69 慶事の攻防
〜ダンジョン〜
来奇殿の侍女たちは、二手に分かれていた。
一方はコマニャスの息子ディオル公子を中心にしたドロシーやポリンの侍女たちで、もう一方はブリジアの侍女たちである。
二手に分かれたのは、人数が多いこともあったが、ブリジアの侍女たちは多才である。モニター越しで見られるのはやむを得ないにしても、他の妃に知られたくはなかったのだ。
「ここがこの階層のボス部屋だね」
ブリジアの侍女で元騎士団長のレガモンが、厳しい扉に向かって言った。
「この世界のダンジョンって、階層ごとにボスが決まっているのかい?」
「普通は違うみたいだよ。私だって、ダンジョンに入ったことなんて数えるほどしてかないんだ。トボルソ王国の領内にはなかったしね。このダンジョンは、イベント用に魔王たちが作成したから、構造も普通のダンジョンとは違うって、テティが説明を受けてきたね」
レガモンは、ナギサの問いに応え、全身を覆う鎧を確認しながら言った。
ヤマトの国にブリジアを救出に行った時に魔王から下賜されたもので、見た目や性能の割に、極めて軽い。
「そのテティは、来ていないけどね」
山高帽を頭に乗せ、大きめのローブを纏ったソフィは、完全に魔女のいでたちである。
「テティさんがブリジア様に付き添うのはわかるけど、どうして今日来られない人を説明会に行かせたんだい?」
ナギサは、ヤマトの国で開発されたアームスーツを胸に装着している。
それ以外は、侍女の普段着に近い。
ただ、勇者として召喚された時に、トボルソの国宝である剣を預かっている。
その剣で魔王親衛隊の一人を殺し、ナギサは国を追われたのだ。
ナギサがこの世界に召喚された時、王城は騒然となった。
魔王に対する反逆行為だからである。
ただ、女神が直接使わしたことにより、トボルソ王国自体は罪に問われなかった。
加えて、ナギサは王城に飾られた肖像画のブリジアを知っており、ブリジアを守るためにこの世界に来たのだと言った。トボルソ国王は感動し、国宝の剣を授けたのだ。
王笏と王冠すらブリジアに渡っており、現国王は複製品を使用していることまでは、ナギサは知らないことだ。
「テティは、王族付きの侍女として鍛えられているからね。王族は変わり者が多い。一度言ったことを本人が忘れても、侍女が忘れることは許されない。ブリジア様はそんな理不尽なことは求めないけど、侍女の中で最も能力が高い者が王位継承権第一位の殿下付きになる。テティとクリスは、後宮への入内前からブリジア様の専属の侍女だった。他の誰かが行けば、途中で寝るだろうね」
「それは失礼よ。途中で寝るのはレガモンだけだわ」
背後から言ったのは、迷彩色の服を着た侍女ソブリンである。
黄色に近い髪を結い上げ、一房だけ横に垂らした髪が印象的だ。
狙撃の名手で、扱う武器は全て遠距離で使うものばかりだ。
「それは悪かったね。シテン、ディオルたちからの連絡はある?」
レガモンが尋ねたのは、侍女の一人で天才的な魔道具開発者として知られたシテンである。
普段はおとなしく、白い服を好んで着る。
白い服が、魔道具の開発中に汚れて行くのが楽しいらしい。
シテンは、耳に当てた箱型の魔道具を外して答えた。
「宝箱を見つけたから離脱するって。魔物の討伐数はこっちに任せるみたいよ」
「腰抜けめ。そんなことだから、万年公子なのよ」
「レガモン、ここで言ったこと、多分聞かれているし、記録されるわよ」
ソフィが言った。
「今、私変なこと言ったかい?」
「コマニャスは、息子が公子から王子に上がれないのを気にしているわ」
妃の子供たちの中で、自力で魔王城にたどり着ける能力のある者は魔王軍への参加が認められ、王子と呼ばれる。
公子は、王子になれない者たちだ。
「あっ……ソフィ、後で謝っておいて」
「どうして私が……」
「いいから。行こう。ブリジア様も見ているんだろう?」
脱線しつつあった会話を、ナギサが修正する。
レガモンはヘルムの位置を調節して、気合を入れた。
「そうね。シャミンとかいう生意気な小娘がブリジア様と仲が良かったかどうか知らないけど、ブリジア様がお望みなら、勝たなくちゃね」
レガモンは、扉を開けた。
後宮のグラウンドで、ブリジアがシャミンに跪かされ、魔球もさせてもらえずに気を失ったことは、当然知らないことである。
中ボスの部屋には、煙が立ち込めていた。
〜遊食園 中央櫓〜
