80.不甲斐ない野郎の愚痴本場
中央学園エリア、歓楽街にある酒場は、深夜になりさらに騒がしくなってきていた。髭の濃い男たちは逞しい腕でビールジョッキを交わしあい、楽しげに手を打ったりしている。店の真ん中にあるステージでは、様々な世界の楽器が奏でられ、多数の男女が踊っている。カウンターでは男が女を口説き、場の熱量は高まるばかり。そんな店の片隅で、昌彦は一人きりでビールを飲んでいた。もう何度おかわりしたか、昌彦にも分からない。ぷんぷんと酒の匂いを撒き散らしながら、彼はひたすら飲み進めている。
昌彦はまた、店員を呼んだ。短く鋭い耳の店員が、頭から鬼のような角を覗かせて、昌彦の方へと向かってくる。
「ご注文ですか?」
「ビール」
店員は笑顔で応じたが、昌彦の伝票を見ると眉間に皺を寄せた。
「すみません、お客様はお酒の注文上限に達しましたので、これ以上は……」
「何だと、まだ三杯しか飲んでないだろ?」
「いいえ、六杯です。毎日上限に達するほどのお酒を飲むと、お身体に害があるかもしれませんよ?」
「うっせぇよ、親でもねぇくせに、黙って出せよ!」
息巻く昌彦を、店員の女性は哀れむように見た。
「申し訳ありませんが、これ以上のお酒の提供には、EPポイントが必要です。もしもポイントがないなら、別のドリンクをご注文ください」
「ねぇ、お嬢ちゃん、彼のお酒、私がポイントを支払うわ」
いつの間にか、昌彦の対面には一人の女性が座っていた。
金色の長い巻き髪を結い上げ、シャンパングリーンのドレスを着たその女性は、酒臭さを吹き飛ばすようなきつい香水をまとっている。
酔いに身を任せていた昌彦だが、突然目の前に妖艶な女性が座ったのを見ると、一気に目覚めたような気分になった。
「はっ?」
「お知り合いですか?」と店員は訊いた。
昌彦は何度もこの店を訪れており、店員も昌彦には見覚えがあったが、彼が女性を連れてきたことはない。店員の声は不審そうだった。
「あ、あぁ、まぁ、そうだなぁ」
昌彦は鼻の下を伸ばして女性に見とれていた。
「ふふ、そうよ、さっき知り合ったのよね?ねぇ、可愛いお兄さん、相席していただく代わりに、私がお酒、奢って差し上げるわ」
昌彦は酒で赤くなっていた顔をさらに真っ赤にして、「どうも」と言った。
「ビールだけでよろしいの?」
「はい」
「ではお嬢ちゃん、彼にはビールを、私にはウェービインズを頂戴。それと、おつまみのプレートを」
「かしこまりました」
アトランス界では女性から男性を口説くことも珍しくない。店員は注文を復唱した後、テーブルを離れた。
昌彦は、ようやく自分の目的が実現したことを喜んでいた。アトランス界に来てからというもの、トオルが次々に可愛い女子たちと仲良くなっていくのを見て、嫉妬に燃えていたのだ。
自分も運命の出会いを求めたいと、入学したての頃は飛空船テロ事件で活躍したとアピールし、一時的にキャンパスで人気者になった。だが、基礎訓練の授業でメッキは剥がれ、源の使い方が明らかに素人であることが露呈すると、飛空船での活躍も嘘だったのではないかと怪しまれ、評価は底まで落ちた。
さらに昌彦は、女子にしか声をかけようとしなかったせいで、男子からも女子からもひんしゅくを買い、気付けば一人きりになっていた。
昌彦はクラスやキャンパスでは浮いた存在でも、酒場ならばもっと違う人脈を築けるのではないかと考え、最近は酒場に入り浸っている。そして今、ようやくその努力が実を結び、美女との相席が叶った。昌彦は心の底から歓喜し、異様な高揚感を感じながらも、なるべく感情を抑えて問いかけた。
「なあ、俺のこと、知ってたのか?」
「ええ、もちろんよ。飛空船テロ事件で活躍したヒーローでしょう?」
