78.模索
夜食を食べ終わると、トオルはリビングのソファーに腰かけた。
リビングのローテーブルには掌サイズのレーダー機元が置かれており、ロッドカーナルのキャンパスの地図が投影されている。その中に、春斗の居場所を知らせるポイントバーが点滅していた。
クロディスが作った契紋石の一つが皿に置かれ、宝石のように多彩な光を放っている。
休憩を取る間、トオルは春斗からもらった知恵の輪を触ってみた。頭が良くなる効果はなくても気分転換にはなる。それに、春斗のことを理解する手がかりになればと思った。トオルは追跡中の犯人の写真を見ながらその思考パターンを読み取ろうとする刑事のように、知恵の輪を解いている。
クロディスがリビングへやってきて、トオルの前にカップを置いた。甘くまろやかな匂いに、トオルが顔を上げる。
「トオル、これを飲んで」
「これは何、特別なお茶か?」
「うん、私の友だちが章紋で栽培した香草のハーブティー。心身のリフレッシュになるだけじゃなくて、自分の体に貯められる源気の上限量を上げる効果もあるの」
トオルはカップの中に揺らぐハーブティーを、不思議そうな顔で見た。
「へぇ~、章紋術を使って、素材を栽培することができるのか」
「錬成師を目指している人の多くは、章紋術を使って素材を作っているよ」
「そうなんだ」
トオルはクロディスの気持ちを受け取るようにカップを持ち上げ、一口含む。甘みの奥にかすかな苦みの広がる、複雑な味のお茶だ。
「甘い」
「飲みやすいようにと思って」
「うん、青汁なんかよりずっと飲みやすいよ」
トオルはすぐにハーブティーを飲み干し、知恵の輪に取りかかる。
「トオル、さっきからどうしてそんなもので遊んでいるの?」
「ああ、これ?」
「それ、お昼に言っていた石井さんの作った物?」
トオルは頷き、頭の体操でもするようにパーツをカチャカチャといじっている。
「うん。どうしてこんな凄い物が作れるのに、人を騙すことを考えるんだろう」
「知恵をどう使うかは人それぞれだからね。彼は自分の利益しか考えていない」
「うーん、それは分かるんだけど、どうして彼は、知恵の輪が解けた人からしかポイントをもらわないんだろう。本当にポイントを稼ぎたいなら、知恵の輪とポイントの等価交換にすれば、もっと確実なのに……」
「それは本人に聞かないと分からないね」
「おっ、解けた」
トオルは大して面白くもなさそうな表情で、二つのパーツをバラバラにした。
それからパーツを元に戻し、仕掛けを理解したように、しきりに頷いている。
「案外、面白いな」
トオルは、クロディスがずっとそばで立っているのに気付き、そちらに顔を向けた。
「クロディスもやってみる?」
クロディスは何も言わずに知恵の輪を取り上げると、両手で少し弄んだ。それから、不愉快そうに目を細め、口を開いた。
「|he su to e bu ru」
早口で唱えたその呪文に呼応し、水色の紋様が帯状に現れる。紋様が知恵の輪に密着し、包み込んだ。
ミーラティス人の文字が宙に浮かび、クロディスはそれを読み取ると、険しい顔でさらに唱える。
「|run run mon ne」
刹那、バチバチと静電気が閃いた。章紋術を浴びた知恵の輪が宙に浮いている。直径15センチほどの紋様が宙に光り、次々に現れる。四つの紋様の輪は、知恵の輪を取り込んだかと思うと発火し、高熱となって、金属製の知恵の輪を燃やす。溶かされ、金属の塊と化した知恵の輪がローテーブルに落ちると、火は一瞬で消え去った。
クロディスは、自分の綴った章紋に知恵の輪が反応したことを確認し、さらに険しい表情になった。
トオルは目を丸くして一部始終を見ていた。
しばらくは無言だったが、クロディスの表情が一変し、異様な空気になったことを感じ取り、声を出した。
「クロディス、どうして?」
「縁起の悪い物は、処分しないと」
「これは……そんなに悪い物なのか?」
「この玩具には、悪意性質が付与されている」
「悪意性質?」
「わかりやすく言えば、呪いがかかっていたよ」
呪いと聞いて、トオルは背骨が凍るようにゾクリとした。
「それは要するに、どんな性質なんだ?」
「……彼は、人の源気を吸い取る性質を付与させていたよ」
「え……。そんなの、貪食者と変わらないじゃないか」
「貪食者は自分が源気を奪うことを目的としているけど、これは物自体が、源気を吸い取る性質を持っているんだね」
「だ、だけど、ぼくはこれを持っていても急に倒れたり、調子を崩したりしなかったけど……」
「おそらく、そこまで強く吸い取るわけではないんだろうね」
トオルは自分の迂闊さを恥じながら、春斗のことを考えた。
「蚊に刺されても貧血にならないのと似たようなものか……だけど、彼は一体何のために?」
「操士なら、情報収集のために自分の作った物を使うのが得意な人が多いね」
「てことは、ぼくがドローンで追跡しているのと同じことを、ぼくもされていたのか……」
トオルは渋い顔になって、金属の塊になった知恵の輪を見下ろす。
「ぼくと彼は、同じことを考えていたのか……」
クロディスは、動揺しているトオルの手を両手で掬いあげた。
「トオル、それは全然違うよ」
優しい声音が、トオルの苛立った気持ちを少しだけ拭い去る。
「そうかな……」
トオルは失意に飲まれそうな目をクロディスに向けた。クロディスの瑠璃色の目は、澄んだ海のように凪いでいる。それが、トオルの心をまた少し、落ち着けてくれる。
「彼は、この玩具を買った人から、全ての情報を奪っている」
「それは……盗聴や、盗撮の機能があるってことか?」
「それだけじゃない。ずっと持っているだけで、プライベートの情報がどんどん抜き取られてく」
「彼はそんな大量の情報を得て、どうする気なんだ?」
「きっと、その情報を売るつもりなんでしょう。特定の個人のプライバシーは情報屋によく売れる。彼らはそれを商品にしてポイントを荒稼ぎしているから。どんな手を使ってでも情報を売りたい、買いたいという人は少なくないんだよ」
トオルはあまりの不快さに鳥肌が立ち、体の奥が震えた。
春斗がなぜ知恵の輪を後払いで販売しているか、その謎は解けたが、酷く気分が悪い。知恵の輪だけでなくアクセサリーも売っているのだから、その買い手の数だけ情報網は広がっている。
トオルは、自分が賭け勝負をしている相手がどんな人物か、ようやく知った思いだった。恐ろしいほどの情報を持っている春斗であれば、貪食者の居場所や正体を洗い出すのも時間の問題だろう。もしかするとすでにアタリを付けているのかもしれない。
「ぼくは……彼に勝てるのかな……」
「トオル、自信を持って。みんなも協力してくれるし、私も付いているから、きっと勝てるよ」
トオルはクロディスの声を聞くだけで何も問題がないような、安心な気持ちになったが、貪食者の追跡についてはどうしても不安が残る。