魔王と皇后は、招待された魔王軍の将軍と魔親王たちとともに、それぞれに気になったモニターを眺めていた。
ダンジョンに送り込まれたのは四つの宮殿の侍女や公子たちだが、同じ宮殿の者たちが一緒に行動しなければならないという縛りはもうけなかったため、四つ以上の集団がダンジョンに挑んでいた。
宮殿ごとの得点も表示されている。
その中で、魔王ジランはブリジアがテティに抱かれたまま、身を乗り出して見守っていた画面の前で足を止めた。
「そういえば、皇太后はどうしている? 今日の慶事、特にダンジョン攻略を楽しみにしていたはずだが」
「見かけませんね」
皇后デジィは、自分のために作られた立派な椅子から、一歩も動かずに答えた。
慶事のイベントには、少しも興味がなさそうだ。
「じっとしていられずに飛び出したと報告がありましたが」
傍で、ガギョクが告げた。
「それを聞いたのは5日前だぞ。飛び出してどこに……あそこか……」
「そのようですね」
デジィが答える。座っている位置から、魔王が見ていたモニターは本来見えていないはずだが、全身が黄金色のデジィだからこそ、黄金の扱いは慣れたものだ。
モニターの画面が移り込んだ黄金を把握して、理解しているのだ。
興味がなさそうな態度をとりながら、実は最も楽しんでいるのがデジィなのかもしれない。
「ミスティ様ですか?」
ブリジアが魔王に囁いた。
魔族、しかも世界でも最強の者たちが集まる中で、害されることはないと分かっていても、ブリジアは小声になった。
魔王は頷き、ブリジアの頭の中だけで答えた。
『母上の名前を覚えていたか。封眠殿を飛び出したとまでは聞いていたが、飛び出した挙句ダンジョンまで行ったとは知らなかった。母上は、かつておぼろ御前の異名をとった。蒸気を利用して幻術を展開させるのはお手のものだ。本質はもっと恐ろしいがな』
「……陛下、レガモンたちが死んでしまいます」
『まさか。母上が目覚めてだいぶ経つ。もう寝ぼけてはおるまい。我が軍に正式に入隊できない者しか挑まないとわかっているのに、本気で戦うはずがない』
「そうでしょうか」
ブリジアの心配も理解できる。
ブリジアは、魔王の服の内側に入って、魔王と皇后で暴れる皇太后を押さえつけたところを目の前で見ていたのだ。
魔王が本気で殴りつけても死なない段階で、もはや人族が倒せる存在ではない。
その相手に自分の侍女たちが挑んでいるのであれば、気が気ではないだろう。
モニターの中では、立ち込める蒸気の中に出現した、直立した大型の亀にレガモンが翻弄され、新しい侍女ナギサの放った雷の魔法にレガモンまで感電した様子が映し出されていた。
魔王は自分の席に戻った。
「経過は?」
「現在のところ、耐火殿が頭ひとつ抜けています。後は横並びです。耐火殿は公子を産んだ妃を積極的に引き抜きましたから、公子の参加人数が最も多いのが大きいようです。来奇殿のディオルは、成果に満足し帰還しました。老練殿のリディオスが健闘しています。獣雷殿は、侍女の多くが獣人で身体能力は高いようです」
「モニターで見る限り、来奇殿が最も深い位置に達しているようだが……」
魔王が言った通り、他のメンバーは魔物を狩り、宝箱を物色している様子しか写っていないが、来奇殿のブリジアの侍女たちだけが、皇太后の生み出した幻影と戦っている。
そのため、ブリジアが見守る周囲に、恐ろしい姿の強力な魔族が集まっていた。
「成果は得点制です。宝箱の中身の数と、倒した魔物の合計で競います。攻略したダンジョンの階層や、ダンジョンのボスを倒したところで、加点されません」
デジィが解説する。
興味がないふりを装っていても、実は全部のモニターの内容を把握しており、ルールにも精通している。
後宮の慶事であり、いわば総責任者でもある。
「来奇殿の連中は、初めからダンジョンの攻略を狙っているように動いていたが」
「さすがは陛下、私も同じ意見です」
「来奇殿の連中に、ルールを説明していなかったのか?」
「そんなことはありません。事実、コマニャスの息子のディオルは、戦果が持ちきれなくなる前に帰還しています」
「……ブリジア、どういうことだ?」
「えっ? 陛下、あの……なんでしょうか?」
ブリジアの明らかに戸惑った声に魔王が首を伸ばすと、おぼろ御前と侍女たちの戦いに歓声を上げていた将軍たちに囲まれ、ブリジアとテティが小さくなっていた。




