皇太后ミスティ母上の配下の者だ。討伐数が増えることはない。増えたとしても一体だけだ。ガギョク、これまでの結果を集計し、新しい妃がどの宮殿に住むのか発表せよ。同時に、全てのモニターに、来奇殿の侍女たちを映し出せ」
「直ちに」
ガギョクが後退する。
魔王が視線を転じると、櫓の中央で震えながら固まっていたのは、新しい妃シャミンだった。
だが、魔王の視線はシャミンの背後にいる侍女に向いていた。
「クリス、残念ながらブリジアとは別の宮殿に住むことになりそうだな」
「……はい。仕方ありません」
クリスは小さく腰を折った。
不自然に膨らんでいたクリスの腹部は、今は引っ込んでいる。
魔王は気にしなかった。魔族の子供を宿した母親には、よくある例だ。
「私、こんなところに嫁いだの……」
与えられた、人族用にしてはあまりにも大きな椅子の上で、シャミンは魔王にも気づかず震えている。
「シャミン様、結果が発表されます」
もう1人の侍女、ギエイと呼ばれた整った顔立ちの侍女が囁いた。
魔族がどよめく。
魔王がモニターを見ると、ブリジアの侍女たちが転移した場所が映し出されていた。
場所はダンジョンの中だ。
慶事用に作成したダンジョンの最下層は、魔王も見ていない。
魔王にとってはただのイベント事なので、詳細まで確認していない。
ブリジアの侍女たちが転移したダンジョンの最下層に出現したのは、地下後宮にある封眠殿にそっくりな場所だった。
「デジィ、ミスティ母上の現在位置はわかるか?」
「聞いてはいませんが、あそこでしょう」
デジィは自らの椅子に戻り、輝く指先でたおやかに指差した。
その指は、真っ直ぐにモニターの画面を指していた。
魔王も同意見だ。
「母上、乗りすぎると殺してしまうぞ」
「レガモン、逃げて!」
魔王とテティに抱かれたまま、ブリジアが叫んでいた。
ブリジアは、封眠殿を知っている。
そこに眠る者も、起きた時の恐ろしさも知っている。
魔王ジランを五千年腹に宿し、その後五千年眠り続けた、生粋の魔族を知っている。
ただ、それを知るのはブリジアだけだ。
モニターの中で、レガモンとナギサが争うように宮殿の門を破り、ダンジョン最下層のボスが待つ室内に踊り込んでいた。