分かる人には分かるんだなあ、と昌彦は思った。100人が自分を否定しても、たった一人、理解してくれる人がいるならそれでいいのだと、入学式直後の自分に言って慰めてやりたい。
「あなたは?」
「ふふ、あなたと同じキャンパスのカテチナ・ジーンよ」
「俺はマサヒコ・サモン」
「マサヒコさんね、可愛らしい名前だわ。ヒイズルの出身だったかしら?」
「よく知ってますね……」
昌彦は嬉しさのあまり、口元が歪むのを抑えきれなかった。酒を飲み、ちやほやされて良い気分になっている。
「気に入った方に話しかけたいなら、先にいくらか情報を知っておくのは当然でしょう?」
「気に入った方」という言い方も耳心地が良く、昌彦はさらに上機嫌になった。
注文した酒とつまみが来て、二人は話し始める。昌彦は女性にも話を振ったが、何となく躱され、気付けば昌彦の話に戻っている。
「ねぇ、マサヒコさんはどうしてこんなところで、一人きりでお酒を飲んでいたの?今日はたまたま仲間がいなかっただけ?」
「違げぇよ、クラスの連中にはバカにされてて、あークソ、どいつもこいつもムカつく」
「あら……あんなに凄い功績を残したヒーローが、どうしてそんな扱いを受けているの?皆、酷いのね」
セントフェラストに入学して以来、自分の話を聞かせる相手もいなかった昌彦だ。綺麗な女性が自分の話に耳を傾け、体を寄り添わせ、接しているうちに、心に溜まった寂しさや、不遇を辛く感じる気持ちが一気に噴き出してきた。
「だろ?それに、しばらく会ってなかった従兄弟も、俺より幸せそうで、すげぇ不快なんだよ」
「イトコっていうのは、さっき仰ってた、セントフェラストに通っているご親戚の方?」
「あーそうだよ、あいつのこと思い出したらマジでムカついてきた……」
「どうして?ご親戚なんでしょう?」
昌彦は女性の質問を聞いて、チューニングが外れたエレキギターように甲高い声を上げた。
「ご親戚どころじゃねぇよ。あいつは俺の家に居候してやがったのに、今やポイントに資材、それに女まで手に入れたんだ。あいつのせいで俺の家はめちゃくちゃになったのに、俺より幸せに生きてるなんて、どうしても許せねぇ……」
「それならその方とは、なるべく連絡を取らないようにしているのかしら?」
「しばらく会ってなかったんだ。だけど、ちょっと相談したいことがあって会いに行ったら拒否されて……奴の仲間の前で恥を掻かされて、牙を剥かれて、見捨てられた……」
「そうなの?なんて恩知らずな方なのかしらね……」
女は昌彦の愚痴を聞いてやり、優しい言葉で慰めた。
昌彦は腹に溜まった不快な気持ちを丸ごと吐き出し、女に持ち上げられたことで、王様のような気分になっている。
しばらくそんなふうに甘やかされ、優しくしてもらい、昌彦はカラカラと笑った。
女はそんな昌彦を観察するように見つめ、妖艶な笑みを浮かべている。
「あら、もうこんな時間……」
「え、今何時?」
「もう1時よ」
時間など忘れて気持ちよく喋っていた昌彦は、「しまった!!」と大声を出した。
「何かご用事でもあったの?」
「いや、寮の門限が過ぎた……」
それを聞いて、女はくすりと笑う。
「マサヒコさん、私もよ。良かったら、近所の宿に一緒に泊まらない?」
「えっ……お、俺と、一緒に……!?」
溺れるほど酒を飲み、すっかり理性を失った昌彦は、興奮を抑えきれなかった。
「ふふ、可愛い人ね。マサヒコさんのお話、とっても面白かったから、続きはベッドで聞かせてちょうだい?」
女が耳元でそう囁いた。
「お、おぅ、それなら、行こうか!」
(これは……これは、とうとう、童貞を捨てるチャンスが来たーー!!!)
心の中で昌彦はガッツポーズを取り、やたらに叫び出したい気持ちになった。
酒場を去り、宿へと向かう途中、昌彦は謎の動きをしてみせ、有頂天になっていた。女はその様子を女豹のような目で追い、ニタリと笑った。




